2020(03)
■幻惑のブルームーン
++++
「――というワケで、帰って来るなりエライ目に遭ったんですよリンさん」
「それは、アイツに目をつけられたのを恨めとしか言いようがない」
「おかげで声がちょっとかっすかすでしょう? しばらく歌はいいや……」
そう言って、菜月はアイス抹茶のグラスに刺さるストローをズズ、と吸い上げる。何があったのかを知る由もない美奈も、覇気のない声をした菜月を労わっている。実家のある緑風から向島の下宿先に戻ったところをカンノに見つかって須賀邸に引きずり込まれてしまったのだそうだ。
須賀邸に引きずり込まれてからは、ひたすら歌い続けていたそうだ。菜月にはカンノからこれだけの歌を歌えるようになっといてくれというノルマ曲が渡されていたそうなのだが、まさか本当にやるのかと半信半疑だったところに始まったレコーディングだ。
ところで、ここは豊葦近郊にオープンしたという抹茶カフェだ。元は菜月が美奈を誘っていたそうなのだが、抹茶ということもあり美奈がオレに声をかけたのだ。オレがいて問題ないのかという問いには、話したいことがあるからむしろ来てくれと返って来たらしい。で、冒頭に至る。
「菜月が、歌を…? 確かに、菜月の歌は、いい……」
「ただのカラオケだけで済めば良かったのだがな」
「ホントに。録ったの、どうなるんですか」
「それはもう、動画化されるのではないか」
「え、ウソですよね?」
「そんな冗談を言ってどうなる。弾けるようになれというノルマはオレにも課せられている」
「USDXって、ゲーム実況グループですよね!」
「昨今では実況者と言っても実況だけをやっているワケではないらしいからな。尤も、その辺の事情に関してはオレもよく知らん」
話によれば、菜月には5、6曲ほどのノルマが課せられていたそうだ。渡されたデータを実家でも聞いて何となく歌ってはいたものの、まさかこんな事態になるとは思っていなかったと。それはそうだろう。レコーディングのときのカンノがやたらガチ過ぎて流されてしまったとも。
そして須賀邸には、USDX関係のイラストを描いているKirara氏も住んでいる。カンノの紹介で菜月は彼女とも顔を合わせたそうなのだが、それも恐らくは菜月がボーカルを取る曲の絵を描くためだろう。菜月がどういうキャラクターに落とし込まれるのかはわからないが、キービジュアルがオレたちに告知される日も遠くないだろう。
「……いつの間にか、菜月がそんなことに……」
「良くも悪くも朝霞のフットワークに巻き込まれた形だろう。元はと言えばアイツがカラオケに誘ったのだしな」
「朝霞のフットワークって、本当に謎過ぎる」
「……ロイは、好奇心が旺盛だから……」
「リンさん、抹茶アイス奢って下さい。USDXの連帯責任的なことで」
「ではこの場はオレが立て替えよう」
「リンが、人の飲食代を払うって…!?」
「立て替えるだけだ。オレはびた一文も出さん。菜月が飲み食いした分はカンノからきっちり返してもらう。そうとなれば別会計にして菜月の分の領収証を貰わねばな」
「……リンが、ちゃんとリンで安心した……菜月も、安定だし……」
「美奈、オレを何だと思っている」
「……でも……基本、人に奢ることは、しないはず……」
菜月とオレの2人分の抹茶アイスを追加注文し、それを待つ。自分の分は自分で払うが、菜月の分はカンノから毟り取る。何故なら菜月がアイスを奢れと言い出したのはカンノが酷い目に遭わせたからだろう。それならば、しっかりカンノとの間で解決した方がいい。金で解決出来るならその方が早い。
そして、以前チラリと聞いていた菜月の素行に関しても、こういうことなのかと理解した。菜月は周りにいる使えそうな男の財布を叩くのが異様に上手いという話は聞いていた。貢がれ属性というらしい。ただ、それも相手は選んでいるようなので性質の悪い女だなと。
「お」
「……どうしたの…?」
「菜月、お前をキャラクター化したビジュアルがグループ内に公開された」
「えっ、かわいい、きれい。えっ、このキャラクターの、中の人」
中の人、と自分を指さしながら菜月は目を丸くしている。しかしKirara氏は例によって仕事が早い。青系統の色をベースにまとめられていて、長い髪と耳にかけられた三日月形のアクセサリーが印象的だ。どことなく本人の面影があるようにも思える。
「このイラスト……幻想的で、とても綺麗……」
「美奈も思う?」
「背景が星空なのも、とてもいいと思う……イヤーカフが金色で、それがとても映える……」
「えっ、でもちょっと待って下さいよリンさん」
「どうした」
「この絵はとても綺麗ですけど、こんなものを用意されちゃったっていうことは」
「引くに引けんということだな。まあ、お前はゲーム実況に参加するワケでもないはずだ。歌だけで身元が特定されることもないだろうから心配することはない」
end.
++++
この3人の掛け合いが好きだと言うだけの理由で唐突なヤツ。菜月さんはリン様に対して基本丁寧語なんすね
さて、先日ちーちゃんたちと向島に戻った菜月さん、それから今日に至るまでの短い間に捕まってしまった様子。ご愁傷さま。
これからレコーディングされた歌が動画化されていくにつれてUSDX内でも彼らを追っている人たちの間でもざわざわしていくんだろうなあ
.
