2020
■見習う例はそこにある
++++
「京川さん、こんにちは」
「バネ、レイ君いらっしゃい。あとはコンちゃんとチータ待ちだね」
「お邪魔します」
豊葦市内某所、向島大学に程近いそのマンションの一室でこれから始まるのはゲーム実況グループUSDXの動画収録だ。コンピューターゲームの分野はド素人の俺がどうしてゲーム実況なんかを始めたのかと言うと、自分の好奇心にある。
人間学部で人がどういうライフスタイルで生きているのかについて勉強している俺は、いろいろな人の話を聞くのが好きだ。伏見つてに出会ったバネことリン君の紹介で一部メンバーの打ち合わせを見学させてもらった結果、話が大きくなってグループに加入することになったんだ。
USDXというグループはゲーム実況もさることながらキャラクター遊びにも重点を置いている。それぞれが演じるキャラクターはその人物のアバターではなく、キャラクターそのものを表現しているのだという。キャラクターの人格・性格は必ずしも現実の俺たちとは一致しない。
リン君の車に乗せてもらって、USDXのリーダーであるキョージュこと京川さんの部屋へとやって来た。京川さんは向島大学の院生らしいけど、それすら本当かどうか少し怪しい。最初に京川さんと一緒にP&Sというユニットでゲーム実況を始めたのがソルこと塩見さんだ。
「よう朝霞、リン」
「おはようございます。今日はさすがにお休みですか?」
「まあ、ド繁忙期と言え日曜だしな」
塩見さんは西海市内の倉庫で働く会社員だ。グレーか銀色に染めた髪やたくさんつけられたピアス、佇まいも派手で普通の会社員には見えないのだけど、ゲーム実況をやるようにも見えない。本人曰く元ヤンで現バンドマンだそうだ。俺はその会社で短期バイトをしていたことがあって、お世話になってたんだ。
「ところで朝霞、聞いたぞ」
「何をですか?」
「千景とケンカしてんだってな」
「あー……」
「昨日会社でアイツと会ってよ。全然集中出来てねえし、何かあったかっつって聞いたらお前とケンカしたっつって」
「アイツのことなんか知ったこっちゃないです」
塩見さんの会社でバイトしているのが大石だ。塩見さんは大石にとって兄貴分のような存在で、プライベートでもベティさんの店で顔を合わせることがあるらしい。塩見さんからこないだの話を振られて、俺はどう反応していいかわからなかった。それこそ、知ったこっちゃないとしか言いようがなかったから。
伏見に対する指導が厳しすぎると言われても、作品を作り上げるなら一切の妥協はさせるべきじゃない。そのための相談に乗っていたつもりだったから。友達らしい会話をと言われても、そもそも友達らしい会話とは、という問題から始まる。ゼミの研究内容やアイツの作る作品や、食わせてくれる料理の話は十分友達らしいと思うけど。
「アイツの言ってることも話としてはわかります。ただ、俺の主義とは相反するのではいそうですかと手放しで受け入れることも出来ません。それは多分アイツもそうです」
「それでも、どっかで折り合いをつけていくしかねえよな。合わない、許せねえ奴を切り捨てて、ただ自分の信じる道を生きることも出来る。ただ、後が大変だ」
「わかってます」
「ただ、お前がアイツに言ったらしいことは千景から聞いたが、俺もそれに対しては概ね同意だ」
「え」
「会社でもそういう節がある。人の愚痴ばっか聞かされて、人が嫌がる仕事ばっかり引き受けて、アイツ自身余裕があるワケじゃねえのに気配りばっかして潰れそうになってんだ」
「やっぱり」
「ただ、お前がアイツに言った事にはひとつ間違いがある」
「――と言うのは」
「アイツは、確固たる自分を持ってそれを貫いた結果、親戚や血族と絶縁して千晴君との生活を選んだ。それは本来小5のガキが背負わなくていいはずの覚悟だ。自分がないっていうのは、間違いだ。ただ、自分自身の想いをもっと出せというのには同意する」
きっと塩見さんは、俺と大石のどちらも知る立場としてどちらの味方をするでもなく話を聞きながら、こうして少しずつ生じている認識のズレを補正しているのだろう。その事柄について冷静に向き合えるように。
