2020
■春はひらひら、階段上る
++++
「ああ、川北、いたか」
講義が終わって事務所にやってきた林原さんは、どうやら俺に用事があるようだった。何かあったのかなあ。俺は至って普通に受付の仕事をしていたんだけど、特に何か変わったことがあった様子ではなかったと思うんだけど。
「あれっ、林原さんどうしたんですかー?」
「今日これから新規スタッフの面談があってな」
「えー!? 急ですねー!」
「電話があったのが土曜日のことでな」
「そうだったんですねー」
きっとセンター前の掲示板とかに貼ってある張り紙を見てくれたんだと思うけど、アルバイト希望っていう人が実際に来るとちょっとワクワクするなあ。どんな人が来てくれるんだろう。今日が4月13日で、授業が始まってすぐって感じだよね。
「どんな子ですか?」
「アリマレンという名前で、情報の人間・社会情報学科だそうだ」
「男の子か女の子かわからない名前ですね」
「お前が来たときも同じ件を春山さんとやったが、そういうことだからお前も一応面談の現場にいてもらえんだろうか。まあ、受付だからこの部屋にはいるだろうが」
そんな風に話をしていると、そろりそろりとこっちに近付いて来るような人の気配。フリルがひらひらしたパステルピンクの服を着て、提げているのはラタンのバスケット。そのバスケットの中にはテディベアが横たわっている。大学に来る格好、だよね?
それを持っている人自身はちょっとおろおろしたような、こちらの様子を窺っているような感じだ。不安気と言うか。アルバイトの面接に来たんだったら不安になる気持ちもわかるけど、去年ほど怖くないから来てもいいんだよー。
「あ、あの……」
「はいー、どうされましたかー?」
「アルバイトの、面談に来ました、有馬蓮っていいます」
「はーい、聞いてます。事務所にどうぞー」
「し、失礼します」
あー、やっぱりこの子がそうなんだ。背は俺より高いし、林原さんと同じくらいかなあ。声もそうだし、男の子かな。さっきは半身しか見えてなかったけど、全身が見えるとこれはロリータファッション? というのに近い服装なのかなと思う。俺はよくわかんないけど、ユキちゃんなら知ってるかな。
「有馬蓮、情報学部の人間・社会情報学科」
「はい」
「情報センターのスタッフとしての勤務希望ということでいいな」
「は、はい」
「ちなみに、情報学部ということはパソコンの扱いには問題ないと見ていいか」
「えっと、普通には、使えていると思います」
「情報センターの仕事は大まかに分けて2種類ある。事務所での受付業務と、自習室での学習支援・補佐の業務だな。掲示にもあったように時給は1000円だ。ただ、日給に上限があって、1日6000円までとなる。シフトは1コマ90分単位でも受け付けるし、その辺は相談してくれれば柔軟に対応する。ここまでで何かわからないことなどは」
「あ、えっと、大丈夫だと思います」
情報学部は日頃から授業でパソコンを使ってるはずだし、パソコンの扱いには問題なさそうっていう見立てでいいと思う。だけど、人から何でも聞かれたりするのが緊張するんだよね。簡単なことでもちょっとパニクっちゃうっていうか。
面談で緊張してるのかもしれないけど、有馬くんは第一印象からおどおどしてるなっていう印象があるからちょっと心配になっちゃう。俺が人のことを言えた立場ではないかもしれないけど、パソコンのスキルよりも対人スキルがカギを握りそう。
「それでは、1ヶ月は試用期間ということで適性を見極めていく。試用期間中も待遇は同じだ。改めて、情報センターアルバイトリーダーの林原雄介だ。事務所では各々好き勝手に飲み物を飲んだりするから、マグカップやティーバッグなどを持って来るといいだろう」
「あ、はい、あ、ありがとうございます」
「それで、お前は自宅生か、それとも下宿生か」
