2020(02)

■傘を機材に持ち替えて

++++

 佐藤ゼミの2年生は、11月までの間に1本の音声作品を制作して発表することになっている。社会学的な作品で30分番組ということは指定されているけど、その他にテーマが与えられているわけではなく、自分たちで考えて取材テーマを決めなくてはならない。
 ゼミの備品のICレコーダーを持ってフィールドワークをして音声素材を収録して来ないといけなかったりもする。先生によれば、夏は格好のフィールドワーク時なんだそうだ。夏の間に録音してきた素材を秋学期が始まった頃から編集して1本の番組を作り上げていくという流れになる。
 今日はその初回フィールドワークということで、インタビューの場所に選んだのは世音坂商店街。ここは星港の中でも独特の文化が根付いていて、どういう人がどういう目的でここに来て、どんな暮らし方をしているのかを調べるには一番いい場所らしい。だけども。

「あー……止む気がしないじゃん?」
「俺たちが世音坂に来たくらいから急に雨になったよね」
「雨雲レーダーも見て星港は大丈夫そうだから来たのに急だから怖いわ」

 世音坂一帯は激しい雨に見舞われた。さすがにこんな状態で待ちゆく人にインタビューなんか出来やしない。一応世音坂商店街はアーケード街だから、全くインタビューが出来ないってこともなさそうだけど、この雨に俺たちの気持ちが削がれてしまったと言うか。
 仕方がないから適当な店で適当に摘まむものを買って休憩中。今後の作戦会議とも言う。店の中というよりは店の前にあるベンチに腰掛けて休むというのもなかなか俺の知らなかったスタイルだ。あまり長居は出来ない場所だけに、サッと結論を決めてしまう必要がある。

「つっても夏だし、いつ何時ゲリラに遭うかもわかんないじゃんな」
「そうだね。多少の天候の変化くらいに驚いてちゃいけないのかも。どんな状況にも対応出来るようにしなきゃいけなさそうだね」
「ちょっと雨降ってるくらいの方が暑いよりマシだし」
「これからは暑いから外に出ないっていうパターンもあるのか」
「インタビューも一筋縄ではいかなさそうだね」

 どんな悪条件でもとにかく人を捕まえていかなきゃいけないということはわかってるんだけど、これも初回でまだ要領も得てないから仕方ないという空気感。最初のフィールドワークは気持ちのいい天気の日に始めたかったよね。
 一応、老若男女問わず片っ端から声をかけて、今日ここに来た目的なんかを聞こうとは話し合っていた。フィールドワークに出る前には、スタジオでどんな素材が必要かっていうことも話し合ってたし。だけど、現場はスタジオで話しているよりずっと厳しい。

「由香里さん、次晴れるのっていつ?」
「それは何分後っていう話なのか、何日後っていう話なのか」
「……一応、雨雲レーダーでも見とく? 今日の望みは捨ててないっていう体を装うためにも」
「捨ててんじゃん?」
「うっさい鵠沼。アンタだって半分諦めてるからそんだけガッツリ唐揚げ食べてんでしょ?」
「長めの休憩の体だっつーの」

 佐竹さんがスマホで雨雲レーダーを見てくれた情報によれば、一応1時間もすれば雨は弱まってくるそうだ。だけど今が午後5時前。それから1時間ということは雨が弱まるのは6時頃の見込みだ。それからフィールドワークを本当に始めるのかと、微妙な空気が流れた。
 仕方がないから、今日はフィールドワークのインタビューは諦めることにした。だけど、そのまま何もせずに帰るのでは何をしに来たのかという話になるので、傘を差さずに歩ける範囲を探索して、どんな施設があって、どんな人がいるのかを観察して次回に繋げようという結論に達した。
 安曇野さんや佐竹さんはたまに商店街に来ているから少しは土地勘があるらしいけど、それでも目的の店の他に見て回ることもないらしい。他の場所にはまた違う層がいるはずだということで、今日はこの2人が普段歩かない場所を行くことに。

「そう言えば、後日またフィールドワークに来るとして、みんな予定が合うのっていつ?」
「まあ、俺はバイトとサークルがない日だったらいつでも。特に不定期に予定が飛び込んで来るってことも少ないし」
「アタシもその辺安定してるから。唯香さんは?」
「前もって言っといてくれればそこに気持ちを持ってく努力はする」
「気紛れで来ない気マンマンじゃねーか」
「分かってれば来るし! そのためには生活リズムを整えて、真っ当な活動が出来るようにしなきゃいけないし!」
「高木君は?」
「あー……俺は既にちょこちょこ予定が埋まり始めてるから、早いトコ入れていただけると安全かなという気は」

 インターフェイス夏合宿に向けて動き始めたから、対策委員の会議や班・ペア打ち合わせの予定がガンガン入って来る。これにゼミのフィールドワークまで加わって来ると、今年の夏は何気に忙しくなりそうだなあ。


end.


++++

フィールドワークは雨が降ると止まりがちだと思いそうですが、アーケード街だと果たしてどうなる。止まりがちですね~
雨雲レーダーのチェックや気象情報の確認はフィールドワークの鉄則のようになりそうですね。雲の流れをどう読むかが問われそうです。
雨が降ろうが槍が降ろうが何度でも当たっては砕けないと欲しい物が録れないとは思うけど、この先どうなる3班

.
24/100ページ