2020
■キャラ濃縮ゼミナール
++++
「あっ、鵠さん。バイトお疲れ様。一緒にスタジオ行こう」
学食のテイクアウト丼販売のバイトを終え、自分自身の飯をかっ込んだ後の3限は毎日慌ただしい。学期が始まったばかりで大学にいる人が多いから、その分売る丼も多くなるし時間も長くなる。まあ、去年の感じだとこの慌ただしい感じもゴールデンウィークが過ぎるまでだろうか。
木曜日の3限は演習Ⅰ、つまりゼミが入っている。社会学部メディア文化学部佐藤久ゼミは広域圏一のサブカル・メディアゼミを自称している。昼の時間にはラジオの公開生放送をやってるけど、それは丼を売る真下のフロアにも響いて来る。丼を売りながら気付いたのは、曜日によって取り扱うテーマが違うみたいだ。
「合宿とかには行ってたけど、本当の講義としてのゼミは初めてだから緊張するよ」
「高木お前、教科書ちゃんと買ったか」
「買ったよ。学生証にちゃんとお金チャージしてさ。買ったはいいけど重たくて仕方ないね」
「教科書販売でミドカが使えるのはデカいじゃん? 1冊ウン千円とかの世界じゃんな」
「ホントに。10円で0.1ポイントでしょ? ゼミの教科書が確か2200円だから22ポイントか。これは大きい」
緑ヶ丘大学の学生証には、キャッシュレス決済機能が付いている。学生証にお金をチャージしておくと、食堂や本屋、ジムに保健センターといった学内の各施設で使える上に、10円で0.1ポイントが付与される。貯めたポイントはそれらの施設で1ポイントから使えるという仕組みだ。
佐藤ゼミはメディア文化学科だけど、俺は現代社会学科だ。だから1年春学期の時点で開講されていたメディ文の講義を履修している。学科ごとに固有科目はあるけど、ある程度ちゃんとしてれば他の学科の科目も履修出来るらしい。社会学部の学科固有科目は2年から多く出て来るから、純粋なメディ文の学生との差はまだそこまでないようだ。
「この鉄の扉が緊張するなあ」
「重いんだよな、防音性能が高いからだろうけど」
佐藤ゼミは8号館の地下1階にある社会学部スタジオ1教室という場所を事実上占拠して活動を行っている。坂や階段を下ったその先に地下への入り口があり、最初のドアを抜けると重く分厚い鉄の扉が待ち受ける。それを開けば眼下に広がるスタジオだ。
スタジオの中の階段を下りると、2列の円卓が設置されている。1時を前に集まった2年生たちは、どこに座ろうかという様子見をしているようだ。多分、一番奥側の正面が先生の席で、そこを避けるようにみんな位置取りをしているらしい。確かに、近すぎず遠すぎずくらいの距離感がいいだろう。
「はいはい君たち、座った座った。はーい、それじゃあ始めるからね。改めましてゼミの初回ということでね、よろしくお願いします。それでは出席を取るからね」
――と講義が始まってしまえば、近場の適当な席に座らざるを得ず。俺は円卓の内側でヒゲさんの2つ隣、そして高木はヒゲさんの横に陣取ることになってしまった。せめて後列くらいの距離感が良かったんだけど、座ってしまった物は仕方ない。
「安曇野君。……安曇野くーん?」
初回から遅刻とか、随分派手な奴がいるモンだなと思っていると、階段の方からゆっくりと、もう始まっているのを気にする様子もなくマイペースに降りて来る奴が。2つに分けた前髪の片方を真っ赤に染めているのと、パンク系みたいなファッションが特徴的な女だ。
「あっちょっと安曇野君。君ぃ、初回から遅いよー」
「はーい。でも出席取ってるってことはまだ始まってないですよね」
「次は出席を取る前に来るように。はい、次」
そう言えば、安曇野っていうこの派手な女、学部ガイダンスのスタッフの中にもいたような気がする。確かその時はカメラマンを担当していたように思う。緑ヶ丘大学の中でも指折りの色物ゼミと呼ばれるだけあって、ゼミ生も癖のある連中ばかりなのだろう。
そうこうしている間に全員の出席を取り終え、改めてゼミがどういう風に進んでいくかが説明された。佐藤ゼミはラジオブースに代表されるように実践的な学習もするけど、それと同じかそれ以上に座学も重視しているとのこと。2年生では1年かけて1本の社会学的なラジオ番組を班ごとに制作するそうだ。
「班はこっちで適当に決めたから。今から発表するし、顔合わせの時間取るからね。まず、1班」
