2019(04)
■Sincerity and baumkuchen
++++
今日は菜月先輩が帰省から戻られるということで、高速バスが止まる星港駅にやってきた。菜月先輩からはバレンタインにチョコレートをいただいたので、ホワイトデーのお返しをしておきたいということでもある。3倍返しは禁止で予算は2000円。その範囲にはしっかり収めている。
バス停に滑るようにやってきた黄色いバスは、窓から見える利用者がいつもより少ない気がする。こういうご時世だし、なかなか向島に来ようという気にはならないのかもしれない。今が平日の午前中だからというだけの理由ではないだろう。ただ、人が少ないということもあって菜月先輩のお姿はよくわかる。
「菜月先輩! ご無沙汰しておりました! 長旅お疲れさまです」
「ご無沙汰って。まだ2週間しか経ってないじゃないか」
「いえ……俺にとってはこの2週間がとても長く感じられて耐え難く」
「とりあえず、立ち話も難だし行くか」
「はい!」
菜月先輩は4年生追いコンが終わられてからひと月ほど帰省されていた。その間に圭斗先輩が俺を緑風に連れ出してくださって一度お会いすることは出来たのだけど、それでも2週間も会わないと軽く菜月先輩の欠乏症に陥ってしまうので、我ながらなかなか厄介なメンタルをしている。
現在時刻が11時くらいだということでランチにしようということになり、星港駅周辺で何か食べられないかと調べる。言っても星港駅なので何でもあると言えばあるのだけど、ありすぎるのもまた問題なのだ。とりあえず、料理のジャンルと価格帯で絞っていくことに。
「ノサカ、ちょい待ち」
「はい」
「うち、スタバの新しいフラペチーノが飲みたかったんだ」
「それでは、そこのスタバに入りましょう」
信号を渡った先のスタバに入り、新しいフラペチーノと適当なフードを注文。うん、やっぱり星港駅前だというのに人がちょっと少ない気がする。前は座るのに苦労した覚えがあるんだけど、今日は割とすんなりと座ることが出来た。机の上にはそれぞれのトレーとスマホ。ゆっくりと腰を落ち着けて。
「ん、うまー」
「美味しいですね。あ、忘れる前によろしいでしょうか」
「うん」
「こちらをどうぞ」
「えっと、3倍返し……もとい、予算2000円のヤツか」
「はい。n倍返し禁止ということで、きっちり予算内に収めさせていただきました」
菜月先輩へホワイトデーギフトを手渡し、今日の本題は終了。この時期はホワイトデーに限らず歓送迎ギフトという体でそういうコーナーがたくさん作られてたし、こちらとしては本当に助かった。それに、菜月先輩が必要としている物もわかっていたのでピンポイントで探しやすかった。
「開けていいか?」
「どうぞ」
「わ、マグカップだ。割ったって言ったからか」
「はい。こちらに戻られてから探すという風に仰っていたので」
「まさに戻ってきたこの足で探そうと思ってたぞ。えー、でもかわいいし、サイズ感もちょうどいいし、軽いし。いいのを見つけたな。大切に使わせてもらいます」
「ありがとうございます」
「一応聞くけど、2000円以内なんだよな?」
「マグカップ単体では1300円です」
「ん? あっ、タオルハンカチもついてる」
「このご時世ですから、ジェットタオル等の利用が出来ない場合も多々ありますし、ハンカチは何枚あっても困らないと思い」
「いやー、これも助かる。ほら、うちポーチ担いで歩いてるけどハンドタオルってちょっとかさばるんだよな。重ね重ねありがとうございます」
「お粗末様です」
菜月先輩へは白地に青のドットがライン状に描かれたマグカップと、表がガーゼで裏がタオル地の青いハンカチを送らせていただいた、理由は前述の通り。だけど、ここまで喜んでいただけて正直めっ……ちゃ! 安心しましたよね! 菜月先輩への贈り物を外してボロクソに言われる財布の人の姿はよく見ていたからな!
