2019(04)

■山の孤島で何しよう?

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「すごーい、本当に見違えた! みんなありがとね!」
「俺たちにかかればこれくらい朝飯前よ! なあつばみ!」
「アンタがドヤってんのは腹立つけど、まあそーね」

 機材の壁を取り壊して広くなったMBCCのサークル室に、2年の有志が長椅子を作ってくれた。機材の分のスペースが無くなったのと、あの後サークル室の大掃除をして要らない物を処分したことで棚をひとつ解体する余裕が出来た。それで広がったところに収納機能の付いた長椅子が置かれることになった。突然直から連絡が来てビックリしたよな、今から行くから鍵あけてくれって。
 それからは早かった。つばめとハマちゃんが瞬く間に資材を組み立てて、木の板だのクッションだのが見る見る間に椅子の形に組み上がって行った。何か、ネジを締めるドライバーにしたって電動のヤツが出て来るレベルだからな。その間にいるメンバーの中で一番体格のいい野坂が耐久テストをして、普通に使う分には全然大丈夫だろうとゴーサインが出れば、椅子の収納空間も使った片付けが進んだ。

「だけど、まさかこんなモンが出来るとは思わなかった」
「うちらも機材もらいっぱってワケにもいかないしね」

 これは例の機材の壁を取り壊して他の大学さんにお裾分けをしたお礼という名目で組み立てられた椅子なんだそうだ。MBCCとしてはむしろ処分に困った物を引き取ってもらって助かってるんだけど、他大学さんからしてみても買うと結構する機材をタダでもらってしまって本当によかったのだろうかという考えに至ってしまったそうだ。何でも言うけどMBCC的には引き取ってもらうだけで本当に助かった。

「そしたら、俺らはそろそろ退散しますかー」
「そだね。それじゃ、またいつか」
「……そうか、前対策委員は“またいつか”になるのか。それじゃあ皆さん、またいつか」
「よーし、みんな帰るぞー」
「あの、ハマちゃん」
「ん? どーした直クン。何か忘れ物?」
「あ、ううん。ボクはこの後Lとご飯食べるから、ここに残るよ」
「えっ、飯行くの!? いーなー! 俺も俺も!」
「ちょっ、ハマ男お前空気読めよアホか!」
「いてっ! つばみパねえ!」
「じゃ、そーゆーコトなんでアタシらは退散しますわさよーならー」

 痛い痛い痛いと無理矢理腕を引っ張られたハマちゃんの悲鳴がどんどん遠ざかって行って、サークル室には俺と直だけが残された。こんなところで直と2人になるのはちょっと変な感じがするけど、それも徒歩5分で解決する問題だ。緑ヶ丘大学から俺の住むコムギハイツまでは徒歩5分。春休み中で人気の少ない農道のような道を、俺は原付を押して、直はその横に並んで歩く。

「正直助かったけど、つばめマジこえーわ」
「でも、ハマちゃんとはいいコンビだと思うよ。ハマちゃんをインターフェイスに招待したのも朝霞先輩に頼まれたから嫌々引き受けた仕事だって言ってたけど、気が合うみたいだし」
「それは確かにな。ふう、ただいま」
「お邪魔します」

 実は、直と付き合うことになった。定例会で顔を合わせているうちに一緒にいる時間が長くなっていて、その中で意識するようになったのかな。こないだの土曜日にも番組制作会の後で一緒に出掛けてて、たまたま本屋の前で野坂に会っちまったんだよな。その時に俺たちの関係を聞かれて、うっかり口を滑らせてしまった。「まだ付き合ってない」って。まだって何だよ。これから付き合いますみたいな宣言じゃねーか。……とまあ、引くに引けなくなり直に告白して、オッケーをもらって現在に至ってます。

「何か飲む?」
「何がある?」
「あー……水かお茶かレモンウォーターしかないけど。つかオレンジジュースとかなかったっけ。いつ切らした? 買ってこないとなー」
「あ、えっと、そしたら私はお茶をもらおうかな」
「了解」

 適当なマグカップにお茶を注いで部屋に戻ると、直が部屋の隅に置かれた酒瓶を興味津々といった様子で眺めていた。リキュールの瓶は変わったのを見つける度に買ってしまうから、どんどん酒の種類が増えていって、俺のカクテルのレパートリーもどんどん増えていった。俺の周りには甘いのが好きな人が多いから、汎用性の高いオレンジジュースとかは割と切らさないようにしてたんだけど、こんな時に限ってないっていうな。

「何と言うか、さすがだね」
「あー……俺らしからぬ乱雑さだけども、そこに関しては大目に見てもらえると。いい収納法を考えてるところなんだ」
「いろんな種類のお酒があって、楽しそう」
「直ってそんな酒好きだったっけ?」
「さすがに類ほど強くはないけど、嫌いではないよ」
「そしたら今度何か作るよ」
「楽しみにしてる」

 ……しかし、何をする? 付き合いたてで一緒にいるだけでもまあ楽しく感じる頃だとは思うけれども、さすがにすることがなさ過ぎて暇を持て余し始めてると言うか。ご飯を食べる、的なことにはなってるんだけど正直この部屋でそんなものに期待できるはずもなく。自分の部屋に2人きりっていうシチュエーションだったら多少は疚しいことを考えてしまうけど、まだ手だって繋いでないのにがっつくのも良くないし。

「ねえ類、今日の夜は何食べようか」
「どこで食べるかによってこの後の行動が大きく変わるぞ。外に出るなら出る、ここで何か作るなら買い物からスタートだし」
「買い物に行くとしたら、足が必要になるってこと?」
「そうだなあ。いくら天下の緑ヶ丘大学と言えども料理の材料はそんなに充実してないからな。コンビニあるから冷食とかレトルトは結構あるし、丼のテイクアウト……は時間的に第1学食になるのか。あー……俺も原付2種に乗るの検討した方がいいのかな。あー、ワンチャン高崎先輩がピザ持って殴り込みに来ないかなー」
「そっか、この真下が高崎先輩の部屋なんだっけ。いいなあ、1人暮らしならではだよね。私も1人暮らしだったらそういうのを体験してみたかったなあ」
「まあ、いいことばっかじゃないけど何だかんだあの人は良くしてくれるんだよな。じゃなくて問題は夜の飯!」

 ――とか何とか考えていたら、その空気を裂くようにインターホンが鳴り、ドンドンドンとドアが殴られる。もしやこれは救世主か!?

「おいL、材料買って来たし鍋でもやろうぜ」
「っ~…! 高崎せんぱぁい!」
「あ? どうした」
「あ、いや、あのですね? 俺個人は鍋、全然オッケーなんすけど」
「何か問題でもあんのか」
「えっとですね、今、直がそこに来ててですね? それこそ晩飯どうしよう問題について話し合ってたワケっす」
「つかそれ、俺が邪魔していいのかよ」
「全然問題ないっす! 鍋やりましょう! 直、晩飯問題解決だ!」


end.


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毎年この時期は1日2本更新とか普通だけど、今年は1本に2本分以上の要素をぶち込むのがトレンドらしい。不親切設計。
というワケでMBCCのサークル室に椅子が出来てL直はいつの間にか付き合ってたしその空間を高崎がぶち破りに来る件を一気にやるよね
だけど確かに緑ヶ丘の立地で晩ご飯どうしようってなったときには足が必須なんだよねえ。今後はどうしていくのかしら。考えものである。

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