2019(04)
■掛け合わせれば無限大
++++
「しかし、噂には聞いていたがお前の花粉症は本当に重症なのだな」
「あー……普通の人よりは、はっ……えーっきしょい! げほっげほっ! げほっ、ごめん、春は、ガチで」
へっきしょいとまたひとつ大きなくしゃみを飛ばし、伊東はオレに茶を振る舞う。今日オレが伊東を訪ねたのは全く以って気紛れなのだが、ここのところは宮ちゃんと顔を合わせる機会が多く、名前を聞くことも多かったからというのが尤もらしい理由になるだろう。宮ちゃんと顔を合わせる機会が増えたのは、あのスラッシャーと別枠で知り合っていたという朝霞の存在が大きい。あのワーカホリック共であれば意気投合するのはわからんでもないが、核弾頭に核弾頭をぶつけたような熱量が発生するのではないかと。
オレと宮ちゃんと朝霞の3人でゲームをしたりして集まる機会が増えたのは良かったが、朝霞はその都度「彼氏さんは大丈夫なの」と挨拶代わりに訊ねていた。それに対して宮ちゃんは「春だから察して」と言っていたように思うが、その彼氏の様子を実際に目の当たりにすれば、春だから察しろと言われても仕方のないレベルで使い物にならなくなるのだなと納得する。人は花粉症でここまで動けなくなるものかと。
「部屋の中でもこの調子か」
「今は外から、っきし! 人が来て、空気が動いたからね」
「なるほど。しかし、この部屋に入るまでがまずどこの工場か医療現場かと思わんばかりの関門だな」
「や、でもこれくらいしないとマジで。無菌室じゃないけど、この部屋は無花粉室を目指してるからね。誰だろうとまず玄関で服にコロコロしてもらうし、床に散った花粉もクイックルワイパーで掃除してもらうし、手に花粉がついててもいけないから手も洗ってもらうよね」
とにもかくにも部屋の中に花粉を持ち込ませないようにするのに必死なのだという。部屋の中には空気清浄機が常に稼働しているし、玄関には先述の衛生用品が所狭しと並んでいた。もちろんオレも先の手順を踏まされたワケだが、まるで実験をする前と後のようだなという感想を抱いた。オレの周りにも花粉症の人間はいるにはいるが、奴はここまで派手な対策を講じてはいない。石川は精々マスクを装着し、花粉症用に目薬を携帯する程度だ。
「そーいやリンちゃんさ、ちょっと聞いていい?」
「何だ」
「最近慧梨夏がよく遊んでるっていう、就活で知り合ったとかいう奴? リンちゃんの友達でもあるらしーじゃん」
「そうだが、その男の素性が気になるのか」
「まあ、そうだね。いくらリンちゃんがいるとは言え、やっぱちょっとは不安になるよね」
「素性というのは何から何までを言う。どこの誰であるかという身の上の話か」
「あー、星ヶ丘の奴ってのは聞いたから、性格とか、どういう話題で意気投合したのか的な?」
「そうだな……まず、前提として奴は人に対する興味が非常に強い。人が好きで、人の営みに興味が強く、自分と異なる生き方をしてきた人間の歩みや価値観、趣味や嗜好に至るまでをあまなく聞こうと懐に入って来る。ある意味で、人間の探究者と言えるかもしれん。がっついているはずなのだがそれを感じさせず、こちらに気持ちよく話をさせることに長けている」
「聞き上手なんだなあ」
「そうだな。オレもそれでやられたと言っていい。宮ちゃんとはそれこそ本人の言うように就活の情報交換で仲良くなったそうだが、今では宮ちゃんがゲームを師事したり、同人イベントに出ようと物書きの趣味に引き込んだりとやりたい放題していてだな」
「あー……はいはいはい」
朝霞がどういう人間であるのかや宮ちゃんとの掛け合いを掻い摘んで伊東に話す。この頃では宮ちゃんがどのように自分の同士を増やそうかと朝霞を洗脳しているのだが、その様子なんかも。伊東は彼女が知らない男と会っていることにそわそわしていたような顔をしていたはずが、みるみる間にその目から生気が失われていった。どうやら宮ちゃんがその男にロクでもない話を吹っかけていないかという別の心配が降って湧いたらしい。
如何せん宮ちゃんは手の施しようのないスラッシャー……俗に言う腐女子で、同人誌の制作に情熱を傾け常に何かしらの締め切りを抱えていなければ死んでしまうのではないかというほどのワーカホリックだ。朝霞も朝霞で元々物書きであるから、その話を聞いた宮ちゃんが同人誌の世界に引き込もうとするのに時間は要らなかった。宮ちゃんのする同人イベントの話に朝霞がまた食い付くのだ。活気に溢れる現場と聞けば、奴の心が躍らんはずもなく。
