2020
■罪人と隠された爪
++++
「で、アンタたちはどこから聞きたい?」
「最初からっす」
「残念だけど、アタシは3年だから、それより前のことは聞いた話でしか知らないよ」
昨日、“放送部の影”を自称するディレクター・所沢さんが匂わせた戸田班の秘密について、戸田さんにちゃんと聞かせて欲しいと頼んだ。そしたら「また今度ね」と先送りにされてしまった。その時の戸田さんの様子からすれば、簡単な話でもないらしい。
日を改めて、戸田班の班員は扉を閉め切った談話室に集まり、件の話をしてもらえることになった。俺が気になるのは戸田班がどういう意味で普通じゃないのかという点。それから、何か、目を付けられてるっぽい? その理由だとか、諸々だ。
「まず、今は戸田班だけど、朝霞班、越谷班って脈々と続いてるこの班は、この放送部の“流刑地”って呼ばれてるんだ。部に都合の悪い思想を持った人間、幹部に楯突いた人間を島流しにして自由を奪う、そのための班だ」
「島流しって……まるで罪人扱いじゃないすか」
「そう、罪人だ。放送部ってのは部長が絶対的な権力を持ってて、幹部を主とした体制によって築かれた王朝みたいなモンなんだ。幹部もそれなりに力があるけど、部長に逆らえば首を切られる、そんな世界だ。もちろん、一般の部員も日々監視網の中で活動してる」
「マジかよ……エライ物騒だな」
「もちろん、そんなのクソ食らえって反抗する連中もいる。俗に反体制派って呼ばれる班だね。今年だと須磨班がそうだわ。そういう班は危険因子として監視も厳しくなってるし、ステージやるにも予算が少なかったりする」
「何すかそれ。独裁国家かよ」
「何度も言わせんな、王朝で独裁国家なんだよ」
各班の見学ツアーの時にもそんな雰囲気は全く感じなかったから、戸田さんからされているこの話がまるで遠い国のことのようにも思える。だけどこれが放送部の実情なんだそうだ。そして俺たちが今いるこの戸田班は、流刑地と呼ばれる場所、と。
「でも、戸田さんたちがここで練習するって話を部長にした時も、そこまで悪い反応じゃなかったらしいじゃないすか」
「柳井は元々ステージもちゃんとやってる旧宇部班の出だ。ステージに関わることにそこまで制約はないっぽいね」
「認めたくはないですけど、あのクソ部長もプロデューサーとしてはそこそこやるですよ。ま、全て宇部さんの教えが良かったからですよ」
「マリンも本当なら柳井班にいたはずだけど、柳井にケンカを売って班を飛び出した結果現在に至ってんだ。部長にケンカ売った人間の行きつく先は流刑地しかないからね。そんな人間、誰も引き受けたがらないし」
「それを抜きにしても私はつばめ先輩以外に興味ないですよ」
「ゴローさんは、どうやって戸田班に辿り着いたんすか? どう見てもケンカ売ったり悪いことが出来る顔じゃないすけど」
「ゲンゴローは、アタシが初心者講習会で一本釣りしてきたんだ。ミキサーがいなかったからね」
星ヶ丘における初心者講習会の役割は、放送の基礎を教わることだけではなかったようだ。インターフェイスの活動の中で、流刑地と呼ばれた班に適応できそうな“変わり者”を見つけて引っ張り込むということに重きが置かれていたらしい。今年はその前に俺たち3人が来たけど。
「時代を遡るよ。去年、朝霞班の話になる。朝霞サンっていうPは、稀代のステージバカ。そこまでは言ったよね」
「はい、聞いてるっす。3年分の台本も読みました」
「あの人もアンタらと同じ、自分で選んでここに来た超絶変わりモンだ。だけど、前の部長、日高とかいうクソ野郎に因縁つけられてずっと嫌がらせをされてきた。クソ狭いブースや少ない予算なんかまだマシだ」
嫌がらせの内容としては、ステージの小道具を壊されたり、盗みの冤罪を掛けられそうにもなったとか。ブースに盗聴器も仕掛けられたこともあったそうだ。ステージ中には、朝霞さんの目にレーザーポインターが照射されたこともあったと。もちろん、それで全部ではない。
「たかが部活でそこまでやるか…!?」
「やる奴なんだよ、日高ってのは。日高、それから日高班は、部を私物化して好き放題してた。旧日高班の連中は、まだ自分たちが部の王か何かだと思ってるはずだわ」
「旧日高班……所沢さんが、高萩さんとかいう女には気をつけろって言ってました」
「高萩麗ってのは、朝霞サンに対する日高みたいなモンで……アタシを貶めるため、戸田班を潰すためなら何だって仕掛けて来る。今から言うことは、脅しでも何でもないよ。戸田班にいる以上、いつ死んでもおかしくない。アタシもアンタらを守る努力はする。だけど、目の届かない場所ではどうしようもない。だから、自分のことは自分で守りな。手っ取り早い方法は、班を出ることだね」
