2020
■終わらない怨嗟
++++
柳井が慌てた様子でアタシにLINEで電話を入れて来た。班長はみんな連絡先知ってんだね。文化会の部屋に来いって言うから何が起きたのかと思うじゃん、サークル棟の入り口で柳井と合流して事情を聞いたら、宇部恵美がアタシを呼べって言って来たらしい。
放送部が借り上げてるミーティングルームには人がいなくなっていた。談話室には先に来てた戸田班のメンバーが残されているそうだけど、他の部員はもう解散したらしい。タダ事じゃないなっていうことだけははっきりとわかった。
「宇部さん、戸田を連れて来ました」
「ありがとう」
「宇部サン、何だってーの? 文化会の監査サマに呼び出される覚えなんかないんだけど?」
「あなたに問題があって呼び出した訳じゃないのよ。今回の事案について、部長と班長には伝えなければならなくて」
宇部サンの後ろ、文化会役員室の高級そうなソファに座っていたのはどっからどう見ても彩人だ。彩人はアタシの姿を見るなりデカイ体を小刻みに震わせ、泣き始めた。彩人の横に座ると、アタシの肩に顔をうずめるのだ。
「宇部さん、何が?」
「高萩麗による非合意の上での猥褻行為と言うのが正しいかしら」
「なっ…! あのヤロ」
「戸田さん、冷静さを失うと相手の思う壺よ」
「わーってる、わーってるよ」
「私が見回りの時に発見した状況と、谷本君本人が残していた音声データがあるわ。これらを擦り合わせて、高萩麗がクロで間違いないわ。彼は完全な被害者よ。それでも、男性が悪く見られがちなのよ、この手の事案は」
「彩人、アンタホントに音声なんか録って」
「何かあったときのために記録を残せ、そうあなたが助言したそうね。彼はそれを忠実に守ったのよ」
「はぁーっ……クソが! 悪い予感ばっか当たりやがる!」
非合意の猥褻行為。俗っぽく言えばヤられかけたってコトだ。本番はギリセーフだったっぽいけど直前まではヤられてんだ。宇部サンの話によれば、彩人は手の自由が奪われてたって言うじゃねーか。文化会の範疇じゃないガチ犯罪なんだけど?
彩人はやっとちょっと落ち着いたのか、すんませんと一言、やっと顔を上げてくれた。それでもいつもの勝気な顔ではなくなってるし、相当精神的に参ってんだろうなってのがわかる。このまま一人にしとくのはよくなさそうだ。
「宇部さん、高萩の処遇ですが」
「正直、文化会でどうこう出来る問題じゃないわ。強制わいせつという犯罪だもの。証拠がある以上、私個人は警察に突き出すべきだと思うけれど、こればっかりは彼の気持ちが最優先にされるべきことだし……」
「法で裁かれるべきだというのには同意しますが、今回の件は性犯罪です。本人が事情を警察などに説明するにしても、精神的に」
「わかっているわ。だけど、このような事案を押さえた以上、学生課にも報告の必要が――」
話がどんどんカタくなってきた。ここから先は放送部部長と文化会監査の話で、戸田班班長の出る幕は多分これ以上はない。彩人もちょっとは落ち着いたようだし、帰らせるなり休ませるなりさせた方がいい。
「ねえ、高萩のコトは柳井と宇部サンに任せていい? ちょっと、これ以上この話彩人に聞かせんのもしんどいだろうし」
「ええ、そうね。谷本君、自分で家に帰れるかしら」
「1人になりたくないならアタシの後ろ乗ってきな。まあ、パンクさせられてなきゃだけど。パンクしてても徒歩で送ってくよ」
「はい。戸田さん、お願いします。……あの、宇部さん」
「何?」
「他の班員のみんなは大丈夫なんすか」
「今のところ談話室で待機してもらっているわ。やむを得ず部屋から出る場合は、必ず2人以上で行動するよう指示をして」
「……そうですか。ありがとうございます」
「一応、警備役として所沢怜央も付けてあるわ。何かあればすぐ部長の元に連絡が入るでしょう」
「戸田、戸田班の残りの班員も今日のところは解散させるぞ」
「頼むわ。あ、ツーマンセルで動けってのは継続させといて」
