2020
■はじまりのサウンド
++++
「あっ、ヤベっ!」
「シノ、どうした?」
「昨日サークル室にファイル置きっぱにしてたの忘れてた!」
トートバッグをガサゴソと漁って、改めてそれがないことを確認したシノはとても慌てた様子だ。体育の授業で知り合ったシノと一緒にMBCCという放送サークルに入った。その活動日は月水金。昨日が活動日で、その時に置いてきてしまったんだろう。
「すぐ使うのか?」
「いろんな授業のプリント突っ込んでるからないと困る! 取りに行かないと」
「と言うか、ずっとサークル室に置いてたんなら今日はどうしてたんだ?」
「無いなーと思いつつ、何とか耐えた。ちょっと俺、サークル室行ってくるわ」
「俺もついてく。まだ時間あるし」
4限の授業が終わって、あとはもう帰るだけという状態になっていた。俺の家は豊葦市内だし、大学から割と近いから実家から原付で通学している。今日はこれからバイトだけど、まだ時間には余裕があるからシノについてサークル室へと寄り道をする。
最初にサークルに見学に行ったとき、4月の初めごろはいつ1年生から見学希望の連絡が来るかわからないから誰かしらいると思うけど、という話を代表のL先輩から聞いていた。だけど、今日はどうだろうか。吹き抜け越しに見上げたサークル室に電気が点いている様子はない。
「えっと、サークル室の鍵ってどうすんだっけ」
「守衛さんに言って帳簿に時間と名前を書いて借りる」
「そっかそっか。さすがササ、お前がいてくれてよかった! えっと、守衛さんの部屋はっと」
「あっち」
「サンキュ」
余談だけど、MBCCに入って1週間、現時点で俺たちを含めて1年生は4人いる。うち、ササキという名前の奴が3人いて、全員漢字が違うということで俺がササ、コイツが篠木って書くからシノ、それから情報科学部の佐崎君はサキと区別されることになった。
「鍵借りれたか?」
「おうよ、ばっちり! 行こうぜ!」
サークル室の前に行くと、電気が点いていないはずなのに、心なしか音が漏れている気がする。誰かがいるにしたって、鍵はたった今シノが借りて来たばっかりのはずで、普通に考えれば部屋の鍵は開いていないはず。あるはずのないことが起きているという現実に、シノと目を見合わせる。
もしかして鍵が開いているのか? そう結論付けた俺たちは、恐る恐るドアノブを捻り部屋への侵入を試みる。そーっと、音を立てないようにドアを開けば、中からははっきりとした音が、明確な意図をもって混ざり合っていた。
その音の流れは、これまでに見た佐藤ゼミのガイダンスやMBCCでしてもらった最初の説明とは打って変わった本格的なもの。それこそ、本当のラジオのような。それを見たシノは目を輝かせつつも、心ここにあらずという状態で本題をすっかり忘れてしまっているようだ。
「あの、高木先輩? ……高木先輩!」
「わっ、ビックリした。えっと、ササか。どうしたの?」
ミキサーを扱っていたのは2年生の高木先輩だ。ヘッドホンをしていたからか、ただ呼んだだけじゃ気付いてもらえなかった。肩を叩いてやっとこっちの存在を認識してもらえる。それだけ集中していたんだろうな。電気も点けないでやってたくらいだし。
「練習ですか?」
「うん、そうだね。ファンフェスの班割りも発表されたし、久々に好き勝手にやろうと思って。ササと、シノもいるんだね。2人は?」
「俺はシノの付き添いですね。何か、シノがプリント入れてるっていうファイルを忘れたとかで」
「ああ、これのこと?」
「シノ? ファイル」
「……高木先輩、今の音、全部自分でやってるんすか!?」
「え、ああ、そうだね。基本的にはここのミキサーで全部やってるよ」
「そんなことも出来るんすか!? ホントのラジオ番組みたいでめっちゃカッコ良かったっす!」
「そっか、シノには今までの感じじゃ物足りなかったんだね」
「わかるんすか?」
「うん。俺もそうだったから」
