2020(02)
■切り替わるスイッチ
++++
「そしたら、ちょっと弾いてみるな」
「お願いしまーす」
いよいよ、これまで俺の帰省やら夏合宿やらで中断していた青敬さんの作品制作再始動だ。俺は趣味でキーボードを弾いていて、たまに気分を変えて丸の池公園とか、近場の公園で練習することもある。そこに青敬の3人組と出くわし、ミュージックビデオ風の作品制作に協力してくれないかと頼まれたんだ。
朝霞さんに相談したら、動画作品としてネットにも上げるなら権利関係で面倒なことになるかもしれないからオリジナル曲の方がいいんじゃないかと言われた。それで、菅野さんっていう先輩に曲を作ってもらったんだけど、カッコいい代わりにバリ難しくて。
ミュージックビデオ風の撮影は、一般的には音源の上から必要なカットをやってるフリで撮ったりするんだろう。だけど、如何せんオリジナル曲なのでそういうのがない。一応菅野さんからもらったデモ音源はあるけど、仮だからちゃんとしたのは自分で録れと言われて。
「――っていう」
「おお~っ。すげーな彩人。指の動きとか全然見えなかった」
「めっちゃ練習したもんな。マジでえげつない」
「これ、サークルの先輩が作った曲なんだろ? すげー先輩がいるんだな」
「ホントに。俺も知らなかったんだけど、隣に住んでる仲良い先輩のツテでどーにか頼み込んでさ」
曲調としては、ほんのりジャズテイストのあるピアノロックっていうのがいいのかもしれない。菅野さんはキーボードの機能をめちゃ使いこなす人だからそれ1台ですごい音になるんだけど、俺はそこまでキーボードを使いこなせてないからデモ音源(2)よりはシンプルな音だ。
曲のデータが送られて来た時には「こんだけカッコいい曲にしてやったんだからちゃんとやらねーと許さねーからな」と釘を刺され、ちゃんとやらないとマズいなとより一層気を引き締めた。朝霞さんから「音楽関係の時の菅野はどんな脅しも冗談じゃなくガチだからちゃんとやれ」と聞いていたのもある。
「って言うか、今のをちゃんとした音源として録らなきゃなんだろ?」
「一応USBケーブルは持って来たけど、誰かタブレットとかある?」
「北星、どーすんの?」
「俺が一通り調べて用意してるよ。ケーブル用意してもらえてて助かった。彩人、ありがとう」
「いえいえ」
……って言うか、やっぱ北星が誰だお前って感じで。北星と言えば普段はふにゃふにゃしてると言うか、おどおどしてると言うか……何て言うか見てて心配になるような感じの奴なんだけど、動画制作に関わると覚醒するという風には聞いていた。だけど、顔つきから喋り方からして別人じゃねーか。
俺が渡したケーブルでキーボードやら各種機材を繋いで、タブレットを何か操作してアプリとかで録音準備をしてんのかな、よくわかんないけど。北星がそうやってるのを、脇から当麻と雨竜が覗き込んで勉強してるって感じ。
この3人衆は大学でも一緒の学科で一緒のサークルなんだけど、動画制作の実力に関しては北星が頭一つ二つ飛び抜けているらしい。何でも、北星はネット上で動画制作の仕事をして小遣いを稼いでるとか何とか。そうやって依頼された仕事をしてると普通のバイトをする暇がないんだって。
「とりあえず今日は曲を録音するところまでかな。2、3日でいろいろ上げて、次の予定出すから。彩人、それでいいかな」
「俺はもう。お任せします」
「そしたら、あと何回か弾いてもらおうか。お願いします」
それから何回か演奏をして、どのテイクが一番いいかを4人で選んでこれで行きましょうということを決める。今日の俺の仕事はこれでおしまい。後は後日の撮影に臨むだけ。そこまでの段取りは北星がやってくれるそうだ。
「はい。今日はこれでおしまいです。お疲れさまでした」
「おつかれーす」
「は~。つかれた~。おなかもすいた~」
「……うん、やっぱこっちが俺の知ってる北星だな」
「動画制作の時だけ覚醒すんだよ北星って。つか彩人と最初に知り合った時って覚醒してる時の北星だろ?」
