2019(04)
■既定路線のうす味面接
++++
「綾瀬さんこんにちは」
「あっ、蒼希ちゃん。どうしたの?」
「林原さんはいますか?」
「自習室にいるよ。呼んでくるね」
「すみません」
情報センターにアオがやってきた。アオは俺と同じ理工学部だから、情報センターにはほとんど用事がないはずだ。だけど、カナコさんとのやりとりを聞くとどうやら林原さんに用事とのこと。うん、やっぱり理系の人がここに来る時って大体林原さんに用事なんだなあ。
今のところセンターの利用者はまだまだ少ない。自習室をしばらく空けていてもさほど問題はなさそう。事務所の扉が開いて、林原さんとアオが入ってきた。そして向き合って座ったけれど、これから始まるのは何の話だろう。外した方がいいですかと聞けば、何の問題もないとのこと。
「でだ、情報センターのスタッフ業務への応募ということでいいな」
「はい」
「ええっ!? アオ、情報センターでバイトするの!?」
「何か問題が?」
「あ、ううん。だけどアオってカメラ屋さんでバイトしてなかった?」
「確かに。そっちはどうした」
「青山さんが卒業するに当たって求人を出したところ、経験者の人がパートとして採用されたんですよね。パートさんが採用されたとなると、ただの学生バイトが入る枠は多少削られますし、だったらダブルワークでも始めようかなと思った次第です」
「確かお前は理工の都市環境だったな」
「そうです」
「では、マシンの扱いに関しては問題ないという体で進めるぞ」
「情報センターレベルでしたら少し教えていただければ理解出来ると思います」
少し前までカナコさんのスタッフ登用奮闘記を見ていたから余計に思うんだけど、アオへの面接が本当にあっさりし過ぎてるんだよなあ。なんだったらもう採用を前提に能力を聞いてるような風にさえ思える。この軽さは顔見知りだからっていう事情もあるんだろうけど、それにしたって話が早すぎる。
春山さんが卒業しちゃうと、最近見てない冴さんを除くとスタッフが4人になっちゃうんだよね。しかも、カナコさんはA番専任で。だから面接に来てくれる人は極力取っていきたいし、仕事のことはきちんと教えて育てていく方針にしようって話をされた。ある程度能力がありそうなアオの登場は願ってもないことだというのはわかる。
「情報センターの業務は大きく分けてA番の受付とB番の自習室業務がある。……カメラ屋でのことは青山さんから多少聞いているから想像はつくが、お前はA番とB番、自分ではどちらが得意だと思う」
「B番です」
「だとは思っていた。しかし、受付も一般的な店とは違って愛想を振りまいて媚びを売る必要は全くない。機械的な作業でも構わん」
「でしたら受付も出来ると思います」
「綾瀬は特例でA番専のスタッフだが、基本的には両方やってもらうことになる。オレ個人の考えでは、お前にはB番の能力を高めてもらいたいと思っている」
「採用してもらえる前提での話ですか?」
「条件は掲示物で見てきているのだろう。時給1000円で日給の上限が6000円だ」
「はい、把握しています」
「では採用だ。それで、話の続きだが」
本当にあっさりとアオの採用が決まったところで、林原さんの話を俺もアオと一緒になって聞く。アオにはB番の能力を高めてもらいたいという話だ。来年の今頃には林原さんと烏丸さんがいなくなる。この2人はA番よりもB番の能力に長けているから、パワーバランスを考えた場合にB番の能力が突出した人が1人いた方がいいとのこと。
俺には春山さんから「林原さん殺しの爪」が継承された。これはA番の受付業務のシステムで使う仕事で、ブラックリストやその他のデータベースをもっと深く編集する権限だ。それを託すのはカナコさんでは不安だし、今後は歴が2番目に長くなる俺に林原さんを支えていって欲しいからという風にも言われた。
「オレがいるうちにB番のスペシャリストを育成しておきたくてな」
「それをアオに?」
「まあ、高山が適任だろう。お前には綾瀬の尻拭いも頼まねばならん。テストの結果採用はしたが、まだまだ放置で問題ないレベルとは言えんからな。それから、お前はまだ自習室内でセンター利用規約違反者に対する注意・警告に行く度胸が足りてない。受付でクレームを受けるのには慣れたようだがな」
