2019(04)
■いつか撒いていた種が
++++
「る~び~る~び~、っと」
「何か、凄い通りですね」
「マリン、アンタ地下街ってあんま歩かない?」
「そうですね。地下鉄の駅は駅として使うしかあまり。花栄とか星港駅は地下のお店にも入りますけど、他の駅ではなかなか」
現部長とそりが合わずに柳井班を飛び出したマリンが、戸田班に正式に加入することになった。ここに至るまでの道は、俺にとっては本当に長いように感じられた。大学祭が終わって3年生が引退すると朝霞班は解散、つばめ先輩が次の班長としてこの班を率いることになった。
元々変わり者が多い班で、部の方針に逆らった人が島流しにされる流刑地とも呼ばれる班だけあって、好き好んでこの場所に来ようという人もそうそうなく、班員は常にステージが出来るギリギリで推移していたそうだ。今年にしても各パートに1人ずつの4人で活動してたから、とてもよくわかる。
班長でプロデューサーの朝霞先輩とアナウンサーの山口先輩が同時にいなくなると、2人っていう頭数以上の喪失感が襲った。ステージの台本を書く人と、それを壇上で進行する人がいないとステージは出来ない。いくらつばめ先輩が凄腕のディレクターだったとしても。班は存亡の危機にあった。
一方で、班を飛び出したマリンはつばめ先輩に猛アプローチをしていた。マリンは前の監査の宇部さんの下でプロデューサー修行をしていたからPとしての能力もあるし、アナウンサーとしてマイクを持つことも出来る。喉から手が出るほど欲しい人材のはずだけど、つばめ先輩は頑なにそれを拒否し続けた。
つばめ先輩はマリンに宇部さんの影を、マリンはつばめ先輩に朝霞先輩の影を感じ取っていた。いないはずの、大嫌いとか苦手な人の影響がなかったワケではないと思う。2人の間で俺は橋渡しをし続けた。マリンにはつばめ先輩の本意を、つばめ先輩にはマリンの本気を伝えて、面談の日程を調整したり。
それが俺の仕事だよって山口先輩に言われていたんだ。そう言われたのは代替わりの前だけど、山口先輩は代替わり後にこうなるって最初からわかっていたみたいだった。今から思えば、山口先輩は周りをフォローするのが上手な人だったな。朝霞先輩が何も気にせず前に突き進めるように、横と後ろは自分が見るからっていう感じで。
結果的に、つばめ先輩はマリンを班で受け入れてくれることになった。それで正式に戸田班という名前を掲げ、これから春に向けてその動きを本格化していきましょうという話をして。今日はその決起集会ということで、地下街にある立ち飲みの餃子屋さんに行くことになったんだ。
「ここここ」
「6時までに注文でビールと餃子1皿が500円。本当に安いですねー」
「今日は決起集会だし、餃子1皿くらいは奢るよ」
「えっ、いいんですか」
「もちろん。あっ、って言うかゲンゴローアンタ飲まないでしょ?」
「そうですね。二十歳になるまでは飲まないって決めてるので」
「マリンは?」
「えーっと……すみません、私もお茶で」
「そっか。オーケー、アタシは気にせず飲むからね。すみませーん!」
餃子3皿とコーラとウーロン茶、それから生中! とつばめ先輩の声が高らかに響く。意外にも、マリンはあまり外でご飯を食べて帰るということもしないそうで、今日は久し振りに外で食べて帰るんだそうだ。夜遅くまでの外出もあまりないそうだし。明るいうちからお酒を飲むなんて本当に異文化ですって顔をしている。
「それじゃあ、正式に戸田班になったってことで、今年も頑張って行きましょう。乾杯!」
「かんぱーい」
「よろしくお願いしますです」
「く~っ、る~び~が美味い!」
「ところでつばめ先輩、班異動届って正式に受理されたんですか?」
「あーね、何か柳井も監査がまだ誰かわかんないとかで、とりあえず預かるって。アンタの扱いについては煮るなり焼くなり好きにしろってことだったから、そんじゃ拾わせてもらうわっつって」