「でも、普段のふにゃふにゃしてる方の印象が強いかな。合宿で結構喋ってたから」
ただ、何に気合を入れるのかっていうところのポイントなんだろうな。音楽関係の時はガチになる菅野さんとか、ステージに関わる時は鬼だと呼ばれた朝霞さんにしても。俺にはそこまで人格から何まで変わるような事柄っていうのはないから、その感覚はよくわからないのだけど。
「2日目の夜にくるみと一緒にいるトコ見て「ボディーガードしてんのか」って茶化したけど、そん時もコイツ「痛いのは嫌だな~、頼りなくてごめんね~」っつっててくるみに励まされる始末でさ」
「は!? お前そこは「俺がくるちゃんを守るよ~」じゃないのかよ! 何やってんだよ!」
「だって~、怖かったんだもん」
「まあ、乱闘の件は俺もドン引きしたし、普通は怖いって」
「よかった~。でも、くるちゃんには頼られたいし~……やっぱり、俺には映像しかないな~」
北星はこのMVもがんばろ~と気合を入れて、映像に関しては俺に任せてね~とニコニコしている。くるみの件が引き金っぽいのが気になるけど、映像制作にはガチな奴だから信用していいだろう。でも、俺にもそういう強みとか、得意なことが欲しいな。
「よし! 北星、景気づけにコーヒーでも飲むか!」
「いいね~。あっ。でも~、俺~、今日服白いや~。大丈夫かな~」
「北星、コーヒーの染み抜きはもうマスターしただろ!」
「こぼしてもワンチャンくるちゃんに連絡して聞いたらいいんじゃないか?」
end.
++++
中断していたMV撮影が再開しました。カンDの作る曲ってカッコいいんだろうけど弾きこなせるようになるにも時間がかかるんだろうなあ
音楽関係のカンD、もといチータからガンガン脅されまくってるのが恐らく朝霞Pと言うかレイ君……ギターの練習頑張れ。
萌香みちるの乱闘の件は現場にいたミキサー陣はみんな引いてるし怖かった。ボディーガードよりメンタル面でのケアの方が向いてそうですね北星は。
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「そしたら、ちょっと弾いてみるな」
「お願いしまーす」
いよいよ、これまで俺の帰省やら夏合宿やらで中断していた青敬さんの作品制作再始動だ。俺は趣味でキーボードを弾いていて、たまに気分を変えて丸の池公園とか、近場の公園で練習することもある。そこに青敬の3人組と出くわし、ミュージックビデオ風の作品制作に協力してくれないかと頼まれたんだ。
朝霞さんに相談したら、動画作品としてネットにも上げるなら権利関係で面倒なことになるかもしれないからオリジナル曲の方がいいんじゃないかと言われた。それで、菅野さんっていう先輩に曲を作ってもらったんだけど、カッコいい代わりにバリ難しくて。
ミュージックビデオ風の撮影は、一般的には音源の上から必要なカットをやってるフリで撮ったりするんだろう。だけど、如何せんオリジナル曲なのでそういうのがない。一応菅野さんからもらったデモ音源はあるけど、仮だからちゃんとしたのは自分で録れと言われて。
「――っていう」
「おお~っ。すげーな彩人。指の動きとか全然見えなかった」
「めっちゃ練習したもんな。マジでえげつない」
「これ、サークルの先輩が作った曲なんだろ? すげー先輩がいるんだな」
「ホントに。俺も知らなかったんだけど、隣に住んでる仲良い先輩のツテでどーにか頼み込んでさ」
曲調としては、ほんのりジャズテイストのあるピアノロックっていうのがいいのかもしれない。菅野さんはキーボードの機能をめちゃ使いこなす人だからそれ1台ですごい音になるんだけど、俺はそこまでキーボードを使いこなせてないからデモ音源(2)よりはシンプルな音だ。
曲のデータが送られて来た時には「こんだけカッコいい曲にしてやったんだからちゃんとやらねーと許さねーからな」と釘を刺され、ちゃんとやらないとマズいなとより一層気を引き締めた。朝霞さんから「音楽関係の時の菅野はどんな脅しも冗談じゃなくガチだからちゃんとやれ」と聞いていたのもある。
「って言うか、今のをちゃんとした音源として録らなきゃなんだろ?」
