2019(04)
■蜜の沼には毒がある
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国立星港大学では、今日から来年度に向けた健康診断と履修登録が始まる。それらは日毎に一学年ずつ行われるのだが、未だに自宅や学内にある他施設のパソコンからでは履修登録が出来ないというクソシステムのおかげで情報センターは目の回るような忙しさとなるのだ。
学内システムにはどこからでもアクセス出来るクセに、履修登録だけは情報センターからでなければならない。そのおかげで日頃は文系の人間だけ相手していればいいようなものを、理系も含めた全学生を捌かねばならんのだ。ちなみに、星港大学は6:4くらいで理系の学生の方が多い大学である。
そして今日は新4年の健康診断が行われる。新4年の履修登録など、3年までのようにじっくり悩むこともそうないから回転率自体は高い傾向にあるが、それでも頭数があることには違いない。それに、実習や卒業研究など、4年ならではの事情が挟まってくることも多々。傾向としてはそのような感じだ。
「あっ、ユースケいた!」
「烏丸。健康診断は終わったのか」
「うん、今終わって、センターに行こうとしてたトコだよ。ユースケは?」
「オレも今からセンターに向かおうとしていたところだ。お前もいるなら都合がいい。では行くぞ」
「待ってユースケ!」
烏丸とは健康診断をさっさと済ませ、終わり次第速やかにセンターの業務に入れるよう打ち合わせをしていた。川北と綾瀬、それから高山の3人がいるから回せないことはないとは思うが、新人とA番専任スタッフでは対応出来んことも出てくるだろう。川北には覚悟しておけとは言ってあるが、早く戻れるなら戻った方がいい。
自分たちの履修登録などは情報センターが閉まるまでにすればいいので、人の波が去り閉めの作業をしている中でやればいいというくらいに思っている。と言うか、これまでもそうしてきた。人が去り、静かな空間でじっくりと履修を考えられるのはある意味ではセンタースタッフの特権だろう。
「綾瀬、今戻った」
「はー、疲れたー。カナコちゃんただいまー」
「あっ、雄介さん烏丸さん、おかえりなさい!」
「何か変わったことは」
「現状では特にありません。ミドリ君と蒼希ちゃんからも異常報告は受けていませんね」
「そうか。それならいい」
「でも、雄介さんたちが戻るの、随分早かったですね」
「そのように回ったからな。オレたちは終わるのが早かった方だ。診断を終えた者が続々押し寄せるのはこれからだ。烏丸、その茶を飲んで息を整えたら自習室に入ってくれ。オレは書類仕事を終え次第自習室に入る」
「わかったよー」
それじゃあ行こうかな、とマグカップを置き烏丸が席を立つ。言ってしまえば烏丸も編入してきたばかりで星港大学の制度などには明るくないし、スタッフとしての歴もまだ半年だが新2年生2人からすれば心強い存在だろう。何より、現場にいるスタッフの人数が増えるという事実が繁忙期の精神を支えるのだ。
如何せんスタッフはいつだって人手不足だし、日給上限が6000円と定められている以上、働けば働くほど時給換算した賃金が下がっていくなどは常。しかし、雇い主とそういう風に契約をした以上、やらねばならんのだ。来春……いや、季節に問わず、スタッフ募集の求人票は常に掲示しておかねばならんだろう。
「履修登録は学生証を――あ、こちら、健康診断がまだお済みでないようですが」
「え、健康診断してないと登録出来ない的な?」
「そうですね、健康診断を先に済ませてから履修登録という風に学生課からのお知らせに出ていますので」
「履修登録が先じゃダメ?」
「すみませんー、ダメなんですよー」
毎年一定数現れるのが、健康診断を後回しにして履修登録をしようとする学生だ。正直、人を分散させるという意味ではそれでも構わんとは思うが(特に今年の場合は事情が事情だし、人を分散させた方がいいと思うのだが)、何故か健康診断を先に済ませねばならんという決まりがある。
受付で学生証を預かり自習室のマシンに案内するというシステムはこの期間も変わらん。しかし、学生証の裏に年度毎に変わるシールが貼られているのを確認しなければならないのだ。この年度を示すシールは健康診断を終え問診票などを提出したのと引き替えにもらうことが出来る。年度シールのない学生証は無効になるのだ。
この学生が暴徒に変わるようであればオレが出る必要がある。そう見越して綾瀬の様子を見ていたのだが、じゃあまた来ますと去っていった男がどことなくニヤけていたのを見るに、綾瀬が持ち前の美貌から繰り出す笑みで奴を黙らせたのだろう。極道からハニートラップとは、我ながらよく表現したと思う。
