2020(02)
■興味のベクトル
++++
「はあ~っ」
「北星」
「はああ~っ」
「おーい、北星? ……ダメだこりゃ」
当麻が呼んでも雨竜が呼んでもダメ。北星はオレンジ色したチェック柄のハンカチを握りしめたまま、溜め息ばかり。いつもは起きてるのか寝てるのかって感じでそれはそれで心配だけど、これはちょっといつもと違いすぎて心配になる。
そろそろみんな、夏合宿の顔合わせに行ってきた頃。だから近況報告なんかをしたいなーと思ってたんだけどね。もちろん自分たちが作ってるAKBCの映像作品についての報告もそうだけど。うーん、北星が作品にも身が入らないようならマズいな。
「北星、どうしたの? 大分様子が変だけど」
「……こないだ~、インターフェイス夏合宿の打ち合わせだったんです~」
「そこで何かやらかしたか」
「雨竜! それで、どうしたの?」
「半分寝ぼけてコーヒーをこぼしちゃって~」
「やっぱやらかしたんじゃねーか。でも、それくらいお前にはよくあることだろ。何を今更そんなはーはーはーはー溜め息ばっか吐いてんだよ、気色悪い」
「雨竜がストレートすぎる。でも、どうしたんだよ本当に。ちょっと変だ」
「同じ班のくるちゃんが~、俺の服をハンカチでトントンしてくれたんだよ~、コーヒーこぼしたところを~」
「もしかして、これがそのハンカチか!」
「そうだよ~。洗って今度返すね~って」
「つか、打ち合わせに行くワケでもねーのにそれを今から握り締めてどーすんだ」
「だって~」
改めて夏合宿の班割りを見てみる。北星は、奈々が班長の4班だ。マリンがいて、あとは1年生が4人。くるちゃんというのは、名前がひらがなだからわかりやすい。緑ヶ丘の依田くるみちゃんのことだね。
北星は、くるちゃんにハンカチを返さなきゃ~っていう思いと、くるちゃんに会うことへの緊張でずっとハンカチを握り締めているみたいだった。親切にしてもらったお礼をちゃんと伝えたいけど、ドキドキするって。
「でも、班の人がいい人でよかったじゃんな。寝ぼけてコーヒーカップで溺れかける奴なんかドン引きされるのが普通だぞ」
「くるちゃんてどんな子? 親切な子なのはわかったけど」
「え~、元気で~、明るくて~、前向きで~、小さくて~、可愛くて~、優しくて~、甘いものが好きで~、可愛くて~」
「可愛くてって2回言ったぞ」
「大事なことだからセ~フ~。それから~、いい匂いがして~、可愛くて~、あ~、手があったかかったな~」
「おいおい北星、感想がだんだんアレになってきてんぞ」
当麻も雨竜も、北星が言うくるちゃん像にだんだんと訝しげな表情を浮かべ始めた。だって、最初の方はうんうんって聞けたんだよ。元気で明るくてって。可愛くて~が出てきた頃からだよね。
これは、ひょっとしなくてもそうなんじゃないかって思われても仕方ないよね。北星本人にその自覚があるのかどうかはともかくとして、その話を客観的に聞いている私たち3人は確実にそれを疑っている。
「俺~、普段から自分で洗濯なんかしないんだ~。だけど、こないだは~、くるちゃんが教えてくれたように~漂白剤塗ってちゃんと洗えたよ~って、同じ服を着ていきたいな~とかさ、ハンカチありがと~って、どう言えば自然かな~ってずっと考えてて~。えっ、当麻も、雨竜も、考えるでしょ~?」
「悪い、その状況になったことがないからよくわかんね。あっ、当麻! 彼女持ちのお前ならワンチャンあるだろ!」
「確かに、北星の言うことも気持ちもわかるような気がする。教えてもらった通りちゃんと出来たよっていう報告もしたいよな」
「そうなんだよ~。頼りになるのはやっぱり当麻だな~、雨竜はダメだ~」
「ンだとこの野郎!」
「はあ~っ……くるちゃ~ん、俺、ちゃんと出来たよ~」
声をひっくり返しながら、出来たよ~と虚空に向かって言う北星。もしかしなくてもこれはインターフェイス1年生初の他校間片想いか。だけど、北星だっていうのがビックリだ。女の子とか興味ないと思ってたし。どっちかって言うと雨竜の方が惚れっぽそう。
「なあ北星」
「な~に~当麻~」
