2020(02)

■戦慄のおさげ

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 合宿2日目。朝はパートごとに分かれての講習だ。いろいろ心配になっちゃうけどそれはそれ、これはこれとしてちゃんとやらないと。夏合宿の講習は初心者講習会よりも少し進んだ内容だ。ボーっとしてると置いて行かれてしまう。
 昨日の夜、体調を崩してしまった彩人は端の列に陣取り、その隣の席に当麻が座ることでせめてもの安全を確保している様子。そういう対策を自分で考えて、ちゃんと取れるところが凄いなとは思う。こっちがお世話することもあんまりないもんね。
 対策委員は一般の参加者と違う場所に席を設けて、講習会場を見渡せるようにしている。何かあればすぐ動けるように目を光らせて。ゲンゴローは彩人を心配していたようだけど、席順を見せてこれなら大丈夫じゃないかなと言うと、ホッとしたような様子だった。

「今何分前?」
「15分前だね。みんな余裕を持って動いてくれてて助かる。タカティ、昨日の件はもう大丈夫そう?」
「今日は多分大丈夫じゃないかな」
「そう。それならいいけど」

 この話に浮かない顔をしているのが奈々だ。俺たちが心配しているのは昨日女性恐怖の発作で体調を崩した彩人だけど、奈々が心配しているのはその彩人にグイグイ迫っていた萌香だ。あの子は向島の子だから、保護監督とかそういう意味での心配なのかもしれない。

「はー……胃が痛い。朝ごはん普通に食べたのに」
「普通に食べたんなら、別にいいんじゃ?」
「急いで食べたとか悪い物を食べたとかじゃないのにキリキリする。昨日タカティがバタバタしてたの、萌香がやらかしたって聞いて」
「きっかけはそうだけど、別にあの子が悪いってワケでもなかったんじゃないかな」
「うん。ただ彩人とは相性が悪かったってだけで。別にあの子に問題があったワケじゃないと思うよ」
「だったらいいけど。あ~…! この合宿にいるイケメンの子って大体彼女いるし、萌香絶対ご機嫌斜めってカノンが言ってたの~、嫌な予感プンプンする~…!」

 奈々によれば、萌香という子は向島のサークルにも出会いを求めて参加しているそうで、平たく言えば顔のいい彼氏が欲しいらしい。その点で言えば彩人にグイグイ迫るのも納得だけど、如何せん彩人は軽い女性恐怖を患っていて、という具合だ。
 この合宿にいるイケメンの子、例えばササとか当麻には彼女がいる。言ってしまえば彩人にも恋人はいるけどあまり公にはしていないから、狙い目だったのかなって。あの子の今の様子を見てみると、何だか不貞腐れてるようにも見える。気の所為かな。

「もう、煩いなあ! アタシ、アンタみたいな女が一番嫌いなの! ホント目障り」

 突然の大きな声に、現場がシンと静まり返る。声の主は件の萌香だ。もちろんこれには対策委員も動かざるを得ない。まずは奈々が行く。

「萌香、どうした?」
「ちょっと隣に座ったからって話しかけて来るのがウザいんですけど。能天気な顔して「仲良くしよー」とか。友達ごっこは他でやってろ」
「そこまで言わなくていいじゃんね!」
「アタシこーゆー女が一番嫌いなんですよ。行事でクラスTとか作って団結とか絆とか言ってそうな女。ただただウザい。付き合って何のメリットがあんの?」

 こういう女が一番嫌い、と名指しされているのはくるみだ。人懐こくて、誰とでも仲良くなりたいようなスタンスの子だけど、どうやらそれが裏目に出てしまったらしい。奈々が萌香を宥めているけど、興奮は収まりそうにない。くるみの方はショックを受けているのか、俯いて落ち込んでしまっている。

「ゴローさんアオさん、その人、出てってもらいましょう。講習開始まで時間もないですし」
「みちる」
「は? 何アンタ。優等生ぶって点数稼いでんじゃねーよ。おさげにメガネって。地味もいいトコだわ。ブスは黙ってろよ、しゃしゃり出てくんな」
「出てった方が好きに出来ていいでしょう。やる気もない、協調性もない。おまけに、狙った男に見向きもされなくていじけてるお子様が」
「は!? 何様!?」
「アンタ顔に自信あるみたいだけど、実際そんなでもないから。それに加えて性格がクズとか。騙される男も精々その程度だろ。男が欲しいなら便所の壁にでも落書きしてな」
「テメー! 絶対許さないからな!」

 萌香がみちるに飛びかかり、弾みでみちるのメガネが床に落ちる。

「来るなら来いよ、雑魚が」

 そう言ってみちるが自分のメガネを踏み潰したのを合図に、2人は取っ組み合いのケンカを始めてしまった。キャットファイトとか、そういう言葉では収まらない本当の殴り合いだ。これはさすがにマズいと慌ててゲンゴローと間に入って制止する。何とかケンカは収まったけど、すぐに講習が始められる状態でもなくなってしまった。
 結局、萌香はもういいわと部屋を出て行ってしまった。一応奈々が後を追ったけど、果たしてどうなるやら。みちるの方は、腕に引っ掻き傷をいくつか作りながらも、ケロリとしている物だからみんな唖然としていて。それこそ大人しそうな感じだったから、意外と言うか。

「みちる、さすがに手を出すのはダメだよ」
「すみませんゴローさん。……皆さん、お騒がせしてすみませんでした! 気を取り直して講習受けましょう!」
「なんつー切り替えだよ……みちるパねえ」
「あはは……同期に頼れるDがいてくれてよかったね、彩人」
「いや、頼れるとかいう次元じゃないっしょ」


end.


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多分、インターフェイスで実際手が出たのは1年生当時のいち氏以来になるのかな。いきなり乱闘が始まるとみんなどうしたらいいかわからんわな
彩人からすれば、みちるは頼れるどころじゃないディレクターとして、これから敵に回すとヤバいリストの方に入りそう。
これで去年みちるが朝霞班にいたら、血気盛んなつばちゃんとみちるをコントロールすんの大変だっただろうなあ。今年で良かったね


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