2020(03)

■イメージの転換期

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「拓馬さん、どうしたんすか急に」
「大した用じゃねえんだけどよ、火曜だしお前こっちにいるかと思って。まあ、上がれよ」

 FMにしうみでの番組が終わってスマホの通知を確認すると、拓馬さんから連絡が入っていた。ラジオが終わったらうちに来いという用件だ。拓馬さんの部屋には1回か2回ほどお邪魔したことがあるけど、シンプルイズベストと言うのがしっくりくる部屋だ。
 拓馬さんはベーシストで、家でも練習が出来るように防音性能が高い部屋を借りている。ベース周りと、パソコン周りがよくイメージされるシンプルな部屋とは少し違うかなという印象だ。パソコンやヘッドセットがゴツイし、イスがとにかくすごい。豪華と言うか、新幹線とかのハイランク座席のようだ。

「ユーヤお前、ぶどう好きだったか?」
「ぶどうっすか? 好きっすよ」
「明日の用事は」
「特にないっすね。バイトも卒論のフィールドワークもない純粋な休日っす」
「じゃあ、一杯やるか」

 そう言って拓馬さんがテーブルに置いたのは、ワインの瓶だ。そしてぶどうの入ったデカい箱。

「どうしたんすかこれ」
「千景が緑風に旅行に行ってたとかで送って来たんだ」
「律儀な奴っすね。でも、緑風でぶどう?」
「そこそこ名のある観光ぶどう園なんだと。で、そこにあるワイナリーで作ってる酒と一緒に。俺の食う量を知ってるからこんだけ送って来たんだろうが、俺が身寄りのない1人暮らしだっつーこともわかってるだろうに。ま、そういうことだから遠慮なく食ってくれ」
「それじゃあ、いただきます」

 今まで冷蔵庫に入っていたのか、ぶどうはとてもよく冷えている。最初の一口は甘みと酸味が絶妙なバランスで口いっぱいに広がって、一瞬で次に手が出た。拓馬さんもぶどうに手を伸ばし、ちまちまと食っている。拓馬さんとぶどうを食うというのもなかなかシュールな光景だ。
 俺はワインの良し悪しなんかはあまりよくわからないが、出されたワインが美味いことはわかる。甘みが強くてフルーティだなという印象だ。とりあえず赤から飲んでいるが、白もあるそうだ。つーかアイツどんだけ送って来てんだよ。節制の印象とは真逆じゃねえか。

「美味いっすね」
「ああ。美味い」
「そういや拓馬さん、仕事の方は例によって忙しいんすよね」
「忙しいっちゃ忙しいが、週休2日は確保されてるし残業したとしても9時までだろ、例年よりは断然楽だ。まあ、来月になってダウンがどう動くかにもよるけどな」
「そうなんすね。ほら、長谷川がやたら静かっすし、バンドがまた止まってんだなーと思って」
「あー……バンドな」

 拓馬さんは俺のバイト先の同僚である長谷川らとスラップソウルというバンドをやっている。拓馬さんはそのベースボーカルを務めている。長谷川はこのバンドでメジャーに行くんだと意気込んでいるが、拓馬さんの繁忙期にはバンドの活動がストップしてしまうし、他のメンバーの熱量にも疑問符が浮かぶ。

「お前にだから言うが、正直スラップソウルはもう長くない」
「解散すか」
「まあ、そうなるだろうな。メジャー云々以前に、俺が比較的暇でもそこまで動いてねえ時点でお察しだろ」
「確かに最近はそんな感じっすね。拓馬さん、そうなったらベースはもうやんない感じすか」
「いや、何なら今ガツガツ練習してるぞ」
「そうなんすか?」
「これもお前にだから言うが、最近はチータが作った曲をガンガンプレイしてんだ。それを他のパートのメンバーとセッション出来るように練習してるって感じで、惰性でやってた今までより楽しくやれてる」

 ここで拓馬さんから出て来た名前だ。春に壮馬の気紛れで昔のバンドを復活させた時のサポートキーボード、菅野太一。やたら拓馬さんと距離が近いっつーか、接し方から見える関係性が謎っつーか。年末にあった音楽イベントで知り合ったとしては、歳の差相応の付き合い方じゃないと言うか。

「そういや、拓馬さんと太一ってどういう知り合いなんすか? 太一はタメ語でガンガン行ってるし、普段から遊んでるみたいなニュアンスだったじゃないすか」
「アイツとは趣味のダチだな。元々の出会いはネット上だ。それからオフでも絡むようになって、っつー感じで。アイツはお前とは逆で、俺が元ヤンだとか何とかっつーのは全く知らない。聞いたことはあってもネタだと思ってる」
「拓馬さんとネットって、何か全然イメージになかったっす」
「お前は俺を何だと思ってんだ」
「やっぱ、星港のヘッドだったときの印象が強すぎるっつーか」
「いい加減その印象を捨ててもらわないとな。俺も普通にネットやゲームをやるし。肉と卵以外の物も食う」
「すんません。でも、拓馬さんがバンド辞めたとしても音楽を辞めないってわかって良かったっす。スラップソウルは正直そこまで人の入らないバンドっすけど、拓馬さんの歌やベースは個人的にめちゃくちゃ好きなんで」

 ただネットをやるにしては豪勢過ぎるイスは、ゲーミングチェアと言ってゲームをやるのに最適化された物なんだそうだ。パソコン周りのありとあらゆる物がゲームをやるために揃えられたそれ用の物なのだという。拓馬さんの趣味がPCゲームやオンラインゲームっていうのは新発見だ。

「あ、せっかくっすし拓馬さんがゲームしてるところも見てみたいっす」
「あ? あー……そしたら、適当にやるか。えーっと、……通じた。樹理、APEXやるぞ」
『えー!? 今からー!? 俺今編集で忙しいんだけどー!?』
「うるせえ、即出てるっつーことはサボってんだろ。やるぞ」
『配信するー?』
「しねえ。録画もなし」
『了解、ガチプレイね』


end.


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樹理ちゃん、キョージュとしては舐めプじゃないけど下手くそな振りをしてるので、普通にやると上手いよ! P&S時代からの視聴者には今更。
高崎は昔のイメージを引き摺り過ぎてオミさんを今でもちょっと恐れてるところがあるけど、何やかんや昔よりは砕けてそう。
スラップソウルはもう長くないと言及があったけど、そうなったら長谷川マサちゃんはギタリストとしてどうしていくのか……

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