「了解した」
文化会役員室から出て、周りをクリアリング。怪しい影は……ないね。役員室では少し落ち着いた様子を見せた彩人だったけど、広い空間に出るとちょっと怖いのか、ビクビクしながら歩いているようだ。柳井と宇部サンが談話室に向かって階段を上がって行くのが見えたのを確認して、建物の外に出た。
「戸田さん、俺のことですみません」
「いや、アンタが悪いんじゃない。って言うか、しんどかったら部活もしばらく休んで大丈夫だし」
「いえ、部活には来させてください」
「……アンタがそうしたいってなら止めないけど、無理はすんなよ」
「はい」
「さ、駐車場着いたわ。タイヤチェーック。うん、セーフだね。よかったよかった」
「パンクさせられたりするんすか」
「所沢怜央によれば、高萩麗がアタシの原付のタイヤをパンクさせろって指示してたこともあるみたいなんだよね?」
「所沢さんて、何者なんすか」
「アイツは元日高班のディレクターだね。去年は日高の下で裏工作専門の鉄砲玉として働いてたらしい。だから裏の事情にやたら詳しい。さ、行くぞ。住んでるトコまでナビしてよね」
「了解っす」
さーて、どうやら今年もステージのことだけ考えてりゃいいって感じにはならないみたいだね。ちょっと、微妙に信用ならないけどお偉いさんに託すしかねーか今は。
end.
++++
いよいよ悪いことが起こってしまいました。戸田班にいる以上、何が起きてもおかしくないという話をした矢先に。
今回の件については部長も動かざるを得ない事態だし、状況が状況なのでつばちゃんとも今回はいがみ合いはなし。協力体制のようです。
そして背負い、守ることになった3年生のつばちゃんはこれからどうする。つばちゃんがただ大人しくしているとも思えないのだが
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柳井が慌てた様子でアタシにLINEで電話を入れて来た。班長はみんな連絡先知ってんだね。文化会の部屋に来いって言うから何が起きたのかと思うじゃん、サークル棟の入り口で柳井と合流して事情を聞いたら、宇部恵美がアタシを呼べって言って来たらしい。
放送部が借り上げてるミーティングルームには人がいなくなっていた。談話室には先に来てた戸田班のメンバーが残されているそうだけど、他の部員はもう解散したらしい。タダ事じゃないなっていうことだけははっきりとわかった。
「宇部さん、戸田を連れて来ました」
「ありがとう」
「宇部サン、何だってーの? 文化会の監査サマに呼び出される覚えなんかないんだけど?」
「あなたに問題があって呼び出した訳じゃないのよ。今回の事案について、部長と班長には伝えなければならなくて」
宇部サンの後ろ、文化会役員室の高級そうなソファに座っていたのはどっからどう見ても彩人だ。彩人はアタシの姿を見るなりデカイ体を小刻みに震わせ、泣き始めた。彩人の横に座ると、アタシの肩に顔をうずめるのだ。
「宇部さん、何が?」
「高萩麗による非合意の上での猥褻行為と言うのが正しいかしら」
「なっ…! あのヤロ」
「戸田さん、冷静さを失うと相手の思う壺よ」
「わーってる、わーってるよ」
「私が見回りの時に発見した状況と、谷本君本人が残していた音声データがあるわ。これらを擦り合わせて、高萩麗がクロで間違いないわ。彼は完全な被害者よ。それでも、男性が悪く見られがちなのよ、この手の事案は」
「彩人、アンタホントに音声なんか録って」
「何かあったときのために記録を残せ、そうあなたが助言したそうね。彼はそれを忠実に守ったのよ」
「はぁーっ……クソが! 悪い予感ばっか当たりやがる!」
非合意の猥褻行為。俗っぽく言えばヤられかけたってコトだ。本番はギリセーフだったっぽいけど直前まではヤられてんだ。宇部サンの話によれば、彩人は手の自由が奪われてたって言うじゃねーか。文化会の範疇じゃないガチ犯罪なんだけど?