「お前さ、その、くるちゃんに対するような気持ちを、他の人に感じたことってあるのか?」
「あるわけないじゃ~ん。人とかそんな興味ないし~。あっ、凄い映像作る人には興味ある~」
「北星は暇さえあればパソコンに向かってる奴だぞ、当麻。下手すりゃ俺たちにすら興味ないんだ」
「雨竜~、それはさすがに言い過ぎ~。友達は好き~」
「じゃあ、くるちゃんにはちょっとくらい興味はあるのか?」
「興味って言うか~、どんなお菓子が好きなのかな~とか、可愛いな~とか、本当に仲良くしてくれるかな~とか、それくらいだよ~。あ~、こないだヘマしてるし、出来ればカッコいいところも見せたいな~」
「北星がカッコいいところを見せたいなら映像の話すれば一発じゃない?」
「でもですよ~あやめさ~ん、いきなりそれって、引かれませ~ん? AKBCの人ならともかくですよ~」
「確かに」
「は~……くるちゃぁ~ん…! 早く会いたいよ~」
「あー! ったくもー見てらんねーな! ならこんなところでぐだぐだ言ってねーでLINEのひとつでも送れってんだ! ハンカチ返したいんだけどとか適当に口実つけてよ!」
言うなり雨竜は北星のスマホを手にすいすい操作をしている。北星は「あ~」と一応は抵抗している様子だけど、もしかして。
「ほら、「ハンカチ返したいんだけど会える日ない?」に既読付いたぞ!」
「も~、やめてよ雨竜~! ひゃ~! 具体的な日程が返って来ちゃった~!」
「後はお前次第だ。精々頑張れ」
うーん、この荒療治がどう転ぶか、なかなか見物だけど……おハナか誰かにちょっと聞いてみようかな、くるちゃんてどんな子って。
end.
++++
くるちゃん! 自分の知らないところでいろいろ言われてますよ! 悪い話ではないけど聞かせられないね!
このテのことに疎そうな北星と、手練れ(?)の当麻、それから勢いの雨竜の組み合わせがいい感じにマッチしてる感。作品制作に一直線でも「友達は好き~」なのはいいね
だけどもこういうのをオープンにする子っていうのもなかなか新しい。これは青敬総出で応援団結成の流れかしら?
.
++++
「はあ~っ」
「北星」
「はああ~っ」
「おーい、北星? ……ダメだこりゃ」
当麻が呼んでも雨竜が呼んでもダメ。北星はオレンジ色したチェック柄のハンカチを握りしめたまま、溜め息ばかり。いつもは起きてるのか寝てるのかって感じでそれはそれで心配だけど、これはちょっといつもと違いすぎて心配になる。
そろそろみんな、夏合宿の顔合わせに行ってきた頃。だから近況報告なんかをしたいなーと思ってたんだけどね。もちろん自分たちが作ってるAKBCの映像作品についての報告もそうだけど。うーん、北星が作品にも身が入らないようならマズいな。
「北星、どうしたの? 大分様子が変だけど」
「……こないだ~、インターフェイス夏合宿の打ち合わせだったんです~」
「そこで何かやらかしたか」
「雨竜! それで、どうしたの?」
「半分寝ぼけてコーヒーをこぼしちゃって~」
「やっぱやらかしたんじゃねーか。でも、それくらいお前にはよくあることだろ。何を今更そんなはーはーはーはー溜め息ばっか吐いてんだよ、気色悪い」
「雨竜がストレートすぎる。でも、どうしたんだよ本当に。ちょっと変だ」
「同じ班のくるちゃんが~、俺の服をハンカチでトントンしてくれたんだよ~、コーヒーこぼしたところを~」
「もしかして、これがそのハンカチか!」
「そうだよ~。洗って今度返すね~って」
「つか、打ち合わせに行くワケでもねーのにそれを今から握り締めてどーすんだ」
「だって~」
改めて夏合宿の班割りを見てみる。北星は、奈々が班長の4班だ。マリンがいて、あとは1年生が4人。くるちゃんというのは、名前がひらがなだからわかりやすい。緑ヶ丘の依田くるみちゃんのことだね。
北星は、くるちゃんにハンカチを返さなきゃ~っていう思いと、くるちゃんに会うことへの緊張でずっとハンカチを握り締めているみたいだった。親切にしてもらったお礼をちゃんと伝えたいけど、ドキドキするって。
「でも、班の人がいい人でよかったじゃんな。寝ぼけてコーヒーカップで溺れかける奴なんかドン引きされるのが普通だぞ」
