2020
■静かな波紋
++++
「よう」
「あ、朝霞クン。来てくれてありがとう」
「またどうした? 相談って。映研で何かあったか」
「ううん、今日は部活の話じゃないんだ」
ゼミの同期である伏見あずさに「ちょっと相談があって」と呼び出された。伏見と少し飲みながら話す時は、アイツの地元、西海市の駅前にあるプチ・メゾンというバーに行くことが多い。だけど今日は大学や俺の住むアパートに近い居酒屋だ。
「部活の話じゃなかったら何だ。ゼミのことならお前が俺に相談するようなこともないだろうし」
「あのね、ちーのことで、ちょっと」
「大石の? アイツがどうしたんだ」
「こないだね、買い物に行ったらたまたまちーを見かけたんだ。だけど、何て言うのかな、顔色が良くなかったって言うか、何か思いつめてる感じで」
大石というのは伏見の幼馴染みで、俺とはインターフェイスを通じた共通の友人だ。去年まで向島インターフェイス放送委員会の定例会に出ていたんだ。アイツは星港大学の代表として、俺は星ヶ丘大学の代表として顔を合わせていた。
いつも行っているプチ・メゾンは大石の兄貴がやっている店で、話の内容が内容だからその場所を避けたのかと納得をした。大石は小5の頃に両親を亡くしていて、それから女装家の兄貴・ベティさんと2人で暮らしている。大学の学費もバイト代からある程度出しているし、生活能力がとにかく高い。
「いくらアイツが体力お化けでも、しんどいことくらいはあるだろ。今はバイト先も繁忙期だし」
「体力的にしんどいっていうような顔でもなかったんだよ。それでね、問題はその先」
「うん」
「ちーと一緒にね、女の子がいたんだよ」
「アイツだって女と歩くことくらいあるだろ」
「やつれたような顔でその子と寄り添うようにふらふらと歩いててね、そのままホテルの方に消えてっちゃったんだよ。そりゃあ、付き合ってる彼女とならそういうこともあるかもしれないけど、そういう感じでもなくって。本当に力なくって感じだったから」
「……なるほどな」
伏見の話が本当だとすれば、大石の状態は相当深刻なのかなと思う。一言で言えば、アイツはお人好し過ぎる奴だ。いつでもにこにこしてて、自分の意向は二の次で、他の人の気持ちを優先してて、というイメージがある。人を傷つけることを極端に嫌がるという面もある。
俺なんかは我を通しまくるし他の人の都合なんか知ったこっちゃないし、その結果人を傷つけていたとしても全然気付かないところがある。アイツとは対極にあるから想像もつかないけど、それだけ人を気遣いまくってるとストレスが溜まってしんどくなってもおかしくないだろう。
「で、お前はどうしたいんだ」
「何か悩んでるんだったら話して欲しいなとも思うけど、あんなちーを見たこともなかったから」
「お前にだから言わない、言えないこともあるんだろ」
「そうなのかな」
「大体、お前はアイツと高校まで一緒でも今まで付き合った彼女とかも知らなかったワケだろ」
「まあね」
「いくら幼馴染みや親友でも、全部が全部話すことや知り尽くすことがいいとは限らない」
「……あのね、今ひとつだけウソ吐いた」
「嘘?」
「しんどい時のちーのこと。中学校の時にね、ほら、ハルちゃんもずっと働いてたしちーはずっと1人だったでしょ。我慢することもいっぱいあって、ずーっとがむしゃらにただひたすら泳いでたことがあったの」
「水泳はアイツの趣味だろ? それとはまた違うのか」
「うん。部活でもやってたし今では趣味。だけどね朝霞クン。悲しくってこぼれる涙も、やるせなくて叫ぶ声も、怒りで叩きつける拳も、水だけが全部を受け止めて、隠してくれてたんだよ。あの時のちーのことは、思い出すのも正直怖い。こないだ見たのは、その時に近い顔だったから」
それこそ、伏見が大石の幼馴染みだからこそ知る一面だ。アイツは感情的になることは少ないと思っていたし、その制御が特別上手いと思っていたから。俺たちが知らないだけで、アイツはずっと孤独や人間同士の付き合い方と戦い続けているのかもしれない。