旧日高班が解体されてなお残留する悪意を観測する、という風に所沢さんは言っていた。これを簡単に言えば、見回りとか監視ということだろうか。だけど、個人的な因縁だけでそこまでされるとか、ぶっちゃけ正気の沙汰じゃないだろ。
「この部では、班の名前は班の思想と同義。戸田班ってのは、部長の首を狙う荒くれ者集団って意味だ」
「それはどういう……」
「アタシは1年の頃にディレクターの地位向上を訴えて部の幹部に楯突いた。パートごとに優劣なんか決めてんじゃねー、ふざけんな、ぶっ潰すぞってね。それで当時の越谷班に流されたワケよ。ま、今じゃ例のステージバカに絆されて、幹部を潰すってのはひとまず措いてるけどね。基本的には反体制の人間だよ。部では冷遇されるだろうね」
「俺はそのくらいのコトじゃ、戸田班を出ないっすよ。部の体制だとか、私怨? 嫌がらせ? それこそふざけんな、クソ食らえ。何のために戸田班に来たのかって話っす。面白いステージをやるためです。戸田班じゃないとダメなんすよ」
「……好きにしな」
昔に比べれば、今では大分マシになった方ではあるらしい。だけど、いつ、どこで何があるかわからないから身の回りには十分気をつけろということは念押しされた。そして弱さが露呈していると名指しされた俺だ。
「彩人、高萩麗の色仕掛けには靡くなよ。それがアイツのやり口だから」
「頼まれてもお断りっす。ケバい上に臭いキツかったんすよあの人」
「だっはっはっは! じゃ、何かあっても合意の上じゃないってことを証明できるようにしときなね」
「え、それって……」
「それじゃ、練習するよー」
end.
+++
1年生からは戸田班は自前の機材を使ってガツガツ練習をして、真面目にステージなりラジオなりをやっている班のように映るでしょう。
だけども、2年生以上から見れば部長が変わって戸田班は朝霞班の頃と比べて自由に動けるようになったんだなあと言われるような感じ。
つばちゃんの発言って、何も知らなかったらそんな大袈裟なって聞こえるんだろうけど、本人的には決して大袈裟じゃなくてガチで言ってんだよね
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「で、アンタたちはどこから聞きたい?」
「最初からっす」
「残念だけど、アタシは3年だから、それより前のことは聞いた話でしか知らないよ」
昨日、“放送部の影”を自称するディレクター・所沢さんが匂わせた戸田班の秘密について、戸田さんにちゃんと聞かせて欲しいと頼んだ。そしたら「また今度ね」と先送りにされてしまった。その時の戸田さんの様子からすれば、簡単な話でもないらしい。
日を改めて、戸田班の班員は扉を閉め切った談話室に集まり、件の話をしてもらえることになった。俺が気になるのは戸田班がどういう意味で普通じゃないのかという点。それから、何か、目を付けられてるっぽい? その理由だとか、諸々だ。
「まず、今は戸田班だけど、朝霞班、越谷班って脈々と続いてるこの班は、この放送部の“流刑地”って呼ばれてるんだ。部に都合の悪い思想を持った人間、幹部に楯突いた人間を島流しにして自由を奪う、そのための班だ」
「島流しって……まるで罪人扱いじゃないすか」
「そう、罪人だ。放送部ってのは部長が絶対的な権力を持ってて、幹部を主とした体制によって築かれた王朝みたいなモンなんだ。幹部もそれなりに力があるけど、部長に逆らえば首を切られる、そんな世界だ。もちろん、一般の部員も日々監視網の中で活動してる」
「マジかよ……エライ物騒だな」
「もちろん、そんなのクソ食らえって反抗する連中もいる。俗に反体制派って呼ばれる班だね。今年だと須磨班がそうだわ。そういう班は危険因子として監視も厳しくなってるし、ステージやるにも予算が少なかったりする」
「何すかそれ。独裁国家かよ」
「何度も言わせんな、王朝で独裁国家なんだよ」
各班の見学ツアーの時にもそんな雰囲気は全く感じなかったから、戸田さんからされているこの話がまるで遠い国のことのようにも思える。だけどこれが放送部の実情なんだそうだ。そして俺たちが今いるこの戸田班は、流刑地と呼ばれる場所、と。
「でも、戸田さんたちがここで練習するって話を部長にした時も、そこまで悪い反応じゃなかったらしいじゃないすか」
「柳井は元々ステージもちゃんとやってる旧宇部班の出だ。ステージに関わることにそこまで制約はないっぽいね」
「認めたくはないですけど、あのクソ部長もプロデューサーとしてはそこそこやるですよ。ま、全て宇部さんの教えが良かったからですよ」