「くるちゃんてどんな子? 親切な子なのはわかったけど」
「え~、元気で~、明るくて~、前向きで~、小さくて~、可愛くて~、優しくて~、甘いものが好きで~、可愛くて~」
「可愛くてって2回言ったぞ」
「大事なことだからセ~フ~。それから~、いい匂いがして~、可愛くて~、あ~、手があったかかったな~」
「おいおい北星、感想がだんだんアレになってきてんぞ」
当麻も雨竜も、北星が言うくるちゃん像にだんだんと訝しげな表情を浮かべ始めた。だって、最初の方はうんうんって聞けたんだよ。元気で明るくてって。可愛くて~が出てきた頃からだよね。
これは、ひょっとしなくてもそうなんじゃないかって思われても仕方ないよね。北星本人にその自覚があるのかどうかはともかくとして、その話を客観的に聞いている私たち3人は確実にそれを疑っている。
「俺~、普段から自分で洗濯なんかしないんだ~。だけど、こないだは~、くるちゃんが教えてくれたように~漂白剤塗ってちゃんと洗えたよ~って、同じ服を着ていきたいな~とかさ、ハンカチありがと~って、どう言えば自然かな~ってずっと考えてて~。えっ、当麻も、雨竜も、考えるでしょ~?」
「悪い、その状況になったことがないからよくわかんね。あっ、当麻! 彼女持ちのお前ならワンチャンあるだろ!」
「確かに、北星の言うことも気持ちもわかるような気がする。教えてもらった通りちゃんと出来たよっていう報告もしたいよな」
「そうなんだよ~。頼りになるのはやっぱり当麻だな~、雨竜はダメだ~」
「ンだとこの野郎!」
「はあ~っ……くるちゃ~ん、俺、ちゃんと出来たよ~」
声をひっくり返しながら、出来たよ~と虚空に向かって言う北星。もしかしなくてもこれはインターフェイス1年生初の他校間片想いか。だけど、北星だっていうのがビックリだ。女の子とか興味ないと思ってたし。どっちかって言うと雨竜の方が惚れっぽそう。
「なあ北星」
「な~に~当麻~」
「お前さ、その、くるちゃんに対するような気持ちを、他の人に感じたことってあるのか?」
「あるわけないじゃ~ん。人とかそんな興味ないし~。あっ、凄い映像作る人には興味ある~」
「北星は暇さえあればパソコンに向かってる奴だぞ、当麻。下手すりゃ俺たちにすら興味ないんだ」
「雨竜~、それはさすがに言い過ぎ~。友達は好き~」
「じゃあ、くるちゃんにはちょっとくらい興味はあるのか?」
「興味って言うか~、どんなお菓子が好きなのかな~とか、可愛いな~とか、本当に仲良くしてくれるかな~とか、それくらいだよ~。あ~、こないだヘマしてるし、出来ればカッコいいところも見せたいな~」
「北星がカッコいいところを見せたいなら映像の話すれば一発じゃない?」
「でもですよ~あやめさ~ん、いきなりそれって、引かれませ~ん? AKBCの人ならともかくですよ~」
「確かに」
「は~……くるちゃぁ~ん…! 早く会いたいよ~」
「あー! ったくもー見てらんねーな! ならこんなところでぐだぐだ言ってねーでLINEのひとつでも送れってんだ! ハンカチ返したいんだけどとか適当に口実つけてよ!」
言うなり雨竜は北星のスマホを手にすいすい操作をしている。北星は「あ~」と一応は抵抗している様子だけど、もしかして。
「ほら、「ハンカチ返したいんだけど会える日ない?」に既読付いたぞ!」
「も~、やめてよ雨竜~! ひゃ~! 具体的な日程が返って来ちゃった~!」
「後はお前次第だ。精々頑張れ」
うーん、この荒療治がどう転ぶか、なかなか見物だけど……おハナか誰かにちょっと聞いてみようかな、くるちゃんてどんな子って。
end.
++++
くるちゃん! 自分の知らないところでいろいろ言われてますよ! 悪い話ではないけど聞かせられないね!
このテのことに疎そうな北星と、手練れ(?)の当麻、それから勢いの雨竜の組み合わせがいい感じにマッチしてる感。作品制作に一直線でも「友達は好き~」なのはいいね
だけどもこういうのをオープンにする子っていうのもなかなか新しい。これは青敬総出で応援団結成の流れかしら?
.