「あ、えっと、1人暮らしをしています」
「ほう。出身は」
「北辰です」
「北辰。北の大地か」
有馬くんの出身地が北辰だとわかった瞬間、林原さんの表情が微妙に歪んだのを見逃しませんでしたよね。こう、眉間がピクッて。情報センターで北辰って言ったらやっぱりどうしても春山さんの影を感じ取っちゃうから。俺も正直ちょっとヒュッてなったし。
「あの、何か悪いことでもしましたか…?」
「いや、こちらの都合だ。お前は悪くない。下宿生の場合は夏や春といった長期休暇の際に実家へ帰省するだろう。シフトを組む都合もあるからなるべく早めに計画を伝えてもらえると助かる。北辰だと帰省も長くなるだろうからな」
「あ、はい、そうですね」
ちなみに、センターで新規スタッフを採用するときには1ヶ月間の試用期間を設けることになったんだ。待遇は何も変わらないんだけど、研修っていう扱いで、この期間のうちに分からないことを何でもバシバシ聞いてもらおうっていう、育成期間として。
「ちなみに、そのクマは常に持ち歩いているのか」
「アシュリーは授業中も一緒です。小さい頃からずっと一緒で」
「側になければ精神的に不調をきたすと言うならA番業務の際は外から見えないところに置いておくなりしておけばいいが、B番はさすがにクマ帯同ではな」
「ダメですか…?」
「有馬くん、ちょっとアシュリーを見せてもらっていい?」
「あ、はい、どうぞ」
「これ、もしかして手縫い? 既製品とはちょっと違うよね」
「えっと、その、アシュリーは初めて作った子で」
「えー、凄いよ!」
初めて作ったっていうアシュリーをバスケットに入れて常に一緒に歩いている有馬くん。なかなか濃い子が来たなあ。だけど、とにかくスタッフが1人増えたことには違いないから、これから仲良くやっていけたらいいなあ。
end.
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情報センターにも新しいスタッフ候補生がやってきたようです。カナコの件を踏まえ試用期間を設けることになった様子。
ミドリもいよいよ先輩だけど、元々実質的なナンバーツーだからちゃんとしなきゃっていう意識自体はそれなりにありそう。
これまで情報センターにいたキャラクターたちはそれぞれ結構な濃さだったけど、彼は一体どういう感じのキャラなんでしょうか
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「ああ、川北、いたか」
講義が終わって事務所にやってきた林原さんは、どうやら俺に用事があるようだった。何かあったのかなあ。俺は至って普通に受付の仕事をしていたんだけど、特に何か変わったことがあった様子ではなかったと思うんだけど。
「あれっ、林原さんどうしたんですかー?」
「今日これから新規スタッフの面談があってな」
「えー!? 急ですねー!」
「電話があったのが土曜日のことでな」
「そうだったんですねー」
きっとセンター前の掲示板とかに貼ってある張り紙を見てくれたんだと思うけど、アルバイト希望っていう人が実際に来るとちょっとワクワクするなあ。どんな人が来てくれるんだろう。今日が4月13日で、授業が始まってすぐって感じだよね。
「どんな子ですか?」
「アリマレンという名前で、情報の人間・社会情報学科だそうだ」
「男の子か女の子かわからない名前ですね」
「お前が来たときも同じ件を春山さんとやったが、そういうことだからお前も一応面談の現場にいてもらえんだろうか。まあ、受付だからこの部屋にはいるだろうが」
そんな風に話をしていると、そろりそろりとこっちに近付いて来るような人の気配。フリルがひらひらしたパステルピンクの服を着て、提げているのはラタンのバスケット。そのバスケットの中にはテディベアが横たわっている。大学に来る格好、だよね?