この1週間、俺はシノからこの先サークルでやることはレベルアップしていくんだろうかという話を投げかけられていた。最初の1週間だから当たり前っちゃ当たり前かもだけど、教えてもらえることは基礎の基礎。それがシノには物足りなかったみたいで。
このまま単調なフェーダーの上げ下げだけで終わってしまったらというミキサーとしての漠然とした不安があったらしい。だけど、高木先輩の紡ぐ複雑な音の流れに、シノの顔が明らかに変わった。ただのフェーダーの上げ下げだけじゃない、技術を伴う音だ。
「基礎が大事なのはわかるんだけど、他にどんなことが出来るんだろうって勝手にミキサーを触りに来てたんだよ。今みたいに電気も付けないでやってて、伊東先輩に声をかけられるまで全然気付かないし」
「俺もいろんなこと、出来るようになりますか?」
「練習すれば出来るようになるよ。俺も去年始めたばっかりだしね」
「頑張ります! よし、ササ、帰るぞ!」
「それはいいけどシノ、ファイル取りに来たんじゃなかったの?」
「あ、そうだった! ありがとうございます」
「ところで高木先輩、俺たち守衛さんから鍵を借りて来たんですけど、どうして鍵が開いてたんですか?」
「合鍵があるんだよ。サークル活動中以外は割と合鍵で出入りしてるんだ。あ、でも俺はまだやってくし、鍵は返しとくよ。ちょうだい」
「お願いします。それじゃあ、お疲れさまです」
「お疲れさまでーす」
いろんなことを出来るようになるためにはまずは基礎。それを踏まえて教えてもらったことを実際に試してみたらいいよと高木先輩は逸る気持ちを抑えられない様子のシノを諭した。まだまだこれからだからねと宥めるように。
end.
++++
相変わらずタカちゃんは電気も付けないでミキサーの練習をしているらしい。いち氏と会う話はよくやってました。
まだメンバーも揃い切らないのでなかなか指導が本格化しないことにシノは悶々としていた様子。そういや+2の時間軸の話でもそんなアレがあったような
ササシノもスガカンの系譜っぽくなりつつある。1年生たちにもこれから「これ」っていう特徴がついてくるだろうか
.
++++
「あっ、ヤベっ!」
「シノ、どうした?」
「昨日サークル室にファイル置きっぱにしてたの忘れてた!」
トートバッグをガサゴソと漁って、改めてそれがないことを確認したシノはとても慌てた様子だ。体育の授業で知り合ったシノと一緒にMBCCという放送サークルに入った。その活動日は月水金。昨日が活動日で、その時に置いてきてしまったんだろう。
「すぐ使うのか?」
「いろんな授業のプリント突っ込んでるからないと困る! 取りに行かないと」
「と言うか、ずっとサークル室に置いてたんなら今日はどうしてたんだ?」
「無いなーと思いつつ、何とか耐えた。ちょっと俺、サークル室行ってくるわ」
「俺もついてく。まだ時間あるし」
4限の授業が終わって、あとはもう帰るだけという状態になっていた。俺の家は豊葦市内だし、大学から割と近いから実家から原付で通学している。今日はこれからバイトだけど、まだ時間には余裕があるからシノについてサークル室へと寄り道をする。
最初にサークルに見学に行ったとき、4月の初めごろはいつ1年生から見学希望の連絡が来るかわからないから誰かしらいると思うけど、という話を代表のL先輩から聞いていた。だけど、今日はどうだろうか。吹き抜け越しに見上げたサークル室に電気が点いている様子はない。
「えっと、サークル室の鍵ってどうすんだっけ」
「守衛さんに言って帳簿に時間と名前を書いて借りる」
「そっかそっか。さすがササ、お前がいてくれてよかった! えっと、守衛さんの部屋はっと」
「あっち」
「サンキュ」
余談だけど、MBCCに入って1週間、現時点で俺たちを含めて1年生は4人いる。うち、ササキという名前の奴が3人いて、全員漢字が違うということで俺がササ、コイツが篠木って書くからシノ、それから情報科学部の佐崎君はサキと区別されることになった。
「鍵借りれたか?」
「おうよ、ばっちり! 行こうぜ!」
