2020(03)

■クシコスポストが鳴りやまない

++++

 夜7時半、パソコンで動画を見ながらお酒を飲んでいると、三井から連絡が入った。今更三井が何の用だと思いつつその電話に出ると、今すぐに助けて欲しいと切羽詰まった様子だった。酒が入ってるけどと確認をしたけど、それでもいいからとにかく来てくれと。
 近くのコンビニで水を買って三井と合流。とうとう奴の居城であるレモンハウスという学生マンションへの潜入を果たすこととなった。三井はこれまで自分の部屋に特別仲のいい2個上の先輩しか入れたことがないらしく、その生活は謎に包まれていた。特に興味はないけど、ネタとしては申し分ない。

「それで、何をどう助けて欲しいって?」
「ちょっと、これを見て欲しいんだけど」
「えーと……履歴書か?」
「そう、履歴書とエントリーシート」

 一般的に言われる就活のカレンダーなんか形式だけの物で、実際は10月になる前から内々定って感じの物を多くの企業が出しているし、多くの学生もそれをもらっている。うちもそういう物をいくつか持っていて、就活は事実上終了している。
 ただ、売り手市場であることをいいことに余裕をぶっこいて未だに就職活動というもの自体に取り掛かっていない人間もいるらしかった。と言うか三井がそのタイプの人間だったらしい。自分ならいつでも内定をもらえるだろうと思っていたそうだ。

「菜月にはこれを書くのを手伝ってほしいんだよ」
「手伝うって言っても、筆跡から何から違うのに手伝えるワケないだろ」
「ほら、菜月って文系でしょ?」
「お前も文系だろ」
「サークルの現役時代も圭斗の書類とか代筆してたし、そういうの得意だと思って」
「それはアイツが絶望的に字が汚かっただけで、内容自体はアイツが考えてたぞ」
「何も実際に書いてくれとは言わないよ。誤字脱字がないかどうかの確認とか、添削をして欲しいんだよ」
「で、履歴書の添削を手伝ってうちに何の利益があるんだ」
「後日焼肉奢ります」
「後日か~」
「もちろん今手伝ってくれてる間の飲食物に関しては俺持ちだし、注文さえしてくれればひとっ走りして買って来るよ!」

 まあ、部屋の中に入ってしまったし、明日には解放されるということで今日は手伝ってやることにした。うちが特に何をするでもなく、三井の考えた文章や書いた事項に粗がないかを見るだけで焼肉を奢ってもらえるならまあまあいい仕事だろう。

「ちなみに、その履歴書はいつ出すんだ?」
「明日必着」
「はあ!? バカなんじゃないのか!?」
「だから菜月に頼んでるんじゃない。明日必着なら明日郵便局に行って速達で出せば届くと思ってさ」
「いや……それにしたってあり得なさすぎる……ナメすぎだろ。それで、自己PR文の下書きとか雛型はあるのか?」
「さっき考えたヤツがあるよ」
「ちょっと見せてくれ」

 受け取ったそれを、赤ペン片手に読んでいく。……何と言うか、酷いとしか言いようがない。3行読んだだけでももう目を通したところが真っ赤になるんだ。漢字が違うとか、言葉の用法間違いは数え上げればキリがない。
 圭斗がよく言うのは、未だに手書きの書類でなければならない場面があるなんてあり得ないということだ。確かにパソコンで書類を作ることが出来ればアイツみたいに字の汚い人間にとっては楽だろうなと思う。
 ただ、三井の場合は圭斗とはまた違う問題があった。圭斗は字が汚くて漢字が苦手なだけで文章はそれなりに作ることが出来る。だけど三井は難しい言葉を使いたがる割に使い方を理解していないし、文章を考えること自体もさほど得意じゃない。

「うわー、真っ赤」
「酒の入った素人がざっと見ただけでこれは相当酷いぞ。就職以前に小学校から国語の勉強をやり直した方がいいレベルだ」
「相変わらず菜月は口が悪いなー」
「じゃあ、添削したその紙はなかったことにしてやろうか。紙吹雪にしてやる。4階だしさぞ綺麗に舞うだろうなあ」
「わー! ちょっ、やめてー!」

 三井がエントリーシートの志望動機や自己PR文を書き写し始めたのを後目に、うちは履歴書の方の添削に入る。エントリーシートと違って決まりきったことを書くだけなのに赤くなる辺りがさすがとしか言いようがない。コイツ、実はうちより成績悪いんじゃないのか?

「三井、音がないと落ち着かない。適当なCDかけていいか?」
「あ、いいよ。その辺にあるから」
「ど・れ・に・し・よ・う・か・なー」
「――って菜月!? その選曲には悪意しか感じないんだけど!」
「ウィリアム・テル序曲だ。それとも剣の舞がいいかなー。せっかくクラシックを聞こうと思ったのに」
「その選曲は焦る!」
「そもそも明日必着の書類を前日の夜にやるとかいう図太い神経してる癖に焦るもクソもないだろ」
「それはそうですけど!」
「ほら、わかったらさっさと書け。お前の書いたどうしようもない文章を意味が通るように成立させてやったんだ。感謝されるならともかく口が悪いだのなんだのと言われる筋合いはないぞ」
「すみませんでした」

 一段高いところに座って、正座をしながら書類と戦う三井の尻を叩くだけの仕事。だけど、明日になって酒が抜けたら何でそんなことやってたんだろうって我に返るんだろうな。……グダらない程度にもうちょっと酒を入れておけばよかったかもしれない。


end.


++++

フェーズ1の頃からやりたくて仕方なかった菜月さんの夜通し添削作業です。三井サンのお宅初訪問になります。
MMPは筆不精が多いとは言われてたけど、特に現4年生の男子がこの手の作業が苦手だったんですね。全部菜月さんに偏ったんや……
そしてしれっと後日焼肉の権利を手に入れた菜月さんである。いやー、相変わらず財布を叩くのが上手だね!

.
23/100ページ