2020
■隣の朝霞さん
++++
「……え、待って? アンタん家ここ!?」
「はい、そうっすけど」
「マジかよ……ま、とりあえず部屋の前までは付いてくわ。何階?」
「3階っす」
高萩麗とかいう女に好き放題されてるところを文化会の監査さんに助けてもらった後、戸田さんに送ってもらってアパートまで戻ってきた。どうやら戸田さんはこのアパートに見覚えがあるらしく、マジかよ、ウソだろとブツブツ繰り返している。
「えっと、俺の部屋はここっす」
「わーお、マジか」
「何かあるんすか?」
「朝霞サンの名前は知ってるね。あの人の家はこっち。301号室」
「俺が壁ドンしてる部屋じゃないすか!」
「はー、なるほどね。まさかの隣人か。えっ、前に隣人について愚痴ってるときにさ、彼女家に連れ込んでるって言った?」
「彼女みたいな人がいる感じですよ? 同じ人がちょこちょこ来てます」
「……っほぉーん! こぉ~れはおもしれーコト聞いたぁ~! でしょでしょ~!?」
「戸田さん?」
「っと、ゴメンゴメン。えっと、そしたらアタシここでいいかな?」
「はい。あざっした」
「何かあったら連絡して。話し相手くらいにしかなってあげられないけど。よっぽどなら来るし。あっ、今すぐ部屋入って鍵閉めて。ガチャンって言ったらアタシ帰るから」
戸田さんの言葉に従って、部屋に入ってすぐに鍵を閉める。1人暮らしの基本なんだろうなあ、本来ならこういうのが。
さて、部屋に入ったまではよかった。だけど1人になると落ち着かないと言うか、さっきまでのことがフッと過ぎって急に怖くなると言うか。戸田さんにこの後の予定聞いて大丈夫そうならちょっと付き合ってもらえば良かったかなと思ったり。
いつもならイラつく隣の部屋からの音漏れがこうまで安心するとは。しかも俺が壁ドンしてたのが噂の朝霞さんだとも思わなかった。……戸田さん繋がりで知り合いの知り合いになれないかな。隣の部屋に住んでるし、ちょっと付き合ってもらえないかな。
そう思ってからは早かった。俺は部屋を出て、隣の部屋のインターホンを鳴らしていた。少しして、中からはーいと声がして、玄関のドアがゆっくりと開いた。もちろん、これまでに面識がないワケだから、向こうは俺のことを見てどちらさまですかという反応を取る。
「えっと、自分、隣の302号室に住んでる谷本っていいます」
「もしかして、また音がうるさかったですか、すみません」
「あ、いえ、今回はそうじゃないんです。えっと……朝霞さん、ですよね?」
「どこかで会いましたっけ」
「あの、俺、放送部でプロデューサーの勉強してて。とっ、戸田班なんですけどっ!」
「え……本当か?」
「本当です。ちょっと、今日大学でいろいろあって戸田さんに送ってもらったんですけど、301が朝霞さんの部屋だって教えてもらって。1人でいたくなかったのもそうだし、前の班長だった朝霞さんと話してみたかったっていうのもあって」
立ち話も難だし、と朝霞さんは俺を部屋に上げてくれた。あんまり片付いてなくて申し訳ない、とあったように部屋はお世辞にも綺麗とは言えない。足の踏み場だけわさーっと大雑把に用意してくれてる感じ。……あ、ギターがある。これもお世辞にも上手くない。
「えっと、緑茶で良かったかな」
「あっ、緑茶好きです。自分山羽なんで」
「それならよかった。俺も山羽だし、このお茶もこないだ実家から送って来たヤツなんだ。知ってる? 舟松園って」
「あー! わかります! 高校の裏んトコにあるお茶屋さんっすよね! すげーいい匂いすんだよな~…! 懐かしー…!」
「まさかとは思うけど、高校近いか同じ? ちなみに俺は山羽南なんだけど」
「俺もっす! 山羽南!」
「ここで知り合えたのも縁かもな。改めてよろしく。人間学部4年、朝霞薫だ」
「人間学部1年の、谷本彩人っす」
