2020

■波は笑って乗り越えて

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「全員揃っているな。それでは今日の動きを確認する」

 ここは国立星港大学の情報センター。情報センターはパソコン自習室と言うのがピッタリの学習支援教室で、そのスタッフは学生のアルバイトが勤めている。大学職員の所長さんもいるけど、所長はあまりセンターの運営には関わらないという印象。姿を見るのもかなり稀。
 バイトリーダーの林原さんを中心に、今は実質5人のスタッフでシフトを回している。今日はこの春大学に入学した新入生を対象にした健康診断と履修登録の日で、この履修登録を情報センターで行うという流れ。俺たちスタッフはその補佐や見回り、機材の保守・管理などが仕事だ。

「今日は1年生を対象とした履修登録日になる。1年生は健康診断の後でここを回ることになっているから、センターに人が来るのは早くても9時半頃だろうと考えられる。しかしそれを知らずに健康診断を飛ばして来る者もいるだろうからそれは受付での対応を頼む」
「わかりました」
「受付は綾瀬と烏丸、自習室はオレと川北と高山で入る。自習室業務の流れは大体この年度末と同じでいい。だが、1年生は単位や履修のことをわかっていないことが多いから、聞かれた場合はそれとなく教えること」
「規約違反に対してはどうしたら」
「例年この時期の1年が派手な規約違反をすることはない。いたとしても1度注意すればやめることがほとんどだ。高山、2回までは穏便な対応で済ませてくれ」
「わかりました」

 事務所で受付を担当するのは4年生の烏丸大地さんと3年生でA番専任スタッフの綾瀬香菜子さん。烏丸さんは無邪気で今を凄く楽しんでるけど、その背景が想像を絶するんだ。カナコさんは演劇部の看板女優さんで、それはもう物凄い美人さん。受付に座ってるだけで華があるとか、そんな感じ。
 自習室に入るのは4年生でバイトリーダーの林原雄介さんと、俺と同じ2年生でスタッフになりたての高山蒼希さん。このアオとは同じ放送サークルのメンバーでもあるから気心も知れてるしやりやすいなと思ってる。林原さんはB番の主と呼ばれていて怖い時もあるけれど、本当に頼れる人だ。その怖さに関しては……うん。ねえ。

「川北、お前も2年になったんだ。1年相手には怯えず応対してくれ。さすがに情報センターを初めて使おうとして暴れる奴もいないだろう」
「わかりました」
「ミドリ君、笑顔笑顔。1年生の子が話しかけやすい雰囲気でね」
「そうそう。自習室のスタッフの中にニコニコしてる人がいてもいいと思うよ!」

 俺、川北碧は2年生になり、それと同時にセンタースタッフ歴も2年目になる。この5人のスタッフの中では林原さんの次に歴が長く、前任のバイトリーダーさんからは受付のシステムに関する強い権限を引き継がれた。責任もずしんとのしかかってくるんだなあと気を引き締めてる。
 情報センターの利用者さんの中にはたまにクレーマーみたいな人や、何度注意しても規約違反の行動を改めてくれない人がいる。仕事は出来るようになってきてるけど、そういう人に注意するのはまだ苦手だ。林原さんやアオはそういうのに臆せず毅然としてるけど、俺はどうしても怖いなって思ってビクビクしちゃう。

「綾瀬と烏丸の言うことにも一理ある。オレと高山はどうしても愛想のような物を振りまくのが得意でない。右も左もわからん1年にとってはお前のようにニコニコした奴の方が頼りやすいかもしれん」
「そうですかねー」
「人に話しかけるのが苦手な人はより優しそうな人を探すと思うし、ミドリはそれでいいと思う。まあ、私は林原さんの本気も見てみたいと思うけど」
「はは……林原さんの通常運転は、情報センター的には見る機会のない方がいいんだけどね」
「悪質な規約違反に対してはお前も臆せず対応出来るようになってもらわんと困るのだがな」

 ちなみに、注意されても規約違反を繰り返す悪質な人は自習室から退出させられちゃうし、よっぽど酷かったらブラックリストに登録されて、センターの利用に制限がかかっちゃうんだ。林原さんは自習室から利用者さんを退出させることや、ブラックリストへの登録に躊躇が全くない。それを顔色一つ変えずにやるのが怖いんだ。
 あまりに淡々と作業みたいにそれをやっちゃうし、そうなった林原さんには手がつけられない。以前はそれで卒業出来なくなった人もいたそうだ。俺に受付システムの強い権限を渡されたのは、いざというときに林原さんを止めるため。A番としては怖すぎて止められる気がしない。だけど、自分が一緒にB番で自習室にいると本当に頼れるなって思う。

「利用者は絶え間なく来るだろうから、適宜合間を見て休憩を取ってくれ。自習室には最低でも2人いる状態をキープしておきたいから、自習室にいる者が休憩をとる際は交代で行くようにしてくれ」
「わかりましたー」
「烏丸、すまんが机のそっち側を持ってくれんか」
「いいよー。どうするの? 吊るの?」
「吊って、少し奥にやる。受付と机の間に衝立を置くから、休憩の際の飲食はこの裏で行うようにしてくれ」
「ユースケ、このプレッツェルも食べていいんでしょ? まだいっぱいあるし、ご飯買いに行く暇もなさそうだし」
「それは積極的に消費してもらえると助かる。……まったく、卒業してからも何故あの人の遺産に苦しめられねばならんのか」
「林原さん、そろそろ自習室に入っても大丈夫ですか?」
「ああ。それでは、そろそろ配置に付こう。川北、お前も行くぞ」
「はーい」


end.


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星大情報センターも通常運転のように見えますが、卒業したはずの春山さんの影響がプレッツェルという形でまだ残っている様子。
バイトリーダー・リン様が陣頭指揮を執り、新入生の波を捌くようです。ミドリは実質的なナンバーツー。頑張れ。
蒼希がリン様の本気を見たいとか、怖いもの知らずなんだよなあ。と言うか蒼希が恐れる物って何かあるのかなあ。

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