大仕事を終えて安心していると、菜月先輩のスマホが光っている。マナーモードで音も振動もないそれにチラリと目をやると、LINEの着信のようだ。えっ、っていうか菜月先輩てLINEで繋がってるの最低限の数に抑えてるんじゃなかったのか。菜月先輩は、俺に一言ゴメンと断りを入れてその電話への応答を始めた。
「はいもしもし。あっ、ご無沙汰してます! はい、戻ってきて、今星港駅前のスタバで。あ、はい、宝くじ売場の。はい、はい、えっ、そうなんですか!? すみませんわざわざ。あー……今後輩と一緒なんですけど、はい、あっ、大丈夫ですよ。はーい、ではお待ちしてます。……悪いなノサカ」
「いえ。今の電話は?」
「大石がバイトしてる会社の社員さんだな。ほら、4年生追いコンの後で圭斗と丼モーニングしてただろ。あの時に見せた動画の」
「ああ! あの男前の方ですね!? しかしその方がどのような用件で」
「バレンタインの日に大石に荷物預けただろ。あれがあの人へのギフトだったんだよ。緑風にも美味しい卵があるんですよ~っていう布教とも言う。何か、そのお返しをいただけてしまうらしい」
「ナ、ナンダッテー!?」
「いや、この状況でそれを叫ぶのはうちだからな?」
「申し訳ございません」
――とか何とかと話していると、こちらに向かって背が高く派手な感じの方がやって来る。あの日見た動画のまさにその人で、実物はもっと男前度が凄まじいくて弾け飛びそうだ。そしてその方は俺たちの隣のテーブルに腰掛ける。
「よう菜月。久し振りだな」
「塩見さん、ご無沙汰してます」
「あ、そういや見たぞ。お前とうとうスコア5千万超したな」
「そうなんですよ、ラストにルビー使いましたけどね」
「いや、上等だ。お前基本2アイテムだろ?」
「そうですね。5→4とコイン?%で」
「ええと……ツミツミの話、ですか?」
「そうだぞ。うちのツミツミの師だ」
聞くに、菜月先輩はツミツミで切磋琢磨するために大石先輩とLINEで繋がったし、その縁もあってこの塩見さんともLINEで繋がったのだという。そしてこの塩見さんがまたとてつもなくツミツミが上手いのだそうだ。派手で厳つい見た目なのに、ツミツミガチ勢とは。人は見た目によらない。まあ、社畜で暴力的だけどもツミツミが上手いUSDXソルさんの例もあるしな。
「ああ、本題だったな。こないだはありがとな。で、ささやかだけど返礼品だ」
「すみませんわざわざ」
「いや、戻ってきたばっかで荷物になっちまうだろ。豊葦に行ければ良かったけどな。こっちこそ悪い。まあでも、コイツは俺が自信を持って薦めるバウムクーヘンだ。美味いぞ」
「ありがたくいただきます。って言うか塩見さん、お仕事は。ど平日ですけど」
「ああ、会社の体制がちょっと変わったんだ。部署がひとつ閉鎖されて、今は会社の全従業員が同じ仕事をやってんだ。人材やバイトも使ってとにかく人数ぶち込んで残業も減らす、今は繁忙期だから土曜も会社を開ける代わりに週に1回順番にどっか休めみたいな感じになってんだよな。確実に週休2日を確保するってワケだ。で、俺は今日が休みになったと」
「休みが増えて残業が減ると大石が嘆きそうですね」
「それな。既にもっと仕事させろってうるせえんだ。千景は残業代と早朝深夜手当が大好きだからな。稼ぎたい気持ちはわからないでもないが、アイツがいるのは生きるか死ぬかの線じゃねえ。行きすぎてたら誰かが止めてやらねえとな。いくら体力自慢でも、適度な休みがないとライフが削られる。……おっと、邪魔したな」
「いえ」
「豊葦にはちょこちょこ行ってるし、また機会があったら飯でも行こうぜ」
「あ、はい。そのときはぜひ」
菜月先輩が一礼すると、じゃあなと塩見さんは帰って行ってしまった。ああー、男前で声まで素敵とか素晴らしすぎて本当に許されない。いや、でも動画の時も思ったけどどこかで聞いたことがあるような声なんだよな~……どこだったかな。それか、似たような声の人の実況動画でも見たかな。
「ノサカ、良かったらこのバウムクーヘン、うちで一緒に食べないか?」
「えっ、よろしいのですか? 菜月先輩がいただいたものですのに」
「マグカップ開封の儀も兼ねて」
end.
++++
2話分くらいの内容を無理矢理1話にぶち込んだ感のある本年度らしさである。少し遅れたホワイトデーのお話。
どうやら塩見さんの会社の体制がちょっと変わったようで、休みもちょっと増えたらしい。塩見さん的には音楽と実況に使う時間が増えたのかな。ちーちゃんの収入やいかに!