それを持っている人自身はちょっとおろおろしたような、こちらの様子を窺っているような感じだ。不安気と言うか。アルバイトの面接に来たんだったら不安になる気持ちもわかるけど、去年ほど怖くないから来てもいいんだよー。
「あ、あの……」
「はいー、どうされましたかー?」
「アルバイトの、面談に来ました、有馬蓮っていいます」
「はーい、聞いてます。事務所にどうぞー」
「し、失礼します」
あー、やっぱりこの子がそうなんだ。背は俺より高いし、林原さんと同じくらいかなあ。声もそうだし、男の子かな。さっきは半身しか見えてなかったけど、全身が見えるとこれはロリータファッション? というのに近い服装なのかなと思う。俺はよくわかんないけど、ユキちゃんなら知ってるかな。
「有馬蓮、情報学部の人間・社会情報学科」
「はい」
「情報センターのスタッフとしての勤務希望ということでいいな」
「は、はい」
「ちなみに、情報学部ということはパソコンの扱いには問題ないと見ていいか」
「えっと、普通には、使えていると思います」
「情報センターの仕事は大まかに分けて2種類ある。事務所での受付業務と、自習室での学習支援・補佐の業務だな。掲示にもあったように時給は1000円だ。ただ、日給に上限があって、1日6000円までとなる。シフトは1コマ90分単位でも受け付けるし、その辺は相談してくれれば柔軟に対応する。ここまでで何かわからないことなどは」
「あ、えっと、大丈夫だと思います」
情報学部は日頃から授業でパソコンを使ってるはずだし、パソコンの扱いには問題なさそうっていう見立てでいいと思う。だけど、人から何でも聞かれたりするのが緊張するんだよね。簡単なことでもちょっとパニクっちゃうっていうか。
面談で緊張してるのかもしれないけど、有馬くんは第一印象からおどおどしてるなっていう印象があるからちょっと心配になっちゃう。俺が人のことを言えた立場ではないかもしれないけど、パソコンのスキルよりも対人スキルがカギを握りそう。
「それでは、1ヶ月は試用期間ということで適性を見極めていく。試用期間中も待遇は同じだ。改めて、情報センターアルバイトリーダーの林原雄介だ。事務所では各々好き勝手に飲み物を飲んだりするから、マグカップやティーバッグなどを持って来るといいだろう」
「あ、はい、あ、ありがとうございます」
「それで、お前は自宅生か、それとも下宿生か」
「あ、えっと、1人暮らしをしています」
「ほう。出身は」
「北辰です」
「北辰。北の大地か」
有馬くんの出身地が北辰だとわかった瞬間、林原さんの表情が微妙に歪んだのを見逃しませんでしたよね。こう、眉間がピクッて。情報センターで北辰って言ったらやっぱりどうしても春山さんの影を感じ取っちゃうから。俺も正直ちょっとヒュッてなったし。
「あの、何か悪いことでもしましたか…?」
「いや、こちらの都合だ。お前は悪くない。下宿生の場合は夏や春といった長期休暇の際に実家へ帰省するだろう。シフトを組む都合もあるからなるべく早めに計画を伝えてもらえると助かる。北辰だと帰省も長くなるだろうからな」
「あ、はい、そうですね」
ちなみに、センターで新規スタッフを採用するときには1ヶ月間の試用期間を設けることになったんだ。待遇は何も変わらないんだけど、研修っていう扱いで、この期間のうちに分からないことを何でもバシバシ聞いてもらおうっていう、育成期間として。
「ちなみに、そのクマは常に持ち歩いているのか」
「アシュリーは授業中も一緒です。小さい頃からずっと一緒で」
「側になければ精神的に不調をきたすと言うならA番業務の際は外から見えないところに置いておくなりしておけばいいが、B番はさすがにクマ帯同ではな」
「ダメですか…?」
「有馬くん、ちょっとアシュリーを見せてもらっていい?」
「あ、はい、どうぞ」
「これ、もしかして手縫い? 既製品とはちょっと違うよね」
「えっと、その、アシュリーは初めて作った子で」
「えー、凄いよ!」
初めて作ったっていうアシュリーをバスケットに入れて常に一緒に歩いている有馬くん。なかなか濃い子が来たなあ。だけど、とにかくスタッフが1人増えたことには違いないから、これから仲良くやっていけたらいいなあ。
end.
++++
情報センターにも新しいスタッフ候補生がやってきたようです。カナコの件を踏まえ試用期間を設けることになった様子。
ミドリもいよいよ先輩だけど、元々実質的なナンバーツーだからちゃんとしなきゃっていう意識自体はそれなりにありそう。
これまで情報センターにいたキャラクターたちはそれぞれ結構な濃さだったけど、彼は一体どういう感じのキャラなんでしょうか
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