2020
■開かずの扉のその奥に
++++
「白河、戸棚を開けてくれ。この戸棚は監査にしか開けられないのだろう」
「それはいいけど、何を?」
「宇部さんから聞いている。“もしも”があったときに使えとお前に託された物があるだろう。それを見せてほしい」
棚に元々付いている鍵の他に、この戸棚には2つほど鍵が増設されている。部の重要書類が保管されるこの戸棚は代々の監査が管理しているのだと、この鍵を受け継いだ時に聞いた。そして、扉を開けると、またその中には金庫が括りつけてあって、その中には余程厳重に管理しなければならない物があるのだと。
本来は、部長にもその中身は知られてはいけないと聞いていた。だけど、柳井が直接宇部さんから話を聞いて、事を起こすならそれを使えと許可を得ているのなら、俺にそれを止める権利はない。それだけ最近の放送部内には不穏な空気が漂っていたから。
「これで開いたかな」
「このSDカードがそうか?」
「多分そうだと思う」
「見よう」
そう言うなり柳井は自前のタブレットでSDカードを読み込んだ。すると、いくつかフォルダが表示されたのだけど、一番上の「新しいフォルダ」を開こうとするとパスワードがかかっているのかすんなりとは開かないよう設定されているようだった。
「白河、パスワードは聞いているだろう。開いてくれ」
「わかった。えーと……これでいいかな。よし、開いた」
「……このPDFファイルか」
フォルダの中にあるPDFファイルを開くと、どうやら昨年度の放送部で起こったことや、宇部さんが独自ルートで掴んだ情報がその証拠と共に記されているようだった。柳井はそれを食い入るように読んでいる。俺もそれを横から覗き見る。
「柳井、これを見て何をするつもりなんだ?」
「高萩はじめ、旧日高班の連中がこれまでやってきたことを把握する。連中のやっていることが余程悪質なら俺の権限で奴らを切る。そのための根拠集めだ」
「切る、って」
「部からの除籍処分にするという意味だ」
俺はこれまで中立という立ち位置の班で、荒波を避けてやってきた。幹部の班が吸うような甘い蜜の恩恵もなければ、反体制派と呼ばれる班のように冷遇されるということもない、ある意味で誰からも距離を置いているような班だ。
それがいきなり監査という役職を引き継ぐことになり、俺はその辺にいる村人Aから“幹部”になってしまったのだ。だからと言っていきなり持ち上げられるのも気持ち悪かったから、俺のことは今まで通り、その辺の人として扱ってくれと頼み込んだくらいだ。
それでも、監査という役職に就いたということの意味を、ようやく目の当たりにすることになったんだ。いざという時には部長であろうとも刺せとは言われていたけど、ただ普通に部で活動してたんじゃ絶対に知ることのない暗部を覗いている。
「大まかに、日高班の行動という項目と、日高班から朝霞班に対する嫌がらせ等という項目に分けられるな」
「何か、書いてあることが現実離れしてるけど、これが本当なら相当酷い気がする」
「証拠画像が添付されている以上、本当なのだろう。……これだけ証拠を集めてたならアンタの代でカタを付けとけよという気持ちになるな」
これを見る限り、日高班は日常的に部費を使って豪遊していたようだ。それで足りなくなった分のお金は他の班から追加徴収という形で集めていたとここには書かれている。他には、部員のSNSをキャプチャした画像が添付されていた。その内容がまたえぐい。
バズ狙いの冗談では済まない悪ふざけだったり、エロ配信だったり。その他諸々、これが問題になるとマズそうだという内容がてんこ盛りだ。それこそさっき柳井が呟いた、これだけ証拠を集めてたなら、というヤツで。
「高萩が色仕掛けで部での立場を確固たるものにして、かつ日常的に猥褻配信で金を巻き上げていると」
「当該投稿、動画はもう一方のフォルダ参照って、まさかそれもキャプってあるのか…?」
「あるんだろうな。いずれにせよ、高萩が女という性を悪用して暗躍していることは確かだ」
「朝霞班への嫌がらせの項目を見ても、なかなかにキツイなこれは」
「ここにある事案が事実であれば、戸田があれだけ警戒するのもまあ、わからないでもない」
「そもそも、部長の……ああ、柳井班は違うけど、日高班とか、その前とか……部長の班ってどうもおかしいなって思って。ステージをちゃんとやってるようには見えないのに、偉そうと言うか」
「何でも、大企業にこの部活のOBがいるらしく、部長や部長に気に入られた部員は就職を斡旋されるとか何とかという都市伝説めいた話がある。就職したらしたで、そのOBの下で大した働きもせずに楽して稼げるとか。眉唾物だがな」
「ええー……そしたら、旧日高班って、そういうのを狙ってる奴が多いみたいなことか?」
「あの選民意識の高さなら、そういう奴もいたかもしれないな。少なくとも、まともに放送部としての活動をしようという人間はいなかった。それは確かだ」
いろいろとどす黒いことが書かれたファイルを閉じて、柳井は溜め息を吐いた。高萩に関しては処分するだけの理由は十分にある、と。何にせよ、今が異常事態なことは確かで、ここからどう動いて行くかはわからない。俺は監査として、自分の感情で動くのでなく事実と向き合わなければいけないのだけど。どーしたものか。
end.
