2020

■Lunch Time Surprise

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「ああ、圭斗。久し振り」
「やあ菜月さん。ご無沙汰しております」

 多分3月の健康診断振りくらいに会った彼女は、少し髪が伸びたように思う。それから、耳飾りがイヤリングから星のイヤーカフに変わったかな? 菜月さんとは同じサークルで3年間……実質的には2年半くらいを共にした友人だ。
 僕は環境科学部で彼女は社会学部、サークルを引退してしまえば会うことはこれと言ってない。今日久々に顔を合わせたのは、彼女から連絡が入ったからだ。「金曜日は大学に来ているか、来ているならたまには一緒にランチでも」と。

「で、ランチだなんてどうしたんだい?」
「何がだ」
「菜月さんは学内だろうと1人行動が基本じゃないか。それがどうだい、ランチのお誘いだなんて。いや、菜月さんからのお誘いは実に光栄ではあるけれど」
「まあ、行けばわかるんだけど、えー……っていうのがあって」
「えー……っていうヤツが? まあいいか。続きは食べながら聞くよ」
「そうだな。食堂じゃないと本題に入れないんだ」

 ゴールデンウィークが明けたということで、それまでより心なしか利用者の数も少ないような気がする。菜月さんは文系4年の割に少し多めの授業を履修しているようだけど、それでも全休の日を作って悠々自適に引き籠もっているらしい。
 学食では僕はとろろそばを、彼女は塩ラーメンを注文して席に着く。彼女が学食で塩ラーメン以外の物を食べているのをほとんど見たことがない。4年生になってもその習慣は変わらないようだ。鶏の出汁が利いていて彼女好みの味だという。

「それで、本題って?」
「ああ、それな」

 彼女は右手の腕時計にチラリと目をやり、何を言うでもなくそのまま箸を取った。

「まあ、食べようか。いただきます」
「いただきます」

 食事中の彼女は基本無言だ。一緒にランチをしているというのに味気ないのだけど、彼女と食事をするというのはこういうことだ。彼女はずるずると麺を啜りながら、時折腕時計に目をやっている。どうやら時間が相当気にかかっているようだ。
 学食で何か時間を気にして話すようなことがあっただろうか。僕以外の誰かと合流する時間に設定しているとか、他に考えられる可能性としては、12時20分から始まるMMP昼放送のオンエアを待っているか。僕もスマホで時間を確認する。12時19分の表示が、20に変わった瞬間だ。

『あんみつ五郎の、全力すい~つ!』
「ぶぇほっ! げほっげほっ」
「あれ、先週とはまたちょっと違うな」

 MMPでは学食で昼放送を流させてもらってるんだけど、スピーカーから聞こえて来た声だよ。いや、確か今のMMPってアナウンサーはヒロだけだったはずだ。僕と菜月さん、それから三井が引退したらどうなるんだという話はしていたけど。
 スピーカーから聞こえてくるのは、紛れもなく神崎の声だ。僕はその衝撃に噎せてしまったんだけど、菜月さんは淡々とラーメンを食べ続けているんだから。と言うか、もしかして知ってたな? 彼女がしたかった本題というのがこれのことだと理解をした。

「菜月さん、どういうことだいこれは」
「聞いた通りだろ。うちが何か知ってるとでも思うのか」
「知ってそうだと思うね」
「先週聞いた時は深夜のAMラジオっぽい雰囲気だったけど、今週はハイなノリのバラエティーだな」
「もしかして、番組のテイストを毎週変えてるのか?」
「なんならパーソナリティーも先週とは違う気がする。今週は“あんみつ五郎”の番組だけど、先週は“イカリザキトシロウ”だったし」
「ん、何から何まで謎だらけだね」
「今なら事務所に行けば神崎かりっちゃん、どっちかがいるんじゃないか?」
「いや、敢えて放置しよう。僕たちは過去の人だ」
「まあ、うちもそれでいいと思ったから聞くだけ聞けという意味で連れて来たんだけど」

 神崎がアナウンサーとして番組を作っているということは、ヒロ1人ではさすがに心許ないとりっちゃんが判断したのだろうか。MMPの活動の核となる昼放送が週1では、と。僕がりっちゃんの立場でもさすがに少しは不安になるかもしれない。

「先週の番組もなかなか悪くなかったけど、今週は今週で結構聞けるんだよな。案外、カンザキは役者なのかもしれないな」
「役者ね」
「お前はやれば出来るだろうけど、毎週毎週違うキャラクターに扮して毎週毎週違うテイストの番組をやれるか?」
「やれはするだろうけどネタが尽きるね」
「本当にこのスタイルでやるんだとすれば見ものだな」

 僕たちが引退した後のMMPがどうなっていくのかは確かにわからなかったけど、まさかアナウンサー席に座るミキサーが出て来るとは。本当に苦肉の策だったんだろう。だけどこれはこれとして楽しい番組になってるんだからいいんじゃないかな。そう思ってしまうのは、僕たちがいい加減なのかな?

「ところで菜月さん」
「ん?」
「こういう番組があるのはわかったけど、肝心のヒロの番組は聞いたのかい?」
「あ、あー……何曜日にやってんだろうな?」
「……菜月さん、大学にちゃんと来ているかい? まだ履修はあるんだろう」
「言ったら難だけど、全休だって3限始まりの日だってあるんだぞ」
「ん、それは失敬」
「金曜はたまたまここで昼を食べるような履修だっただけだ」


end.


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フェーズ2初となる菜月さんと圭斗さんです。サークル引退後はまったりと学生生活を送っているようです。
きっと菜月さんがいつものようにラーメンをうまうましていて気付いたんだろうけど、圭斗さんのリアクションも相変わらずでよかった
あれっ、そうなると今期の昼放送、ノサカがハブられた形になるぞ…?

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