「ま、お前もお前で頭に血が上りやすいトコはあるよな。よくUSDX比で呑気な“レイ”をやってるなと思うくらいには」
「あー……短気、ですね、はい。それで何度も失敗してます。キレて壁を殴って骨折手前まで行ったりとか」
「お前それ、俺でもそんなムチャしたことねえぞ」
「……まあ、もうちょっと頭冷えたら、もう1回話す必要はあるんでしょうね」
「現実世界でも一旦落ち着いて、それからだ」
「はい」
そんなことを話していると、インターホンが鳴ってコンコンとドアを叩く音がする。はーいと京川さんが応対すれば、USDX6人集合だ。今日は何を始めるのかということを確認したら、俺は実況用のレイというキャラクターにモードを合わせる。少なくともアイツは短気じゃない。“俺”よりどれだけ落ち着いているか。
「プロさん、カレーの鍋台所に置いときます。ご飯炊くのに炊飯器借りていいですか?」
「いいよ、好きに使って」
「お、スガノのカレーか。あれは実に美味い」
「厳密にはスガが作ってんじゃなくて星羅のカレーだけどな」
「ああ、スガノの彼女か」
「そう言えばこないだ絵師のKiraraさんがカレー食ってるコンの絵アップしてたな。カレーとサラダとゆで卵のセットで」
「言ってきららは星羅の妹だから、スガ……もといコンイジりをさせたら天下一品よ」
「え、絵師さんて須賀の妹なのか!?」
「何だ朝霞、知らなかったのか」
「みんな、コンちゃんがごはんの支度してくれたら収録始めるからね」
「はーい」
end.
++++
USDXのことにもちょろっと触れて今後スムーズに入りやすくするのと同時にちーあさの件が主題っぽい。
塩見さんはちーちゃんの事情を大体知っているのですが、それでも会社で思うところはある様子。行き過ぎてたら誰かが止めてやらねえとな、とは昨年度言ってた。
きららがコンちゃんをイジって遊ぼうとしてた件も昨年度末くらいにちょろっとやってたのかな。星羅カレーはおいしいんだ!
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「京川さん、こんにちは」
「バネ、レイ君いらっしゃい。あとはコンちゃんとチータ待ちだね」
「お邪魔します」
豊葦市内某所、向島大学に程近いそのマンションの一室でこれから始まるのはゲーム実況グループUSDXの動画収録だ。コンピューターゲームの分野はド素人の俺がどうしてゲーム実況なんかを始めたのかと言うと、自分の好奇心にある。
人間学部で人がどういうライフスタイルで生きているのかについて勉強している俺は、いろいろな人の話を聞くのが好きだ。伏見つてに出会ったバネことリン君の紹介で一部メンバーの打ち合わせを見学させてもらった結果、話が大きくなってグループに加入することになったんだ。
USDXというグループはゲーム実況もさることながらキャラクター遊びにも重点を置いている。それぞれが演じるキャラクターはその人物のアバターではなく、キャラクターそのものを表現しているのだという。キャラクターの人格・性格は必ずしも現実の俺たちとは一致しない。
リン君の車に乗せてもらって、USDXのリーダーであるキョージュこと京川さんの部屋へとやって来た。京川さんは向島大学の院生らしいけど、それすら本当かどうか少し怪しい。最初に京川さんと一緒にP&Sというユニットでゲーム実況を始めたのがソルこと塩見さんだ。
「よう朝霞、リン」
「おはようございます。今日はさすがにお休みですか?」
「まあ、ド繁忙期と言え日曜だしな」
塩見さんは西海市内の倉庫で働く会社員だ。グレーか銀色に染めた髪やたくさんつけられたピアス、佇まいも派手で普通の会社員には見えないのだけど、ゲーム実況をやるようにも見えない。本人曰く元ヤンで現バンドマンだそうだ。俺はその会社で短期バイトをしていたことがあって、お世話になってたんだ。
「ところで朝霞、聞いたぞ」
「何をですか?」
「千景とケンカしてんだってな」
「あー……」
「昨日会社でアイツと会ってよ。全然集中出来てねえし、何かあったかっつって聞いたらお前とケンカしたっつって」
「アイツのことなんか知ったこっちゃないです」
