2020
■彼の取説と利用規約
++++
最近ではゼミ以外でも伏見と顔を合わせることが多く、その流れで映画に行ったり買い物に行ったり、飯を食ったりといろいろなことをしているように思う。今日もいつもと同じそんな流れの中で、飯を食っている最中のことだった。
「あたし、朝霞クンのことが好き」
「……突然どうした?」
「言葉通りの意味に解釈していただければ」
「あ、えーと、ありがとうございます」
「これまではね、あたしはこんなに好きなのにどうして気付いてくれないのこのにぶちん、って思ってばっかりだったのね。だけど、みんなに優しかったり好きなことに一直線な人に思わせぶりなことをしてても意味がないと気付いた次第であります」
「それにしたってガチで突然だからどうしたモンか」
食っていた飯を噎せそうになるのを何とか堪え、伏見の話に耳を傾ける。話の文脈からすると伏見の言う「好き」の意味は多分恋愛のそれで、俺はまさか自分にそういう感情が向けられるとは微塵とも思っていないから、どうしたものか本当にわからないでいる。
恋愛経験がないワケじゃない。ただ、それはいろいろなことに熱中した時間の中で記憶から薄れ、その都度俺は、まさか俺がというそれを繰り返している。以前付き合った人間のことを忘れるなども茶飯事だ。俺だからしょうがないと言われるけど、普通に人としては屑の部類に入るだろう。
「簡潔に言いますと、私は朝霞クンに交際を申し込んでいます。返事ははいかいいえで。期限は早い方が助かりますが、考える時間が必要であれば待ちます」
「話はわかったけど、何でそんな事務的な喋り方なんだ?」
「恥ずかしいから以外にある!?」
「あ、はい」
「えーと……それで……」
「でもまあ、俺が変な奴だってことはお前もよく知ってるだろ」
「はい、それはよーく」
「あ、変な奴だとは思ってたんだな。コホン。それで、仮に付き合った後でそんなはずじゃなかったっていうギャップが生じても責任は取れないと最初に言っとくし。一応俺の利用規約的な物を提示しておこうと思う。それでもいいんであれば、全文よく聞いて理解した後にもう1回申し込んでくれ」
「はい、お願いします」
取説とかじゃないけど、こんな俺をよろしくお願いするためにはある程度のワガママを許してもらわなければ死んでしまう。俺には趣味や学業で5人に増えたいほどの作業量がある。1人になりたいときはなりたいし、作業に熱中していると「彼女? 何だそれ」状態に絶対なる。
それから、付き合ったからと言ってよくあるバカップルみたいな密着していちゃいちゃ、みたいなことは出来るタマじゃない。スキンシップをしないからと言って好きじゃないということはないし、何なら俺は性欲が薄い方だ。それに比べて物を書きあげたときの快感はどれほど素晴らしいか。
「――とまあ、こんな感じです。それから、お前が書く物に対する感想なんかは今まで通りかそれ以上にやることになるし」
「何か、大体想像してた通りの内容で安心した」
「そうか」
「規約に同意しましたので、あたしと付き合ってください」
「よろしくお願いします」
「……きゃー! うそぉ!?」
「本当だ」
「え~……どうしよう、ちーいー、ハルちゃーん、美奈ちゃーん!」
「あー……そういうことか」
大石はこのことを知ってたから俺に伏見の気持ちを考えろっつってたのか。いや、それにしたって言われなきゃわからないし、俺の持論ではステージだとか物書きだとか、そういうことの前には恋愛感情だとか中途半端な友情だとかが一番よろしくないんだ。物事に妥協を生む原因になりかねない。
「と言うか、俺の何が良かったんだ? 短気だし、すぐ怒鳴るし」
「短気だし怖いけど、強くて、優しくて、映画と読書って一緒の趣味で話通じて楽しいし、あたしの書くお話をちゃんと読んでくれて、あたしの作る料理にもちゃんと感想をくれて……でも一番は、朝霞クンが好きなことしてるときのキラキラした姿かな」
「好きなことしてるときの」
「うん。あっ、逆に聞くけど、どうしてあたしと付き合うのオッケーしてくれたの?」
「なんでだろうな」
「えっ!? 何それ!?」
「正直に言えば、俺はお前のことが好きで好きでしょうがなくて自分の物にしたいとか、そういうことはちーっとも思ってないワケだ。なんなら恋愛対象ですらなかった」
「うう、わかってたけど改めて言われると」
「いや、俺の中でお前に限らずクリエイターは恋愛対象に入らないんだ。尊敬とか憧れの念を抱くことはあってもだ」
「あ、そういうことね」
「だけど最近はお前と物書き以外のこともしてただろ。そうやって積み重ねた時間が、お前に告白された瞬間、忘れてた感情を溶かして染みるような感じで広がっていってだな」
好きだと言うにはまた違うし、かと言って嫌いでもない。恋愛対象かと言われれば違ったけど、付き合えるくらいには好意があって、一緒にいるのも悪くないと思えていたのだろう。なかなか上手い言葉が見つからない。
「何はともあれ、よろしくお願いします」
「お願いします。あ、ご飯続き食べて」
「その前に、ちょっと言っとかなきゃいけないことがあって」
「利用規約の他に?」
「えっと、俺の、別の活動の話なんだけど――」
end.