++++
これまで中立という立場で平和にやってきたマロからすれば信じられないようなことが起こっているようです。
宇部Pがこれまで調べたことや、集めた物が詰め込まれたSDカードという響きがまず物騒だし、多分宇部P本人が同じ物を複製して持ってる。
そして部長の班に関わるちょっとした噂もチラリ。柳井班はそういう黒い話とは縁遠いようですが、この分だとまだまだ何かが出てきそうですね
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「白河、戸棚を開けてくれ。この戸棚は監査にしか開けられないのだろう」
「それはいいけど、何を?」
「宇部さんから聞いている。“もしも”があったときに使えとお前に託された物があるだろう。それを見せてほしい」
棚に元々付いている鍵の他に、この戸棚には2つほど鍵が増設されている。部の重要書類が保管されるこの戸棚は代々の監査が管理しているのだと、この鍵を受け継いだ時に聞いた。そして、扉を開けると、またその中には金庫が括りつけてあって、その中には余程厳重に管理しなければならない物があるのだと。
本来は、部長にもその中身は知られてはいけないと聞いていた。だけど、柳井が直接宇部さんから話を聞いて、事を起こすならそれを使えと許可を得ているのなら、俺にそれを止める権利はない。それだけ最近の放送部内には不穏な空気が漂っていたから。
「これで開いたかな」
「このSDカードがそうか?」
「多分そうだと思う」
「見よう」
そう言うなり柳井は自前のタブレットでSDカードを読み込んだ。すると、いくつかフォルダが表示されたのだけど、一番上の「新しいフォルダ」を開こうとするとパスワードがかかっているのかすんなりとは開かないよう設定されているようだった。
「白河、パスワードは聞いているだろう。開いてくれ」
「わかった。えーと……これでいいかな。よし、開いた」
「……このPDFファイルか」
フォルダの中にあるPDFファイルを開くと、どうやら昨年度の放送部で起こったことや、宇部さんが独自ルートで掴んだ情報がその証拠と共に記されているようだった。柳井はそれを食い入るように読んでいる。俺もそれを横から覗き見る。
「柳井、これを見て何をするつもりなんだ?」
「高萩はじめ、旧日高班の連中がこれまでやってきたことを把握する。連中のやっていることが余程悪質なら俺の権限で奴らを切る。そのための根拠集めだ」
「切る、って」
「部からの除籍処分にするという意味だ」
俺はこれまで中立という立ち位置の班で、荒波を避けてやってきた。幹部の班が吸うような甘い蜜の恩恵もなければ、反体制派と呼ばれる班のように冷遇されるということもない、ある意味で誰からも距離を置いているような班だ。
それがいきなり監査という役職を引き継ぐことになり、俺はその辺にいる村人Aから“幹部”になってしまったのだ。だからと言っていきなり持ち上げられるのも気持ち悪かったから、俺のことは今まで通り、その辺の人として扱ってくれと頼み込んだくらいだ。
それでも、監査という役職に就いたということの意味を、ようやく目の当たりにすることになったんだ。いざという時には部長であろうとも刺せとは言われていたけど、ただ普通に部で活動してたんじゃ絶対に知ることのない暗部を覗いている。
「大まかに、日高班の行動という項目と、日高班から朝霞班に対する嫌がらせ等という項目に分けられるな」
「何か、書いてあることが現実離れしてるけど、これが本当なら相当酷い気がする」
「証拠画像が添付されている以上、本当なのだろう。……これだけ証拠を集めてたならアンタの代でカタを付けとけよという気持ちになるな」
これを見る限り、日高班は日常的に部費を使って豪遊していたようだ。それで足りなくなった分のお金は他の班から追加徴収という形で集めていたとここには書かれている。他には、部員のSNSをキャプチャした画像が添付されていた。その内容がまたえぐい。
バズ狙いの冗談では済まない悪ふざけだったり、エロ配信だったり。その他諸々、これが問題になるとマズそうだという内容がてんこ盛りだ。それこそさっき柳井が呟いた、これだけ証拠を集めてたなら、というヤツで。
「高萩が色仕掛けで部での立場を確固たるものにして、かつ日常的に猥褻配信で金を巻き上げていると」
「当該投稿、動画はもう一方のフォルダ参照って、まさかそれもキャプってあるのか…?」
「あるんだろうな。いずれにせよ、高萩が女という性を悪用して暗躍していることは確かだ」
「朝霞班への嫌がらせの項目を見ても、なかなかにキツイなこれは」
「ここにある事案が事実であれば、戸田があれだけ警戒するのもまあ、わからないでもない」
「そもそも、部長の……ああ、柳井班は違うけど、日高班とか、その前とか……部長の班ってどうもおかしいなって思って。ステージをちゃんとやってるようには見えないのに、偉そうと言うか」
「何でも、大企業にこの部活のOBがいるらしく、部長や部長に気に入られた部員は就職を斡旋されるとか何とかという都市伝説めいた話がある。就職したらしたで、そのOBの下で大した働きもせずに楽して稼げるとか。眉唾物だがな」
「ええー……そしたら、旧日高班って、そういうのを狙ってる奴が多いみたいなことか?」
「あの選民意識の高さなら、そういう奴もいたかもしれないな。少なくとも、まともに放送部としての活動をしようという人間はいなかった。それは確かだ」
いろいろとどす黒いことが書かれたファイルを閉じて、柳井は溜め息を吐いた。高萩に関しては処分するだけの理由は十分にある、と。何にせよ、今が異常事態なことは確かで、ここからどう動いて行くかはわからない。俺は監査として、自分の感情で動くのでなく事実と向き合わなければいけないのだけど。どーしたものか。
end.
++++
これまで中立という立場で平和にやってきたマロからすれば信じられないようなことが起こっているようです。
宇部Pがこれまで調べたことや、集めた物が詰め込まれたSDカードという響きがまず物騒だし、多分宇部P本人が同じ物を複製して持ってる。
そして部長の班に関わるちょっとした噂もチラリ。柳井班はそういう黒い話とは縁遠いようですが、この分だとまだまだ何かが出てきそうですね
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