小5の時に両親が亡くなったことに起因しているのだろう、とか何とかと勝手なことを言うのは簡単だ。アイツのことはアイツ自身が何とかするのか、その一緒にいたという女がどうにか出来るのか。伏見も伏見で心配のし過ぎでしんどくなっているような気がする。
「朝霞クン、あたしにだから言わない、言えないことがあるっていうのはまあ、わかる。だったら、朝霞クンの距離感で何とかしてあげられないかな?」
「俺の距離感?」
「あたしだと近過ぎちゃうし、お節介しがちだから。男の子だからこそわかることもあるかもしれないし」
「わかった。1回会ってみるよ。それとなく近況を聞いて、しんどそうだったら軽く発散させてやる感じでいいか?」
「うん、ありがとう。ホント、こんなこと朝霞クンにしか話せないし、どうしようって」
「心配すんな。アイツだって、たまにしんどいことくらいはあるだろうけど、それでもこれまで踏ん張って生きてきてるんだ。きっかけさえあればまた元気になって、呑気な顔を見せてくれるだろ」
「……そうだね」
「あー、泣くな。大丈夫だ」
――とは言ったものの、どうするか。何はともかく会う約束を取り付けないことには始まらない。何がどうしんどくて、解決の見込みはあるのかないのかってことを軽く聞いておけばいいだろうか。
end.
++++
19年度では触れていなかったのですが、それまではちょこちょこ年度末にやっていたちーヒビの件が年度を跨いだことで動き出しました。
ふしみんがちーちゃんのことを相談できるのは朝霞Pくらいしかいないのだけど、それがまた違う話になっていって……という具合でしょうか。
あと何気にこの話に出て来る人みんな今年度初めてかしら。後々しょうもない話もやりたいですね。
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「よう」
「あ、朝霞クン。来てくれてありがとう」
「またどうした? 相談って。映研で何かあったか」
「ううん、今日は部活の話じゃないんだ」
ゼミの同期である伏見あずさに「ちょっと相談があって」と呼び出された。伏見と少し飲みながら話す時は、アイツの地元、西海市の駅前にあるプチ・メゾンというバーに行くことが多い。だけど今日は大学や俺の住むアパートに近い居酒屋だ。
「部活の話じゃなかったら何だ。ゼミのことならお前が俺に相談するようなこともないだろうし」
「あのね、ちーのことで、ちょっと」
「大石の? アイツがどうしたんだ」
「こないだね、買い物に行ったらたまたまちーを見かけたんだ。だけど、何て言うのかな、顔色が良くなかったって言うか、何か思いつめてる感じで」
大石というのは伏見の幼馴染みで、俺とはインターフェイスを通じた共通の友人だ。去年まで向島インターフェイス放送委員会の定例会に出ていたんだ。アイツは星港大学の代表として、俺は星ヶ丘大学の代表として顔を合わせていた。
いつも行っているプチ・メゾンは大石の兄貴がやっている店で、話の内容が内容だからその場所を避けたのかと納得をした。大石は小5の頃に両親を亡くしていて、それから女装家の兄貴・ベティさんと2人で暮らしている。大学の学費もバイト代からある程度出しているし、生活能力がとにかく高い。
「いくらアイツが体力お化けでも、しんどいことくらいはあるだろ。今はバイト先も繁忙期だし」
「体力的にしんどいっていうような顔でもなかったんだよ。それでね、問題はその先」
「うん」
「ちーと一緒にね、女の子がいたんだよ」
「アイツだって女と歩くことくらいあるだろ」
「やつれたような顔でその子と寄り添うようにふらふらと歩いててね、そのままホテルの方に消えてっちゃったんだよ。そりゃあ、付き合ってる彼女とならそういうこともあるかもしれないけど、そういう感じでもなくって。本当に力なくって感じだったから」