「オメーに煮るなり焼くなりとか言われる筋合いはねーですよ」
柳井部長の名前が出た瞬間マリンは一気に沸騰して、お茶を物凄い勢いで煽っている。うん、これがお酒だったらちょっと危なかったかも。
「え、って言うか監査がまだ誰かわからないんですか?」
「宇部恵美は柳井に対して答えをはぐらかしてるそうだから、まあ何か事情があって隠してんだろうね」
「さすが宇部さんです!」
「それはそうと、柳井も班異動届を出したいのに監査が誰かわかんなくて困ってるっつってたんだよな。誰を拾ってきたんだろ」
「あー、何か、レオが柳井班に異動したって聞きました」
「えっ、本当です!?」
「ディレクターの立場がない旧日高班にいるより、自分の仕事を認めてくれて、ステージもちゃんとやる柳井班に移った方が絶対いいから部長の誘いに乗ったって」
「え、ゲンゴロー、レオって誰? アタシDだけどそんなヤツ知らないよ? 旧日高班ってコトはロクでもなさそうだけど」
「えっと、所沢怜央くんていうマッシュヘアーで性格は結構ダウナー系の子ですかね。本人曰く、日高班では基本的に汚れ仕事をしていたそうなのであまりその存在を知られちゃいけないって言われてたとかで、彼のことを知っている人もあまりいないそうですけど」
「……汚れ仕事ね」
汚れ仕事と聞いた瞬間、つばめ先輩の表情が曇った。それまではビールと餃子でご機嫌だったのに。だけど、日高班で汚れ仕事と言えば、朝霞班への妨害という風に結びついても仕方ないとは思う。実際、朝霞班には何の恨みもないしそんな私怨馬鹿らしいけど、仕事なので妨害工作をしてますと淡々と言われたもんなあ。
「で? 柳井はその汚れ仕事を認めたってこと?」
「いえ、ここだけの話って言われてるんですけど、レオは今、放送部の実質的な会計として部のお金を管理してるそうなんです。何でも、会計の長門さんの仕事があまりに適当すぎる上に、文化会の抜き打ち査察で監査さんからそれを指摘されると拗ねて仕事を放り出してしまったそうで……それで会計代理としてレオがその仕事をしてるそうなんです」
「部長と会計を同じ班に固めるとロクでもねーことになるって去年の件で学習しなかったのかね、部長サマは。ま、そもそもクソなのは長門か。つか文化会の監査って萩裕貴……は卒業して、宇部恵美になったんだっけか?」
「あっ、そうです。文化会の監査は宇部さんです」
生中おかわりください、とつばめ先輩は追加注文。アンタの情報網って実はかなりすごいんじゃないと言われれば、マリンも私もそこまでは知らなかったですよ、と部の裏事情に感心した様子だった。何でかはわからないけど、レオとはそこそこ仲良く出来てるんだよね。本当に、何でだろう。
「それはそうと、つばめ先輩はどうして私を班で受け入れてくれたですか」
「まあ、あれだよね。アタシ自身の覚悟って言うか、ブーメランを食らったって言うか」
「ブーメラン?」
「マリンは知らないかもだけど、ゲンゴローはアタシがインターフェイスの初心者講習会で一本釣りして来たんだよ」
「あっ、それってどうしてだったんです? 星ヶ丘からは他にも出てたはずです」
「星ヶ丘って基本的に星ヶ丘だけで群れて行動するんだけど、ゲンゴローは他の大学の子とばっかり喋っててさ。エージとかタカティとか、ミドリとか? あの辺の男子グループの輪を作ってたんだよね」
「へーです。ゲンゴローらしいと言えばらしいですけど」
それで変わり者だと思われてスカウトされた俺は、シゲトラ先輩に相談して朝霞班への異動を決意した。講習会の会場でつばめ先輩に声を掛けられたときは本当にビックリしたし、先輩たちに紹介するからって言われて迎えた当日は緊張しっぱなし。朝霞先輩が怖そうっていうのもあって。
「ゲンゴローを紹介した日、洋平はミキサーが来たってアホみたいに喜んでたけど、朝霞サンは最初渋ってたじゃん、アンタを受け入れることに」
