2020

■2周目の視野と立場と

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「これがスタッフジャンパーね。君たちはこれを着てラジオブースの周りに立っててね」

 私立緑ヶ丘大学。10を超える学部を擁する総合大学で、その学舎は向島エリア豊葦市にある山を切り開いた上にある。昨日、星港市の市民文化会館で入学式があって、今日から新入生を対象にした学部ガイダンスが行われる。このガイダンスでは学内を回りながら学部ごとに肝となる施設や活動の説明を受ける。
 社会学部はセンタービルのど真ん中にあるガラス張りのラジオブースも巡回ルートの中にある。このラジオブースを運営するのが社会学部メディア文化学科佐藤久ゼミ。班ごとに回って来た新入生には、ここで実際にブースの中に入ってもらってラジオ体験をしてもらうことになっている。

「高木君」
「はい」
「君、コルクボードにサークルのポスターは貼った?」
「はい、貼らせてもらってます」
「そう。ビラも配るなら配っただけど、一応規則違反だからこっそりやりなさいね」

 ラジオブースの赤いスタッフジャンパーに袖を通し、改めて新入生を迎え入れる準備を。ブースの中では3年生の先輩が機材の最終確認をしている。手には放送サークルMBCCのビラの束と佐藤ゼミの活動要項。俺の仕事はゼミの書類の配布に乗じてサークルのビラを配ることだ。
 MBCCというのは俺が所属している放送サークルで、ラジオ番組を作るのをメインに活動しているサークルだ。佐藤ゼミの活動とはとても親和性が高く、佐藤先生も一応MBCCの顧問だったりする。その関係でMBCCと佐藤ゼミはいろいろな取引があったりなかったり。
 こういうラジオ体験を通じてこの活動に興味を持った子をMBCCで囲うことも出来るし、MBCCで育った学生を佐藤ゼミで囲うことも出来る。先生はMBCCのミキサーに重きを置いて採用活動をする傾向にあって、それを利用して合格倍率の高い佐藤ゼミに滑り込んだのが俺、高木隆志だ。

「おーい高木、そろそろ最初の班が来るってよ」
「はーい、了解です」
「っつっても実際俺らは周りで見てるだけでいいじゃんな?」
「そういう話にはなってるね。俺は書類配りがあるけど」
「それはお前、MBCCの都合じゃん? やっぱりMBCCはヒゲさんと通じてんのが卑怯じゃんな」

 俺の横に着いたのは、俺と一緒にスタッフに任命されている鵠さんこと鵠沼康平君。鵠さんはバスケサークルGREENsに所属する体育会系で、力もあるし豪快な性格かと思いきや意外と落ち着いているし面倒見がいい。一浪しているらしく実年齢がひとつ上ということもあって、友達だけど人生経験的な意味ではとても頼れる存在だ。
 鵠さんと出会ったのは、去年の秋学期のとある授業でのこと。俺が寝てたのが原因で教室の後ろの方にプリントが回らなかった時に、鵠さんが寝ていた俺を起こしてプリントを回してくれたそうだ。それから何週か後には気付けば一緒に授業を受けてて、俺が寝てたところのノートとか写させてくれてたよね。

「あっ、来た来た」

 大学職員の人が新入生を引き連れてラジオブースの前にやってきた。緑大では学籍番号ごとに班が割り振られていて、それで英語や第二外国語のクラスが割り振られたり、こういった行事でのグループ分けが行われる。ラジオブースを囲うように1年生の子たちが並ぶと、ブースの上にあるスピーカーからBGMが流れ始めた。

『新入生の皆さーん、入学おめでとうございまーす! これからの時間は社会学部ガイダンス、佐藤ゼミラジオブースからお送りします。今回ナビゲーターを務めるのはメディア文化学科3年の千葉果林です。よろしくお願いします』

 外に向かってナビゲーターの果林先輩がひらひらと手を振っている。ノリのいい子は軽く手を振り返していたりするし、先にもらっていた資料に目をやったままの子もいたりする。これから佐藤ゼミの体験が始まるということで、俺も自分の仕事をしなければ。
 佐藤ゼミの活動についてまとめた資料と、MBCCのビラの2枚をセットにして配る。俺が資料を配ると、それに合わせて果林先輩が今手元に配られたのが佐藤ゼミの~と説明を入れてくれる。端まで配り終えると元いた場所に戻って全体の様子をチラッと見る。

『それでは、ラジオブース体験をやっていきたいと思います。それでは、マイクの前で喋ってみたいって人ー。あ、そこの、白いパーカーの男の子が早かった。スタッフさん、連れて来て下さい』
「鵠さん、どの子?」
「あれじゃん? 俺連れてくわ」
『それでは、機材を触ってみたいって人ー』

 えっ、今年はミキサー体験もあるの!? えー、いいなあ。……って、そうじゃないそうじゃない。仕事仕事。

『あ、そこに元気のいい子がいたね。最前の黄色い服の子』

 あ、あの子か。連れて行こう。

「そしたら、ブースに行きましょう」
「お願いしまーす」

 1年生は元気がいいなあと2年生になった瞬間思ってしまう心理って何なんだろうなあ。とりあえず、黄色い服の子をブースに連れて行って、このガイダンスでミキサーを務める先輩に預ける。でも、ミキサー体験があるのは本当に羨ましいなあ。去年はなかったもんなあ。
 再び持ち場に戻って全体の様子を広い目で見る。ガイダンスは50人ずつ8組に分けて行われるそうだから、これがあと7回あるんだなあ。なかなかの長丁場だけど、手元にはまだまだ書類がある。これを全部捌けるまでやらなきゃいけないんだなあ。

『それではミキサーさん、手元のフェーダーを上げてあげてください。アナウンサーさんはこの、カフを上げて~……はい、どうぞ!』


end.


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公式+1年の概念があった頃もこんなことをやっていたとは思いますが、改めてガイダンスを利用したMBCCの暗躍の模様をお送りしています。
去年の今頃はタカちゃんが果林からビラをもらっていたようですが、今年のMBCCにもタカちゃんからビラをもらった子も来たりするのかな?
これから公式の時間軸に乗って来た佐藤ゼミ生タカちゃんのお話が、+1年だった頃よりグッと入って来そうですね。あと意外と鵠さんが強い

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