2020(02)

■in the know, know it well

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「――で、お前は何を企んでるんだ」
「ん、企みとは人聞きが悪い。大学生としての最後の夏じゃないか。菜月さんとの思い出も作っておきたいと思ってね」
「裏しか感じられない」

 圭斗からの誘いでうちは今、奴の車の助手席にいる。何でも、知る人ぞ知る珈琲店に行かないかとのこと。少し距離が長くなるから、軽いドライブがてらどうかなという誘いだった。何でも見た目や形式から入りたがる圭斗が「知る人ぞ知る」珈琲店とやらに興味を引かれるのは何となくわかる。
 その珈琲店とやらは、高速道路を使わないと大体1時間半から2時間弱ほどかかる場所らしい。軽いドライブにしてはやたら距離が長くないかと思うけど、そうまでしても行く価値のある場所らしい。どんどん辺りが緑色になっているのはきっと気の所為じゃない。

「おい、向島を出たぞ。山浪じゃないか」
「これでいいんだよ。僕が行こうとしてるのは山浪にある珈琲店だからね」
「そんなところまで行くのか」

 エリア境の看板を越えて、圭斗の愛車はさらに山の方に向かって行く。ここまで来ると、本当にこんなところに知る人ぞ知る珈琲店なんかあるのだろうかと疑いたくなるけれど、こんなところだからこそ知る人ぞ知る場所になっているのだろう。町の方ならみんな知っているだろうから。

「ん、着いたよ」
「おおー、確かにちょっと雰囲気があるな。古き良き喫茶店って感じで」
「それじゃあ、行こうか」

 店の中に入るとカランコロンとドアベルが鳴り、らっしゃっせーとちょっとやる気のないような挨拶が……って。

「やァー、お2人サンすかァー。先輩らがわざわざどーしたンすかこんな山奥まで」
「せっかく時間が取れたし、一度りっちゃんのバイト先に来てみたいとは思ってたんだよ」
「……なるほどな。お前の目的はりっちゃんの冷やかしか」
「ん、冷やかしを抜きにしても興味があったのは本当だよ。知る人ぞ知る珈琲店というのも事実だし」

 なんと、カウンターの向こうかららっしゃっせーと気の抜けたような挨拶をしたのはりっちゃんだったのだ。確かにりっちゃんはちょっと古めかしい村の珈琲店でバイトをしているという風にサークルでも言っていたのだけど、それがここ、と。
 確かに建物はちょっと古めかしいけど味があるし、カウンターの上やら向こうにはコーヒーを淹れるのに使うのであろう機器やコーヒー豆なんかが無数に置いてある。コーヒーへのこだわりが強い店だというのはそれだけで窺い知れる。
 それに、ここに来るまでにはどんどん家の数も減って山に入って来たなというのはわかったんだけど、駐車場には山浪以外のナンバーを付けた車やバイクもいくらか止まっていた。りっちゃんは村の溜まり場って言ってたけど、この店を目当てに来るよそ者もある程度はいるのだろう。

「これ、いろいろカスタムが出来るってどういうこと?」
「お好みの豆やら淹れ方やらで味を変えられヤすよーっつーコトすわ。ま、テキトーに言ってくれればチャチャッとやりヤす」
「それじゃあ僕はアイスコーヒーにしようかな。あっさりと楽しみたいかな」
「うちもアイスコーヒーで。酸味よりは苦みが強い方がいいなあ」
「へーい、了解しヤしたァー」
「菜月さん、せっかくだし軽くランチにでもしないかい?」
「いいな。そうしよう」

 ここに車で片道2時間弱。確かにランチにはちょうどいい時間になっていた。せっかく来たのだし、コーヒー一杯で帰るのも勿体ない。コーヒーへのこだわりがたっぷり詰まったメニューの冊子には、軽食メニューというページもある。喫茶店らしい、サンドイッチやパスタなどの名前が並ぶ。

「僕はサンドイッチプレートを頼もうかな」
「そしたらうちはナポリタンにしよう」
「……やァー、さすが、よその人だけあってメニューにあるメニューから頼ンでもらって助かりヤす」
「そう言えば、村の人たちはメニューにないメニューを平気で頼んで来るんだったね」
「そのおかげで即興料理の腕が上がってヤすわ。とりあえず、圭斗先輩はサンドイッチプレート、菜月先輩はナポリタンすね。少々お待ちくだっさーい」

 なんか、村の喫茶店だけあってりっちゃんだけじゃなくている人みんなが緩い。でも、それがまたこの店の味なのかもしれない。車内トークの続きをしながらしばし待つ。

「しかし、朝霞君の彼女ね。件のあずさちゃん」
「三井がどうこうって言ってた時にはそんな感じじゃなかったみたいだけどな。恋愛なんてわかんないモンだ」
「ん、お呼びかな?」
「帰れ」
「僕が帰ると菜月さんはこの山の中に置き去りになってしまうけれど、いいのかな?」
「メタい発言をするな」
「菜月さん自身はどうかな? 恋愛について」
「何かあるように見えるか。4年になって引き籠もりに拍車がかかってるんだぞ」
「……失敬」
「そう言うお前はどうなんだ。薬指がお留守だけど」
「ん、察していただけると幸いですね」

 そんなことを話してるうちに各々の好みのアイスコーヒーが届き、軽食はもーちッとお待ちくださいやせーとまたりっちゃんはカウンターへと戻って行く。確かに、噂になるのもわかるコーヒーだ。美味しい。

「圭斗、クリームソーダがすごく美味しそう」
「珈琲店だしそこはコーヒーフロートでしょう。……話が盛り上がったら追加しようか」


end.


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菜圭が久し振りで楽しいよ!! というワケで山浪出張編。ドライブ兼りっちゃんの冷やかしです。夏だからセーフ。
村の喫茶店で働く土田さんトコのリツ坊は、ムチャ振りをされているうちに料理が上手になってるんですね。本人はコーヒーを上手に淹れられるようになりたい。
りっちゃん、こんだけこだわってるお店でバイトしてるのに、缶コーヒーは缶コーヒーで好きなんだからなかなか懐が深いっすね

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