2020

■さながらタイムスリップ

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「え」

 その壁を見た瞬間、思わず事務所入り口で固まってしまった。普通に考えれば今年は出来るはずのない段ボール箱の壁。しかもその段ボールには「じゃがいも」と書かれているのがとても縁起でもない。
 本当にその中身が箱の通りなのか、恐る恐る確かめてみると、しばらく前によく見た光景。どれもこれも箱の中には立派なジャガイモがぎっしり詰まっていて、思わず俺は今の西暦を確認した。うん、今年だ。去年じゃない。

「川北、それを見たか」
「林原さん! これはどういうことですか!? って言うか、えっ、どこからジャガイモが湧いて」
「にわかには信じ難いが、このようなことをしでかすのはあの人としか考えられん」
「ですよね!」
「しかし、いくらあの人でも情報センターの事務所に直接これを郵送するとは考えにくいし、誰が、どうやってここにこれだけの芋を運び込んだのかというのが疑問でな」
「まさかとは思いますけど、有馬くんじゃないですよね…? 北辰の子ですし」
「いや、北辰の芋の季節には若干早い。これは南方の芋だ。あの人の関係筋は南の方でも芋農園をやっていると言っていたからな。あの人の方がまだ可能性は高いだろう」

 こうやって、お土産にしろジャガイモにしろとんでもない規模でセンターに運び入れるのは大体春山さんの犯行だった。春山さんが卒業してしまえばそういうこともなくなるなあという話をしてたのにこうですよ!
 ジャガイモの箱が大量に積まれているという状況だけで、何の証拠もないのに春山さんの犯行だと思い込んでいる俺と林原さんだけど、どう考えてもそれ以外に考えられないし。どうせならジャガイモじゃなくてバターサンドかメロンゼリーが良かった。

「と言うか、遺産のプレッツェルもまだ捌けとらんのに今度は芋か」
「春山さんって今は確か長篠の山奥でホテル清掃員ですよね」
「超弩級にブラックな環境だとは聞いているな。と言うかお前も聞いていたのか」
「春山さんからオススメスポットをいくらか聞かれましたし。ダムに行くんだってウキウキしてました」
「お前の実家からもそれなりに近いのか」
「すぐそこではないですけど、それなりに近いですね」

 ――なんて、春山さんの現在について話していた時のこと。ガラガラと台車がこっちに向かってくるような音がする。よく見れば、センター事務所で使っている台車がなくなっているから、誰かが持ち出しているんだと思う。

「あ、ミドリ、林原さん。おはようございます」
「えっ、アオ!? その箱!」
「高山、お前がここに芋を運び込んでいたのか」
「掻い摘んで話せば、青山さんからの依頼です」
「……そうか、カメラ屋の繋がりか」
「数日前から、大量のジャガイモが青山さん宅に送られて来ているそうなんです。当然、一家で食べられる量ではないので分配しているそうですが、責任を取って情報センターにたくさん引き取ってもらおう、的なことを言っていましたね」
「ほう、青山さんの犯行だと。それがわかった以上、オレは容赦せんが」
「私は構いませんよ。主犯は青山さんですし」
「ちなみに、青山さんに芋を送った張本人はわかるか」
「春山さんでしょう、どう考えても。ご丁寧にも、送り主の住所は芋農園の方を記載したようですが」

 何て言うか、やっぱりという以外の感想がない。だけど、春山さんの犯行だとわかったところでこれをどうしろというのか。うーん……例によってタカティに相談するのがベストなんだろうなあ俺は。
 そして林原さんは怒りに震えている。カナコさんへのB番教習の時とはまた違う、去年まではよく見ていた顔だ。西暦を確認。うん、今年だね。下手なことを言うと流れ弾を食らいそうな、かなりピリピリしてる感じ。

「高山、青山さんはここに全量の芋を投棄したのか」
「職場に少しと、それから、菅野さんにもそれなりにあげたって言ってましたね。菅野さんの人脈でどうにかならないかなと。何気に顔が広いですからね、あの人」
「まあ、スガノの顔の広さは確かに。……チッ、ルートがひとつ潰れたな」
「あっ、烏丸さんとカナコさんだったらこれを主食にしてくれませんかねー」
「そうは言っても1人で処理出来る量など限られる。川北、前回の友人にまた連絡してみてくれんか」
「あっはい、そのつもりでした」
「ミドリに大量消費出来るツテがあるの?」
「タカティだよ。緑ヶ丘の皆さんでわーってやってもらえば一瞬で」
「あ、なるほど。確かに緑ヶ丘は強い」

 緑ヶ丘さんは1年生が6人も入ったそうだし、その子たちもわーっと持ち帰ってくれればある程度は捌けないかなって。何より果林先輩の存在が戦力としてはかなり大きいよね。助けてタカティ~! もちろんUHBCでもちょっと配るけど。

「川北、春山さんに抗議文を送るが、恨み言などはあるか」
「あ、えーと、恨み言って言うか要望になるんですけど」
「ほう」
「えっと、「次はジャガイモじゃなくてバターサンドかメロンゼリーにしてください」って書いといてもらえますか」
「ええ……何それミドリ。本当に特産品要求してるし」
「違うよアオ、去年まではそれが普通だったんだよ」
「それではオレは、屯屯おかきホタテ味を要求しておこう。高山、北辰の特産品を要求するなら今だぞ」
「特産品と言われても」
「では、こちらで適当に書いておく。芋の強襲が来るなら、特産品の方もこれまでと同じく山積みにしてもらわんことにはな」
「ですよね! こっちは大量のジャガイモを消費するんですから、バターサンドくらい安いですよ!」


end.


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ミドリがちょっと強くなったぞ! バターサンドくらい安いですよなんて言えるようになったんだな! でも本人の前では?
というワケで、本人不在ですが春山さんのいつものヤツです。しかし、夏があるなら…? あとは言うまい
青山さんの名前も久々ね、ヴィ・ラ・タントンも懐かしい。スガP(USDX)ルートは使えないリン様、果たしてどうする。

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