++++
フェーズ1からの流れがここに来てようやく形になったようです。よかったなあふしみん。
しかし、朝霞Pの扱いが一筋縄で行くはずもなく、取扱説明書とか利用規約が提示されるというめんどくさい展開。
きっとふしみんはちょっと浮かれてるし、朝霞Pは特に変わらない日常を送り続けるんだろうなあと想像出来るわね
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最近ではゼミ以外でも伏見と顔を合わせることが多く、その流れで映画に行ったり買い物に行ったり、飯を食ったりといろいろなことをしているように思う。今日もいつもと同じそんな流れの中で、飯を食っている最中のことだった。
「あたし、朝霞クンのことが好き」
「……突然どうした?」
「言葉通りの意味に解釈していただければ」
「あ、えーと、ありがとうございます」
「これまではね、あたしはこんなに好きなのにどうして気付いてくれないのこのにぶちん、って思ってばっかりだったのね。だけど、みんなに優しかったり好きなことに一直線な人に思わせぶりなことをしてても意味がないと気付いた次第であります」
「それにしたってガチで突然だからどうしたモンか」
食っていた飯を噎せそうになるのを何とか堪え、伏見の話に耳を傾ける。話の文脈からすると伏見の言う「好き」の意味は多分恋愛のそれで、俺はまさか自分にそういう感情が向けられるとは微塵とも思っていないから、どうしたものか本当にわからないでいる。
恋愛経験がないワケじゃない。ただ、それはいろいろなことに熱中した時間の中で記憶から薄れ、その都度俺は、まさか俺がというそれを繰り返している。以前付き合った人間のことを忘れるなども茶飯事だ。俺だからしょうがないと言われるけど、普通に人としては屑の部類に入るだろう。
「簡潔に言いますと、私は朝霞クンに交際を申し込んでいます。返事ははいかいいえで。期限は早い方が助かりますが、考える時間が必要であれば待ちます」
「話はわかったけど、何でそんな事務的な喋り方なんだ?」
「恥ずかしいから以外にある!?」
「あ、はい」
「えーと……それで……」
「でもまあ、俺が変な奴だってことはお前もよく知ってるだろ」
「はい、それはよーく」
「あ、変な奴だとは思ってたんだな。コホン。それで、仮に付き合った後でそんなはずじゃなかったっていうギャップが生じても責任は取れないと最初に言っとくし。一応俺の利用規約的な物を提示しておこうと思う。それでもいいんであれば、全文よく聞いて理解した後にもう1回申し込んでくれ」
「はい、お願いします」
取説とかじゃないけど、こんな俺をよろしくお願いするためにはある程度のワガママを許してもらわなければ死んでしまう。俺には趣味や学業で5人に増えたいほどの作業量がある。1人になりたいときはなりたいし、作業に熱中していると「彼女? 何だそれ」状態に絶対なる。
それから、付き合ったからと言ってよくあるバカップルみたいな密着していちゃいちゃ、みたいなことは出来るタマじゃない。スキンシップをしないからと言って好きじゃないということはないし、何なら俺は性欲が薄い方だ。それに比べて物を書きあげたときの快感はどれほど素晴らしいか。
「――とまあ、こんな感じです。それから、お前が書く物に対する感想なんかは今まで通りかそれ以上にやることになるし」
「何か、大体想像してた通りの内容で安心した」
「そうか」
「規約に同意しましたので、あたしと付き合ってください」
「よろしくお願いします」
「……きゃー! うそぉ!?」
「本当だ」
「え~……どうしよう、ちーいー、ハルちゃーん、美奈ちゃーん!」
「あー……そういうことか」
大石はこのことを知ってたから俺に伏見の気持ちを考えろっつってたのか。いや、それにしたって言われなきゃわからないし、俺の持論ではステージだとか物書きだとか、そういうことの前には恋愛感情だとか中途半端な友情だとかが一番よろしくないんだ。物事に妥協を生む原因になりかねない。
「と言うか、俺の何が良かったんだ? 短気だし、すぐ怒鳴るし」
「短気だし怖いけど、強くて、優しくて、映画と読書って一緒の趣味で話通じて楽しいし、あたしの書くお話をちゃんと読んでくれて、あたしの作る料理にもちゃんと感想をくれて……でも一番は、朝霞クンが好きなことしてるときのキラキラした姿かな」
「好きなことしてるときの」
「うん。あっ、逆に聞くけど、どうしてあたしと付き合うのオッケーしてくれたの?」
「なんでだろうな」
「えっ!? 何それ!?」
「正直に言えば、俺はお前のことが好きで好きでしょうがなくて自分の物にしたいとか、そういうことはちーっとも思ってないワケだ。なんなら恋愛対象ですらなかった」
「うう、わかってたけど改めて言われると」
「いや、俺の中でお前に限らずクリエイターは恋愛対象に入らないんだ。尊敬とか憧れの念を抱くことはあってもだ」
「あ、そういうことね」
「だけど最近はお前と物書き以外のこともしてただろ。そうやって積み重ねた時間が、お前に告白された瞬間、忘れてた感情を溶かして染みるような感じで広がっていってだな」
好きだと言うにはまた違うし、かと言って嫌いでもない。恋愛対象かと言われれば違ったけど、付き合えるくらいには好意があって、一緒にいるのも悪くないと思えていたのだろう。なかなか上手い言葉が見つからない。
「何はともあれ、よろしくお願いします」
「お願いします。あ、ご飯続き食べて」
「その前に、ちょっと言っとかなきゃいけないことがあって」
「利用規約の他に?」
「えっと、俺の、別の活動の話なんだけど――」
end.
++++
フェーズ1からの流れがここに来てようやく形になったようです。よかったなあふしみん。
しかし、朝霞Pの扱いが一筋縄で行くはずもなく、取扱説明書とか利用規約が提示されるというめんどくさい展開。
きっとふしみんはちょっと浮かれてるし、朝霞Pは特に変わらない日常を送り続けるんだろうなあと想像出来るわね
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