2017(02)
■Be a whirl of delight
++++
「僕が聞いていたよりも帰還が早かったね」
「台風が来るから早めに戻ってきたんだ。こっちの方が影響は少なそうだし」
「確かに緑風直撃コースだね。影響は大きそうだ」
「今年は多いぞ。普段は滅多に来ないのに」
菜月さんが向島に戻ってきた。元々3連休の最終日である月曜日に戻ってくると聞いていたのだけど、台風が直撃するという理由で前倒しにしたそうだ。そして、僕の元に唐突に来た連絡。
呼び出されるがままに菜月さんの部屋に向かうと、玄関先に置かれた大量の荷物。地元で買ってきたお土産類や、今さっき買ってきた食料品など。長期間実家に戻るということで冷蔵庫の中身も空……って、それはいつもだった。
「圭斗、そこの紙袋の中に梅酒が入ってるから持ってっていいぞ」
「ん、これかい? この豪勢な」
「それそれ。あと、緑風の地酒飲み比べセットってのもあるだろ」
「ああ、これだね。しかし、菜月さんからこんないい物をいただけるのは嬉しくもあり、怖くもあるね」
「もちろんタダでとはいかないぞ」
「だと思ったよ」
「その酒はお土産と、お前の誕生日プレゼントの意味もあるけどあとひとつ」
「ん、何だい? あと、先の2件については素直にお礼を言うよ。ありがとう」
問題は“あとひとつ”の部分だろう。菜月さんが僕にただ純粋な善意だけで物をよこすとは考えにくい。それなりの対価じゃないけど、条件があるはず。わざわざここに呼び出されたことにも関連するのだろうか。
「出来るならお前に極力弱みは見せたくないんだけど、恥を忍んで頼みがある」
「ん、どうしたんだい」
「犬とその他動物の他に苦手な物の話だ」
「それは確かに弱みだね。それを僕に晒すなんて相当追い詰められてるんだね」
「うちは風と揺れが死ぬほど怖い。風は音が不穏だし、揺れはアレだ、震度1の地震でパニックになる程度には嫌だ。地震じゃなくて、風の揺れもアウトで」
「なるほど? 僕もここで台風をやり過ごせばいいんだね」
「まあ、そんなようなことだ」
いかにもらしく言ったけど、要は「台風が怖いから一緒にいて欲しい」というようなことだ。菜月さんが僕に弱みを晒すほどだから、相当なのだろう。ただ、僕も今は気圧の関係で体調はマックスじゃない。一人だと死にそうだという利害は一致する。
付き合っていない女性の部屋に泊まることは普段ならしないのだけど、菜月さんは女性であり女性ではない。彼女は見た目も中身も紛れもない女性だけど、僕の性愛の対象にはならない。これは純粋な友情としてのステイだ。
「でだ、ご飯なんだけど」
「僕はそこまで量を食べないよ」
「いや、そうじゃなくて」
「ん?」
「台所に野菜と麺があるから」
「作れと?」
「お前が作る方が美味しいだろうからな。まあ、まだ夕飯には早いし然るべき時が来たらな」
BGMがないのに耐えられなくなったのか、部屋のテレビが点けられた。チャンネルをザッと確認して、野球がやってないことを知ると不機嫌そうに相撲中継に落ち着ける。野球に限らず、スポーツ中継なら見ていられるそうだ。
菜月さんは恐怖を誤魔化すように話をしてくれた。夏合宿でペアを組んだ緑ヶ丘の高木君に、地元の紅社で買える野球関係のお土産を頼んでいること。それと交換に緑風で作っているウィスキーを買って来ていることなんかを。
よく考えると僕が今現在担っているこの仕事は、本来高崎か野坂が請け負うべき物だ。まさか、仮にも誕生日に暇だと思われたのか。いろいろ引っかかる点はあるけれど、お土産に酒があるというのに釣られて出てきた僕の見通しが甘かったのは事実。
台所に用意された野菜炒めとラーメンの材料に、夜を想う。その頃には菜月さんの感情がどこに振れているか。雨風が強くても野球の結果が良ければご機嫌だろうし、逆ならお察し。酒でも酌み交わしながら誤魔化そうか? 積もる話は尽きないんだ。
「そう言えば、菜月さんの部屋にはネットがないんだったね」
「圭斗、暇だしゲームでもするか。あっ、桃鉄もあるけど」
「ん、やろうか? ちょうど、外の景色は大恐慌だ」
「真っ赤だな、真っ赤。うわっ! 真っ赤とかやめろ縁起でもない! 嫌だ、目の前で優勝を決められるのは嫌だ! もしそんなことになりでもしたら高木のウィスキーを空けてしまいそうだ!」
ん、何か違うスイッチを押してしまったようだね。だけど台風への怖さは少し薄れているようで、何より。
end.