「そうですね。朝霞班がどんな場所か理解した上で、その場所に飛び込む覚悟を問われ続けましたね」
「せっかくミキサー釣ってきたのに何ですぐ受け入れてくれないんだよって思ったけど、あの時の朝霞サンの気持ちも今ならわかる。こういう班だし、朝霞サンは日高の私怨で嫌がらせを受け続けてる。無事でいてもらうだけでも大変だ。守り抜かなきゃいけないんだから。それにステージも最初から戦力としてやってもらわなきゃなんない。でもさ、アタシあの日朝霞サンに言ったんだよ。「覚悟なんか後々責任と一緒にデカくなるモンだし今は受け入れてみなよ」って。あーこれ今のアタシ特大ブーメランじゃんと思って。で、ちょっと前にマリンがステージの台本を書いて持ってくるようになったじゃん、そんだけ書けるなら少人数仕様の細かいことは後で教えるとして、後はアタシの覚悟かなーって」
「そんなことがあったですか」
「アンタが台本を持ってきたから入れる気になったってのはあるね。何の心変わりで実弾を持ってくるようになったのかとは思ったけど」
マリンがつばめ先輩へのアプローチの仕方を変えたのは、宇部さんからのアドバイスがあったからだそうだ。マリンがつばめ先輩の立場だったとして、ステージのことを考えていない、台本を書かないプロデューサーを班に迎え入れるか。そう聞かれてハッとしたって。朝霞先輩がつばめ先輩の基準になっている以上、それ以上書かないと見向きもされないぞ、と発破がかかったらしい。
今後はマリンがプロデューサーとして、しかもしばらくはアナウンサーも兼任ということになるから仕事量はとんでもないことになるはずだ。環境も変わるし、きっと物凄く大変なはず。戸田班がなりふり構わずやらなきゃいけない班なことには変わりない。だから、やっぱり俺のやることはつばめ先輩とマリンのサポートが主になるのかな。
「ま、3人いればステージは出来る。やってやんないとね」
「1年生も入ってくれればいいんですけどね」
「それは対策委員のアンタが初心者講習会とかで釣ってくるんだよ」
「俺に釣れますかね」
「釣るですよ。でも、つばめ先輩がいればみんなその魅力で寄ってくるですよ」
「は? ないわ。大体、Dが目立ってどーすんだ」
「あっでも、レオがつばめ先輩から直々に指導を受けられる戸田班は贅沢だーって言ってましたよ。Dとしてはかなり羨ましいって」
「はあ? どいつもこいつも。つか、ウチの部って謎カーストの所為でDになりたがるヤツもそうそういないじゃんか。上にだってロクなのいなかったじゃん。やる気ないかアウトローかって感じ?」
「アウトローなディレクターには心当たりがあるですよ。もしかしなくても演者として鍵盤弾いてた人です?」
「おーっと、自分で言うかマリン」
「作曲家とかキーボーディストとしては凄い人ですけど、ディレクターとしてはちょっと変です」
「思い出したら腹立ってきたわ。カンノアイツ、1年Dの面倒くらいオメーが見ろや色惚けDがっつったらお前が正統派過ぎんだろとか逆ギレしてきやがって。これはる~び~増やさないと。あっ、ゲンゴローマリン、小籠包食べる?」
「食べるです!」
「俺も食べたいです」
餃子と生中、それから小籠包(大)とまたまたつばめ先輩の追加注文。マリンはそんなにピッチ上げて大丈夫ですかと心配してるけど、つばめ先輩はまだまだここからが本番なんだよなあ。何にせよ、無事に戸田班としてのスタートを切ることが出来そうで良かったし、3人編成のステージは俺も初めてだからその辺は気合いを入れていかないと。うん。
「マリン、アンタ猫舌?」
「猫舌ではないですけど、どうかしたですか?」
「ううん、小籠包とか猫舌殺しだし、一応確認。誰とは言わないけど猫舌のクセに一気に小籠包食べようとしてた人がいるからさ」
end.
++++
今年度は戸田班関係の話を全然やってなかったのでその要素をぶちこんだらエコメモ2本分くらいの長さになった! やったね!
