2020

■社会の同心円

++++

「佐々木君、良かったらこの後ご飯食べに行かない?」
「あっ、行きます。どこ行くんですか?」
「そこのうどん屋に行こうかと」
「あー、間違いないですよね」

 大学に入ってからアルバイトを始めた。大学も豊葦市内だしバイトも近所の本屋に決めた。この本屋では他にも学生のバイトが結構いるけど、一番古株の浅浦さんと一緒になることが多く、その関係でちょっと仲良くなった。
 浅浦さんは緑大文学部の4年生で、この近くのマンションで一人暮らし中。教職課程を取ってるから、もう少ししたら実習とかが始まってあまりバイトには来れなくなるそうだけど、それまではバリバリシフトにも入ると言っていた。

「伊東、ラストまでいるってことは今日はこっちだろ。お前も行くか」
「行く行く。ちょい待ち、慧梨夏に連絡入れねーと」

 伊東さんは経済学部の4年生で、少し前までこの辺で一人暮らしをしていたそうだ。実家は羽丘市だけど、週3、4くらいで彼女さんが住む豊葦の部屋に帰っていると。伊東さんが夜遅くまでいるときは、彼女さんの部屋に帰る日だとは浅浦さん談。
 俺は原付、浅浦さんは車、そして伊東さんは青いバイクですぐそこのうどん屋へ。浅浦さんも伊東さんもえび天うどんとかきあげうどんのネギ増しに即決。いつものメニューがあるらしい。俺は何にしようか。少し考えた結果、あまり食べたことのない季節のメニュー、山菜うどんに決めた。

「リク、渋いなー」
「いや、なかなかいいチョイスだ」
「季節メニューはあんまり食べたことないんですよ。せっかくなので」
「つかここめちゃメニュー多いよな。1回全制覇しようかと思ったけど終わりが見えなさすぎて諦めたわ」
「気付いたら増えてますからね。おかげでどこに何が書いてあるのかも全然わかんないですし。好きだったメニューが壁のお品書きから無くなってて、終わったのかと思ったら場所が変わっただけだったりして」
「情報量が多すぎんだよな。俺今年で4年目じゃん? それなのにネギ増しのオプションあるのに去年まで気付かなかったし。普通に書いてあんのにね」

 伊東さんはなかなかフレンドリーと言うか、気さくな人だ。俺の他にもいる新人バイトにも声をかけていて、気付いたら伊東さんに結構懐いてるという光景はよく見る。一方浅浦さんは、落ち着いていて口数はそこまで多くない。無駄口が嫌いなのかなと思ったけど、少し一緒にいるとそうでもないとわかった。

「佐々木君、大学生活には慣れてきた?」
「はい、何とかやれてます」
「ゴールデンウィークが過ぎた頃が分水嶺だから。頑張って」
「どういうことですか?」
「あー、あれだよ。ゴールデンウィークを過ぎると年度始めの緊張感がぷつーんとイっちまって、そのままドロップアウトする奴も少なくないんだよ。で、テスト前になって慌て始める、と」
「なるほど……気をつけます」
「まあでも、佐々木君は大丈夫そうなタイプではある」
「確かに。リクはマジメだもんなー」

 似たような話はサークルでもされていた。エージ先輩が熱弁していたんだけど、お前たちはコイツみたいに堕落するな、生き延びてくれと。コイツと名指しされていたのが高木先輩で、どうやらその生活はとても残念なものらしく……。
 俺は近所だし少し寝坊したくらいなら大丈夫だけど、シノが既に朝がヤバいって言ってて、同じく長距離通学をしているエージ先輩に対処法を聞いていたのを思い出す。シノの家から大学までは1時間少しかかるらしく、近場で一人暮らしがしたいと嘆いていた。

「佐々木君、サークルとかには入ったの?」
「あっ、入りました」
「えー、いいじゃん。どんなどんな?」
「ラジオとかやる放送サークルです」

 そう言った瞬間、先輩たちの目が点になったような、そんな表情に変わる。何かマズかったか、それとも何か思い当たる点があるのか。

「――っていうと伊東」
「マジで? MBCC?」
「あっはい、そうです。知ってるんですか?」
「知ってるも何も、俺MBCCのOBだよ」
「ホントですか!?」
「マジマジ! 前の機材部長だよ。いやー、そうか! MBCCか!」

 本当にまさかだ。こんなところにサークルのOBの先輩がいるとは。しかも機材部長。高崎先輩という伝説級の凄いアナウンサーさんの話はちょこちょこ聞いてたんだけど、他の先輩に関してはあまり聞いていなかったから。

「ところでリク、パートは?」
「アナウンサーです」
「あ、ホント。あー、でも確かに落ち着いた雰囲気のアナさんが1人いるといいね。リクの他に同期の子って何人か入った?」
「今のところ自分込みで5人ですね」
「えー、凄いじゃん5人とか。そんな話聞いたら遊びに行きたくなってきたなー」
「えっ、来てくださいよ」
「じゃあその時はたっぷりおやつ用意していくね」
「おやつですか?」
「佐々木君、コイツは水回りを要塞にするレベルの家事好きで、お菓子作りも趣味の一環だ」

 久し振りに本気出すぞ、と伊東さんは楽しそうにしている。浅浦さんによれば、伊東さんは一人暮らしが終わって実家に戻ったものの、マンションでしていたように友達を招待して作った料理を食べてもらうことも出来ずにうずうずしていたらしい。

「伊東さんって料理得意なんですか」
「得意って言うか、好きだよね」
「えー、それなら俺も一度食べてみたいです」
「おい浅浦、部屋開放しろ」
「は?」
「お前の部屋なら俺もそこそこやれるしリクの家からも近いから親御さんも心配しないだろ」
「一理あるけど頼み方をだな」


end.


++++

何かこんなことになったよね。比較的大学近くに実家のあるササは近くの本屋さんでアルバイトをしているようです。
この時点でいち氏は実家に帰ってるけど、慧梨夏の部屋に帰ることも実家公認なのでバイトは同じ場所でやっているんですね。
そういや忘れかけてたけど浅浦雅弘は教職課程を取ってましたね。教育実習とかにも行くのか。4年生って感じだなあ

.
22/100ページ