「――とまあ、そんなワケで宮ちゃんは次の日曜だったか、件の男と合同で同人イベントに出展するそうだ」
「はー……アイツまた他人様に迷惑かけて~…!」
「いや、奴も楽しそうにしているから何の問題もないのではないか」
「楽しそう?」
「どうやらあの2人はよほど波長が合うのか利害が一致しているのか、価値観が一致するのか互いに刺激し合ってより筆を動かせるようになったそうでな」
「それはいいことなのか…?」
宮ちゃんはともかく、朝霞の筆が乗ることでUSDXの弾がストックされていくのはいいことだろう。システム構築や動画編集をやっていないオレは傍観をキメているが、実際朝霞からのアイディアを受け続けるキョージュやスガノはとても忙しそうにしている。宮ちゃんと朝霞が言うことによれば、人と会って話をすることでいろいろなアイディアが湧くし、それを具現化するエネルギーになるそうだ。尤も、朝霞の「想像出来ることは実現出来る」というスタンスにはオレも科学者の一人として共感するのだが。
「余談だが、件の男には相棒か親友と呼ぶのが適した男の友人がいてな。そこまで言えばお前なら察したと思うが、宮ちゃんは奴からその友人との話を」
「あーっと、最後まで言わなくていいっすガチで察したんで! 新しい話を聞いてエネルギーを自己生成してるんすね!?」
「まあ、奴も実質同棲状態と言える宮ちゃんとお前の話を聞いてそういう人間もいるのかと実に楽しそうにしていたな」
「――って俺の話も売られてんじゃねーかアイツ!」
end.
++++
何故だか花粉症で寝込むいち氏をリン様が訪ねてきました。慧梨夏とはよく会うけどいち氏はどうしてるかなっていう思い付きですかね。
朝霞Pはいち氏にとっても友達だけど、その素性は伝わってないので未だに得体の知れない野郎なのです。朝霞Pだとわかれば「カオルだししゃーない」で終わるのに。
ところで件の男の相棒か親友と呼ぶのが適した男を最近見ませんね。そろそろLIBの季節なんだけど、嵐の前の静けさかなあ
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「しかし、噂には聞いていたがお前の花粉症は本当に重症なのだな」
「あー……普通の人よりは、はっ……えーっきしょい! げほっげほっ! げほっ、ごめん、春は、ガチで」
へっきしょいとまたひとつ大きなくしゃみを飛ばし、伊東はオレに茶を振る舞う。今日オレが伊東を訪ねたのは全く以って気紛れなのだが、ここのところは宮ちゃんと顔を合わせる機会が多く、名前を聞くことも多かったからというのが尤もらしい理由になるだろう。宮ちゃんと顔を合わせる機会が増えたのは、あのスラッシャーと別枠で知り合っていたという朝霞の存在が大きい。あのワーカホリック共であれば意気投合するのはわからんでもないが、核弾頭に核弾頭をぶつけたような熱量が発生するのではないかと。
オレと宮ちゃんと朝霞の3人でゲームをしたりして集まる機会が増えたのは良かったが、朝霞はその都度「彼氏さんは大丈夫なの」と挨拶代わりに訊ねていた。それに対して宮ちゃんは「春だから察して」と言っていたように思うが、その彼氏の様子を実際に目の当たりにすれば、春だから察しろと言われても仕方のないレベルで使い物にならなくなるのだなと納得する。人は花粉症でここまで動けなくなるものかと。
「部屋の中でもこの調子か」
「今は外から、っきし! 人が来て、空気が動いたからね」
「なるほど。しかし、この部屋に入るまでがまずどこの工場か医療現場かと思わんばかりの関門だな」
「や、でもこれくらいしないとマジで。無菌室じゃないけど、この部屋は無花粉室を目指してるからね。誰だろうとまず玄関で服にコロコロしてもらうし、床に散った花粉もクイックルワイパーで掃除してもらうし、手に花粉がついててもいけないから手も洗ってもらうよね」
とにもかくにも部屋の中に花粉を持ち込ませないようにするのに必死なのだという。部屋の中には空気清浄機が常に稼働しているし、玄関には先述の衛生用品が所狭しと並んでいた。もちろんオレも先の手順を踏まされたワケだが、まるで実験をする前と後のようだなという感想を抱いた。オレの周りにも花粉症の人間はいるにはいるが、奴はここまで派手な対策を講じてはいない。石川は精々マスクを装着し、花粉症用に目薬を携帯する程度だ。