「綾瀬、よく今の男をすんなり引き下がらせたな。これまでのパターンでは、こちらが規則だと言っても粘ろうとする奴が多かったのだが」
「ただ単に「シールのない学生証は無効なので、また来てくださいね」って言っただけですよ」
「……こうなると、本格的にオレと春山さんの愛想のなさが情報センターが物騒である原因だという説に拍車をかけるな」
「まあ、実際雄介さんと春山さんって、知らない人からすれば怖いですからね。それに雄介さんて基本自習室じゃないですか。一般の学生からすれば、情報センターで目立てばあのスタッフに追い出されて単位取れなくなるーくらいの感じですよ?」
「オレとて何でもかんでも摘み出しているワケではないのだがな」
「わかってますよ。よほど悪質なケースだけなんですよね、一応」
「一応な」
「でもアメとムチって実際必要だと思うんですよ。なので、雄介さんの愛想の悪さも規則に則った厳しさもセンターには必要です。ピンと張った空気の中でこそ学習に集中出来るって人もいるんですし」
「何故オレがお前にフォローじみたことを言われねばならんのだ。綾瀬、油断をするな。いつ大きな波が押し寄せるかわからんぞ」
「はい、すみません」
しかし、今日のところはそれとなく回りそうだな。明日は新3年の日だからいないのは綾瀬か。受付には川北を入れておけばいいだろう。新2年ともなると履修登録にも時間がかかるから、回転率も下がってくるのではないか。また対処法を考えておかねばならんな。そう言えば、カラーコーンはどうしたか。
end.
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情報センターの繁忙期です。リン様とダイチが健康診断を終えてダッシュするという打ち合わせは前にやってたんですが、その話はやってなかったので。
今年度は蒼希の存在がスタッフを回すのには大きな助けとなったようですね。常に3人以上を確保出来るのはかなり大きい。
カナコが受付で大活躍ですね。やはりと言うか何と言うか、受付には一定の愛想がやはり必要なのではというのをリン様が再確認したようです。
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国立星港大学では、今日から来年度に向けた健康診断と履修登録が始まる。それらは日毎に一学年ずつ行われるのだが、未だに自宅や学内にある他施設のパソコンからでは履修登録が出来ないというクソシステムのおかげで情報センターは目の回るような忙しさとなるのだ。
学内システムにはどこからでもアクセス出来るクセに、履修登録だけは情報センターからでなければならない。そのおかげで日頃は文系の人間だけ相手していればいいようなものを、理系も含めた全学生を捌かねばならんのだ。ちなみに、星港大学は6:4くらいで理系の学生の方が多い大学である。
そして今日は新4年の健康診断が行われる。新4年の履修登録など、3年までのようにじっくり悩むこともそうないから回転率自体は高い傾向にあるが、それでも頭数があることには違いない。それに、実習や卒業研究など、4年ならではの事情が挟まってくることも多々。傾向としてはそのような感じだ。
「あっ、ユースケいた!」
「烏丸。健康診断は終わったのか」
「うん、今終わって、センターに行こうとしてたトコだよ。ユースケは?」
「オレも今からセンターに向かおうとしていたところだ。お前もいるなら都合がいい。では行くぞ」
「待ってユースケ!」
烏丸とは健康診断をさっさと済ませ、終わり次第速やかにセンターの業務に入れるよう打ち合わせをしていた。川北と綾瀬、それから高山の3人がいるから回せないことはないとは思うが、新人とA番専任スタッフでは対応出来んことも出てくるだろう。川北には覚悟しておけとは言ってあるが、早く戻れるなら戻った方がいい。
自分たちの履修登録などは情報センターが閉まるまでにすればいいので、人の波が去り閉めの作業をしている中でやればいいというくらいに思っている。と言うか、これまでもそうしてきた。人が去り、静かな空間でじっくりと履修を考えられるのはある意味ではセンタースタッフの特権だろう。
「綾瀬、今戻った」
「はー、疲れたー。カナコちゃんただいまー」
「あっ、雄介さん烏丸さん、おかえりなさい!」
「何か変わったことは」
「現状では特にありません。ミドリ君と蒼希ちゃんからも異常報告は受けていませんね」
