2020

■音もなく迫る影

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「戸田、談話室に行く前にちょっといいか」
「ナニ、何の話? 手短にしてよ?」
「ああ。そこまで時間は取らせない」
「そったらアンタ達、ちょっと先機材運んどいてくれる? アタシ柳井の話終わってから行くし」
「了解です」

 戸田さんに話があると部長が連れて行ってしまったから、俺たち戸田班の1年3人で機材を談話室に搬入する。ゴローさんとマリンさんはインターフェイスのことで白河さんに話があるというから、2年生の先輩たちもちょっと遅れるらしい。
 談話室に機材を搬入しても、俺たち3人ではまだ機材を接続することは出来ない。一応それとなくやり方を学んではいるけれど、全員まだ少し手順が怪しくて、やってはいけないことをやるんじゃないかと少し不安だ。だから接続は先輩たちを待とうということにはなった。

「みちる、そこ段差気を付けて」
「はい。ほっ」
「でもさー、この階段がさー、しんどいよねー」
「しょうがない。練習に集中出来る環境があるのはありがたいことだろ。だるいなら海月は軽いの持っといて、重いのは俺が持つし」
「はー、ムカつくんですけどー。私だって重いの持てますしー。アンプとコンプとミキサーとー」
「ちょっ、マジでやめろ!」
「イケるし!」
「海月、それは本当にダメ」
「みちる」
「彩人、アンプお願い。私はミキサーを。海月は、一旦ここで機材を見てて。一度に全部は運べないから。私たちが戻ってきたら、また行こう」
「わかったよ。みちるがそう言うなら」

 海月は時々こういうムチャをするのが怖い。俺が海月のムチャを止めようとしても反発して余計ムチャを重ねるだけだけど、みちるが意外に毅然とした態度で方向性を示してくれるから海月も納得して冷静さを取り戻してくれる。みちる強え。
 階段下で機材の見張りを頼んでいる間に、俺とみちるはアンプとミキサーをワンフロア上に上げる。上のフロアは人通りが少ないから、少しなら置いといても大丈夫という風潮がある。部室のあるフロアは人通りもまあまああるし、放置するにはちょっと危ないらしいんだ。

「ふう。下に戻るかー」
「ごめん、靴紐解けた。結んでから降りるし先に行ってて」
「いや、後は俺と海月で持って上がるしみちるはそこで待ってて」

 早く戻らねーと海月がうるせーだろうなと思いつつ軽快に階段を下りていると、下からバリバリにメイクをキメてる女がこっちに向いて上って来た。階段はそれなりに横幅があるのに、わざわざ俺の方に寄って来てないか?

「きゃっ」
「うわっ、すんません」

 その女は俺にぶつかりざまにごめんなさいと口では言いながらも、何らかの意図を含めたような動きで指先を俺の身体の上に這わせた。正直、気色悪い。つか、こういうのでも女が声を上げれば負けるのは俺なんだろう。香水か何かわかんねーけど臭いキッツ。

「ちょっとー、彩人危ないんだけどー」
「うっせえ。あ、みちるは上で待たせてる」
「そっか。じゃあ行こっか」
「そしたら海月、コンプ頼む。俺が残り全部持ってくし」

 ――と、改めて機材を運搬しようとしたときのことだった。気配もなく、スッと俺たちの側に近付いていた影が。

「戸田班の谷本君と、早瀬さんですね」
「そうっすけど、どちらさまで?」

 長い前髪で目元が隠れたマッシュヘアで、背はそこまで高くない。如何せん目元が隠れていて表情が読めないのが不気味だ。あと、気配のなさが。

「俺は柳井班ディレクター、2年の所沢怜央です。悪いことは言わないので、あの人には関わらない方がいいですよ」
「あの人って」
「一部始終を見てましたけど、谷本君、階段で布石を打たれてましたね」
「今の人は」
「長門班アナウンサー、高萩麗。相当性質の悪い女であるということだけはお伝えします」
「何がどう性質が悪いんすか」
「君達は、戸田班がどういう班であるか理解していますか?」
「何でもいいけど、俺たちはこの活動をガチでやってんすよ。戸田班がどういう班であろうと問題なくないすか」
「谷本君、君はすぐに熱くなって前後不覚になる癖を直した方がいいですよ。それから、早瀬さん。君は精神的に脆い。連中が付け入るとすれば、弱さが露呈している君達です」
「アンタ、何者なんだ」
「言うならば、俺は放送部の影。日高班が解体されてなお残留する悪意を観測する者」
「厨二かよ。意味わかんねー言い方しないでもっとストレートに言ってくださいよ」
「ホントに」

 この人の言っていることの意味が分からなさ過ぎてすげーイライラする。戸田班がどういう班だっていうんだ。俺と海月は弱さが露呈してる? で、それに付け込む誰かがいるって? マジでどういうことなんだよ。

「あれっ、レオ?」
「ゴローさん」
「源、1年生に何も忠告してないんですか? 何かあってからでは遅いと思いますけどね」
「えっ、何かあったの?」
「大有りですよ。全く、自分の班の1年生くらい自分で面倒を見てもらえませんか。俺もいつだって見回れるワケじゃないんですから」
「ごめん、ありがとう。また今度詳しく聞かせて」
「そういうことですから、戸田班がどういう班なのかは源か戸田さんから聞いてください」
「マリンさんはダメなんすか」
「浦和は朝霞班の人間ではありませんからね。それでは、俺はこれで」

 結局肝心なことは何も言わないまま、所沢さんとかいう人はまた音もなく去って行った。だけど、戸田さんとゴローさんが俺たちには何か大事なことを言ってないって言いたげじゃねーか。“放送部の影”が匂わせるそれがいい内容のはずがねーだろ、ふざけんなよ。

「えっと、機材運搬してる最中だった?」
「あっ! そうだみちる! あーん、ごめーん!」
「ちょっ、海月機材抱えて慌てんな!」


end.


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やっぱ星ヶ丘はある程度物騒でなきゃ星ヶ丘でないので、ちょっとばかり不穏な空気を漂わせたくなりました。
レオの暗躍じゃないけど、音もなく迫って来てまた音もなく去って行く不気味さ。例によって密かに部内を見回しているようです。
今回の件の訳のわからなさに彩人がちょっとイライラしてるような感じ。あんまり気が長くない方なのかしら。

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