2020

■まるでどこかで見たような

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「あー……マジねっみい……もーむりだ……」
「彩人、大丈夫? 本当に顔色悪いけど」
「いや、最近睡眠不足でさ。ねみいわ頭痛いわで。授業は何とか起きてたけど真面目にしんどい」
「とりあえず、談話室までは行こう。そこまでは頑張って」

 もしこれがみちるじゃなくて海月だったらテンションと声が俺の頭を殴りにかかって来たただろうし、とりあえずは談話室までの辛抱だ。そこに辿り着いたら、事情を話して少し休ませてもらおう。体調が悪いならどうして出て来たって言われても仕方がないけど、昼夜関係ない事情があるんだ。
 いつもよりは軽い機材を抱えさせてもらってるはずなんだけど、体調の所為でグッと重く感じる。みちるはさすが、戸田さんに憧れてるだけあってその機動力から真似していくことを始めているらしく、重い機材も何のその。既にちょっと頼れるもんな。

「おざまーす……」
「おはようございます。戸田さん、彩人をちょっと休ませてあげてください。具合悪いみたいなんで」
「彩人、どうした? Pなら体調は自分でちゃんと管理しろよー?」
「すんません。ちょっと、睡眠不足で」
「夜更かしか」
「いや、寝ようとは思ってるんすけど、隣の部屋がめちゃうるさくて」
「あー、1人暮らししてんだっけ。騒音問題なら管理会社とか大家さんに相談したらいいよ。隣人に直でクレーム付けたら殴られるかもだし。そんなウルサイの?」
「うるさいっすよー?」

 俺は向島のお隣、山羽の出身だ。山羽から出て来るに当たり大学近くの3階建てアパートに部屋を借りて1人暮らしを始めた。コーポ・エトワールの302号室なんだけど、隣の、301号室の奴がめっ……ちゃうるせーのなんのって!
 どうウルサイのかと言うと、動画撮影か実況か何かをやってるのか、何か喋ってるような声がするんだ。で、喋ってるだけならともかく、叫ばれるとまあウルサイ。それから、ギター弾いてるような音もする。しかも、初心者なのかド下手くそ。歌は上手いんだけどな。ギターがなあ。

「彼女か誰かが部屋に来てるような声も聞こえるし。何が厄介ってその時間が昼夜を問わないんすよ。昼のときもあれば夜のときもあるし」
「あー、それは大変ね。つかその隣人防音対策してねーのかよ」
「いやー、してたらああはならないでしょう。クソー、俺ばっかキーボードの音遠慮してんのアホくせーじゃねーかよ」
「ま。何にせよ、管理会社に言うなり耳栓するなりして睡眠時間は確保すること。これでステージの準備が本格化したらPは大変よ?」
「はい。了解っす」
「今日もウルサイなら壁ドンよ壁ドン」
「あ、壁ドンは実はちょこちょこやってるんす。1回ガチでキレかけて思いっ切り壁を……ッガン! 殴ったらめちゃいてーのなんのって。マジで拳割れたかと思いました」
「……彩人」

 俺の肩にポンと手を添え、戸田さんはふるふると首を横に振っている。キレて壁を殴って拳を割るようなバカプロデューサーは1人で十分だ、と。大きな溜め息が、よほどこのエピソードが戸田さんの記憶の何かを刺激しているのだと物語っていた。
 話によれば、戸田班の前の班長だった朝霞さんというプロデューサーが、部活の場でキレてミーティングルームの壁を殴って骨折手前まで行ったそうなんだ。朝霞さんは朝霞さんで短気で熱くなりやすいプロデューサーだったそうだけど、俺にもそれに近いものを感じるとか。

「彩人、これから間違ってもレッドブルに手を出すなよ。それから、Dをパシってゼリー飲料買いに行かせたりとか、睡眠時間惜しんで全部制作時間に充てたりとか、それから」
「あの、戸田さん、その朝霞さん? てどんな人だったんすか。話を聞いてると相当ヤバい人みたいですけど」
「まあ実際稀代のステージバカでヤバいPだったけどね。多趣味なんだよな。好奇心旺盛でちょっとでも面白そうだと思ったらすぐそれを取り入れようとして自分でもやり始めたり。とにかく、全てをステージに振ってる人だね」
「戸田さん、朝霞さんの台本って読めますか?」
「ミー室のブースにもあるだろうけど白河に聞いてみたら? 過去の台本はアイツが管理してるはずだから。朝霞サンの台本は川口班、越谷班、朝霞班。この3年分ね」
「川口班、越谷班、朝霞班。3年分ってことは1年の時から最前線でやってたんすか」
「やらなきゃステージが回らない環境だったんだよ」

 あまりの眠さにここでちょっとひと眠りさせてもらおうと思ってたけど、過去の台本読みたさと睡魔が天秤の上で揺れている。プロデューサー見習いとして、勉強は必要だ。実際白河さんに頼んで台本を読ませてもらうつもりではあったんだ。
 稀代のステージバカだというその人の書く台本がどんなものだったのかが凄く気になるし、何より当時は4人かそこらでステージをやっていたというのだから。それだけ少ない人数でどう回そうとしていたのかにも興味がある。

「ちょっと、白河さんに頼んで来ます」
「みちる、ついてって。糸が切れて階段から転げ落ちても大変だから」
「わかりました」
「暴れ馬の調教もDの仕事だから。しっかり手綱握ってよ?」
「はい」


end.


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どこかで聞いたようなエピソードだなあ(棒)、な彩人の一人暮らしあるある的なあれこれ。
ちょっと見覚えがあるようなプロデューサーになりそうで、つばちゃんは今からお世話役の育成にも忙しいようです
この状態の彩人には、海月だと確かにダイレクトで声をぶつけて来そうで休むどころじゃなくなりそう。でもそのパターンもやりたいね

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