2019(04)

■カモネギの釣り糸

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 緑ヶ丘大学では、入学式の後に学部ごとのオリエンテーションというのがある。社会学部の場合は学内で使う施設をぐるっと歩いて回って説明を受けるっていう感じ。その中で、佐藤ゼミがセンタービルに構えているガラス張りのラジオブースも巡る。ラジオ体験や実演もあるから、ゼミ生はスタッフとして働かなければならない。
 まだちゃんとゼミの活動もしていない新2年生がスタッフとして働けるのかなあと思う。だけど、よくよく思い返してみれば、俺は当時2年生になりたての果林先輩が脱法的に配っていたMBCCのビラをもらっていた。3年生がラジオブース、2年生が外という感じで仕事が割り振られるようだ。
 とは言え、25人が2学年分、50人もスタッフがいたところでどうしようもない。先生が選抜した数人の精鋭たちがこのオリエンテーションに駆り出されるのだそうだ。オリエンテーションは学校、そして学部の行事だからここで働いた分は学校からささやかな謝礼が出るらしい。……きっと本当にささやかなんだろうなあ。

「このスタッフ選抜ってどういう基準なんだろう」
「お前はまあわかるじゃんな。MBCCのミキサーだし」
「でも、ラジオブースの中に入るのって先輩たちだよね。俺がいてもしょうがないような気がするけど」
「ひょっとしなくても俺は荷物運搬要員とかなんだろうなぁー…!」
「運搬するような物ってあるかなあ、機材はブースの中に常設だし」
「何か、初っ端から目ぇつけられてるって感じじゃんな」
「せめていい意味であることを祈ろう」

 2年生の選抜スタッフの中には、俺と鵠さんも含まれていた。新2年生は授業かゼミ合宿くらいしか先生との接点ってなかったと思うんだけど、どういう基準で先生がこのメンバーをスタッフとして選んだのかは謎に包まれている。俺と鵠さんの他には4人くらいがいるそうだ。
 典型的文化系の俺と典型的体育会系の鵠さんというデコボココンビは、先生や他のみんなから見てもそこそこ印象に残りやすかったらしい。ゼミに応募する前に知り合えたということもあって学内で一緒に行動することも増えてたんだけど、接点なさそうなのにどうやって仲良くなったのっていろんな人から聞かれたなあ。
 まあ、知り合ったきっかけを話すともれなく互いの印象がひっくり返ったって言われるから、もーうあんまり話したくないんだけどね。俺が授業中に寝ててプリントが回らなかったのを鵠さんが起こしてくれてっていう知り合い方だからね。見た目的に真面目だと思ってたって何度言われたことか。実際そんなに真面目じゃないですよね。

「オリエンテーションのラジオブースっつったら、新入生を何人かブースの中に入れて喋らすみたいなことやるんだっけか」
「確かそんな感じ」
「お前はああいうラジオのことに興味あったんなら、ブースに入って体験とかやったのか?」
「ううん、体験はやってないんだ。俺が興味あったのは喋るんじゃなくてミキサーの方だし、そのときちょうど果林先輩が配ってたMBCCのビラ読んでてさ」
「え、千葉ちゃんMBCCのビラ配ってたのか。反則じゃん?」
「先生は一応MBCCの顧問だからね。番組表貼ってるコルクボードにもMBCCのポスター貼らせてくれてたよ。MBCCと佐藤ゼミの活動って似た感じだから、MBCCに興味のある社学の人は佐藤ゼミで釣れる可能性が高まるでしょ。逆もそう。佐藤ゼミの活動に興味がある学生をMBCCに引き込むことも出来る」
「そうだな」
「MBCCである程度育ったミキサーをゼミで釣ることが出来れば、それこそ即戦力ミキサーとしてラジオブースで使えるじゃない」
「あー、つまりヒゲさんの思惑通りにゼミに来た学生がお前ってことか」
「そうなるね。MBCCのミキサーがゼミに来るのは3年振りとかになるらしいよ」
「そういや千葉ちゃん言ってたな、MBCCでもアナウンサーだったらヒゲさん的にはうまみがないって」

 果林先輩は先生のことが好きじゃない(と言うか嫌いだ)から特例で贔屓されなくて良かったって言っている。だけど、アナウンサーだから役に立たないと言われるのもまた腹が立つそうで、自分でも機材を触れるように勉強や練習をしているそうだ。元々が陸上をやってた人だから負けず嫌いと言うか、努力を苦にしないんだなって。
 逆に言えば、俺はMBCCのミキサーであること以外に売りがないので、特例での贔屓だろうが何だろうが、利用出来る物は利用していかなければならないんだ。この立場を利用して、ゼミの機材という機材を触らせてもらって、それらを極めていきたいなあとはうっすら思い始めている。高い、高性能な機材はぜひ触りたいですよ。

「正直、機材なんかは練習すれば誰でも出来るようになるからどうしてもMBCCのミキサーじゃなきゃいけないってこともないと思うんだけどね。それよりトーク内容を考えたり、咄嗟の対応が出来る力の方が求められると思うんだけどなあ。先生が求めてる“社会学的な”っていうのを番組に織り込むなら、尚更アナウンサーの方が大事だと思うんだけど。結局、言葉で伝えないと意味ないじゃん。ラジオなんだから」
「あー……」
「ただマイクの前で騒ぐだけなら誰でも出来るけど、しっかり筋道立てて考えて、その上で言葉をマイクに乗せる技量が求められるじゃない。そういった点で俺はアナウンサーさんを本当に尊敬してて――って、鵠さん?」
「あ、いや、お前が珍しく饒舌だなと。やっぱ好きなことにはしっかり向き合ってんだなと思って」
「え、そんなにうるさかった?」
「いやいや、うるさいとかじゃなくて、なるほどなと思って。なんつーか、普段の授業とか、合宿の講義だろうと寝てるお前を見てたら本当に大丈夫かコイツって思ってたんだけど、今の話を聞くと、この分野ではガチで頼れるじゃんって思って」

 確かに、出会い方が出会い方だし鵠さんにはそんな風に思われていても仕方ない。実際そこまで興味のない授業を受けていても眠くなっちゃうしね。だけど、ラジオ番組を作るという観点で、自分でも意識してなかったけど、ある程度は考えられてたんだなあという発見も出来た。うん、やっぱり俺がゼミで生きる道はこれだ。もちろん、MBCCでも。

「そう言えば、MBCCのビラって今年も配らせてもらえるのかなあ。後で先生に聞いてみよう」
「堂々と犯行宣言するじゃんな」
「そりゃあ、せっかくの機会だし、配りますよね。使える物は使えだし」


end.


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実は、ナノスパ内の日が経つにつれタカちゃんに果林の「ですよねー」っていう口癖をどんどん移しています。仲良しだから移った体で。
まだ3班が結成されていないにも関わらず、この時点ですでにヒゲさんから目を付けられているTKGであった。疫病神の素質は十分だ! 鵠さんドンマイ
と言うか、タカ鵠にしてもタカエイにしても、TKG関係のコンビは大体デコボコにしがち。……保護者に恵まれたなTKGよ。お前も先輩になるんやぞしっかりせい

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