2020(03)

■ゆるいあの人の魅力

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「高木さん、ご無沙汰してます! すんませんお待たせしちゃって」
「ううん、待ってないよ。来てくれてありがとう。それじゃあ行こうか」

 高木さんから誘われて、2人で飯に行くことになった。夏合宿で一緒の班になって以来、家が近いということもあって付き合いがちょこちょこある。朝霞さんは同じ部活の先輩だし隣に住んでるから付き合いがあるのもわかるけど、他校の先輩って考えると凄いことだよな。
 誘われた口実としては、食パンのお礼ということだそうだ。俺はバイト先でパンを買って朝霞さんやみちるによく差し入れをしている。この2人は俺に飯を食わせてくれたりするし、飲む機会もあるから。高木さんにもその2人より頻度は落ちるけど、たまにパンを渡してて。

「今日はどこに行くんすか?」
「ああ、そこ」
「え。マジですぐそこじゃないすか」

 呼ばれてたのは高木さんの住むマンションのエントランス前。高木さんがここに行くよと指さしたのは、すぐ目の前、徒歩何歩とかの場所にある建物だ。看板には、紅社のお好み焼きと文字がある。そういや高木さんて紅社の人だったな。

「お好み焼きすか」
「彩人、お好み焼きは好き?」
「好きっすけど、紅社のは食べたことないっすね」
「そう。美味しいから。騙されたと思って食べてみて」

 曰く、たまに無性に食べたくなった時に来ることがあるんだそうだ。そりゃあ、地元の味がこんなすぐの場所で食えるっていうのは最高だよなあ。俺も地元のハンバーグとかたまに無性に食いたくなるもんな。
 この店では自分で焼くか店の人に焼いてもらうかが選べるようで、高木さんは店の人に焼いてもらう方を選んだ。目の前の鉄板にクレープのような薄い生地を広げ、その上に店員さんが手際よくキャベツや肉といった材料を重ねていく。

「星ヶ丘は大学祭、どうだった?」
「俺個人としては何とかやれたって感じっすかね」
「そう。お疲れさま。まだまだ駆け出しのプロデューサーだしね。これからが頑張り時だね」
「ホントにっす。ああ、こないだリクがうちに来てて、今度高木さんと飯に行くんだって話したんすよね」
「あ、そうなんだ。何か言ってた?」
「特に何もなかったのが不思議なんすよね。アイツ、俺が他の人と何したって言ったらめちゃ羨ましがって自分も自分もって張り合おうとするんすけど、今回はそれがなくって」
「俺も一応ササには言っとかなきゃと思って彩人とご飯に行くよって言ったら、楽しんできてくださいって。今度は俺も誘ってくださいって、至って穏やかだったなあ」

 如何せんリクはよく妬いてる印象があるんだよな。いや、妬いてくれるのは嬉しいけど、妬かれ過ぎるのも考え物で。束縛されてるってワケじゃないから行動自体は自由だけど、後からズルいって言われるのも「あーはいはいゴメンな」って。

「あ~、これ、ワンチャン高木さんだから見逃した的なアレか?」
「え、どういうこと?」
「リクって、他人のいいところをすげーよく知ってるんすよね。シノとかサキ君とか、友達にしてもそうなんですけど高木さんにはめちゃくちゃ懐いてて」
「え? そうかなあ。普通だと思うけど」
「いや、違うんすよ。リクってめちゃくちゃ出来る奴じゃないすか」
「そうだね。それはもう」
「だからいい子にしてたら普通の人からは「あの子は出来るから」って放置されるけど、高木さんはそうじゃないって。あの人はふわふわしてるように見えて現実的だし厳しいし、めちゃ叱られるけど、話は聞いてくれるし優しいし、具体的に指針を示してくれるから何でも相談したくなるって言ってて」
「いや~、そんないい人じゃないよ俺は。ササ、詐欺とか押し売りに遭わないか心配になってくるね」

 多分、リクにとっての高木さんってのは、俺にとっての戸田さんとか朝霞さんみたいな、そういう先輩なんだろうなと思う。めちゃくちゃ頼れるけど、後輩だからって過度に甘やかしたりしないし。ステージに関しては同じ土台にいる人として対等に接してくれるんだ。
 そんなことを話していると店の人がお好み焼きを仕上げてくれて、いよいよ食う段階に入ることが出来る。紅社のお好み焼きは基本ソースでの味付けで、マヨネーズはあまり使わないそうだ。ソースが味の決め手になるんだな。

「さ、食べよう。いただきまーす」
「いただきます。あちっ。ん、うまいっすね」
「でしょ。たまに無性に食べたくなるんだよね」
「俺も、たまに無性に地元のハンバーグが食いたくなります」
「そういう味ってあるよね。俺は下りれば目の前で済むけど」
「俺はレンタカーでも借りてドライブがいいっすかねー。端でも山羽に入れば食えるんで、湖西辺りでパパーッと」
「彩人、免許あるの?」
「一応ありますよ」
「すごいね。俺今教習所に通ってるトコ。仮免の期限が何気にちょっとギリギリになりそうでさ」
「えっ、マズくないすかそれ」
「だよね? 行かないとだね。眠くてキャンセルしちゃうんだよねー」

 確かに高木さんはふわふわしてるように見えるところはすごくふわふわしてるし、だらしないところはだらしない人なんだろう。でも、すげーところはすげー人なことは俺も知っている。実際リクを叱り飛ばした人なんか高木さん以外に見たことないし。

「彩人、今度ササを誘ってごはんに行こうと思うけど、ササって何が好きか知ってる?」
「えーっと、バイト先の近くのうどん屋が美味いって話は何遍も聞いてますね。壁がメニューで埋め尽くされてるとか何とか」
「そうなんだ。どんなお店なんだろう、気になるな」


end.


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パンのお礼と言う体の食事会です。フェーズ1の頃からタカちゃん宅近くにお好み焼き屋があるとは言われてました。チーム温玉バイト回とかかな。
どうやらササがタカちゃんに対して軽くノサカってる(※訳:過度な尊敬)ような雰囲気が見えて来たのだけど、何が彼をそうさせるのやら。
詐欺とか押し売りに遭わないかの心配というのもなかなかなアレ。タカちゃんはタカちゃんでササをどんな心配の仕方してるんですかね

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