サークル室の前に行くと、電気が点いていないはずなのに、心なしか音が漏れている気がする。誰かがいるにしたって、鍵はたった今シノが借りて来たばっかりのはずで、普通に考えれば部屋の鍵は開いていないはず。あるはずのないことが起きているという現実に、シノと目を見合わせる。
もしかして鍵が開いているのか? そう結論付けた俺たちは、恐る恐るドアノブを捻り部屋への侵入を試みる。そーっと、音を立てないようにドアを開けば、中からははっきりとした音が、明確な意図をもって混ざり合っていた。
その音の流れは、これまでに見た佐藤ゼミのガイダンスやMBCCでしてもらった最初の説明とは打って変わった本格的なもの。それこそ、本当のラジオのような。それを見たシノは目を輝かせつつも、心ここにあらずという状態で本題をすっかり忘れてしまっているようだ。
「あの、高木先輩? ……高木先輩!」
「わっ、ビックリした。えっと、ササか。どうしたの?」
ミキサーを扱っていたのは2年生の高木先輩だ。ヘッドホンをしていたからか、ただ呼んだだけじゃ気付いてもらえなかった。肩を叩いてやっとこっちの存在を認識してもらえる。それだけ集中していたんだろうな。電気も点けないでやってたくらいだし。
「練習ですか?」
「うん、そうだね。ファンフェスの班割りも発表されたし、久々に好き勝手にやろうと思って。ササと、シノもいるんだね。2人は?」
「俺はシノの付き添いですね。何か、シノがプリント入れてるっていうファイルを忘れたとかで」
「ああ、これのこと?」
「シノ? ファイル」
「……高木先輩、今の音、全部自分でやってるんすか!?」
「え、ああ、そうだね。基本的にはここのミキサーで全部やってるよ」
「そんなことも出来るんすか!? ホントのラジオ番組みたいでめっちゃカッコ良かったっす!」
「そっか、シノには今までの感じじゃ物足りなかったんだね」
「わかるんすか?」
「うん。俺もそうだったから」
この1週間、俺はシノからこの先サークルでやることはレベルアップしていくんだろうかという話を投げかけられていた。最初の1週間だから当たり前っちゃ当たり前かもだけど、教えてもらえることは基礎の基礎。それがシノには物足りなかったみたいで。
このまま単調なフェーダーの上げ下げだけで終わってしまったらというミキサーとしての漠然とした不安があったらしい。だけど、高木先輩の紡ぐ複雑な音の流れに、シノの顔が明らかに変わった。ただのフェーダーの上げ下げだけじゃない、技術を伴う音だ。
「基礎が大事なのはわかるんだけど、他にどんなことが出来るんだろうって勝手にミキサーを触りに来てたんだよ。今みたいに電気も付けないでやってて、伊東先輩に声をかけられるまで全然気付かないし」
「俺もいろんなこと、出来るようになりますか?」
「練習すれば出来るようになるよ。俺も去年始めたばっかりだしね」
「頑張ります! よし、ササ、帰るぞ!」
「それはいいけどシノ、ファイル取りに来たんじゃなかったの?」
「あ、そうだった! ありがとうございます」
「ところで高木先輩、俺たち守衛さんから鍵を借りて来たんですけど、どうして鍵が開いてたんですか?」
「合鍵があるんだよ。サークル活動中以外は割と合鍵で出入りしてるんだ。あ、でも俺はまだやってくし、鍵は返しとくよ。ちょうだい」
「お願いします。それじゃあ、お疲れさまです」
「お疲れさまでーす」
いろんなことを出来るようになるためにはまずは基礎。それを踏まえて教えてもらったことを実際に試してみたらいいよと高木先輩は逸る気持ちを抑えられない様子のシノを諭した。まだまだこれからだからねと宥めるように。
end.
++++
相変わらずタカちゃんは電気も付けないでミキサーの練習をしているらしい。いち氏と会う話はよくやってました。
まだメンバーも揃い切らないのでなかなか指導が本格化しないことにシノは悶々としていた様子。そういや+2の時間軸の話でもそんなアレがあったような
ササシノもスガカンの系譜っぽくなりつつある。1年生たちにもこれから「これ」っていう特徴がついてくるだろうか
.