というワケで、マリンが戸田班に加入した後の立ち飲み餃子パーティーからスタートです。マリンは基本おうちでご飯食べてます。
ゲンゴローとレオがこっちの思ったより仲がいいんだなっていう印象。これは今の1年生の代になったくらいで本当に希望が持てそうですね。
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「る~び~る~び~、っと」
「何か、凄い通りですね」
「マリン、アンタ地下街ってあんま歩かない?」
「そうですね。地下鉄の駅は駅として使うしかあまり。花栄とか星港駅は地下のお店にも入りますけど、他の駅ではなかなか」
現部長とそりが合わずに柳井班を飛び出したマリンが、戸田班に正式に加入することになった。ここに至るまでの道は、俺にとっては本当に長いように感じられた。大学祭が終わって3年生が引退すると朝霞班は解散、つばめ先輩が次の班長としてこの班を率いることになった。
元々変わり者が多い班で、部の方針に逆らった人が島流しにされる流刑地とも呼ばれる班だけあって、好き好んでこの場所に来ようという人もそうそうなく、班員は常にステージが出来るギリギリで推移していたそうだ。今年にしても各パートに1人ずつの4人で活動してたから、とてもよくわかる。
班長でプロデューサーの朝霞先輩とアナウンサーの山口先輩が同時にいなくなると、2人っていう頭数以上の喪失感が襲った。ステージの台本を書く人と、それを壇上で進行する人がいないとステージは出来ない。いくらつばめ先輩が凄腕のディレクターだったとしても。班は存亡の危機にあった。
一方で、班を飛び出したマリンはつばめ先輩に猛アプローチをしていた。マリンは前の監査の宇部さんの下でプロデューサー修行をしていたからPとしての能力もあるし、アナウンサーとしてマイクを持つことも出来る。喉から手が出るほど欲しい人材のはずだけど、つばめ先輩は頑なにそれを拒否し続けた。
つばめ先輩はマリンに宇部さんの影を、マリンはつばめ先輩に朝霞先輩の影を感じ取っていた。いないはずの、大嫌いとか苦手な人の影響がなかったワケではないと思う。2人の間で俺は橋渡しをし続けた。マリンにはつばめ先輩の本意を、つばめ先輩にはマリンの本気を伝えて、面談の日程を調整したり。
それが俺の仕事だよって山口先輩に言われていたんだ。そう言われたのは代替わりの前だけど、山口先輩は代替わり後にこうなるって最初からわかっていたみたいだった。今から思えば、山口先輩は周りをフォローするのが上手な人だったな。朝霞先輩が何も気にせず前に突き進めるように、横と後ろは自分が見るからっていう感じで。
結果的に、つばめ先輩はマリンを班で受け入れてくれることになった。それで正式に戸田班という名前を掲げ、これから春に向けてその動きを本格化していきましょうという話をして。今日はその決起集会ということで、地下街にある立ち飲みの餃子屋さんに行くことになったんだ。
「ここここ」
「6時までに注文でビールと餃子1皿が500円。本当に安いですねー」
「今日は決起集会だし、餃子1皿くらいは奢るよ」
「えっ、いいんですか」
「もちろん。あっ、って言うかゲンゴローアンタ飲まないでしょ?」
「そうですね。二十歳になるまでは飲まないって決めてるので」
「マリンは?」
「えーっと……すみません、私もお茶で」
「そっか。オーケー、アタシは気にせず飲むからね。すみませーん!」
餃子3皿とコーラとウーロン茶、それから生中! とつばめ先輩の声が高らかに響く。意外にも、マリンはあまり外でご飯を食べて帰るということもしないそうで、今日は久し振りに外で食べて帰るんだそうだ。夜遅くまでの外出もあまりないそうだし。明るいうちからお酒を飲むなんて本当に異文化ですって顔をしている。
「それじゃあ、正式に戸田班になったってことで、今年も頑張って行きましょう。乾杯!」
「かんぱーい」
「よろしくお願いしますです」
「く~っ、る~び~が美味い!」
「ところでつばめ先輩、班異動届って正式に受理されたんですか?」
「あーね、何か柳井も監査がまだ誰かわかんないとかで、とりあえず預かるって。アンタの扱いについては煮るなり焼くなり好きにしろってことだったから、そんじゃ拾わせてもらうわっつって」