++++
菜月さんの弱点は犬の他にもいろいろあったんですね。虫や蛇を手掴み出来るのに風が怖いとか多分圭斗さん的には意味がわからないというヤツ。
確かに圭斗さんの言うように本来こういうのは高崎かノサカの仕事なんだろうけど、悪天候時の高崎はめっちゃバイトしてるしノサカは遠いしでアレ。
圭斗さんの誕生日だからというだけの理由の人選でした。大人の事情ってヤツですね
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「僕が聞いていたよりも帰還が早かったね」
「台風が来るから早めに戻ってきたんだ。こっちの方が影響は少なそうだし」
「確かに緑風直撃コースだね。影響は大きそうだ」
「今年は多いぞ。普段は滅多に来ないのに」
菜月さんが向島に戻ってきた。元々3連休の最終日である月曜日に戻ってくると聞いていたのだけど、台風が直撃するという理由で前倒しにしたそうだ。そして、僕の元に唐突に来た連絡。
呼び出されるがままに菜月さんの部屋に向かうと、玄関先に置かれた大量の荷物。地元で買ってきたお土産類や、今さっき買ってきた食料品など。長期間実家に戻るということで冷蔵庫の中身も空……って、それはいつもだった。
「圭斗、そこの紙袋の中に梅酒が入ってるから持ってっていいぞ」
「ん、これかい? この豪勢な」
「それそれ。あと、緑風の地酒飲み比べセットってのもあるだろ」
「ああ、これだね。しかし、菜月さんからこんないい物をいただけるのは嬉しくもあり、怖くもあるね」
「もちろんタダでとはいかないぞ」
「だと思ったよ」
「その酒はお土産と、お前の誕生日プレゼントの意味もあるけどあとひとつ」
「ん、何だい? あと、先の2件については素直にお礼を言うよ。ありがとう」
問題は“あとひとつ”の部分だろう。菜月さんが僕にただ純粋な善意だけで物をよこすとは考えにくい。それなりの対価じゃないけど、条件があるはず。わざわざここに呼び出されたことにも関連するのだろうか。
「出来るならお前に極力弱みは見せたくないんだけど、恥を忍んで頼みがある」
「ん、どうしたんだい」
「犬とその他動物の他に苦手な物の話だ」
「それは確かに弱みだね。それを僕に晒すなんて相当追い詰められてるんだね」
「うちは風と揺れが死ぬほど怖い。風は音が不穏だし、揺れはアレだ、震度1の地震でパニックになる程度には嫌だ。地震じゃなくて、風の揺れもアウトで」
「なるほど? 僕もここで台風をやり過ごせばいいんだね」
「まあ、そんなようなことだ」
いかにもらしく言ったけど、要は「台風が怖いから一緒にいて欲しい」というようなことだ。菜月さんが僕に弱みを晒すほどだから、相当なのだろう。ただ、僕も今は気圧の関係で体調はマックスじゃない。一人だと死にそうだという利害は一致する。
付き合っていない女性の部屋に泊まることは普段ならしないのだけど、菜月さんは女性であり女性ではない。彼女は見た目も中身も紛れもない女性だけど、僕の性愛の対象にはならない。これは純粋な友情としてのステイだ。
「でだ、ご飯なんだけど」
「僕はそこまで量を食べないよ」
「いや、そうじゃなくて」
「ん?」
「台所に野菜と麺があるから」
「作れと?」
「お前が作る方が美味しいだろうからな。まあ、まだ夕飯には早いし然るべき時が来たらな」
BGMがないのに耐えられなくなったのか、部屋のテレビが点けられた。チャンネルをザッと確認して、野球がやってないことを知ると不機嫌そうに相撲中継に落ち着ける。野球に限らず、スポーツ中継なら見ていられるそうだ。
菜月さんは恐怖を誤魔化すように話をしてくれた。夏合宿でペアを組んだ緑ヶ丘の高木君に、地元の紅社で買える野球関係のお土産を頼んでいること。それと交換に緑風で作っているウィスキーを買って来ていることなんかを。
よく考えると僕が今現在担っているこの仕事は、本来高崎か野坂が請け負うべき物だ。まさか、仮にも誕生日に暇だと思われたのか。いろいろ引っかかる点はあるけれど、お土産に酒があるというのに釣られて出てきた僕の見通しが甘かったのは事実。
台所に用意された野菜炒めとラーメンの材料に、夜を想う。その頃には菜月さんの感情がどこに振れているか。雨風が強くても野球の結果が良ければご機嫌だろうし、逆ならお察し。酒でも酌み交わしながら誤魔化そうか? 積もる話は尽きないんだ。
「そう言えば、菜月さんの部屋にはネットがないんだったね」
「圭斗、暇だしゲームでもするか。あっ、桃鉄もあるけど」
「ん、やろうか? ちょうど、外の景色は大恐慌だ」
「真っ赤だな、真っ赤。うわっ! 真っ赤とかやめろ縁起でもない! 嫌だ、目の前で優勝を決められるのは嫌だ! もしそんなことになりでもしたら高木のウィスキーを空けてしまいそうだ!」
ん、何か違うスイッチを押してしまったようだね。だけど台風への怖さは少し薄れているようで、何より。
end.
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菜月さんの弱点は犬の他にもいろいろあったんですね。虫や蛇を手掴み出来るのに風が怖いとか多分圭斗さん的には意味がわからないというヤツ。
確かに圭斗さんの言うように本来こういうのは高崎かノサカの仕事なんだろうけど、悪天候時の高崎はめっちゃバイトしてるしノサカは遠いしでアレ。
圭斗さんの誕生日だからというだけの理由の人選でした。大人の事情ってヤツですね
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