2020
■難局を踏み越えて
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夕飯の支度をしていると、ピンポンとインターホンが鳴る。うちに用事がある人なんかあんまりいないはずだけど、兄さんがネットで買い物したのかなと思って出てみる。扉を開けると、そこにいたのは怒った顔のあずさだった。
「……ちー、ちょっといい?」
「いいけど、どうかした? ここじゃ難だし、中にでも」
「ここでいい」
声の感じから、あずさは相当怒っているような感じだ。あずさとは小学校に上がる前からの付き合いだけど、あまり怒ってるところを見たことがない。怒るよりは、泣いてる方が見るかもしれない。優しくて、ほんわかしててっていう感じの子。それがどう。目もスッとして全然笑ってないし、声のトーンもいくらか下がっている。
「ちー、朝霞クンに何かいろいろ言ったみたいだね」
「……朝霞に言わなかった? あの件ではもうほっといてって」
やっぱりあの件を穿り返されるのかって。俺の中ではもう終わったことなんだけど。こないだ朝霞に俺のことはもういいからって伝えたので完全に終わったつもりだったけど、まだまだそれを許してはくれないらしい。
「あの件のことはいいよ。ちーにも考えがあってのことだし。それに、やっぱりあたし、お節介しちゃったから。それはごめん」
「ううん、俺の方こそ。あずさが俺のことを心配してくれてるのはありがたいと思ってる。だけど、俺ももうハタチ過ぎてるし、自分のことは自分で解決出来るから。本当に困った時はちゃんと相談するし」
「うん、その時はそうして。だけど、今聞いてるのは別の話」
「別の?」
「今日ね、ゼミのレジュメ作ってから部活の脚本書いてたの」
「頑張ってるね」
「朝霞クンにも付き合ってもらって。……もう1回聞くよ。ちー、朝霞クンに何か言ったでしょ。今日の朝霞クン、めちゃくちゃ優しかったよ。あたしの書いてる本を読んで、いいところしか言ってくれなかった。声のトーン、雰囲気、何もかもが別人みたいになってて」
あずさから朝霞の変化について聞かされると、俺がこないだ言ったことを考えてくれたのかなと思う。朝霞は一旦その物事にのめり込むと熱くなって周りが見えなくなる。そうなると周りの人に強い口調で当たりがちだし、最悪手が出てしまうタイプだ。さすがに女の子には手を出さないそうだけど。
星ヶ丘の映研で脚本を書いているあずさも、同じ物書きとして朝霞によく相談をしていたらしい。だけど、朝霞はとにかく厳しい。本人が寝る間も惜しんで全てを作品に費やすというスタンスで、それをあずさにも求める節がある。脚本のモニターにしても、細かすぎるという愚痴は聞いていた。
「優しかったんなら、いいじゃない。あずさ、いつも「もう嫌」って言ってたでしょ?」
「違うの! ちーはわかってない!」
「えっ」
「確かに朝霞クンは厳しいよ。だけど根拠もなくキツイことを言うんじゃなくて、ダメな理由や改善点を教えてくれるんだよ。それに、ダメなところばっかり言うんじゃなくて、良いところも褒めてくれてる」
「褒められる?」
「あのねちー、あたしの書くお話って、平坦過ぎるとか抑揚がないとか言われてね、よくわからないっていう評価だったの。だけどあたしはお話の上でも人が傷つくストーリーは書けないし、平凡な日常を切り取るしか出来なくて」
「うん、それは知ってるよ。シリアスなドラマとか、ドッキリとかあんまり見れないもんね」
「だけどね、あたしの書くお話のいいところを一番たくさん見つけてくれたのが朝霞クンなんだよ。確かにダメなところもいっぱい言われる、だけどいいところもいっぱい教えてくれるから、あたしは自分の書くお話にちょっとずつ自信をつけてるところなの」
朝霞がこの間言っていたことを思い出した。傷付け合うことを恐れてちゃ何も出来ないとか、中途半端な馴れ合いは何も生まないとか。少なくとも、朝霞はあずさの作品に対しては本気で向き合っているということがあずさの話からは分かった。
「でも今日は違った。思ったことを率直に言ってくれてない感じ。あたしに対して気を遣ってるみたいなぎこちなさがあった。あたしは、短気で、熱くて、こだわり出したらキリがなくて、すぐ怒鳴るし怖いけど、強くて、優しくって、好きなことやってるときは誰よりもキラキラしてる朝霞クンが好きなの! 嫌だけど、嫌じゃないの!」
