2020
■バーガーバーガー夢のタワー
++++
「おはよ――ってなにこれ!? せっま! 実苑! アンタまた物増やした!?」
「おはようございます唯香さん」
挨拶こそするけど、こっちに見向きもせず作業に夢中になっているのは浦和実苑。ここは緑ヶ丘大学サークル棟206号室、美術部ELLEの部室。美術部は今、4月末に行われる文化会発表会に向けて作品制作に追われている。それはアタシも例外ではなく。
だけど、部室を埋め尽くさんばかりに造形作品を作り続ける実苑だ。美術部の部員はそれぞれ得意とする分野がある。アタシなら写真とかコンピューターグラフィックになるし、3年生の真実さんなら油絵といった具合に。そしてこの実苑が得意なのは立体の造形。
「って言うかこれ、本命はどれ!?」
「本命はそれです、えっと、どこかその辺に埋まってませんか?」
「本命の作品を埋めるなし」
「埋めようとして埋めたわけではないんですけどね」
「それはいいけど、ハンバーガータワーの断面図はそろそろ片付けろし、縁起でもない」
「ええ、力作なんですけど」
実苑はとにかく手を動かして次から次へと作品を作り上げている。発表会に出す本命の作品を作り終わったと思ったら、今度は暇だからと言って別の物を作り始める。発表会に出す作品を作る合間にも、息抜きと言って別の作品を作るとかもザラだ。
と言うか、作るのはいいんだけどそれをどこでも置いとくなという話で。何なら本命の作品と息抜きとか遊びの作品を一緒くたに適当に置いてる感が凄まじい。せめて本命の作品は別にしておけと。自分の部屋でもないんだから。
本命の作品は春の草花をモチーフにした精霊の造形だそうだ。フィギュアと言えばフィギュアなんだけど、そこそこの大きさがある。制作期間もそれなりにかかってるはずなんだけど、それを遊びで作った物で埋めてしまうっていうのがある意味では実苑らしい。
「そろそろ僕も噂のハンバーガータワーの実物にお目にかかれるんですね」
「だからそれを模型持ちながら言うなし」
文化会発表会の風物詩となっているのが、発表会前日深夜、4号館401教室に築かれるハンバーガータワーだ。文化部の部員の有志が発表会の準備のために居残るんだけど、そういう人の夜食として用意される大量のハンバーガー。それをピラミッドのようにとことん積み上げた物がタワーと呼ばれる。
その量は尋常でなく、初めて見る人は大体その規模に驚いてスマホで写真を撮るっていう。アタシは去年準備に駆り出されてたからそれを見てたけど、実苑はこの発表会を見て美術部に入ったクチだからそれを話でしか知らない。ちゃんと立体で見たいとアタシの見せた写真だけを資料に、実苑はハンバーガータワーの模型を作ってしまった。
この模型を見た文化部の部員は大体「もうこの季節が来た!?」と恐れおののき、ドン引く。実苑の恐ろしいところはハンバーガーの包み紙から作ってしまうところだし、ハンバーガータワー(縮小版)の断面図版まで作ってしまったところだ。これを作るために2、3日はハンバーガーを主食にしたらしい。バカだし。
「唯香さんは作品の進捗、どうですか?」
「写真の方は大体揃ってるし、後はどれをどの額に入れてどう並べるかだわ」
「ああ、展示順は大切ですよね。僕は原型3体ですけど、唯香さんの写真はそれこそたくさんありますし」
「なんなら今から増える可能性はまだまだあるからね」
「そうですよね」
アタシの写真は緑大周辺で撮ったものがメイン。一応、文化会発表会っていう行事が部活合同新歓イベントみたいな性質があるから、新入生にアピール出来るような作品作りや活動報告をした方がいいと言われている。だからアタシはせめてもの大学要素として写真を撮った。大学周りにいる猫だったり、桜だったり、その他諸々。
「それはいいけど実苑、簡単にでいいから整頓してくれない? そろそろ踏みそうで怖いわ。ただでさえスリッパは靴よりコントロール利かないんだから」
「すみません。今片付けます」