彩人はやっとちょっと落ち着いたのか、すんませんと一言、やっと顔を上げてくれた。それでもいつもの勝気な顔ではなくなってるし、相当精神的に参ってんだろうなってのがわかる。このまま一人にしとくのはよくなさそうだ。
「宇部さん、高萩の処遇ですが」
「正直、文化会でどうこう出来る問題じゃないわ。強制わいせつという犯罪だもの。証拠がある以上、私個人は警察に突き出すべきだと思うけれど、こればっかりは彼の気持ちが最優先にされるべきことだし……」
「法で裁かれるべきだというのには同意しますが、今回の件は性犯罪です。本人が事情を警察などに説明するにしても、精神的に」
「わかっているわ。だけど、このような事案を押さえた以上、学生課にも報告の必要が――」
話がどんどんカタくなってきた。ここから先は放送部部長と文化会監査の話で、戸田班班長の出る幕は多分これ以上はない。彩人もちょっとは落ち着いたようだし、帰らせるなり休ませるなりさせた方がいい。
「ねえ、高萩のコトは柳井と宇部サンに任せていい? ちょっと、これ以上この話彩人に聞かせんのもしんどいだろうし」
「ええ、そうね。谷本君、自分で家に帰れるかしら」
「1人になりたくないならアタシの後ろ乗ってきな。まあ、パンクさせられてなきゃだけど。パンクしてても徒歩で送ってくよ」
「はい。戸田さん、お願いします。……あの、宇部さん」
「何?」
「他の班員のみんなは大丈夫なんすか」
「今のところ談話室で待機してもらっているわ。やむを得ず部屋から出る場合は、必ず2人以上で行動するよう指示をして」
「……そうですか。ありがとうございます」
「一応、警備役として所沢怜央も付けてあるわ。何かあればすぐ部長の元に連絡が入るでしょう」
「戸田、戸田班の残りの班員も今日のところは解散させるぞ」
「頼むわ。あ、ツーマンセルで動けってのは継続させといて」
「了解した」
文化会役員室から出て、周りをクリアリング。怪しい影は……ないね。役員室では少し落ち着いた様子を見せた彩人だったけど、広い空間に出るとちょっと怖いのか、ビクビクしながら歩いているようだ。柳井と宇部サンが談話室に向かって階段を上がって行くのが見えたのを確認して、建物の外に出た。
「戸田さん、俺のことですみません」
「いや、アンタが悪いんじゃない。って言うか、しんどかったら部活もしばらく休んで大丈夫だし」
「いえ、部活には来させてください」
「……アンタがそうしたいってなら止めないけど、無理はすんなよ」
「はい」
「さ、駐車場着いたわ。タイヤチェーック。うん、セーフだね。よかったよかった」
「パンクさせられたりするんすか」
「所沢怜央によれば、高萩麗がアタシの原付のタイヤをパンクさせろって指示してたこともあるみたいなんだよね?」
「所沢さんて、何者なんすか」
「アイツは元日高班のディレクターだね。去年は日高の下で裏工作専門の鉄砲玉として働いてたらしい。だから裏の事情にやたら詳しい。さ、行くぞ。住んでるトコまでナビしてよね」
「了解っす」
さーて、どうやら今年もステージのことだけ考えてりゃいいって感じにはならないみたいだね。ちょっと、微妙に信用ならないけどお偉いさんに託すしかねーか今は。
end.
++++
いよいよ悪いことが起こってしまいました。戸田班にいる以上、何が起きてもおかしくないという話をした矢先に。
今回の件については部長も動かざるを得ない事態だし、状況が状況なのでつばちゃんとも今回はいがみ合いはなし。協力体制のようです。
そして背負い、守ることになった3年生のつばちゃんはこれからどうする。つばちゃんがただ大人しくしているとも思えないのだが
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