2020
■人の道の衝突
++++
「ごめん朝霞、待った?」
「いや、俺も今来たところだ。悪いな、急に呼び出して」
先週伏見から相談を受けて、大石と会う約束を取り付けた。お互い4年にもなれば部活も引退しているし授業もそこまで入っていない。いつでも会えるかと思いきや案外予定は合わない物で、あれから1週間近く経ってしまった。
星ヶ丘大学と星港大学は比較的近いところにあって、どっちからも行きやすい場所にあるカフェで待ち合わせ。俺はそれとなく近況を聞く素振りをしながら、大石が悩んでる風だったという核心へと少しずつ迫れたらいいなという風に考えていた。
「大石、どうだ最近」
「基本はバイトかな。繁忙期だから」
「そうか。さすがに4年にもなるとバイトに入れる時間も増えたんじゃないのか」
「入れるなら入りたいけど、最近会社の体制が変わって残業の時間も短くなっちゃったし、休みの日も増えちゃったもん」
大石は大学の学費を自分でもある程度払っている。兄一人弟一人で生活してきて、学費が生活の負担になってはいけないという考えからだそうだ。行かせてもらってるんだから自分でも出さなきゃと。だからこそバイトに長い時間入りたがるし休みたがらない。
「収入が減るのは憂鬱だな」
「本当に。朝霞は? バイトとか。今も派遣でやってるんでしょ?」
「そうだな。全休の日もあるし部活も引退してるからバイトに充てる時間も増えてるかな」
「そっか、羨ましいなあ」
「でも、趣味の書き物をする機会が増えてるな。やっぱり、ある程度は手を動かしてたいんだ」
「あはは、朝霞らしいなあ」
今こうして話している分には至って普通の様子だ。のほほんとした、いつもの大石そのもの。伏見が言うような壮絶な感じには全く見えない。精神的にある程度持ち直したのだろうか。それとも、俺と話している分には憂鬱な顔をする理由がないのか。
「大石、本題に入っていいか」
「うん、いいよ。なに?」
「お前、何か悩んでることとかないか」
「えっ、ないよ? 何で?」
「……伏見から相談されたんだ。こないだ、お前がやつれたような、何か思い悩んだような顔で女と寄り添いながらホテルに入ってったところを見たんだと」
「あー……あの時かな」
「思い当たる節はあるんだな」
「あの日、一緒にいたのはヒビキだよ。バイトが休みでヒマすぎたからふらふらしてたんだけど、たまたま会ってお茶してたんだ」
「加賀さん?」
ヒビキ……加賀さんというのは俺たちと一緒にインターフェイスの定例会に出ていた青葉女学園大学の人だ。明朗快活な今時の女子という感じ。きゃぴきゃぴしつつもどこか現実的と言うか、世の中をシビアに見てる点もあるという印象だ。だけど、大石とそこまで仲が良いという印象もない。
「あの時はちょっと気持ちがしんどくて、つい、ね。ヒビキに弱音を吐いちゃって。カフェでするような話でもなくなってたから2人になれる場所に行こうってことでホテルには確かに行った。だけどそれこそ話をしてただけだね」
「そうか。それでお前の気が晴れたんなら俺の出る幕はないけど、伏見が心配のし過ぎでしんどそうだったから」
「……あずさの気持ちも嬉しいけど、今回の件に関してはほっといて欲しいかな」
「伏見がどんだけお前のことを心配してたと思ってんだ。せめて「もう大丈夫だから」くらい言ってやれ?」
「あずさは優しすぎるんだよ。俺の父さんと母さんが亡くなったときだって、俺より大泣きするから俺の涙が引っ込んじゃってさ。それからはあずさに心配かけたり、お世話になったり。ずっと一緒だったけどさ、俺がしんどい顔を見せたらあずさは絶対兄さんにも相談するから。俺は兄さんに心配かけたくないんだよ」
たった1人の家族であるベティさんに心配をかけたくないという大石の気持ちはわからないでもない。だけど俺は親を亡くしたこともないし、そう軽々しく「その気持ちはわからないでもないけれど」などと言う資格があるのだろうかと思い、言葉をグッと飲み込んだ。
「朝霞、あずさに会ったら、俺のことはもういいからって言っておいてくれないかな。ホントに。この件では、構わないでほしい」
「確かに伏見は心配し過ぎなトコはある。だけど、何でアイツが俺を寄越したかわかるか? 自分だったら近過ぎるしお節介するかもっつって、それでもお前の力になりたかったんだろ! アイツの気持ちも考えてやれよ、そんな突き放すような言い方しがやって!」
「……朝霞がそれ言う?」
「ん?」
「あずさの気持ちを考えろって、朝霞にだけは言われたくないよ」