「マリンも本当なら柳井班にいたはずだけど、柳井にケンカを売って班を飛び出した結果現在に至ってんだ。部長にケンカ売った人間の行きつく先は流刑地しかないからね。そんな人間、誰も引き受けたがらないし」
「それを抜きにしても私はつばめ先輩以外に興味ないですよ」
「ゴローさんは、どうやって戸田班に辿り着いたんすか? どう見てもケンカ売ったり悪いことが出来る顔じゃないすけど」
「ゲンゴローは、アタシが初心者講習会で一本釣りしてきたんだ。ミキサーがいなかったからね」
星ヶ丘における初心者講習会の役割は、放送の基礎を教わることだけではなかったようだ。インターフェイスの活動の中で、流刑地と呼ばれた班に適応できそうな“変わり者”を見つけて引っ張り込むということに重きが置かれていたらしい。今年はその前に俺たち3人が来たけど。
「時代を遡るよ。去年、朝霞班の話になる。朝霞サンっていうPは、稀代のステージバカ。そこまでは言ったよね」
「はい、聞いてるっす。3年分の台本も読みました」
「あの人もアンタらと同じ、自分で選んでここに来た超絶変わりモンだ。だけど、前の部長、日高とかいうクソ野郎に因縁つけられてずっと嫌がらせをされてきた。クソ狭いブースや少ない予算なんかまだマシだ」
嫌がらせの内容としては、ステージの小道具を壊されたり、盗みの冤罪を掛けられそうにもなったとか。ブースに盗聴器も仕掛けられたこともあったそうだ。ステージ中には、朝霞さんの目にレーザーポインターが照射されたこともあったと。もちろん、それで全部ではない。
「たかが部活でそこまでやるか…!?」
「やる奴なんだよ、日高ってのは。日高、それから日高班は、部を私物化して好き放題してた。旧日高班の連中は、まだ自分たちが部の王か何かだと思ってるはずだわ」
「旧日高班……所沢さんが、高萩さんとかいう女には気をつけろって言ってました」
「高萩麗ってのは、朝霞サンに対する日高みたいなモンで……アタシを貶めるため、戸田班を潰すためなら何だって仕掛けて来る。今から言うことは、脅しでも何でもないよ。戸田班にいる以上、いつ死んでもおかしくない。アタシもアンタらを守る努力はする。だけど、目の届かない場所ではどうしようもない。だから、自分のことは自分で守りな。手っ取り早い方法は、班を出ることだね」
旧日高班が解体されてなお残留する悪意を観測する、という風に所沢さんは言っていた。これを簡単に言えば、見回りとか監視ということだろうか。だけど、個人的な因縁だけでそこまでされるとか、ぶっちゃけ正気の沙汰じゃないだろ。
「この部では、班の名前は班の思想と同義。戸田班ってのは、部長の首を狙う荒くれ者集団って意味だ」
「それはどういう……」
「アタシは1年の頃にディレクターの地位向上を訴えて部の幹部に楯突いた。パートごとに優劣なんか決めてんじゃねー、ふざけんな、ぶっ潰すぞってね。それで当時の越谷班に流されたワケよ。ま、今じゃ例のステージバカに絆されて、幹部を潰すってのはひとまず措いてるけどね。基本的には反体制の人間だよ。部では冷遇されるだろうね」
「俺はそのくらいのコトじゃ、戸田班を出ないっすよ。部の体制だとか、私怨? 嫌がらせ? それこそふざけんな、クソ食らえ。何のために戸田班に来たのかって話っす。面白いステージをやるためです。戸田班じゃないとダメなんすよ」
「……好きにしな」
昔に比べれば、今では大分マシになった方ではあるらしい。だけど、いつ、どこで何があるかわからないから身の回りには十分気をつけろということは念押しされた。そして弱さが露呈していると名指しされた俺だ。
「彩人、高萩麗の色仕掛けには靡くなよ。それがアイツのやり口だから」
「頼まれてもお断りっす。ケバい上に臭いキツかったんすよあの人」
「だっはっはっは! じゃ、何かあっても合意の上じゃないってことを証明できるようにしときなね」
「え、それって……」
「それじゃ、練習するよー」
end.
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1年生からは戸田班は自前の機材を使ってガツガツ練習をして、真面目にステージなりラジオなりをやっている班のように映るでしょう。
だけども、2年生以上から見れば部長が変わって戸田班は朝霞班の頃と比べて自由に動けるようになったんだなあと言われるような感じ。
つばちゃんの発言って、何も知らなかったらそんな大袈裟なって聞こえるんだろうけど、本人的には決して大袈裟じゃなくてガチで言ってんだよね
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