2020(03)

■勝負の個別面談

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「緊張するー……」
「ここを下ってけばいいんだよな」

 緑ヶ丘大学8号館、地下1階社会学部スタジオ。実質的に佐藤ゼミが占拠しているその教室は、まず防音用の鉄扉を開けて入る。そしてさらに部屋の中の階段を下ると円卓が前後に2列、二重丸のように並べられているんだ。壁は一面鏡張り、壁際にはパソコンや様々な機材がずらりと並んでいる。
 俺とシノがここに来たのは、佐藤ゼミの個別面談のため。佐藤ゼミに入るためには、まず全体の説明会を受けてから個別面談を受けなければならない。その面談でもらえる佐藤ゼミ用のエントリーシートをゼミ希望届と一緒に提出すると、面談とエントリーシートで選考されるらしい。

「あっ、ササ、シノ」
「あ、高木先輩。お疲れさまです」
「お疲れさまでーす」
「ひょっとして、個別面談?」
「ですね」
「それじゃあ、先生に伝えて来るよ。ちょうどそこの録音スタジオにいるから」

 広いスタジオの奥の奥には、録音スタジオと呼ばれる小さな部屋があった。そこもまた鉄扉で仕切られていて、小窓には暗幕が引かれている。高木先輩によれば、中にいると外の様子が本当にわからないのだそうだ。
 許可をもらって恐る恐る奥の部屋に入ると、機材の奥から佐藤教授がこちらを覗いている。俺たちがゼミの面談に来た旨を確認すると、そこに座んなさいとミキサーの前の椅子を勧めた。シノが自然にミキサーの前に座ったから、俺はその横に。

「高木君の後輩なんだってね、MBCCで。名前を聞こうかな。君から」
「はい。佐々木陸です」
「篠木智也です!」
「2人ともササキなの、ややこしいねえ」
「あっセンセ、俺のササキはよくある3文字の佐々木じゃなくて、長篠の篠に木で、ササキっす!」
「シノキ君て書くのね」
「そうっす!」
「それで、君たちはどっちがミキサーなの」
「俺っす!」
「シノキ君の方ね。2人とも、学籍番号」

 学籍番号を答えると、先生は手元の端末で何かを調べ始めた。もしかして、俺たちの素性と言うか、この場合必要になってくる個人情報なんかひとつ。春学期の成績だろう。でも、シノが早々に先生相手にも臆せず接してて、やっぱ凄いなと。

「シノキ君、君ぃ、成績がパッとしないけど~?」
「すんません! でもマスコミ論はめちゃ頑張ったっす!」
「私の授業だけ良くてもダメなんだよ。秋学期は頑張んなさいよ」
「はいっす!」
「えーと、佐々木君。佐々木陸君だね」
「はい」
「おっ、君は優秀じゃない。いいよ~。ほら、今佐藤ゼミにいるMBCCの子は実技型ばかりでしょう、千葉君然り、高木君然り。君みたいな子を待ってたのよ! それに、よく見たら結構いい顔してるじゃない。うんうん。イケメンで頭も良くて。君、スポーツは出来る?」
「スポーツですか? あ、えーと、人並みには」
「先生、俺体育でコイツと一緒に春はバドミントンとってて、今はスケートやってるんすけど、何でもソツなくこなすんでめちゃ腹立ちます」
「ちょっ、シノ…! 今言うことじゃないだろ」
「うんうん、文武両道ね。いいじゃない」

 先生が手元のメモ帳にさらさらと何かを書いているんだけど、その内容が怖すぎる。そして先生が手元のメモ帳に目をやっている隙を見て、シノが俺にウインクでアピールしている。もしかして、シノは俺のことを推してくれているのか?

「MBCCの子っていうのは、大体純粋にラジオをやりたくて来る子がほとんどだから、君たちもきっとそうなんでしょう」
「そうっすね」
「ですね」
「ただ、佐藤ゼミは地域一のサブカル・メディアゼミとしての色があるからね。それから、ラジオや映像制作といった体験型学習が目立つけど、座学もきっちりやってるから。レポートの量は社会学部の中でも1、2を争うよ。佐々木君は問題ないとして、シノキ君、君なんか特にレポートは苦手そうだけど大丈夫?」
「あ、えー……が、頑張ります……」
「やらせます」
「その様子からすると、春も佐々木君がシノキ君の面倒を見てたね」
「何故バレた!」
「どうしてバレないと思うの。はーっ……高木君にも佐々木君のような子がいてくれればいいんだけどねえ。全く!」
「あはは……」
「とりあえず、君たちは通すから。でもエントリーシートはちゃんと書いて提出すること。右上の数字は私の方で管理してる通し番号だから消さないように。それじゃあ今日の面談はおしまい」
「ありがとうございました」
「あざっしたー。失礼しまーす」

 面談をしていた録音スタジオから出ると、一気に緊張から解き放たれた。一応は2人とも内定をもらえたようだし、良かった。安堵感から大きく息を吐くと、高木先輩がお疲れさまと俺たちを労ってくれる。

「どうだった?」
「高木先輩! 俺たち、通してもらえるっす! 「君たちは通すから」って!」
「本当!? おめでとう! ササも、よかったね」
「はい。いろいろと、ありがとうございました」
「シノはともかく、ササは何が決め手になったんだろう」
「顔と頭と運動神経……完璧超人なトコじゃないすか?」
「ああ、なるほどね」
「いや、もしかしたら座学が苦手なシノの世話役としての可能性が」
「お~い~! あ、いや、でも秋学期もよろしくお願いします」
「あー……秋学期の成績。ここは大事だよ。と、俺も去年の今頃言われてたけどこの結果だから。ササ、頑張って」
「頑張るのは俺なんですね」


end.


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ササとシノが佐藤ゼミの面談に臨みました。シノは性格なのか、ヒゲさんにも臆せずガンガン攻めて行ってますね。よろしい
ササシノ初登場の17年度の+2年という概念ではミキサーの方の篠木君と言っていたように思うけど、公式になってくるとシノキ君になるのね
秋学期の成績が大事なのは1年生ばかりでなくTKGも同じであった。何なら他の誰よりプレッシャーかけられてるんだよなあ

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