塩見さんの会社でバイトしているのが大石だ。塩見さんは大石にとって兄貴分のような存在で、プライベートでもベティさんの店で顔を合わせることがあるらしい。塩見さんからこないだの話を振られて、俺はどう反応していいかわからなかった。それこそ、知ったこっちゃないとしか言いようがなかったから。
伏見に対する指導が厳しすぎると言われても、作品を作り上げるなら一切の妥協はさせるべきじゃない。そのための相談に乗っていたつもりだったから。友達らしい会話をと言われても、そもそも友達らしい会話とは、という問題から始まる。ゼミの研究内容やアイツの作る作品や、食わせてくれる料理の話は十分友達らしいと思うけど。
「アイツの言ってることも話としてはわかります。ただ、俺の主義とは相反するのではいそうですかと手放しで受け入れることも出来ません。それは多分アイツもそうです」
「それでも、どっかで折り合いをつけていくしかねえよな。合わない、許せねえ奴を切り捨てて、ただ自分の信じる道を生きることも出来る。ただ、後が大変だ」
「わかってます」
「ただ、お前がアイツに言ったらしいことは千景から聞いたが、俺もそれに対しては概ね同意だ」
「え」
「会社でもそういう節がある。人の愚痴ばっか聞かされて、人が嫌がる仕事ばっかり引き受けて、アイツ自身余裕があるワケじゃねえのに気配りばっかして潰れそうになってんだ」
「やっぱり」
「ただ、お前がアイツに言った事にはひとつ間違いがある」
「――と言うのは」
「アイツは、確固たる自分を持ってそれを貫いた結果、親戚や血族と絶縁して千晴君との生活を選んだ。それは本来小5のガキが背負わなくていいはずの覚悟だ。自分がないっていうのは、間違いだ。ただ、自分自身の想いをもっと出せというのには同意する」
きっと塩見さんは、俺と大石のどちらも知る立場としてどちらの味方をするでもなく話を聞きながら、こうして少しずつ生じている認識のズレを補正しているのだろう。その事柄について冷静に向き合えるように。
「ま、お前もお前で頭に血が上りやすいトコはあるよな。よくUSDX比で呑気な“レイ”をやってるなと思うくらいには」
「あー……短気、ですね、はい。それで何度も失敗してます。キレて壁を殴って骨折手前まで行ったりとか」
「お前それ、俺でもそんなムチャしたことねえぞ」
「……まあ、もうちょっと頭冷えたら、もう1回話す必要はあるんでしょうね」
「現実世界でも一旦落ち着いて、それからだ」
「はい」
そんなことを話していると、インターホンが鳴ってコンコンとドアを叩く音がする。はーいと京川さんが応対すれば、USDX6人集合だ。今日は何を始めるのかということを確認したら、俺は実況用のレイというキャラクターにモードを合わせる。少なくともアイツは短気じゃない。“俺”よりどれだけ落ち着いているか。
「プロさん、カレーの鍋台所に置いときます。ご飯炊くのに炊飯器借りていいですか?」
「いいよ、好きに使って」
「お、スガノのカレーか。あれは実に美味い」
「厳密にはスガが作ってんじゃなくて星羅のカレーだけどな」
「ああ、スガノの彼女か」
「そう言えばこないだ絵師のKiraraさんがカレー食ってるコンの絵アップしてたな。カレーとサラダとゆで卵のセットで」
「言ってきららは星羅の妹だから、スガ……もといコンイジりをさせたら天下一品よ」
「え、絵師さんて須賀の妹なのか!?」
「何だ朝霞、知らなかったのか」
「みんな、コンちゃんがごはんの支度してくれたら収録始めるからね」
「はーい」
end.
++++
USDXのことにもちょろっと触れて今後スムーズに入りやすくするのと同時にちーあさの件が主題っぽい。
塩見さんはちーちゃんの事情を大体知っているのですが、それでも会社で思うところはある様子。行き過ぎてたら誰かが止めてやらねえとな、とは昨年度言ってた。
きららがコンちゃんをイジって遊ぼうとしてた件も昨年度末くらいにちょろっとやってたのかな。星羅カレーはおいしいんだ!
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