「何でそこで俺が出て来るんだ」
「ほら、わかってないじゃない。朝霞はあずさのことを映研の脚本家としか見てないかもしれないけど、1人の女の子なんだよ。部活の脚本のことばっかりじゃなくて、朝霞と普通の友達みたいな話だってしたいって言ってたよ? それから、脚本書いてるのを見守るのにしても厳しすぎるよ。熱くなってのめり込んで、語気が強くなるって言うかさ。今まで朝霞の周りには朝霞が1人で突き進む道について来てくれる人ばっかりいたと思うけど、朝霞の知らないところで苦しんで、傷付いてる人はきっといっぱいいる。みんながみんな、朝霞みたいに強くないんだよ!」
「それと今までの件は別件だろ」
「朝霞ももう、俺のことはほっといてよ」
「そうかよ。じゃあ勝手にしろ! お前のことなんかもう知るか!」
「俺だってもう朝霞なんて知らないよ!」
「お前、本気で人と向き合ったことあんのかよ。お前は人と向き合うことを恐れて踏み込んですらないだろ。お前は自分が傷つきたくないがために中途半端にいい顔して人のことばっか優先してるから都合よく利用されんだろうが。そんなことやってっから、それこそお前が苦しんでようが傷ついてようが見向きもされない程度の存在にしかなれねーんだよ。人と信頼関係を築く上で、傷付け合うことを恐れてちゃ何も出来ないだろ。時には意見を交わして戦うことだって必要だ。中途半端な馴れ合いは何も生まない。……もうちょっと、自分を持ったらどうだ」
伝票を持って、席を立つ。伏見が俺に期待した仕事は何ひとつとして出来なかっただろう。一応、報告はしないといけないだろうなあ。どう言おう?
end.
++++
ちーちゃんと朝霞Pのケンカが勃発です。仏のP、鬼のPと呼ばれ並べられることもあった2人ですが、その性質は基本的に逆。理解出来ない点も多々あります。
ちーちゃん的にはヒビキに相談できたことで例の件は程よく解決済みなのですが、蒸し返されてちょっとイラッとしたのかな?
最後、ちーちゃんにイライラしながらも、ふしみんから頼まれていた仕事のことを思って頭を抱えるPさん、結局どうするのかな?
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「ごめん朝霞、待った?」
「いや、俺も今来たところだ。悪いな、急に呼び出して」
先週伏見から相談を受けて、大石と会う約束を取り付けた。お互い4年にもなれば部活も引退しているし授業もそこまで入っていない。いつでも会えるかと思いきや案外予定は合わない物で、あれから1週間近く経ってしまった。
星ヶ丘大学と星港大学は比較的近いところにあって、どっちからも行きやすい場所にあるカフェで待ち合わせ。俺はそれとなく近況を聞く素振りをしながら、大石が悩んでる風だったという核心へと少しずつ迫れたらいいなという風に考えていた。
「大石、どうだ最近」
「基本はバイトかな。繁忙期だから」
「そうか。さすがに4年にもなるとバイトに入れる時間も増えたんじゃないのか」
「入れるなら入りたいけど、最近会社の体制が変わって残業の時間も短くなっちゃったし、休みの日も増えちゃったもん」
大石は大学の学費を自分でもある程度払っている。兄一人弟一人で生活してきて、学費が生活の負担になってはいけないという考えからだそうだ。行かせてもらってるんだから自分でも出さなきゃと。だからこそバイトに長い時間入りたがるし休みたがらない。
「収入が減るのは憂鬱だな」
「本当に。朝霞は? バイトとか。今も派遣でやってるんでしょ?」
「そうだな。全休の日もあるし部活も引退してるからバイトに充てる時間も増えてるかな」
「そっか、羨ましいなあ」
「でも、趣味の書き物をする機会が増えてるな。やっぱり、ある程度は手を動かしてたいんだ」
「あはは、朝霞らしいなあ」
今こうして話している分には至って普通の様子だ。のほほんとした、いつもの大石そのもの。伏見が言うような壮絶な感じには全く見えない。精神的にある程度持ち直したのだろうか。それとも、俺と話している分には憂鬱な顔をする理由がないのか。
「大石、本題に入っていいか」
「うん、いいよ。なに?」
「お前、何か悩んでることとかないか」
「えっ、ないよ? 何で?」
「……伏見から相談されたんだ。こないだ、お前がやつれたような、何か思い悩んだような顔で女と寄り添いながらホテルに入ってったところを見たんだと」
「あー……あの時かな」
「思い当たる節はあるんだな」