そしてノサカのギフトセンスよ。マグカップが欲しいとわかっていても、使い勝手とか柄とかもきちんと選べる。某財布の人と比べちゃいますよね。
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今日は菜月先輩が帰省から戻られるということで、高速バスが止まる星港駅にやってきた。菜月先輩からはバレンタインにチョコレートをいただいたので、ホワイトデーのお返しをしておきたいということでもある。3倍返しは禁止で予算は2000円。その範囲にはしっかり収めている。
バス停に滑るようにやってきた黄色いバスは、窓から見える利用者がいつもより少ない気がする。こういうご時世だし、なかなか向島に来ようという気にはならないのかもしれない。今が平日の午前中だからというだけの理由ではないだろう。ただ、人が少ないということもあって菜月先輩のお姿はよくわかる。
「菜月先輩! ご無沙汰しておりました! 長旅お疲れさまです」
「ご無沙汰って。まだ2週間しか経ってないじゃないか」
「いえ……俺にとってはこの2週間がとても長く感じられて耐え難く」
「とりあえず、立ち話も難だし行くか」
「はい!」
菜月先輩は4年生追いコンが終わられてからひと月ほど帰省されていた。その間に圭斗先輩が俺を緑風に連れ出してくださって一度お会いすることは出来たのだけど、それでも2週間も会わないと軽く菜月先輩の欠乏症に陥ってしまうので、我ながらなかなか厄介なメンタルをしている。
現在時刻が11時くらいだということでランチにしようということになり、星港駅周辺で何か食べられないかと調べる。言っても星港駅なので何でもあると言えばあるのだけど、ありすぎるのもまた問題なのだ。とりあえず、料理のジャンルと価格帯で絞っていくことに。
「ノサカ、ちょい待ち」
「はい」
「うち、スタバの新しいフラペチーノが飲みたかったんだ」
「それでは、そこのスタバに入りましょう」
信号を渡った先のスタバに入り、新しいフラペチーノと適当なフードを注文。うん、やっぱり星港駅前だというのに人がちょっと少ない気がする。前は座るのに苦労した覚えがあるんだけど、今日は割とすんなりと座ることが出来た。机の上にはそれぞれのトレーとスマホ。ゆっくりと腰を落ち着けて。
「ん、うまー」
「美味しいですね。あ、忘れる前によろしいでしょうか」
「うん」
「こちらをどうぞ」
「えっと、3倍返し……もとい、予算2000円のヤツか」
「はい。n倍返し禁止ということで、きっちり予算内に収めさせていただきました」
菜月先輩へホワイトデーギフトを手渡し、今日の本題は終了。この時期はホワイトデーに限らず歓送迎ギフトという体でそういうコーナーがたくさん作られてたし、こちらとしては本当に助かった。それに、菜月先輩が必要としている物もわかっていたのでピンポイントで探しやすかった。
「開けていいか?」
「どうぞ」
「わ、マグカップだ。割ったって言ったからか」
「はい。こちらに戻られてから探すという風に仰っていたので」
「まさに戻ってきたこの足で探そうと思ってたぞ。えー、でもかわいいし、サイズ感もちょうどいいし、軽いし。いいのを見つけたな。大切に使わせてもらいます」
「ありがとうございます」
「一応聞くけど、2000円以内なんだよな?」
「マグカップ単体では1300円です」
「ん? あっ、タオルハンカチもついてる」
「このご時世ですから、ジェットタオル等の利用が出来ない場合も多々ありますし、ハンカチは何枚あっても困らないと思い」
「いやー、これも助かる。ほら、うちポーチ担いで歩いてるけどハンドタオルってちょっとかさばるんだよな。重ね重ねありがとうございます」
「お粗末様です」
菜月先輩へは白地に青のドットがライン状に描かれたマグカップと、表がガーゼで裏がタオル地の青いハンカチを送らせていただいた、理由は前述の通り。だけど、ここまで喜んでいただけて正直めっ……ちゃ! 安心しましたよね! 菜月先輩への贈り物を外してボロクソに言われる財布の人の姿はよく見ていたからな!