美術部の部室はコンクリート打ちっ放しの部屋を勝手に改装してフローリングの床を張った。それ以外にもソファを置いたり冷蔵庫を置いたり金魚を飼ってたりして割と自由だ。だけどその床も物も、実苑の作った物や道具に埋め尽くされている。冷蔵庫のドアも開かない始末。
「大学らしい光景と言えば、僕的には食堂の配膳カウンターから見る列ですね」
「列?」
「学食で配膳のバイトをしているときに、皆さんトレーを滑らせてやって来るんですよ。ライス大とか中とかって注文を受けてご飯を盛るんですが、そこから見る列が大学らしいなあと思いますね」
「それちょっと見てみたいわ。配膳のバイトって第1学食の方っしょ?」
「そうですね。唯香さんは第1学食を使いませんか?」
「あんま使わない。第2学食か、第1学食の2階でちょっとした物を買うか」
「第1学食の2階と言えば、あの量り売りがなかなか美味しいんですよね」
「わかる。肉団子が最高」
「へえ、そうなんですね。僕はミートグラタンが好きで食べたいなと思うんですが、昼の時間にはなかなか行けないので食べられないんですよ」
「ふーん、学食でバイトすんのも大変なんだね」
実苑の言うカウンター越しに見る第1学食の学生の列というのも作品にしたいと思ったけど、さすがにアタシは学食の配膳カウンターの中には入れないし、実苑に撮ってもらうにしたって食品を扱う現場にカメラを持ち込むのも衛生上多分よろしくない。違う角度で見てみたかったけどな。
「これは冷蔵庫の上に飾っていてもいいですよね?」
「だからハンバーガーは奥底にしまえし」
end.
++++
久し振りに文化部をいくつか。あずみんとミソノです。文化部の話もちょこちょこやりたい気持ちの表れ。
学年を跨いでも相変わらず実苑は自由だし、佐藤ゼミでは自由人扱いのあずみんも実苑相手だと立派なツッコミである
鵠さんはテイクアウト丼を売ってるイメージが強いけど、実苑はご飯の配膳なんかをやってるのね。学食バイトと言ってもいろいろな仕事があるんだなあ
.
++++
「おはよ――ってなにこれ!? せっま! 実苑! アンタまた物増やした!?」
「おはようございます唯香さん」
挨拶こそするけど、こっちに見向きもせず作業に夢中になっているのは浦和実苑。ここは緑ヶ丘大学サークル棟206号室、美術部ELLEの部室。美術部は今、4月末に行われる文化会発表会に向けて作品制作に追われている。それはアタシも例外ではなく。
だけど、部室を埋め尽くさんばかりに造形作品を作り続ける実苑だ。美術部の部員はそれぞれ得意とする分野がある。アタシなら写真とかコンピューターグラフィックになるし、3年生の真実さんなら油絵といった具合に。そしてこの実苑が得意なのは立体の造形。
「って言うかこれ、本命はどれ!?」
「本命はそれです、えっと、どこかその辺に埋まってませんか?」
「本命の作品を埋めるなし」
「埋めようとして埋めたわけではないんですけどね」
「それはいいけど、ハンバーガータワーの断面図はそろそろ片付けろし、縁起でもない」
「ええ、力作なんですけど」
実苑はとにかく手を動かして次から次へと作品を作り上げている。発表会に出す本命の作品を作り終わったと思ったら、今度は暇だからと言って別の物を作り始める。発表会に出す作品を作る合間にも、息抜きと言って別の作品を作るとかもザラだ。
と言うか、作るのはいいんだけどそれをどこでも置いとくなという話で。何なら本命の作品と息抜きとか遊びの作品を一緒くたに適当に置いてる感が凄まじい。せめて本命の作品は別にしておけと。自分の部屋でもないんだから。
本命の作品は春の草花をモチーフにした精霊の造形だそうだ。フィギュアと言えばフィギュアなんだけど、そこそこの大きさがある。制作期間もそれなりにかかってるはずなんだけど、それを遊びで作った物で埋めてしまうっていうのがある意味では実苑らしい。
「そろそろ僕も噂のハンバーガータワーの実物にお目にかかれるんですね」
「だからそれを模型持ちながら言うなし」
