2020

■サクサクパーティー

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 4年になっても時間があれば研究室に足を運ぶというのは変わらず、今もここでぶらぶらと時間を潰している。やることはそれなりにあるし、それはその時にちゃんとやっているのでまた次のスイッチを入れる時間まで休むときは休むのだ。
 オレの隣では性悪の似非優等生、石川がチョコをかじっている。この季節はチョコレートの管理が難しくて堪らんなどと呟きながら。これはオレの悪友のようなもので、優等生の外面は心底気持ち悪いが、捻くれた性根の方はそれなりに馬が合う。

「石川、何か食うものは――チョコレート以外で何かないか」
「てめえにくれてやるような物はない。冷蔵庫に無記名の物があるのに賭けるんだな」

 岡本ゼミ冷蔵庫の掟に従い、名前の書いていない食物を探す。名前の書いていない食物は食われたとしても食われた奴の責任だということになっている。日頃はこの部屋にもカップ麺がケースで保管されているのだが、最近在庫が尽きたばかりで、買い出しに行かねばならんのだ。
 さて、冷蔵庫には無記名の物が見つからなかった。特に空腹を拗らせているというワケでもないからしばらくの間であれば耐えられるのだが、それでも軽く腹は減っているから何か腹に入れておきたい。仕方がないから茶でも飲むか。そう思い立ち湯を沸かそうとした時のことだった。

「お、誰か来たか」

 ピーとロックが解除された音が鳴り、ドアが開く。やって来たのは紙袋を提げた美奈だ。またどこかで買い物でもしてきたのだろうか。

「リン、お湯を沸かしてる…?」
「ああ、そうだが。もしや茶請けでもあるのか」
「……お茶請けとしては、ちょうどいいかもしれない……」
「食う物があるなら助かった。お前も何か飲むなら水を増やすが」
「お願いします……」

 ヤカンに美奈がコーヒーを飲む分の水を加え、しばし待つ。願ってみる物だ、茶を沸かそうとしたタイミングで茶請けがやってくるとは。尤も、情報センターに行けばプレッツェルやジャガイモがケース単位で積まれているのだが、これらには飽きが来ている。

「徹も、食べる…?」
「何があるんだ?」
「菜月が、緑風からお煎餅を送ってくれた……今、就活でこっちと実家の往復が増えてるからって……」
「ああ、そっか。奥村さんはUターン組なんだな」
「それで、送られてきたのが……」
「またいやにたくさんあるな」

 美奈が提げて来た紙袋の中には、透明な袋に煎餅が無造作に詰められていた。それが4袋ほど。曰く、これが全部でもないらしい。しかし、土産にしては包装が無骨と言うか、飾り気がない。土産用の包装どころか日常で見る菓子よりも簡素かもしれん。
 どんなものが入っているのかと、袋を裏返してみると、商品のラベルには「われおかき」と表示があった。つまり贈答品や土産物と言うよりは、形に難はあるが味に差支えがない物を安く大量に買うための物のようだ。全ての袋を並べてみると、2社分あることがわかる。

「これが、えび煎餅……と、その黒コショウ味……これが、黒糖味の物に、アーモンドが入っている……」
「これは? この長細いの」
「これは、菜月イチオシのサラダスティック……緑風民の心の味だと聞いている……」
「奥村さんイチオシならさぞ美味しいんだろうな」

 どれを開けようか、などと石川と美奈が話し合っている。オレとしても、菜月が土産物として寄こして来る米菓の類にはかなり期待しているのだ。以前石川がもらったというローカルな米菓をここで開けていたのだが、それがまあ美味くて手が止まらなくなった。

「緑風民の心の味を食べてみよう」
「適当なお皿に開ける…? この季節だし、湿気らないように、すぐ閉めた方が……」
「そうだな。輪ゴムとかクリップとかで留めとけばいいか」
「美奈、湯が沸いたぞ。今なら入れてやる。カップを貸せ」
「徹は…?」
「奴にくれてやる湯などない」
「え……」

 自分と美奈の分の茶なりコーヒーなりを淹れ、ソファに座る。ローテーブルの上には適当な紙を折って作った器が用意されていて、その中に長細いおかきがざらざらと流し込まれていく。それでは、と各々が1本摘まみ、口に入れる。

「ほう」
「あー、なるほど。こっち系か」
「……系統としては、甘しょっぱい系…? 菜月は、サラダスティックかハッピーターンか、と言っていたけれど……」
「確かにハッピーターンに近い中毒性がある。これは美味い。……で、まーたこの男は無言で食い続けてるっていうな」
「リンは、おかきやお煎餅が好きみたいだから……」
「これだからリンの前に食い物を置くと危険なんだ」

 濃い味で、軽い食感がなかなかに美味い。確かにオレはこの手の菓子が好きで春山さんから屯屯おかきというものをよくもらっていたのだが、これは屯屯おかきに並ぶ美味さだな。これを上品な少量包装でなく無骨なわれおかきとして大量に送って来る菜月のセンスが光る。御託はいいからとにかく食えというのが伝わるのだ。

「ところで、緑風と言えばやはり米菓なのか」
「……他にもある、とは聞いているけど……」
「美奈へのお土産って体なんだから甘くないのが基本に決まってるだろ、この強欲狐が」
「ところで、菜月からはお酒も送られてきたんだけど……久々に、やる…?」
「お、いいな。場所が必要ならオレの家で構わんぞ」
「美奈、奥村さんに何か送り返すなら俺もカンパするし」


end.


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単純に星大組の話がやりたくなったというだけの理由で星大組。ここは学年が上がっても大した変わりがありません。
菜月さんが就活で地元との往復を始めたらしく、美奈のところにお土産が届いたようです。サクサクなヤツ。おかき好きリン様歓喜。
兄さんとリン様が「お前のことなんざ知るか」と食糧だのお湯だのでやってるのが相変わらず。リン様、もっと尖ってええんやで

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