大仕事を終えて安心していると、菜月先輩のスマホが光っている。マナーモードで音も振動もないそれにチラリと目をやると、LINEの着信のようだ。えっ、っていうか菜月先輩てLINEで繋がってるの最低限の数に抑えてるんじゃなかったのか。菜月先輩は、俺に一言ゴメンと断りを入れてその電話への応答を始めた。
「はいもしもし。あっ、ご無沙汰してます! はい、戻ってきて、今星港駅前のスタバで。あ、はい、宝くじ売場の。はい、はい、えっ、そうなんですか!? すみませんわざわざ。あー……今後輩と一緒なんですけど、はい、あっ、大丈夫ですよ。はーい、ではお待ちしてます。……悪いなノサカ」
「いえ。今の電話は?」
「大石がバイトしてる会社の社員さんだな。ほら、4年生追いコンの後で圭斗と丼モーニングしてただろ。あの時に見せた動画の」
「ああ! あの男前の方ですね!? しかしその方がどのような用件で」
「バレンタインの日に大石に荷物預けただろ。あれがあの人へのギフトだったんだよ。緑風にも美味しい卵があるんですよ~っていう布教とも言う。何か、そのお返しをいただけてしまうらしい」
「ナ、ナンダッテー!?」
「いや、この状況でそれを叫ぶのはうちだからな?」
「申し訳ございません」
――とか何とかと話していると、こちらに向かって背が高く派手な感じの方がやって来る。あの日見た動画のまさにその人で、実物はもっと男前度が凄まじいくて弾け飛びそうだ。そしてその方は俺たちの隣のテーブルに腰掛ける。
「よう菜月。久し振りだな」
「塩見さん、ご無沙汰してます」
「あ、そういや見たぞ。お前とうとうスコア5千万超したな」
「そうなんですよ、ラストにルビー使いましたけどね」
「いや、上等だ。お前基本2アイテムだろ?」
「そうですね。5→4とコイン?%で」
「ええと……ツミツミの話、ですか?」
「そうだぞ。うちのツミツミの師だ」
聞くに、菜月先輩はツミツミで切磋琢磨するために大石先輩とLINEで繋がったし、その縁もあってこの塩見さんともLINEで繋がったのだという。そしてこの塩見さんがまたとてつもなくツミツミが上手いのだそうだ。派手で厳つい見た目なのに、ツミツミガチ勢とは。人は見た目によらない。まあ、社畜で暴力的だけどもツミツミが上手いUSDXソルさんの例もあるしな。
「ああ、本題だったな。こないだはありがとな。で、ささやかだけど返礼品だ」
「すみませんわざわざ」
「いや、戻ってきたばっかで荷物になっちまうだろ。豊葦に行ければ良かったけどな。こっちこそ悪い。まあでも、コイツは俺が自信を持って薦めるバウムクーヘンだ。美味いぞ」
「ありがたくいただきます。って言うか塩見さん、お仕事は。ど平日ですけど」
「ああ、会社の体制がちょっと変わったんだ。部署がひとつ閉鎖されて、今は会社の全従業員が同じ仕事をやってんだ。人材やバイトも使ってとにかく人数ぶち込んで残業も減らす、今は繁忙期だから土曜も会社を開ける代わりに週に1回順番にどっか休めみたいな感じになってんだよな。確実に週休2日を確保するってワケだ。で、俺は今日が休みになったと」
「休みが増えて残業が減ると大石が嘆きそうですね」
「それな。既にもっと仕事させろってうるせえんだ。千景は残業代と早朝深夜手当が大好きだからな。稼ぎたい気持ちはわからないでもないが、アイツがいるのは生きるか死ぬかの線じゃねえ。行きすぎてたら誰かが止めてやらねえとな。いくら体力自慢でも、適度な休みがないとライフが削られる。……おっと、邪魔したな」
「いえ」
「豊葦にはちょこちょこ行ってるし、また機会があったら飯でも行こうぜ」
「あ、はい。そのときはぜひ」
菜月先輩が一礼すると、じゃあなと塩見さんは帰って行ってしまった。ああー、男前で声まで素敵とか素晴らしすぎて本当に許されない。いや、でも動画の時も思ったけどどこかで聞いたことがあるような声なんだよな~……どこだったかな。それか、似たような声の人の実況動画でも見たかな。
「ノサカ、良かったらこのバウムクーヘン、うちで一緒に食べないか?」
「えっ、よろしいのですか? 菜月先輩がいただいたものですのに」
「マグカップ開封の儀も兼ねて」
end.
++++
2話分くらいの内容を無理矢理1話にぶち込んだ感のある本年度らしさである。少し遅れたホワイトデーのお話。
どうやら塩見さんの会社の体制がちょっと変わったようで、休みもちょっと増えたらしい。塩見さん的には音楽と実況に使う時間が増えたのかな。ちーちゃんの収入やいかに!
そしてノサカのギフトセンスよ。マグカップが欲しいとわかっていても、使い勝手とか柄とかもきちんと選べる。某財布の人と比べちゃいますよね。
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