文化会発表会の風物詩となっているのが、発表会前日深夜、4号館401教室に築かれるハンバーガータワーだ。文化部の部員の有志が発表会の準備のために居残るんだけど、そういう人の夜食として用意される大量のハンバーガー。それをピラミッドのようにとことん積み上げた物がタワーと呼ばれる。
その量は尋常でなく、初めて見る人は大体その規模に驚いてスマホで写真を撮るっていう。アタシは去年準備に駆り出されてたからそれを見てたけど、実苑はこの発表会を見て美術部に入ったクチだからそれを話でしか知らない。ちゃんと立体で見たいとアタシの見せた写真だけを資料に、実苑はハンバーガータワーの模型を作ってしまった。
この模型を見た文化部の部員は大体「もうこの季節が来た!?」と恐れおののき、ドン引く。実苑の恐ろしいところはハンバーガーの包み紙から作ってしまうところだし、ハンバーガータワー(縮小版)の断面図版まで作ってしまったところだ。これを作るために2、3日はハンバーガーを主食にしたらしい。バカだし。
「唯香さんは作品の進捗、どうですか?」
「写真の方は大体揃ってるし、後はどれをどの額に入れてどう並べるかだわ」
「ああ、展示順は大切ですよね。僕は原型3体ですけど、唯香さんの写真はそれこそたくさんありますし」
「なんなら今から増える可能性はまだまだあるからね」
「そうですよね」
アタシの写真は緑大周辺で撮ったものがメイン。一応、文化会発表会っていう行事が部活合同新歓イベントみたいな性質があるから、新入生にアピール出来るような作品作りや活動報告をした方がいいと言われている。だからアタシはせめてもの大学要素として写真を撮った。大学周りにいる猫だったり、桜だったり、その他諸々。
「それはいいけど実苑、簡単にでいいから整頓してくれない? そろそろ踏みそうで怖いわ。ただでさえスリッパは靴よりコントロール利かないんだから」
「すみません。今片付けます」
美術部の部室はコンクリート打ちっ放しの部屋を勝手に改装してフローリングの床を張った。それ以外にもソファを置いたり冷蔵庫を置いたり金魚を飼ってたりして割と自由だ。だけどその床も物も、実苑の作った物や道具に埋め尽くされている。冷蔵庫のドアも開かない始末。
「大学らしい光景と言えば、僕的には食堂の配膳カウンターから見る列ですね」
「列?」
「学食で配膳のバイトをしているときに、皆さんトレーを滑らせてやって来るんですよ。ライス大とか中とかって注文を受けてご飯を盛るんですが、そこから見る列が大学らしいなあと思いますね」
「それちょっと見てみたいわ。配膳のバイトって第1学食の方っしょ?」
「そうですね。唯香さんは第1学食を使いませんか?」
「あんま使わない。第2学食か、第1学食の2階でちょっとした物を買うか」
「第1学食の2階と言えば、あの量り売りがなかなか美味しいんですよね」
「わかる。肉団子が最高」
「へえ、そうなんですね。僕はミートグラタンが好きで食べたいなと思うんですが、昼の時間にはなかなか行けないので食べられないんですよ」
「ふーん、学食でバイトすんのも大変なんだね」
実苑の言うカウンター越しに見る第1学食の学生の列というのも作品にしたいと思ったけど、さすがにアタシは学食の配膳カウンターの中には入れないし、実苑に撮ってもらうにしたって食品を扱う現場にカメラを持ち込むのも衛生上多分よろしくない。違う角度で見てみたかったけどな。
「これは冷蔵庫の上に飾っていてもいいですよね?」
「だからハンバーガーは奥底にしまえし」
end.
++++
久し振りに文化部をいくつか。あずみんとミソノです。文化部の話もちょこちょこやりたい気持ちの表れ。
学年を跨いでも相変わらず実苑は自由だし、佐藤ゼミでは自由人扱いのあずみんも実苑相手だと立派なツッコミである
鵠さんはテイクアウト丼を売ってるイメージが強いけど、実苑はご飯の配膳なんかをやってるのね。学食バイトと言ってもいろいろな仕事があるんだなあ
.