「そーいやリンちゃんさ、ちょっと聞いていい?」
「何だ」
「最近慧梨夏がよく遊んでるっていう、就活で知り合ったとかいう奴? リンちゃんの友達でもあるらしーじゃん」
「そうだが、その男の素性が気になるのか」
「まあ、そうだね。いくらリンちゃんがいるとは言え、やっぱちょっとは不安になるよね」
「素性というのは何から何までを言う。どこの誰であるかという身の上の話か」
「あー、星ヶ丘の奴ってのは聞いたから、性格とか、どういう話題で意気投合したのか的な?」
「そうだな……まず、前提として奴は人に対する興味が非常に強い。人が好きで、人の営みに興味が強く、自分と異なる生き方をしてきた人間の歩みや価値観、趣味や嗜好に至るまでをあまなく聞こうと懐に入って来る。ある意味で、人間の探究者と言えるかもしれん。がっついているはずなのだがそれを感じさせず、こちらに気持ちよく話をさせることに長けている」
「聞き上手なんだなあ」
「そうだな。オレもそれでやられたと言っていい。宮ちゃんとはそれこそ本人の言うように就活の情報交換で仲良くなったそうだが、今では宮ちゃんがゲームを師事したり、同人イベントに出ようと物書きの趣味に引き込んだりとやりたい放題していてだな」
「あー……はいはいはい」
朝霞がどういう人間であるのかや宮ちゃんとの掛け合いを掻い摘んで伊東に話す。この頃では宮ちゃんがどのように自分の同士を増やそうかと朝霞を洗脳しているのだが、その様子なんかも。伊東は彼女が知らない男と会っていることにそわそわしていたような顔をしていたはずが、みるみる間にその目から生気が失われていった。どうやら宮ちゃんがその男にロクでもない話を吹っかけていないかという別の心配が降って湧いたらしい。
如何せん宮ちゃんは手の施しようのないスラッシャー……俗に言う腐女子で、同人誌の制作に情熱を傾け常に何かしらの締め切りを抱えていなければ死んでしまうのではないかというほどのワーカホリックだ。朝霞も朝霞で元々物書きであるから、その話を聞いた宮ちゃんが同人誌の世界に引き込もうとするのに時間は要らなかった。宮ちゃんのする同人イベントの話に朝霞がまた食い付くのだ。活気に溢れる現場と聞けば、奴の心が躍らんはずもなく。
「――とまあ、そんなワケで宮ちゃんは次の日曜だったか、件の男と合同で同人イベントに出展するそうだ」
「はー……アイツまた他人様に迷惑かけて~…!」
「いや、奴も楽しそうにしているから何の問題もないのではないか」
「楽しそう?」
「どうやらあの2人はよほど波長が合うのか利害が一致しているのか、価値観が一致するのか互いに刺激し合ってより筆を動かせるようになったそうでな」
「それはいいことなのか…?」
宮ちゃんはともかく、朝霞の筆が乗ることでUSDXの弾がストックされていくのはいいことだろう。システム構築や動画編集をやっていないオレは傍観をキメているが、実際朝霞からのアイディアを受け続けるキョージュやスガノはとても忙しそうにしている。宮ちゃんと朝霞が言うことによれば、人と会って話をすることでいろいろなアイディアが湧くし、それを具現化するエネルギーになるそうだ。尤も、朝霞の「想像出来ることは実現出来る」というスタンスにはオレも科学者の一人として共感するのだが。
「余談だが、件の男には相棒か親友と呼ぶのが適した男の友人がいてな。そこまで言えばお前なら察したと思うが、宮ちゃんは奴からその友人との話を」
「あーっと、最後まで言わなくていいっすガチで察したんで! 新しい話を聞いてエネルギーを自己生成してるんすね!?」
「まあ、奴も実質同棲状態と言える宮ちゃんとお前の話を聞いてそういう人間もいるのかと実に楽しそうにしていたな」
「――って俺の話も売られてんじゃねーかアイツ!」
end.
++++
何故だか花粉症で寝込むいち氏をリン様が訪ねてきました。慧梨夏とはよく会うけどいち氏はどうしてるかなっていう思い付きですかね。
朝霞Pはいち氏にとっても友達だけど、その素性は伝わってないので未だに得体の知れない野郎なのです。朝霞Pだとわかれば「カオルだししゃーない」で終わるのに。
ところで件の男の相棒か親友と呼ぶのが適した男を最近見ませんね。そろそろLIBの季節なんだけど、嵐の前の静けさかなあ
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