「あー……はい。それは、やっぱりまだちょっと怖いです」
やっぱり、林原さんにはお見通しだったみたいだ。飲食禁止に関しては注意出来るようにはなってきたんだけど、その他のことに関してはよっぽど酷くない限りなかなか注意にも行けなくって。毅然とした態度でいなきゃとは思うんだけど。
「ところで高山、情報センターには利用規約がある。それを一言一句覚えろとは言わんが、自習室内での飲食禁止だとか、私語を慎めといったことがあった場合、当該生徒に対して注意をせねばならん」
「その程度の規約すら守れない利用者がいるんですか?」
「残念ながら、結構いる。それから、昨今ではスマホの普及によりパソコンを使えん者も稀にいてな。それこそこちらからすれば信じられんようなことをしでかすのだが、そういう者に対しては初歩の初歩からパソコンの扱い方を教える必要もある」
「ちなみに、それには愛想は」
「要らん。が、あまり無愛想でも受付にクレームが入る。客商売ではないのだから、そのようなことを言われる筋合いもないのだがな」
「それでも、さすがに大学生ですからぎゃん泣きの子供よりは意志疎通は出来ますよね」
「それが、出来ん者も稀にいる。そのような輩は摘み出した上でブラックリストに登録だ」
「ふむふむ。ちなみに、ブラックリストへの登録基準なんかは」
あー、ブラックリストの話になったらアオがちょっと生き生きしてる! 好きそうな制度だとは思ってたし、アオのことだから淡々と処理しそうで怖いよ! ……って、そんな時のために俺に爪が渡されたのか。だけど、アオなら怖い人たちも林原さん並にバッサバッサとやってくれそうだし、ちょっと心強いなって思ったのも本当。
「川北」
「あっ、はい」
「お前はゴールデンウィークには帰省するのか」
「しないと思いますー」
「ならいい。川北はわかっているだろうが、綾瀬、帰省するときは早めに言えよ。オレと高山のシフトが火を噴くことになるからな」
「はーい」
end.
++++
情報センターに蒼希がやってきました。例によって蒼希採用に関するリン様の決断は早いです。ますますカナコは何やったんやと
来年の今頃には自分はおらんのやぞということをさりげなく今から2年生以下に刷り込んでいるリン様です。新1年生も来るといいね。
そしてそのリン様をナンバーツーとして支えるんやぞとミドリに言い残していった春山さんである。しかしまだ遺産は残っている
.
++++
「綾瀬さんこんにちは」
「あっ、蒼希ちゃん。どうしたの?」
「林原さんはいますか?」
「自習室にいるよ。呼んでくるね」
「すみません」
情報センターにアオがやってきた。アオは俺と同じ理工学部だから、情報センターにはほとんど用事がないはずだ。だけど、カナコさんとのやりとりを聞くとどうやら林原さんに用事とのこと。うん、やっぱり理系の人がここに来る時って大体林原さんに用事なんだなあ。
今のところセンターの利用者はまだまだ少ない。自習室をしばらく空けていてもさほど問題はなさそう。事務所の扉が開いて、林原さんとアオが入ってきた。そして向き合って座ったけれど、これから始まるのは何の話だろう。外した方がいいですかと聞けば、何の問題もないとのこと。
「でだ、情報センターのスタッフ業務への応募ということでいいな」
「はい」
「ええっ!? アオ、情報センターでバイトするの!?」
「何か問題が?」
「あ、ううん。だけどアオってカメラ屋さんでバイトしてなかった?」
「確かに。そっちはどうした」
「青山さんが卒業するに当たって求人を出したところ、経験者の人がパートとして採用されたんですよね。パートさんが採用されたとなると、ただの学生バイトが入る枠は多少削られますし、だったらダブルワークでも始めようかなと思った次第です」
「確かお前は理工の都市環境だったな」
「そうです」
「では、マシンの扱いに関しては問題ないという体で進めるぞ」
「情報センターレベルでしたら少し教えていただければ理解出来ると思います」