++++
「――というワケで、帰って来るなりエライ目に遭ったんですよリンさん」
「それは、アイツに目をつけられたのを恨めとしか言いようがない」
「おかげで声がちょっとかっすかすでしょう? しばらく歌はいいや……」
そう言って、菜月はアイス抹茶のグラスに刺さるストローをズズ、と吸い上げる。何があったのかを知る由もない美奈も、覇気のない声をした菜月を労わっている。実家のある緑風から向島の下宿先に戻ったところをカンノに見つかって須賀邸に引きずり込まれてしまったのだそうだ。
須賀邸に引きずり込まれてからは、ひたすら歌い続けていたそうだ。菜月にはカンノからこれだけの歌を歌えるようになっといてくれというノルマ曲が渡されていたそうなのだが、まさか本当にやるのかと半信半疑だったところに始まったレコーディングだ。
ところで、ここは豊葦近郊にオープンしたという抹茶カフェだ。元は菜月が美奈を誘っていたそうなのだが、抹茶ということもあり美奈がオレに声をかけたのだ。オレがいて問題ないのかという問いには、話したいことがあるからむしろ来てくれと返って来たらしい。で、冒頭に至る。
「菜月が、歌を…? 確かに、菜月の歌は、いい……」
「ただのカラオケだけで済めば良かったのだがな」
「ホントに。録ったの、どうなるんですか」
「それはもう、動画化されるのではないか」
「え、ウソですよね?」
「そんな冗談を言ってどうなる。弾けるようになれというノルマはオレにも課せられている」
「USDXって、ゲーム実況グループですよね!」
「昨今では実況者と言っても実況だけをやっているワケではないらしいからな。尤も、その辺の事情に関してはオレもよく知らん」
話によれば、菜月には5、6曲ほどのノルマが課せられていたそうだ。渡されたデータを実家でも聞いて何となく歌ってはいたものの、まさかこんな事態になるとは思っていなかったと。それはそうだろう。レコーディングのときのカンノがやたらガチ過ぎて流されてしまったとも。
そして須賀邸には、USDX関係のイラストを描いているKirara氏も住んでいる。カンノの紹介で菜月は彼女とも顔を合わせたそうなのだが、それも恐らくは菜月がボーカルを取る曲の絵を描くためだろう。菜月がどういうキャラクターに落とし込まれるのかはわからないが、キービジュアルがオレたちに告知される日も遠くないだろう。
「……いつの間にか、菜月がそんなことに……」
「良くも悪くも朝霞のフットワークに巻き込まれた形だろう。元はと言えばアイツがカラオケに誘ったのだしな」
「朝霞のフットワークって、本当に謎過ぎる」
「……ロイは、好奇心が旺盛だから……」
「リンさん、抹茶アイス奢って下さい。USDXの連帯責任的なことで」
「ではこの場はオレが立て替えよう」
「リンが、人の飲食代を払うって…!?」
「立て替えるだけだ。オレはびた一文も出さん。菜月が飲み食いした分はカンノからきっちり返してもらう。そうとなれば別会計にして菜月の分の領収証を貰わねばな」
「……リンが、ちゃんとリンで安心した……菜月も、安定だし……」
「美奈、オレを何だと思っている」
「……でも……基本、人に奢ることは、しないはず……」
菜月とオレの2人分の抹茶アイスを追加注文し、それを待つ。自分の分は自分で払うが、菜月の分はカンノから毟り取る。何故なら菜月がアイスを奢れと言い出したのはカンノが酷い目に遭わせたからだろう。それならば、しっかりカンノとの間で解決した方がいい。金で解決出来るならその方が早い。
そして、以前チラリと聞いていた菜月の素行に関しても、こういうことなのかと理解した。菜月は周りにいる使えそうな男の財布を叩くのが異様に上手いという話は聞いていた。貢がれ属性というらしい。ただ、それも相手は選んでいるようなので性質の悪い女だなと。
「お」
「……どうしたの…?」
「菜月、お前をキャラクター化したビジュアルがグループ内に公開された」
「えっ、かわいい、きれい。えっ、このキャラクターの、中の人」
中の人、と自分を指さしながら菜月は目を丸くしている。しかしKirara氏は例によって仕事が早い。青系統の色をベースにまとめられていて、長い髪と耳にかけられた三日月形のアクセサリーが印象的だ。どことなく本人の面影があるようにも思える。
「このイラスト……幻想的で、とても綺麗……」
「美奈も思う?」
「背景が星空なのも、とてもいいと思う……イヤーカフが金色で、それがとても映える……」
「えっ、でもちょっと待って下さいよリンさん」
「どうした」
「この絵はとても綺麗ですけど、こんなものを用意されちゃったっていうことは」
「引くに引けんということだな。まあ、お前はゲーム実況に参加するワケでもないはずだ。歌だけで身元が特定されることもないだろうから心配することはない」
end.
++++
この3人の掛け合いが好きだと言うだけの理由で唐突なヤツ。菜月さんはリン様に対して基本丁寧語なんすね
さて、先日ちーちゃんたちと向島に戻った菜月さん、それから今日に至るまでの短い間に捕まってしまった様子。ご愁傷さま。
これからレコーディングされた歌が動画化されていくにつれてUSDX内でも彼らを追っている人たちの間でもざわざわしていくんだろうなあ
.