「オメーに煮るなり焼くなりとか言われる筋合いはねーですよ」
柳井部長の名前が出た瞬間マリンは一気に沸騰して、お茶を物凄い勢いで煽っている。うん、これがお酒だったらちょっと危なかったかも。
「え、って言うか監査がまだ誰かわからないんですか?」
「宇部恵美は柳井に対して答えをはぐらかしてるそうだから、まあ何か事情があって隠してんだろうね」
「さすが宇部さんです!」
「それはそうと、柳井も班異動届を出したいのに監査が誰かわかんなくて困ってるっつってたんだよな。誰を拾ってきたんだろ」
「あー、何か、レオが柳井班に異動したって聞きました」
「えっ、本当です!?」
「ディレクターの立場がない旧日高班にいるより、自分の仕事を認めてくれて、ステージもちゃんとやる柳井班に移った方が絶対いいから部長の誘いに乗ったって」
「え、ゲンゴロー、レオって誰? アタシDだけどそんなヤツ知らないよ? 旧日高班ってコトはロクでもなさそうだけど」
「えっと、所沢怜央くんていうマッシュヘアーで性格は結構ダウナー系の子ですかね。本人曰く、日高班では基本的に汚れ仕事をしていたそうなのであまりその存在を知られちゃいけないって言われてたとかで、彼のことを知っている人もあまりいないそうですけど」
「……汚れ仕事ね」
汚れ仕事と聞いた瞬間、つばめ先輩の表情が曇った。それまではビールと餃子でご機嫌だったのに。だけど、日高班で汚れ仕事と言えば、朝霞班への妨害という風に結びついても仕方ないとは思う。実際、朝霞班には何の恨みもないしそんな私怨馬鹿らしいけど、仕事なので妨害工作をしてますと淡々と言われたもんなあ。
「で? 柳井はその汚れ仕事を認めたってこと?」
「いえ、ここだけの話って言われてるんですけど、レオは今、放送部の実質的な会計として部のお金を管理してるそうなんです。何でも、会計の長門さんの仕事があまりに適当すぎる上に、文化会の抜き打ち査察で監査さんからそれを指摘されると拗ねて仕事を放り出してしまったそうで……それで会計代理としてレオがその仕事をしてるそうなんです」
「部長と会計を同じ班に固めるとロクでもねーことになるって去年の件で学習しなかったのかね、部長サマは。ま、そもそもクソなのは長門か。つか文化会の監査って萩裕貴……は卒業して、宇部恵美になったんだっけか?」
「あっ、そうです。文化会の監査は宇部さんです」
生中おかわりください、とつばめ先輩は追加注文。アンタの情報網って実はかなりすごいんじゃないと言われれば、マリンも私もそこまでは知らなかったですよ、と部の裏事情に感心した様子だった。何でかはわからないけど、レオとはそこそこ仲良く出来てるんだよね。本当に、何でだろう。
「それはそうと、つばめ先輩はどうして私を班で受け入れてくれたですか」
「まあ、あれだよね。アタシ自身の覚悟って言うか、ブーメランを食らったって言うか」
「ブーメラン?」
「マリンは知らないかもだけど、ゲンゴローはアタシがインターフェイスの初心者講習会で一本釣りして来たんだよ」
「あっ、それってどうしてだったんです? 星ヶ丘からは他にも出てたはずです」
「星ヶ丘って基本的に星ヶ丘だけで群れて行動するんだけど、ゲンゴローは他の大学の子とばっかり喋っててさ。エージとかタカティとか、ミドリとか? あの辺の男子グループの輪を作ってたんだよね」
「へーです。ゲンゴローらしいと言えばらしいですけど」
それで変わり者だと思われてスカウトされた俺は、シゲトラ先輩に相談して朝霞班への異動を決意した。講習会の会場でつばめ先輩に声を掛けられたときは本当にビックリしたし、先輩たちに紹介するからって言われて迎えた当日は緊張しっぱなし。朝霞先輩が怖そうっていうのもあって。
「ゲンゴローを紹介した日、洋平はミキサーが来たってアホみたいに喜んでたけど、朝霞サンは最初渋ってたじゃん、アンタを受け入れることに」
「そうですね。朝霞班がどんな場所か理解した上で、その場所に飛び込む覚悟を問われ続けましたね」
