2019(04)

■僕の理解の及ばぬ君と

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「朝霞クン、明日飲まない?」
「明日? まあ、飲みの誘いってことは夜だよな」
「最近忙しいみたいだし、空いてないなら全然いいんだけど」
「いや、空いてるぞ。それよりお前はバイトとかないのか」
「まあ、近頃ってこんな感じじゃない。不要不急の外出は避けましょう的な? 居酒屋に来る人もガクーンと減っちゃってて、バイトに入る日も少なくなっちゃってるのが現状だよ」

 こんな時、景気だとか情勢の影響を受けやすい仕事というのは確実に存在するのだなと思う。いや、景気や情勢に左右されない仕事の方が少ないのかもしれない。俺たちが知らないだけで、経営者や投資家はそういった空気を読みながら次の一手を打っているのだろう。
 昨今の自粛ムードで居酒屋などの外食産業にもそれなりに影響があったようで、山口はバイトに入る頻度が少なくなっているらしい。それとはあまり関係なく、俺個人の慌ただしさで店には行けていなかったなと思い出す。そんな話をしていると、久々にじゃこたまごかけごはんが食べたくなる。

「それで、明日飲むのはいいとして、どこで飲むんだ?」
「朝霞クン家にお邪魔していい? 今もこの話するために来ちゃってるけど」
「それならわかってると思うけど、今現在はこの惨状だ。片付ける努力はするけど、あんま片付いてるように見えなくても怒るなよ」
「怒らないよ。あっでも、メグちゃんは呆れるかも」
「宇部も呼んでるのか」
「うん。久々に3人水入らずでやりたいなと思って。だって、こうでもしないと朝霞クン捕まんないし」

 そこまでふらふらしていた覚えもないのだけど、見る人間が見れば俺は息つく暇もなく次のタスク次の場所へとバタバタ走り回っているように見えるらしい。実際は就活関係やUSDX関係、それからバイトをしているくらいで……ああ、春に提出するゼミの課題もおまけ程度にやってたか。
 とにもかくにも、俺の予定を押さえるのは並大抵のことではないと思われているようだ。実際、先の予定は何となく埋まっている。手帳に余白があることが落ち着かないような気もするし、何かしらの予定や仕事がある方がちょっとした隙間の作業に身が入るような気もする。切り替えられると言うか。

「俺ね、朝霞クンといろんなことを話したいなと思って」
「またこないだみたいな話か?」
「ううん、ああいうのじゃなくて。就活のこととか、4年生になってからはどう過ごすかとか?」
「何か、思ったより普通だな」
「そう。そういう、普通の友達同士がするみたいな普通の話をしたいなと思って」
「そんな、改めて席を設けなくても、何なら今からでもすればいいんじゃないのか」
「いや~、気負っちゃうんだよね。緊張するって言うか。ほら、朝霞クンと2人で話してると何だかんだ話がそれて俺が朝霞クンを責めるみたいな感じになっちゃうでしょ? こないだにしてもそう。俺だって朝霞クンと対等な立場でありたいしいろいろ相談もしてほしいんですけど? 俺って朝霞クンの何? みたいなことを言っちゃうワケ」
「なるほど。それで意識的に“普通の会話”をするための時間を設ける、と。お前の話し方からすると、宇部は緩衝材じゃないけど、普通の話が出来る空気を保つために置いとくって感じか」

 山口は俺を責める構図になると言うけれど、それは見えている物の違いからなる指摘なのではないかと思う。如何せん俺は思い立ったら一直線だし周りなんか見やしないで障害もぶっ壊しながら進むタイプだ。推進力があるのは結構だけど、一度頭に血が上ると冷静になりきれないという点もある。
 一方で山口は思い立ったら一直線というタイプではなく、進み出す前に先のことまでしっかりと考えて、準備をするタイプだ。立ち止まって周りを見て、状況を確認しながら着実に歩を進める。障害があれば壊すか避けるか考えるし、場合によっては引き返すことも視野にある。飄々としているようで常に冷静だ。
 つまり俺と山口は真逆のタイプなのだ。相手の粗を見つけてしまえばそれが気になって仕方なくなるのだろう。ただ、俺は視野が狭いしその時思っていることにしか目がいかないから、過ぎ去ってしまえばもう終わりだ。ただ、山口は熱が尾を引きやすい。視野も広く長い目で物事を見られるから、あのときはこうだったねという話になりやすい。
 俺としては自分で見えていない、気付いていないことを教えてもらえるのはありがたいとすら思う。だけど、山口はそれを「責める」と表現するように、いい風には思えないのだろう。そんな空気にしないため、明日の飲みには宇部も誘ったのだそうだ。確かに人選としてはこれ以上ないだろう。

「だけど、普通の会話なあ。新作映画が軒並み公開延期になってて面白くないこととか、午前10時の映画祭が一旦終わってしまったこととかか」
「そうそう、そういうの! 映画の話題なのがちょっと部活現役時代のトラウマを思い出させるけど、そういうのを求めてるの俺は!」
「映画の話になるのはしょうがねーだろ、趣味なんだから。俺にサッカーの話しろって言われても出来ねーよ」
「まあね」
「そう言えば、ニュースでメロンが軒並み安くなってて農家が困ってるって見た」
「安くなってるなら買いやすくなるかな。でも農業の分野の話は明日にとっとこう、メグちゃんの見解も聞いた方が話が広がるかも」
「でも、宇部の専攻って遺伝子関係の話だろ。漬け物と菌のどーたらこーたらとか」
「まあ、でも、一応?」
「あ、明日宇部に何か漬け物持ってきてもらいたいな。白い飯と合わせたい」
「そうだね。それじゃあ俺から頼んどくよ。そしたら朝霞クンはご飯炊いといてね」
「了解」
「あ~……朝霞クンと普通の会話してる~…!」
「何でそんなことで感動してんだよ」
「朝霞クンが思ってるより俺たちって普通の会話をしてないの。部活の現役時代はステージの話ばっかりだったし」
「それはお前が変に線を引きすぎるからじゃないのか」

 ――と言うと、感動で震えていた山口の顔が瞬時に真顔に戻るのだ。そして一言、だから誰がそうさせてんの、と。きっと俺が無意識に記憶の奥底に葬り去った言動が、コイツにそうさせているのかもしれない。だけど、その時には確かにそういう対処が必要だったのだろう。当時の俺の考えは、同じような状況にならなければ再び理解することは出来ない。それを言い訳だと責められても仕方ない。

「そしたら、用件は済んだし俺は帰ります。長居したら明日話すことなくなっちゃうから」
「ああ、わかった」
「朝霞クン、苦手なのは知ってるけど、ちゃんと部屋片してよね!」
「わかったわかった。可及的速やかに対処する」
「官僚答弁! やらないヤツじゃん!」


end.


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例年通り、LIBに繋がるこの時期の洋朝。この時期は基本的に山口洋平さんが拗らせているし朝霞Pは何の気なしという感じ。
洋朝はタイプ的に真逆という話ですが、真逆だからこそ補い合えるというコンビでもあるはず。ちなみに血液型もBとA。
やまよが朝霞Pと普通の話がしたいために宇部Pを利用してるような感じだけど、そんなことができるからこそのやまよなんだろうなあ

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