そう俺に訴えながら、あずさは涙をぽろぽろこぼしている。これは、俺の知っているあずさの泣きべそとは全然違う涙だ。
「……俺、朝霞に言わなくていいことを言った感じだね」
「ちーがね、あたしのことを考えてくれてそうなったっていうのは、ありがとう。だけどね、そうじゃないんだ。ごめんね」
「ううん、俺も、ごめん」
「あたしね、朝霞クンからちーとケンカしたって聞いて、最初は本当にショックだった」
「最初は? 今は違うの?」
「うん。ケンカの経緯も聞いたからね。あたし自身反省もありつつ、あのちーが、朝霞クンには強く物を言えるんだって思ったら、そういう友達が出来て良かったねとも思って」
「そういう友達…?」
「うん。ケンカ出来る友達。ケンカって、意思と意思、気持ちと気持ちのぶつかり合いだと思うの。ちーは、いつでもみんなの気持ちを優先して、自分の考えってあんまり言ってくれないもんね」
「……よく言われる」
「だけどね、ちーがどう思ってるのかをちゃんと言ってくれる方が、多分みんな嬉しい。あたしもそう」
「そっか」
「それじゃあ、あたし帰るね」
「うん。ありがとう」
じゃあね、とあずさは帰って行った。話が終わる頃にはもう、最初にドアを開けた時の怒った雰囲気ではなくなっていた。
台所に戻って少し考える。確かにケンカは良くないことなんだけど、あずさの言葉を借りると気持ちと気持ちのぶつかり合い。最後にここまで激しく感情を人に対して爆発させたのって、いつだっけ?
end.
++++
ちーちゃん宅にふしみんがやってきました。どうやら様子が変わっていたらしい朝霞Pに何か思うところがあった様子。
本当はふしみんがちーちゃんを突き放す展開だろうなと思ってたけど、こうなってたからふしみんも優しい子と言うか、何と言うか
最後のちーちゃんの問い、多分答えは10年前とかそれくらいじゃないかしら。
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夕飯の支度をしていると、ピンポンとインターホンが鳴る。うちに用事がある人なんかあんまりいないはずだけど、兄さんがネットで買い物したのかなと思って出てみる。扉を開けると、そこにいたのは怒った顔のあずさだった。
「……ちー、ちょっといい?」
「いいけど、どうかした? ここじゃ難だし、中にでも」
「ここでいい」
声の感じから、あずさは相当怒っているような感じだ。あずさとは小学校に上がる前からの付き合いだけど、あまり怒ってるところを見たことがない。怒るよりは、泣いてる方が見るかもしれない。優しくて、ほんわかしててっていう感じの子。それがどう。目もスッとして全然笑ってないし、声のトーンもいくらか下がっている。
「ちー、朝霞クンに何かいろいろ言ったみたいだね」
「……朝霞に言わなかった? あの件ではもうほっといてって」
やっぱりあの件を穿り返されるのかって。俺の中ではもう終わったことなんだけど。こないだ朝霞に俺のことはもういいからって伝えたので完全に終わったつもりだったけど、まだまだそれを許してはくれないらしい。
「あの件のことはいいよ。ちーにも考えがあってのことだし。それに、やっぱりあたし、お節介しちゃったから。それはごめん」
「ううん、俺の方こそ。あずさが俺のことを心配してくれてるのはありがたいと思ってる。だけど、俺ももうハタチ過ぎてるし、自分のことは自分で解決出来るから。本当に困った時はちゃんと相談するし」
「うん、その時はそうして。だけど、今聞いてるのは別の話」
「別の?」
「今日ね、ゼミのレジュメ作ってから部活の脚本書いてたの」
「頑張ってるね」
「朝霞クンにも付き合ってもらって。……もう1回聞くよ。ちー、朝霞クンに何か言ったでしょ。今日の朝霞クン、めちゃくちゃ優しかったよ。あたしの書いてる本を読んで、いいところしか言ってくれなかった。声のトーン、雰囲気、何もかもが別人みたいになってて」
