2020(02)

■憧れのデビュー

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 2日目夜、炭酸でも飲みたいなと思って自販機に寄った帰り、ぼんやりとオレンジの明かりが灯るそのスペースに人影を見つけ、ふらりと覗き込む。すると、その中ではみちるがタバコを吸いながらスマホを見ているようだった。コンコンと喫煙所のドアをノックすると、みちるはタバコの火を押し消して外に出て来た。

「どしたの彩人」
「いや、どうもしない。通りかかっただけ。つかお前、タバコ吸ってたのか」
「まあね。せっかく大学デビューしようと思ってたのに、今日でその計画も頓挫しちゃったから、もういいかって」
「大学デビュー? どう見ても地味だけど」
「ごくごく普通の大学生活を送りたくてさ」

 デビューと言うと、例えば俺みたく髪の色を派手にしたり、生活様式を派手にしたりといろいろ考えられる。だけどみちるにとっては姿を地味にして、大人しく暮らすことこそがデビューなのだと言う。

「そういや今まで聞いたことなかったけど、みちるってどこから星港に出て来てるんだ?」
「東都」
「東都!? 東都だったらわざわざ出て来なくたって似たような大学なんかいくらでもあるだろ。それに、どう考えてもあっちの方が便利だろうし」
「誰も知ってる人がいない土地で暮らしたかったから。私ね、昔はちょっと顔が売れちゃってたんだよ。中学生の頃は本当に大人しくてね、ヤンキーみたいな連中にカツアゲされたりパシられたりっていう、典型的ないじめられっ子みたいな感じで」
「どっちかって言うとそっちのイメージの方が何となくわかる感じがする。大人しい雰囲気だし」
「高校に上がってからはやり返すことを覚えて、1人やったら次から次へとケンカを売られるようになって。それを返り討ちにしてたらまともな友達なんか出来っこないし。見た目は真面目なのにケンカばっかしてるっていう。いっそ分かりやすいヤンキーだったらよかったのかもね」
「つまり、さっきのは昔の血が蘇ったと」

 あの萌香とかいう女との取っ組み合いも、実際はわけもわからずキーキーと向かって来る萌香をみちるが軽くいなしているような感じで、全く相手になっていなかった。話を聞いて納得だ。みちるには場数があったから、あのくらいならそれこそ雑魚なのだと。
 大人しく、地味に普通の生活を送りたいという願いを抱えて星港にやってきたみちるは、まず風貌を地味にすることから始めた。髪をおさげにして、メガネをかけた。ちなみにみちるの視力は普通に裸眼で生活出来るレベルらしく、さっき踏み潰したメガネも1000円ほどで買えるただのダテメガネらしい。

「ゴローさんとマリンさん、胃が痛いだろうね。星ヶ丘は問題児ばっかりで」
「……ホントに。戸田さんに知れたら怒られるかな。いや、怒られるなんてモンじゃ済まないかも」
「彩人は大丈夫でしょ、ただの体調不良なんだから。私は文字通りの暴力沙汰だし、マズいかも」
「いや、俺たちにはまだ海月という最後の砦が」
「海月は海月で番組で失敗して落ち込んでる感じだったし、大丈夫かな」
「シノが励ましてたし大丈夫だろ。いい相方に恵まれてよかったじゃんな、海月は」

 俺たち戸田班の1年はみんな今日で番組を終えて一応は自由の身になった。俺とみちるはそつなく番組をこなしたけど、海月がちょっと失敗してしまって。番組自体はシノの機転で何のトラブルもない風に演出されたけど、終わった後の海月の落ち込み具合が尋常じゃなくて、俺たちはめちゃくちゃ心配してたっていう。

「そう言えば彩人、あの子の様子わかる?」
「あの子」
「あのクソ女に悪態付かれてた子。くるみだっけ」
「あー……高木さんとか班の子がフォローしてるみたいだったし、大丈夫だと思いたいけど」
「そう。ちょっと元気になってるようなら、話しに行こうかな。でも、あの子番組明日だし、打ち合わせしてるかな」
「ちょっと様子見てきたらいいんじゃね?」
「カフェオレ飲んでからにしよう。ホントはお酒が欲しいけど」

 チラッと見た感じ、萌香にボロクソに言われて落ち込んでいたくるみは、緑ヶ丘の人や同じ班の面々が励ましているようだった。確かにあの子は学校行事でクラスTとか作りそうな雰囲気がある。でもそれが嫌いだからってこういう場でキレ散らかすのはまた違う。そんな風に話してると、こっちの方に人が近付いて来るような気配がする。

「あ。あの、みちるちゃん、さっきは、大丈夫だった?」
「うん。私は大丈夫。くるみは?」
「もう平気だよ。ありがとう」

 通りかかったのはくるみと北星で、俺とみちるの姿を見てくるみが立ち止まる。どうやらくるみもみちるのことが気にかかっていたらしかった。

「北星は何? くるみのボディーガード?」
「え~!? えと、その、俺は~、くるちゃんと一緒に飲み物を買いに来て~……ボディーガード!? ……えっと、く、くるちゃん、守ったらいい? でも、痛いのは嫌だな~……頼りなくてごめんね~」
「えっ、そんなことないよ! 北星、元気出して!」
「そうだぞ北星、元気出せよ」
「そう言えば~、さっき~、彩人のことを探してる子がいたよ~。ねえくるちゃん」
「そうだ、ササが彩人のこと探してたよ! お風呂まだだけど大丈夫かなって」
「あっそうだ! 風呂まだだ! ありがと、急いで戻ります!」


end.


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みちるがどこから出て来てるのかということは、案外みんな聞いていなかったみたいなんですね。実は大都会の出身。
イジメられっ子だった中学時代、ケンカばかりしていた高校時代を経て普通の生活を送りたいと単身向島に出てきました。実家に帰らないのも新しい自分になったから。
さて、星ヶ丘内でこの件はどう扱われるのか! 去年だったら間違いなくアウトだっただろうなあ……

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