2019(04)

■妄執の楔

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「あ~さ~か~クン」
「よう。ちょっとまだ部屋が汚いけど座れないことはないから上がってくれ」
「お邪魔します」

 朝霞クンの部屋を訪ねるのはいつ振りになるかな。久し振りに上がった朝霞クンの部屋は、本人の言うように綺麗ではないけど座れないことはないという様子。机の上には大きさや厚さのバラバラな本や冊子が所狭しと積み重ねられているし、テレビの前にはDVDのケース。出してもらったお茶を飲みながら、朝霞クンの部屋だなあという空気も一緒に味わっていた。部活は引退したけど朝霞クンは朝霞クンだなあって。

「山口、どうしたんだ突然」
「いくつか朝霞クンに聞いておきたいことがあってさ」
「聞くこと? まあ、そういうことなら、どうぞ」
「朝霞クン、こないだ光洋に行ってたんだってね」
「ああ、先週末の話だな」
「このご時世にそんな遠いところに、またどうして」
「越谷さんに会って来たんだ。卒業式も無かったし、その関係でいつも卒業式の後にやってた飲みもなかっただろ。せめて挨拶のひとつでもしておきたくて」
「はーっ……」
「どうした?」
「ううん、雄平さんに会うんだったら俺も行きたかったなあって」
「あ、それもそうか。悪い、その考えに至らなかった」

 朝霞クンが光洋に行っているという話はスガノ君だったかな? に聞いたんだ。朝霞クンは最近スガノ君とカンノ君と仲が良くて、ちょこちょこ会って遊んでるって話。部活を引退してしがらみみたいな物がなくなったのかな、それはもう新しい“友達”に夢中になっちゃってるような感じだよね。それだけじゃなくて、就活で出会った子と情報交換をしてるらしいっていう風にも聞いたけど、その子ともいろいろ遊んでるって。
 言ってしまえば朝霞クンて“そういう人”なんだけど、新しく人と知り合うとその人に夢中になると言うか、その人のバックボーンみたいなものを掘り下げようとしがちと言うか。それから、あるひとつの物事に集中すると、それに関係ないことを頭から消しちゃうんだよね。部活の現役のときにそれ以外のことを排除して昔の友達や彼女を忘れてしまったように、きっと今もそれに近い状態になってるんじゃないかなって。
 自分で言うのも難だけど、少なくとも部活の現役時代は朝霞クンの一番優れたパートナーであったと思う。プロデューサーとアナウンサーとしての関係は強固で、揺るがなくて、絶大の信頼の上に成り立っていたと思っている。だけどそれと友達としての付き合い方はまた別。放送部でステージを作り上げる上で、友情という中途半端な情を嫌ったのは他でもない朝霞クン本人。俺は朝霞クンとの間にある友情を信じたかったけど、ステージをやる上では必要ないってきっぱり言われたよね。
 大学祭が終わって部活を引退して、やっと朝霞クンと友達として付き合い始められると思ったから少しずつでも距離を縮めようと俺は頑張ってた。俺は朝霞クンと友達になりたくて頑張って、いろいろ考えてたのに当の朝霞クンが部活終わった瞬間「友達を始める? は? お前何言ってんの? 部活の現役時代? それはそれ、これはこれ。俺とお前は友達じゃんか」的な顔でケロッとしてるものだから、憎しみにも似た感情が渦巻いて来て。ああ、俺、振り回されてるなって。

「それと」
「まだ何かあるのか」
「追いコンの費用を請求されてたっていう件。“朝霞班の班員”に請求されてたらしいのに、聞いてないんですけど?」
「その件は敢えてお前たちに言わなかった」
「何で。だって、追いコンに行ってない……その存在すら知らなかったのは朝霞クンも同じじゃん。ナニ、“班長”だから全部背負い込もうとした?」
「棘があるな。言いたいことがあるなら率直に言ったらどうだ。回りくどいぞ」

 本当に、我ながら嫌な聞き方だなと思う。人と接するときはいい奴ぶろうとしてただけで、元々そんなにいい奴でもないし地が出てるんだろうね。ホント、朝霞クンの前だと誤魔化しが利かなくて腹が立つ。ちなみに、この件が既に解決済みで、終わったことだというのはメグちゃんと文化会会計になった久留米クンに聞いたから知ってる。朝霞クンからすれば、終わったことを今更何だって感じかもね。

「率直に、ね。朝霞クン、俺のことを頼ろうとか、相談しようとは思わない? 俺はそんなに頼りないですか」
「追いコンの件で言ってるんだったら、反論するぞ」
「わかった、一応聞くよ。どうぞ」
「追いコンの“参加費”を朝霞班から徴収しろと言ったのは日高だ。その時点で単純に俺に対する私怨だっていうのはわかるな」
「まあね」
「だから、元々この件にお前の入る余地はないんだよ」
「違う。そうじゃない。仮にそうだったとしても、朝霞班に対してこういう風に言われてるんだけどっていう相談くらいはするでしょ。朝霞クンは自分が我慢すれば終わることだからって思ってるかもだけど、一応は部の活動の中で起きたことでしょ。つばちゃんとゲンゴローには黙ってていいと思うけど、俺は違うじゃん」
「いや、何が違うということはない。班長がどうこうじゃなくて俺個人への私怨だから俺が1人で受ける、それだけだ。お前が頼りないとか、そういうことではない。もちろん相談する必要が出て来ればその時は頼らせてもらうけど、この件ではその必要がないと判断した」
「わかった。そういうことで理解した」
「……一応理解はしてやるけど、納得はしてないっていう言い方だな」

 ほぼ同じタイミングでお茶を飲み、しばしの沈黙。かなり気まずい。だけど、俺のことになんて目や意識の向いてない朝霞クンに何かを伝えようとすれば、こうやってちゃんと話すしかない。そうやって割り入らなきゃ、俺のことなんて思い出してもらえないから。それとなく匂わせたくらいでこっちを見てくれるほど簡単じゃない。興味関心のある所しか見えてない人だからね。ホント、都合のいい切り替え方だよね。

「あ、鳥サブレ。本当に光洋に行ってたんだね」
「バラ撒きと俺のおやつ用に買って来たんだ」
「バラ撒くくらい会う人がいっぱいいるの?」
「そこまでいっぱいでもないけど、まあ、10人弱くらいか。お前も食うか?」
「いただきます。まあ、その10人弱の中に俺はカウントしてもらってなかったよね」
「……だからお前はなあ。そう卑屈になるなっつーの。会う頻度だけでそう何でも決まってたまるかよ」


end.


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年度末の洋朝、と言うか年度末の拗らせやまよの季節になりました。今年度はあんまり掘り下げてないけれども。
星ヶ丘大学も卒業式がなかったようで、朝霞Pは個人的にこっしーさんに会いに光洋まで出かけていたそうです。奴ならやりかねん。
しかし、現状でも朝霞Pはやまよ相手なら議論じゃないけど、比較的ちゃんと話し合ってるんじゃないかって気はするんだがなあ。

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