あずさから朝霞の変化について聞かされると、俺がこないだ言ったことを考えてくれたのかなと思う。朝霞は一旦その物事にのめり込むと熱くなって周りが見えなくなる。そうなると周りの人に強い口調で当たりがちだし、最悪手が出てしまうタイプだ。さすがに女の子には手を出さないそうだけど。
星ヶ丘の映研で脚本を書いているあずさも、同じ物書きとして朝霞によく相談をしていたらしい。だけど、朝霞はとにかく厳しい。本人が寝る間も惜しんで全てを作品に費やすというスタンスで、それをあずさにも求める節がある。脚本のモニターにしても、細かすぎるという愚痴は聞いていた。
「優しかったんなら、いいじゃない。あずさ、いつも「もう嫌」って言ってたでしょ?」
「違うの! ちーはわかってない!」
「えっ」
「確かに朝霞クンは厳しいよ。だけど根拠もなくキツイことを言うんじゃなくて、ダメな理由や改善点を教えてくれるんだよ。それに、ダメなところばっかり言うんじゃなくて、良いところも褒めてくれてる」
「褒められる?」
「あのねちー、あたしの書くお話って、平坦過ぎるとか抑揚がないとか言われてね、よくわからないっていう評価だったの。だけどあたしはお話の上でも人が傷つくストーリーは書けないし、平凡な日常を切り取るしか出来なくて」
「うん、それは知ってるよ。シリアスなドラマとか、ドッキリとかあんまり見れないもんね」
「だけどね、あたしの書くお話のいいところを一番たくさん見つけてくれたのが朝霞クンなんだよ。確かにダメなところもいっぱい言われる、だけどいいところもいっぱい教えてくれるから、あたしは自分の書くお話にちょっとずつ自信をつけてるところなの」
朝霞がこの間言っていたことを思い出した。傷付け合うことを恐れてちゃ何も出来ないとか、中途半端な馴れ合いは何も生まないとか。少なくとも、朝霞はあずさの作品に対しては本気で向き合っているということがあずさの話からは分かった。
「でも今日は違った。思ったことを率直に言ってくれてない感じ。あたしに対して気を遣ってるみたいなぎこちなさがあった。あたしは、短気で、熱くて、こだわり出したらキリがなくて、すぐ怒鳴るし怖いけど、強くて、優しくって、好きなことやってるときは誰よりもキラキラしてる朝霞クンが好きなの! 嫌だけど、嫌じゃないの!」
そう俺に訴えながら、あずさは涙をぽろぽろこぼしている。これは、俺の知っているあずさの泣きべそとは全然違う涙だ。
「……俺、朝霞に言わなくていいことを言った感じだね」
「ちーがね、あたしのことを考えてくれてそうなったっていうのは、ありがとう。だけどね、そうじゃないんだ。ごめんね」
「ううん、俺も、ごめん」
「あたしね、朝霞クンからちーとケンカしたって聞いて、最初は本当にショックだった」
「最初は? 今は違うの?」
「うん。ケンカの経緯も聞いたからね。あたし自身反省もありつつ、あのちーが、朝霞クンには強く物を言えるんだって思ったら、そういう友達が出来て良かったねとも思って」
「そういう友達…?」
「うん。ケンカ出来る友達。ケンカって、意思と意思、気持ちと気持ちのぶつかり合いだと思うの。ちーは、いつでもみんなの気持ちを優先して、自分の考えってあんまり言ってくれないもんね」
「……よく言われる」
「だけどね、ちーがどう思ってるのかをちゃんと言ってくれる方が、多分みんな嬉しい。あたしもそう」
「そっか」
「それじゃあ、あたし帰るね」
「うん。ありがとう」
じゃあね、とあずさは帰って行った。話が終わる頃にはもう、最初にドアを開けた時の怒った雰囲気ではなくなっていた。
台所に戻って少し考える。確かにケンカは良くないことなんだけど、あずさの言葉を借りると気持ちと気持ちのぶつかり合い。最後にここまで激しく感情を人に対して爆発させたのって、いつだっけ?
end.
++++
ちーちゃん宅にふしみんがやってきました。どうやら様子が変わっていたらしい朝霞Pに何か思うところがあった様子。
本当はふしみんがちーちゃんを突き放す展開だろうなと思ってたけど、こうなってたからふしみんも優しい子と言うか、何と言うか
最後のちーちゃんの問い、多分答えは10年前とかそれくらいじゃないかしら。
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