「そうか。それならいい」
「でも、雄介さんたちが戻るの、随分早かったですね」
「そのように回ったからな。オレたちは終わるのが早かった方だ。診断を終えた者が続々押し寄せるのはこれからだ。烏丸、その茶を飲んで息を整えたら自習室に入ってくれ。オレは書類仕事を終え次第自習室に入る」
「わかったよー」
それじゃあ行こうかな、とマグカップを置き烏丸が席を立つ。言ってしまえば烏丸も編入してきたばかりで星港大学の制度などには明るくないし、スタッフとしての歴もまだ半年だが新2年生2人からすれば心強い存在だろう。何より、現場にいるスタッフの人数が増えるという事実が繁忙期の精神を支えるのだ。
如何せんスタッフはいつだって人手不足だし、日給上限が6000円と定められている以上、働けば働くほど時給換算した賃金が下がっていくなどは常。しかし、雇い主とそういう風に契約をした以上、やらねばならんのだ。来春……いや、季節に問わず、スタッフ募集の求人票は常に掲示しておかねばならんだろう。
「履修登録は学生証を――あ、こちら、健康診断がまだお済みでないようですが」
「え、健康診断してないと登録出来ない的な?」
「そうですね、健康診断を先に済ませてから履修登録という風に学生課からのお知らせに出ていますので」
「履修登録が先じゃダメ?」
「すみませんー、ダメなんですよー」
毎年一定数現れるのが、健康診断を後回しにして履修登録をしようとする学生だ。正直、人を分散させるという意味ではそれでも構わんとは思うが(特に今年の場合は事情が事情だし、人を分散させた方がいいと思うのだが)、何故か健康診断を先に済ませねばならんという決まりがある。
受付で学生証を預かり自習室のマシンに案内するというシステムはこの期間も変わらん。しかし、学生証の裏に年度毎に変わるシールが貼られているのを確認しなければならないのだ。この年度を示すシールは健康診断を終え問診票などを提出したのと引き替えにもらうことが出来る。年度シールのない学生証は無効になるのだ。
この学生が暴徒に変わるようであればオレが出る必要がある。そう見越して綾瀬の様子を見ていたのだが、じゃあまた来ますと去っていった男がどことなくニヤけていたのを見るに、綾瀬が持ち前の美貌から繰り出す笑みで奴を黙らせたのだろう。極道からハニートラップとは、我ながらよく表現したと思う。
「綾瀬、よく今の男をすんなり引き下がらせたな。これまでのパターンでは、こちらが規則だと言っても粘ろうとする奴が多かったのだが」
「ただ単に「シールのない学生証は無効なので、また来てくださいね」って言っただけですよ」
「……こうなると、本格的にオレと春山さんの愛想のなさが情報センターが物騒である原因だという説に拍車をかけるな」
「まあ、実際雄介さんと春山さんって、知らない人からすれば怖いですからね。それに雄介さんて基本自習室じゃないですか。一般の学生からすれば、情報センターで目立てばあのスタッフに追い出されて単位取れなくなるーくらいの感じですよ?」
「オレとて何でもかんでも摘み出しているワケではないのだがな」
「わかってますよ。よほど悪質なケースだけなんですよね、一応」
「一応な」
「でもアメとムチって実際必要だと思うんですよ。なので、雄介さんの愛想の悪さも規則に則った厳しさもセンターには必要です。ピンと張った空気の中でこそ学習に集中出来るって人もいるんですし」
「何故オレがお前にフォローじみたことを言われねばならんのだ。綾瀬、油断をするな。いつ大きな波が押し寄せるかわからんぞ」
「はい、すみません」
しかし、今日のところはそれとなく回りそうだな。明日は新3年の日だからいないのは綾瀬か。受付には川北を入れておけばいいだろう。新2年ともなると履修登録にも時間がかかるから、回転率も下がってくるのではないか。また対処法を考えておかねばならんな。そう言えば、カラーコーンはどうしたか。
end.
++++
情報センターの繁忙期です。リン様とダイチが健康診断を終えてダッシュするという打ち合わせは前にやってたんですが、その話はやってなかったので。
今年度は蒼希の存在がスタッフを回すのには大きな助けとなったようですね。常に3人以上を確保出来るのはかなり大きい。
カナコが受付で大活躍ですね。やはりと言うか何と言うか、受付には一定の愛想がやはり必要なのではというのをリン様が再確認したようです。
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