2020(02)

■君を知りたい

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 インターフェイス夏合宿の班顔合わせが終わって数日。俺は彩人と初めての個別打ち合わせのため花栄に出ていた。どうして今日の打ち合わせが花栄なのかと言うと、互いにその周辺で買い物がしたかったという事情がある。大きな街には大きな店があって、買い物も捗るし楽しい。
 ただ、あの店もこの店もと入っていたら、肝心の打ち合わせに全く入れず、今日は買い物で終了してしまいそうな雰囲気だ。これはこれでペア間の親交を深めたということで……と互いに納得し、それなら最後まで楽しんで遊ぼうじゃないかということで落ち着いた。

「ごめん彩人、結局買い物で終わっちゃって」
「俺もめちゃ買い込んだし、おあいこってことで。はー、でも楽しみだ~。早くペダル使って弾きたいな~!」
「彩人ってキーボード弾くんだな」
「うん。昔から趣味でさ」
「昔からやってるんだ。実家にあったのは普通のピアノ? キーボード用品を今買ってるくらいだし」
「ううん、家でも電子ピアノだったんだけど、そこまで気にしてなかったんだよ。でも、ペダルありのキーボード動画とか見てたらやっぱ全然音が違くて、欲しい~ってなって」

 星ヶ丘の放送部は夏にある丸の池公園でのステージに向けても本格的に動き始めてるし、彩人は個人的な趣味のキーボードの練習にも忙しい。話を聞いていると、とても充実しているようだった。
 俺もまあ、充実していると言えば充実しているけど、新しいことへの挑戦はまだだし平々凡々な日常だ。授業とサークル、バイトの繰り返しで気付けば7月って感じで。大学生活には慣れてきたけど、これから何か始めたいかもしれない。

「彩人、すっかり夜だし、何か食べてく?」
「あ、そうだな。でもリクって実家だろ? 家にご飯あるんじゃないの」
「どうなるかわかんなかったから要らないとは言ってあったんだ」
「そうなんだ。じゃ食べてこうか」

 夏なのにすっかり辺りは暗くなっていた。星港の中心だけあってギラギラとした眩しさはあるけど、それでも街は昼とはまた違った表情を見せる。歩けば気にいる物が何かしらあるだろう。そう思ってぶらぶら歩く。飲み屋の客引きなんかも増え始めた。

「お兄さーん、飲み屋探してますー? 今空いてますよー」
「あっ、え、っと」
「今ビールの割引やってて、今! この時間だけなんですよ!」
「や、その」
「大丈夫です」
「またお願いしまーす」

 露出が高く化粧の濃い客引きの女は、俺たちがダメだとわかるとまた次の男に声をかけている。この道は飲み屋ばっかりで、こういうのに絡まれて困る。表通りに出ようと彩人に確認を取ろうとしたら。彩人はこの暑いのにまるで寒さに震えるようにガタガタと体を小刻みに揺らしていた。焦点も定まってなく、尋常でない様子だと一目瞭然。

「彩人?」
「だ、大丈夫、だから……。うん。はーっ……平気……」
「どう見ても平気じゃないだろ。どうしたんだ」
「……ちょっと、ここじゃ。……っ、ふーっ……ゴメン」
「体は大丈夫か。呼吸が荒くなってるけど」
「人の、少ないトコに、行きたい」
「多分、ここからだったら帰るのが一番早い。それでいい?」
「マジで、ゴメン」

 彩人を介抱しながら地下鉄の駅に向かう。ここからなら彩人の最寄りまでは大体20分弱ほど。地下鉄に乗っている間も、彩人はきょろきょろと周りを警戒しているようだった。尋常じゃない様子に、俺も一緒に電車を降りる。

「え、リクも降りんの? 豊葦までの切符買ってなかった?」
「買ったけど、ちゃんと家まで送らないと気が済まない」
「はー……カッケーなぁー。ありがと。送りついでに飯でも食ってく? 今ならある程度食材あるから作るし」
「いいの? やった。彩人の手料理の方がよっぽど貴重じゃん」
「言っとくけど、そんないいモンじゃねーぞ!」
「……ちょっと元気になったな」
「あー、この辺人あんま歩いてないからな」
「人がダメ?」
「厳密には、知らない女がダメになった」

 彩人は、放送部内の女の先輩に無理矢理襲われて以来、知らない女性に対して恐怖心を抱くようになってしまったそうだ。さっきの客引きの女の露出の高さやケバい感じがその事件のことを思い出すきっかけになってしまって動揺したとのこと。
 夏合宿に出るに当たって、自分の事情で班編成を男子中心にしてもらったと申し訳なさそうに語る様に、悪いのは彩人じゃないよなあと何も知らないながらに思った。それでも負けじと日々戦ってる姿に、応援したい気持ちが強くなる。

「大学に入ったらさ、普通に彼女とか欲しいなーって思ってたワケ。それがこのザマよ。ま、おかげで部活に集中出来るしリクともペアになれたと思えばいいんだけど」
「強がりじゃないか」
「もう泣くだけ泣いたから後は開き直るしかねーの。めそめそすんのが一番相手の思う壺だし。これ以上心配かけて班のお荷物にもなりたくない」
「彩人、何かあったら俺の事も頼って。俺だから出来ることもあるかもしれないし」
「リク、ありがとな。お前、優しすぎるよ。とりあえず、今日はこれから肉炒めます」
「いいね肉。彩人、明日の予定は?」
「ヒマだけど」
「このまま夜通し話したい。もっと彩人の事が知りたいんだ」
「あんまそーやって誰でも口説くようなことしてたら勘違いする奴も出て来るぞ。ただでさえリクはいい男なんだから」

 そう言って彩人は台所に立った。焼肉のたれで小間切れ肉とタマネギを炒めるだけの簡単な料理と白いご飯、それからインスタントの味噌汁という夕食だ。と言うか、彩人が笑いかける顔こそ勘違いする奴が出て来るよなあ、美形なのに人当たりがいいとか反則だろ。

「リク、泊まってくなら酒飲む? 安いのしかないけど」
「もらえるなら飲む」
「ん、りょーかい」


end.


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ササは優しすぎると言うか流されやすいと言うか、どういう感じの子なんだろうか。親身になり過ぎてしまうのか。
そしてまだもう少し日頃から気を張ってないとしんどいらしい彩人です。部の外に気の置けない友達はいるんだろうか。でもなかなか言える事情じゃないか。
彩人の部屋にあるお酒って、やっぱりこないだみちるからオススメしてもらったような紙パックの安いお酒なのかしら。

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