「あの日、一緒にいたのはヒビキだよ。バイトが休みでヒマすぎたからふらふらしてたんだけど、たまたま会ってお茶してたんだ」
「加賀さん?」
ヒビキ……加賀さんというのは俺たちと一緒にインターフェイスの定例会に出ていた青葉女学園大学の人だ。明朗快活な今時の女子という感じ。きゃぴきゃぴしつつもどこか現実的と言うか、世の中をシビアに見てる点もあるという印象だ。だけど、大石とそこまで仲が良いという印象もない。
「あの時はちょっと気持ちがしんどくて、つい、ね。ヒビキに弱音を吐いちゃって。カフェでするような話でもなくなってたから2人になれる場所に行こうってことでホテルには確かに行った。だけどそれこそ話をしてただけだね」
「そうか。それでお前の気が晴れたんなら俺の出る幕はないけど、伏見が心配のし過ぎでしんどそうだったから」
「……あずさの気持ちも嬉しいけど、今回の件に関してはほっといて欲しいかな」
「伏見がどんだけお前のことを心配してたと思ってんだ。せめて「もう大丈夫だから」くらい言ってやれ?」
「あずさは優しすぎるんだよ。俺の父さんと母さんが亡くなったときだって、俺より大泣きするから俺の涙が引っ込んじゃってさ。それからはあずさに心配かけたり、お世話になったり。ずっと一緒だったけどさ、俺がしんどい顔を見せたらあずさは絶対兄さんにも相談するから。俺は兄さんに心配かけたくないんだよ」
たった1人の家族であるベティさんに心配をかけたくないという大石の気持ちはわからないでもない。だけど俺は親を亡くしたこともないし、そう軽々しく「その気持ちはわからないでもないけれど」などと言う資格があるのだろうかと思い、言葉をグッと飲み込んだ。
「朝霞、あずさに会ったら、俺のことはもういいからって言っておいてくれないかな。ホントに。この件では、構わないでほしい」
「確かに伏見は心配し過ぎなトコはある。だけど、何でアイツが俺を寄越したかわかるか? 自分だったら近過ぎるしお節介するかもっつって、それでもお前の力になりたかったんだろ! アイツの気持ちも考えてやれよ、そんな突き放すような言い方しがやって!」
「……朝霞がそれ言う?」
「ん?」
「あずさの気持ちを考えろって、朝霞にだけは言われたくないよ」
「何でそこで俺が出て来るんだ」
「ほら、わかってないじゃない。朝霞はあずさのことを映研の脚本家としか見てないかもしれないけど、1人の女の子なんだよ。部活の脚本のことばっかりじゃなくて、朝霞と普通の友達みたいな話だってしたいって言ってたよ? それから、脚本書いてるのを見守るのにしても厳しすぎるよ。熱くなってのめり込んで、語気が強くなるって言うかさ。今まで朝霞の周りには朝霞が1人で突き進む道について来てくれる人ばっかりいたと思うけど、朝霞の知らないところで苦しんで、傷付いてる人はきっといっぱいいる。みんながみんな、朝霞みたいに強くないんだよ!」
「それと今までの件は別件だろ」
「朝霞ももう、俺のことはほっといてよ」
「そうかよ。じゃあ勝手にしろ! お前のことなんかもう知るか!」
「俺だってもう朝霞なんて知らないよ!」
「お前、本気で人と向き合ったことあんのかよ。お前は人と向き合うことを恐れて踏み込んですらないだろ。お前は自分が傷つきたくないがために中途半端にいい顔して人のことばっか優先してるから都合よく利用されんだろうが。そんなことやってっから、それこそお前が苦しんでようが傷ついてようが見向きもされない程度の存在にしかなれねーんだよ。人と信頼関係を築く上で、傷付け合うことを恐れてちゃ何も出来ないだろ。時には意見を交わして戦うことだって必要だ。中途半端な馴れ合いは何も生まない。……もうちょっと、自分を持ったらどうだ」
伝票を持って、席を立つ。伏見が俺に期待した仕事は何ひとつとして出来なかっただろう。一応、報告はしないといけないだろうなあ。どう言おう?
end.
++++
ちーちゃんと朝霞Pのケンカが勃発です。仏のP、鬼のPと呼ばれ並べられることもあった2人ですが、その性質は基本的に逆。理解出来ない点も多々あります。
ちーちゃん的にはヒビキに相談できたことで例の件は程よく解決済みなのですが、蒸し返されてちょっとイラッとしたのかな?
最後、ちーちゃんにイライラしながらも、ふしみんから頼まれていた仕事のことを思って頭を抱えるPさん、結局どうするのかな?
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