朝霞さんが出してくれたお茶が本当に美味しい。ポットに水出しティーバッグを入れといただけとは言うけど、多分ホッとしたっていう気持ちの面が大きかったのかもしれない。隣人がまさか同郷の人だとも思わないしな。こんなところで舟松園のお茶が飲めるとは。
「つか、噂には聞いてましたけど朝霞さんって、ガチで片付け苦手なんすね」
「戸田が何か言ってるか?」
「前のブースは今より狭かったけど、班長がゴミでも何でも積んでるから実際の狭さ以上に狭かったーって」
「あれっ、ブース広くなったのか」
「今班員6人なんで、広げてもらいました」
「6人? 戸田だろ、源だろ。で、浦和が移籍してきたところまでは聞いたけど、1年生が3人もいるのか?」
「そうっすね。班見学ツアーで戸田班に惚れ込んだPと、アナと、Dの3人」
「見学ツアー……今はそんなのがあるのか。何か、1年違うだけで全然変わるんだな、部活って」
「……そうだといいっすね」
戸田班を潰すためなら何だってやって来るっていう連中の存在が本当にあるんだって理解させられた今、今年でこれなら去年はどれだけ酷かったんだろうって思ってしまう。1年違うだけで全然……本当に違うのか、とも思う。
「谷本君さ」
「あ、彩人でいいっすよ」
「彩人さ、Pなんだな。アナじゃなくて」
「Pっぽくないっすか?」
「いや。そのメッシュの髪がさ。いつかの“ステージスター”を思い出したんだ」
「あ、朝霞班だったときのことも聞かせてくださいよ。戸田さんや、ゴローさんのこととか」
end.
++++
スーパーで1回会ってると思うのだけど、お仕事Pはあんまりよく覚えてなかったのか、それとも彩人が帽子なんかを被っていたのか。
というワケで、隣人のお話。Pさんは人見知りじゃないので突然の来訪にも事情を話せばそうかそうかと迎え入れてくれそうですね。
高校も一緒だったみたいだけど、1年と4年だからここはちょうど入れ替わりの学年なのね。
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「……え、待って? アンタん家ここ!?」
「はい、そうっすけど」
「マジかよ……ま、とりあえず部屋の前までは付いてくわ。何階?」
「3階っす」
高萩麗とかいう女に好き放題されてるところを文化会の監査さんに助けてもらった後、戸田さんに送ってもらってアパートまで戻ってきた。どうやら戸田さんはこのアパートに見覚えがあるらしく、マジかよ、ウソだろとブツブツ繰り返している。
「えっと、俺の部屋はここっす」
「わーお、マジか」
「何かあるんすか?」
「朝霞サンの名前は知ってるね。あの人の家はこっち。301号室」
「俺が壁ドンしてる部屋じゃないすか!」
「はー、なるほどね。まさかの隣人か。えっ、前に隣人について愚痴ってるときにさ、彼女家に連れ込んでるって言った?」
「彼女みたいな人がいる感じですよ? 同じ人がちょこちょこ来てます」
「……っほぉーん! こぉ~れはおもしれーコト聞いたぁ~! でしょでしょ~!?」
「戸田さん?」
「っと、ゴメンゴメン。えっと、そしたらアタシここでいいかな?」
「はい。あざっした」
「何かあったら連絡して。話し相手くらいにしかなってあげられないけど。よっぽどなら来るし。あっ、今すぐ部屋入って鍵閉めて。ガチャンって言ったらアタシ帰るから」
戸田さんの言葉に従って、部屋に入ってすぐに鍵を閉める。1人暮らしの基本なんだろうなあ、本来ならこういうのが。
さて、部屋に入ったまではよかった。だけど1人になると落ち着かないと言うか、さっきまでのことがフッと過ぎって急に怖くなると言うか。戸田さんにこの後の予定聞いて大丈夫そうならちょっと付き合ってもらえば良かったかなと思ったり。
いつもならイラつく隣の部屋からの音漏れがこうまで安心するとは。しかも俺が壁ドンしてたのが噂の朝霞さんだとも思わなかった。……戸田さん繋がりで知り合いの知り合いになれないかな。隣の部屋に住んでるし、ちょっと付き合ってもらえないかな。