「……なるほどな」
伏見の話が本当だとすれば、大石の状態は相当深刻なのかなと思う。一言で言えば、アイツはお人好し過ぎる奴だ。いつでもにこにこしてて、自分の意向は二の次で、他の人の気持ちを優先してて、というイメージがある。人を傷つけることを極端に嫌がるという面もある。
俺なんかは我を通しまくるし他の人の都合なんか知ったこっちゃないし、その結果人を傷つけていたとしても全然気付かないところがある。アイツとは対極にあるから想像もつかないけど、それだけ人を気遣いまくってるとストレスが溜まってしんどくなってもおかしくないだろう。
「で、お前はどうしたいんだ」
「何か悩んでるんだったら話して欲しいなとも思うけど、あんなちーを見たこともなかったから」
「お前にだから言わない、言えないこともあるんだろ」
「そうなのかな」
「大体、お前はアイツと高校まで一緒でも今まで付き合った彼女とかも知らなかったワケだろ」
「まあね」
「いくら幼馴染みや親友でも、全部が全部話すことや知り尽くすことがいいとは限らない」
「……あのね、今ひとつだけウソ吐いた」
「嘘?」
「しんどい時のちーのこと。中学校の時にね、ほら、ハルちゃんもずっと働いてたしちーはずっと1人だったでしょ。我慢することもいっぱいあって、ずーっとがむしゃらにただひたすら泳いでたことがあったの」
「水泳はアイツの趣味だろ? それとはまた違うのか」
「うん。部活でもやってたし今では趣味。だけどね朝霞クン。悲しくってこぼれる涙も、やるせなくて叫ぶ声も、怒りで叩きつける拳も、水だけが全部を受け止めて、隠してくれてたんだよ。あの時のちーのことは、思い出すのも正直怖い。こないだ見たのは、その時に近い顔だったから」
それこそ、伏見が大石の幼馴染みだからこそ知る一面だ。アイツは感情的になることは少ないと思っていたし、その制御が特別上手いと思っていたから。俺たちが知らないだけで、アイツはずっと孤独や人間同士の付き合い方と戦い続けているのかもしれない。
小5の時に両親が亡くなったことに起因しているのだろう、とか何とかと勝手なことを言うのは簡単だ。アイツのことはアイツ自身が何とかするのか、その一緒にいたという女がどうにか出来るのか。伏見も伏見で心配のし過ぎでしんどくなっているような気がする。
「朝霞クン、あたしにだから言わない、言えないことがあるっていうのはまあ、わかる。だったら、朝霞クンの距離感で何とかしてあげられないかな?」
「俺の距離感?」
「あたしだと近過ぎちゃうし、お節介しがちだから。男の子だからこそわかることもあるかもしれないし」
「わかった。1回会ってみるよ。それとなく近況を聞いて、しんどそうだったら軽く発散させてやる感じでいいか?」
「うん、ありがとう。ホント、こんなこと朝霞クンにしか話せないし、どうしようって」
「心配すんな。アイツだって、たまにしんどいことくらいはあるだろうけど、それでもこれまで踏ん張って生きてきてるんだ。きっかけさえあればまた元気になって、呑気な顔を見せてくれるだろ」
「……そうだね」
「あー、泣くな。大丈夫だ」
――とは言ったものの、どうするか。何はともかく会う約束を取り付けないことには始まらない。何がどうしんどくて、解決の見込みはあるのかないのかってことを軽く聞いておけばいいだろうか。
end.
++++
19年度では触れていなかったのですが、それまではちょこちょこ年度末にやっていたちーヒビの件が年度を跨いだことで動き出しました。
ふしみんがちーちゃんのことを相談できるのは朝霞Pくらいしかいないのだけど、それがまた違う話になっていって……という具合でしょうか。
あと何気にこの話に出て来る人みんな今年度初めてかしら。後々しょうもない話もやりたいですね。
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