「一応USBケーブルは持って来たけど、誰かタブレットとかある?」
「北星、どーすんの?」
「俺が一通り調べて用意してるよ。ケーブル用意してもらえてて助かった。彩人、ありがとう」
「いえいえ」
……って言うか、やっぱ北星が誰だお前って感じで。北星と言えば普段はふにゃふにゃしてると言うか、おどおどしてると言うか……何て言うか見てて心配になるような感じの奴なんだけど、動画制作に関わると覚醒するという風には聞いていた。だけど、顔つきから喋り方からして別人じゃねーか。
俺が渡したケーブルでキーボードやら各種機材を繋いで、タブレットを何か操作してアプリとかで録音準備をしてんのかな、よくわかんないけど。北星がそうやってるのを、脇から当麻と雨竜が覗き込んで勉強してるって感じ。
この3人衆は大学でも一緒の学科で一緒のサークルなんだけど、動画制作の実力に関しては北星が頭一つ二つ飛び抜けているらしい。何でも、北星はネット上で動画制作の仕事をして小遣いを稼いでるとか何とか。そうやって依頼された仕事をしてると普通のバイトをする暇がないんだって。
「とりあえず今日は曲を録音するところまでかな。2、3日でいろいろ上げて、次の予定出すから。彩人、それでいいかな」
「俺はもう。お任せします」
「そしたら、あと何回か弾いてもらおうか。お願いします」
それから何回か演奏をして、どのテイクが一番いいかを4人で選んでこれで行きましょうということを決める。今日の俺の仕事はこれでおしまい。後は後日の撮影に臨むだけ。そこまでの段取りは北星がやってくれるそうだ。
「はい。今日はこれでおしまいです。お疲れさまでした」
「おつかれーす」
「は~。つかれた~。おなかもすいた~」
「……うん、やっぱこっちが俺の知ってる北星だな」
「動画制作の時だけ覚醒すんだよ北星って。つか彩人と最初に知り合った時って覚醒してる時の北星だろ?」
「でも、普段のふにゃふにゃしてる方の印象が強いかな。合宿で結構喋ってたから」
ただ、何に気合を入れるのかっていうところのポイントなんだろうな。音楽関係の時はガチになる菅野さんとか、ステージに関わる時は鬼だと呼ばれた朝霞さんにしても。俺にはそこまで人格から何まで変わるような事柄っていうのはないから、その感覚はよくわからないのだけど。
「2日目の夜にくるみと一緒にいるトコ見て「ボディーガードしてんのか」って茶化したけど、そん時もコイツ「痛いのは嫌だな~、頼りなくてごめんね~」っつっててくるみに励まされる始末でさ」
「は!? お前そこは「俺がくるちゃんを守るよ~」じゃないのかよ! 何やってんだよ!」
「だって~、怖かったんだもん」
「まあ、乱闘の件は俺もドン引きしたし、普通は怖いって」
「よかった~。でも、くるちゃんには頼られたいし~……やっぱり、俺には映像しかないな~」
北星はこのMVもがんばろ~と気合を入れて、映像に関しては俺に任せてね~とニコニコしている。くるみの件が引き金っぽいのが気になるけど、映像制作にはガチな奴だから信用していいだろう。でも、俺にもそういう強みとか、得意なことが欲しいな。
「よし! 北星、景気づけにコーヒーでも飲むか!」
「いいね~。あっ。でも~、俺~、今日服白いや~。大丈夫かな~」
「北星、コーヒーの染み抜きはもうマスターしただろ!」
「こぼしてもワンチャンくるちゃんに連絡して聞いたらいいんじゃないか?」
end.
++++
中断していたMV撮影が再開しました。カンDの作る曲ってカッコいいんだろうけど弾きこなせるようになるにも時間がかかるんだろうなあ
音楽関係のカンD、もといチータからガンガン脅されまくってるのが恐らく朝霞Pと言うかレイ君……ギターの練習頑張れ。
萌香みちるの乱闘の件は現場にいたミキサー陣はみんな引いてるし怖かった。ボディーガードよりメンタル面でのケアの方が向いてそうですね北星は。
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