円卓の周りにもいくらか机が島のように散らばって設置されている。俺は高木とさっきの安曇野、それからもう1人の女子と同じ3班に組み込まれた。高木は地味そうで無自覚にキャラが濃いし、最後の女子次第ではとんでもないことになりそうだと内心冷や冷やしている。
「うわ、出たし! 噂の体育会系! 厳つ!」
「何だよ出たって。あと、お前の厳つさも大概だからな」
「は!? これのどこが厳ついって!?」
「まあまあ、唯香さん落ち着いて。とりあえず自己紹介する? 私は佐竹由香里。アーチェリー部で、趣味でコスプレを少々。そしたら時計回りで、次そっちに回そうか」
「あ、はい。高木隆志です。サークルは放送サークルのMBCCで、趣味……一応、PCゲームとギターを少し。よろしくお願いします」
「鵠沼康平。サークルでバスケやってて、趣味は、こっちに来てからご無沙汰だけどサーフィン。よろしく」
「安曇野唯香。美術部で、趣味はカメラと城巡り、絵描くのとかいろいろ。よろしく」
何と言うか、佐竹がまともそうな奴でガチで安心した。ヒゲさんがどんな班の決め方をしたのかは謎だけど、これからこの班で1年間やっていかなければならない。やっていけるのかという不安も少々。
「この班でラジオ番組作るんだって」
「技術的なことは高木君がいるし大丈夫として、問題は内容だよね」
「えっ、俺そんなに責任重大なの?」
「まあ、MBCCのミキサーっていうのはそういうことじゃん?」
「ええー……そしたら内容の方はお任せしていい?」
「ああ言えばこう言うじゃん!?」
end.
++++
佐藤ゼミの初回授業ですが、あずみんが安定の遅刻っぷり。自由人だけど、後にヒゲさんからは「芸術系の人間は自由だから」済まされるようになる模様。
由香里さんがガチ常識人で鵠さんはホッとしただろうし、ヒゲさんが意図的にキャラの濃い人間を集めた3班をきちんと回すためにはこの常識人2人の働きが重要だ
と言うか2年TKGは本当にああ言えばこう言うに磨きがかかってるような気がするぞ! 大学生活に慣れてきたのかな!
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「あっ、鵠さん。バイトお疲れ様。一緒にスタジオ行こう」
学食のテイクアウト丼販売のバイトを終え、自分自身の飯をかっ込んだ後の3限は毎日慌ただしい。学期が始まったばかりで大学にいる人が多いから、その分売る丼も多くなるし時間も長くなる。まあ、去年の感じだとこの慌ただしい感じもゴールデンウィークが過ぎるまでだろうか。
木曜日の3限は演習Ⅰ、つまりゼミが入っている。社会学部メディア文化学部佐藤久ゼミは広域圏一のサブカル・メディアゼミを自称している。昼の時間にはラジオの公開生放送をやってるけど、それは丼を売る真下のフロアにも響いて来る。丼を売りながら気付いたのは、曜日によって取り扱うテーマが違うみたいだ。
「合宿とかには行ってたけど、本当の講義としてのゼミは初めてだから緊張するよ」
「高木お前、教科書ちゃんと買ったか」
「買ったよ。学生証にちゃんとお金チャージしてさ。買ったはいいけど重たくて仕方ないね」
「教科書販売でミドカが使えるのはデカいじゃん? 1冊ウン千円とかの世界じゃんな」
「ホントに。10円で0.1ポイントでしょ? ゼミの教科書が確か2200円だから22ポイントか。これは大きい」
緑ヶ丘大学の学生証には、キャッシュレス決済機能が付いている。学生証にお金をチャージしておくと、食堂や本屋、ジムに保健センターといった学内の各施設で使える上に、10円で0.1ポイントが付与される。貯めたポイントはそれらの施設で1ポイントから使えるという仕組みだ。
佐藤ゼミはメディア文化学科だけど、俺は現代社会学科だ。だから1年春学期の時点で開講されていたメディ文の講義を履修している。学科ごとに固有科目はあるけど、ある程度ちゃんとしてれば他の学科の科目も履修出来るらしい。社会学部の学科固有科目は2年から多く出て来るから、純粋なメディ文の学生との差はまだそこまでないようだ。
「この鉄の扉が緊張するなあ」
「重いんだよな、防音性能が高いからだろうけど」
佐藤ゼミは8号館の地下1階にある社会学部スタジオ1教室という場所を事実上占拠して活動を行っている。坂や階段を下ったその先に地下への入り口があり、最初のドアを抜けると重く分厚い鉄の扉が待ち受ける。それを開けば眼下に広がるスタジオだ。