「せっかくミキサー釣ってきたのに何ですぐ受け入れてくれないんだよって思ったけど、あの時の朝霞サンの気持ちも今ならわかる。こういう班だし、朝霞サンは日高の私怨で嫌がらせを受け続けてる。無事でいてもらうだけでも大変だ。守り抜かなきゃいけないんだから。それにステージも最初から戦力としてやってもらわなきゃなんない。でもさ、アタシあの日朝霞サンに言ったんだよ。「覚悟なんか後々責任と一緒にデカくなるモンだし今は受け入れてみなよ」って。あーこれ今のアタシ特大ブーメランじゃんと思って。で、ちょっと前にマリンがステージの台本を書いて持ってくるようになったじゃん、そんだけ書けるなら少人数仕様の細かいことは後で教えるとして、後はアタシの覚悟かなーって」
「そんなことがあったですか」
「アンタが台本を持ってきたから入れる気になったってのはあるね。何の心変わりで実弾を持ってくるようになったのかとは思ったけど」
マリンがつばめ先輩へのアプローチの仕方を変えたのは、宇部さんからのアドバイスがあったからだそうだ。マリンがつばめ先輩の立場だったとして、ステージのことを考えていない、台本を書かないプロデューサーを班に迎え入れるか。そう聞かれてハッとしたって。朝霞先輩がつばめ先輩の基準になっている以上、それ以上書かないと見向きもされないぞ、と発破がかかったらしい。
今後はマリンがプロデューサーとして、しかもしばらくはアナウンサーも兼任ということになるから仕事量はとんでもないことになるはずだ。環境も変わるし、きっと物凄く大変なはず。戸田班がなりふり構わずやらなきゃいけない班なことには変わりない。だから、やっぱり俺のやることはつばめ先輩とマリンのサポートが主になるのかな。
「ま、3人いればステージは出来る。やってやんないとね」
「1年生も入ってくれればいいんですけどね」
「それは対策委員のアンタが初心者講習会とかで釣ってくるんだよ」
「俺に釣れますかね」
「釣るですよ。でも、つばめ先輩がいればみんなその魅力で寄ってくるですよ」
「は? ないわ。大体、Dが目立ってどーすんだ」
「あっでも、レオがつばめ先輩から直々に指導を受けられる戸田班は贅沢だーって言ってましたよ。Dとしてはかなり羨ましいって」
「はあ? どいつもこいつも。つか、ウチの部って謎カーストの所為でDになりたがるヤツもそうそういないじゃんか。上にだってロクなのいなかったじゃん。やる気ないかアウトローかって感じ?」
「アウトローなディレクターには心当たりがあるですよ。もしかしなくても演者として鍵盤弾いてた人です?」
「おーっと、自分で言うかマリン」
「作曲家とかキーボーディストとしては凄い人ですけど、ディレクターとしてはちょっと変です」
「思い出したら腹立ってきたわ。カンノアイツ、1年Dの面倒くらいオメーが見ろや色惚けDがっつったらお前が正統派過ぎんだろとか逆ギレしてきやがって。これはる~び~増やさないと。あっ、ゲンゴローマリン、小籠包食べる?」
「食べるです!」
「俺も食べたいです」
餃子と生中、それから小籠包(大)とまたまたつばめ先輩の追加注文。マリンはそんなにピッチ上げて大丈夫ですかと心配してるけど、つばめ先輩はまだまだここからが本番なんだよなあ。何にせよ、無事に戸田班としてのスタートを切ることが出来そうで良かったし、3人編成のステージは俺も初めてだからその辺は気合いを入れていかないと。うん。
「マリン、アンタ猫舌?」
「猫舌ではないですけど、どうかしたですか?」
「ううん、小籠包とか猫舌殺しだし、一応確認。誰とは言わないけど猫舌のクセに一気に小籠包食べようとしてた人がいるからさ」
end.
++++
今年度は戸田班関係の話を全然やってなかったのでその要素をぶちこんだらエコメモ2本分くらいの長さになった! やったね!
というワケで、マリンが戸田班に加入した後の立ち飲み餃子パーティーからスタートです。マリンは基本おうちでご飯食べてます。
ゲンゴローとレオがこっちの思ったより仲がいいんだなっていう印象。これは今の1年生の代になったくらいで本当に希望が持てそうですね。
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