そう思ってからは早かった。俺は部屋を出て、隣の部屋のインターホンを鳴らしていた。少しして、中からはーいと声がして、玄関のドアがゆっくりと開いた。もちろん、これまでに面識がないワケだから、向こうは俺のことを見てどちらさまですかという反応を取る。
「えっと、自分、隣の302号室に住んでる谷本っていいます」
「もしかして、また音がうるさかったですか、すみません」
「あ、いえ、今回はそうじゃないんです。えっと……朝霞さん、ですよね?」
「どこかで会いましたっけ」
「あの、俺、放送部でプロデューサーの勉強してて。とっ、戸田班なんですけどっ!」
「え……本当か?」
「本当です。ちょっと、今日大学でいろいろあって戸田さんに送ってもらったんですけど、301が朝霞さんの部屋だって教えてもらって。1人でいたくなかったのもそうだし、前の班長だった朝霞さんと話してみたかったっていうのもあって」
立ち話も難だし、と朝霞さんは俺を部屋に上げてくれた。あんまり片付いてなくて申し訳ない、とあったように部屋はお世辞にも綺麗とは言えない。足の踏み場だけわさーっと大雑把に用意してくれてる感じ。……あ、ギターがある。これもお世辞にも上手くない。
「えっと、緑茶で良かったかな」
「あっ、緑茶好きです。自分山羽なんで」
「それならよかった。俺も山羽だし、このお茶もこないだ実家から送って来たヤツなんだ。知ってる? 舟松園って」
「あー! わかります! 高校の裏んトコにあるお茶屋さんっすよね! すげーいい匂いすんだよな~…! 懐かしー…!」
「まさかとは思うけど、高校近いか同じ? ちなみに俺は山羽南なんだけど」
「俺もっす! 山羽南!」
「ここで知り合えたのも縁かもな。改めてよろしく。人間学部4年、朝霞薫だ」
「人間学部1年の、谷本彩人っす」
朝霞さんが出してくれたお茶が本当に美味しい。ポットに水出しティーバッグを入れといただけとは言うけど、多分ホッとしたっていう気持ちの面が大きかったのかもしれない。隣人がまさか同郷の人だとも思わないしな。こんなところで舟松園のお茶が飲めるとは。
「つか、噂には聞いてましたけど朝霞さんって、ガチで片付け苦手なんすね」
「戸田が何か言ってるか?」
「前のブースは今より狭かったけど、班長がゴミでも何でも積んでるから実際の狭さ以上に狭かったーって」
「あれっ、ブース広くなったのか」
「今班員6人なんで、広げてもらいました」
「6人? 戸田だろ、源だろ。で、浦和が移籍してきたところまでは聞いたけど、1年生が3人もいるのか?」
「そうっすね。班見学ツアーで戸田班に惚れ込んだPと、アナと、Dの3人」
「見学ツアー……今はそんなのがあるのか。何か、1年違うだけで全然変わるんだな、部活って」
「……そうだといいっすね」
戸田班を潰すためなら何だってやって来るっていう連中の存在が本当にあるんだって理解させられた今、今年でこれなら去年はどれだけ酷かったんだろうって思ってしまう。1年違うだけで全然……本当に違うのか、とも思う。
「谷本君さ」
「あ、彩人でいいっすよ」
「彩人さ、Pなんだな。アナじゃなくて」
「Pっぽくないっすか?」
「いや。そのメッシュの髪がさ。いつかの“ステージスター”を思い出したんだ」
「あ、朝霞班だったときのことも聞かせてくださいよ。戸田さんや、ゴローさんのこととか」
end.
++++
スーパーで1回会ってると思うのだけど、お仕事Pはあんまりよく覚えてなかったのか、それとも彩人が帽子なんかを被っていたのか。
というワケで、隣人のお話。Pさんは人見知りじゃないので突然の来訪にも事情を話せばそうかそうかと迎え入れてくれそうですね。
高校も一緒だったみたいだけど、1年と4年だからここはちょうど入れ替わりの学年なのね。
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