スタジオの中の階段を下りると、2列の円卓が設置されている。1時を前に集まった2年生たちは、どこに座ろうかという様子見をしているようだ。多分、一番奥側の正面が先生の席で、そこを避けるようにみんな位置取りをしているらしい。確かに、近すぎず遠すぎずくらいの距離感がいいだろう。
「はいはい君たち、座った座った。はーい、それじゃあ始めるからね。改めましてゼミの初回ということでね、よろしくお願いします。それでは出席を取るからね」
――と講義が始まってしまえば、近場の適当な席に座らざるを得ず。俺は円卓の内側でヒゲさんの2つ隣、そして高木はヒゲさんの横に陣取ることになってしまった。せめて後列くらいの距離感が良かったんだけど、座ってしまった物は仕方ない。
「安曇野君。……安曇野くーん?」
初回から遅刻とか、随分派手な奴がいるモンだなと思っていると、階段の方からゆっくりと、もう始まっているのを気にする様子もなくマイペースに降りて来る奴が。2つに分けた前髪の片方を真っ赤に染めているのと、パンク系みたいなファッションが特徴的な女だ。
「あっちょっと安曇野君。君ぃ、初回から遅いよー」
「はーい。でも出席取ってるってことはまだ始まってないですよね」
「次は出席を取る前に来るように。はい、次」
そう言えば、安曇野っていうこの派手な女、学部ガイダンスのスタッフの中にもいたような気がする。確かその時はカメラマンを担当していたように思う。緑ヶ丘大学の中でも指折りの色物ゼミと呼ばれるだけあって、ゼミ生も癖のある連中ばかりなのだろう。
そうこうしている間に全員の出席を取り終え、改めてゼミがどういう風に進んでいくかが説明された。佐藤ゼミはラジオブースに代表されるように実践的な学習もするけど、それと同じかそれ以上に座学も重視しているとのこと。2年生では1年かけて1本の社会学的なラジオ番組を班ごとに制作するそうだ。
「班はこっちで適当に決めたから。今から発表するし、顔合わせの時間取るからね。まず、1班」
円卓の周りにもいくらか机が島のように散らばって設置されている。俺は高木とさっきの安曇野、それからもう1人の女子と同じ3班に組み込まれた。高木は地味そうで無自覚にキャラが濃いし、最後の女子次第ではとんでもないことになりそうだと内心冷や冷やしている。
「うわ、出たし! 噂の体育会系! 厳つ!」
「何だよ出たって。あと、お前の厳つさも大概だからな」
「は!? これのどこが厳ついって!?」
「まあまあ、唯香さん落ち着いて。とりあえず自己紹介する? 私は佐竹由香里。アーチェリー部で、趣味でコスプレを少々。そしたら時計回りで、次そっちに回そうか」
「あ、はい。高木隆志です。サークルは放送サークルのMBCCで、趣味……一応、PCゲームとギターを少し。よろしくお願いします」
「鵠沼康平。サークルでバスケやってて、趣味は、こっちに来てからご無沙汰だけどサーフィン。よろしく」
「安曇野唯香。美術部で、趣味はカメラと城巡り、絵描くのとかいろいろ。よろしく」
何と言うか、佐竹がまともそうな奴でガチで安心した。ヒゲさんがどんな班の決め方をしたのかは謎だけど、これからこの班で1年間やっていかなければならない。やっていけるのかという不安も少々。
「この班でラジオ番組作るんだって」
「技術的なことは高木君がいるし大丈夫として、問題は内容だよね」
「えっ、俺そんなに責任重大なの?」
「まあ、MBCCのミキサーっていうのはそういうことじゃん?」
「ええー……そしたら内容の方はお任せしていい?」
「ああ言えばこう言うじゃん!?」
end.
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佐藤ゼミの初回授業ですが、あずみんが安定の遅刻っぷり。自由人だけど、後にヒゲさんからは「芸術系の人間は自由だから」済まされるようになる模様。
由香里さんがガチ常識人で鵠さんはホッとしただろうし、ヒゲさんが意図的にキャラの濃い人間を集めた3班をきちんと回すためにはこの常識人2人の働きが重要だ
と言うか2年TKGは本当にああ言えばこう言うに磨きがかかってるような気がするぞ! 大学生活に慣れてきたのかな!
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