少し前までカナコさんのスタッフ登用奮闘記を見ていたから余計に思うんだけど、アオへの面接が本当にあっさりし過ぎてるんだよなあ。なんだったらもう採用を前提に能力を聞いてるような風にさえ思える。この軽さは顔見知りだからっていう事情もあるんだろうけど、それにしたって話が早すぎる。
春山さんが卒業しちゃうと、最近見てない冴さんを除くとスタッフが4人になっちゃうんだよね。しかも、カナコさんはA番専任で。だから面接に来てくれる人は極力取っていきたいし、仕事のことはきちんと教えて育てていく方針にしようって話をされた。ある程度能力がありそうなアオの登場は願ってもないことだというのはわかる。
「情報センターの業務は大きく分けてA番の受付とB番の自習室業務がある。……カメラ屋でのことは青山さんから多少聞いているから想像はつくが、お前はA番とB番、自分ではどちらが得意だと思う」
「B番です」
「だとは思っていた。しかし、受付も一般的な店とは違って愛想を振りまいて媚びを売る必要は全くない。機械的な作業でも構わん」
「でしたら受付も出来ると思います」
「綾瀬は特例でA番専のスタッフだが、基本的には両方やってもらうことになる。オレ個人の考えでは、お前にはB番の能力を高めてもらいたいと思っている」
「採用してもらえる前提での話ですか?」
「条件は掲示物で見てきているのだろう。時給1000円で日給の上限が6000円だ」
「はい、把握しています」
「では採用だ。それで、話の続きだが」
本当にあっさりとアオの採用が決まったところで、林原さんの話を俺もアオと一緒になって聞く。アオにはB番の能力を高めてもらいたいという話だ。来年の今頃には林原さんと烏丸さんがいなくなる。この2人はA番よりもB番の能力に長けているから、パワーバランスを考えた場合にB番の能力が突出した人が1人いた方がいいとのこと。
俺には春山さんから「林原さん殺しの爪」が継承された。これはA番の受付業務のシステムで使う仕事で、ブラックリストやその他のデータベースをもっと深く編集する権限だ。それを託すのはカナコさんでは不安だし、今後は歴が2番目に長くなる俺に林原さんを支えていって欲しいからという風にも言われた。
「オレがいるうちにB番のスペシャリストを育成しておきたくてな」
「それをアオに?」
「まあ、高山が適任だろう。お前には綾瀬の尻拭いも頼まねばならん。テストの結果採用はしたが、まだまだ放置で問題ないレベルとは言えんからな。それから、お前はまだ自習室内でセンター利用規約違反者に対する注意・警告に行く度胸が足りてない。受付でクレームを受けるのには慣れたようだがな」
「あー……はい。それは、やっぱりまだちょっと怖いです」
やっぱり、林原さんにはお見通しだったみたいだ。飲食禁止に関しては注意出来るようにはなってきたんだけど、その他のことに関してはよっぽど酷くない限りなかなか注意にも行けなくって。毅然とした態度でいなきゃとは思うんだけど。
「ところで高山、情報センターには利用規約がある。それを一言一句覚えろとは言わんが、自習室内での飲食禁止だとか、私語を慎めといったことがあった場合、当該生徒に対して注意をせねばならん」
「その程度の規約すら守れない利用者がいるんですか?」
「残念ながら、結構いる。それから、昨今ではスマホの普及によりパソコンを使えん者も稀にいてな。それこそこちらからすれば信じられんようなことをしでかすのだが、そういう者に対しては初歩の初歩からパソコンの扱い方を教える必要もある」
「ちなみに、それには愛想は」
「要らん。が、あまり無愛想でも受付にクレームが入る。客商売ではないのだから、そのようなことを言われる筋合いもないのだがな」
「それでも、さすがに大学生ですからぎゃん泣きの子供よりは意志疎通は出来ますよね」
「それが、出来ん者も稀にいる。そのような輩は摘み出した上でブラックリストに登録だ」
「ふむふむ。ちなみに、ブラックリストへの登録基準なんかは」
あー、ブラックリストの話になったらアオがちょっと生き生きしてる! 好きそうな制度だとは思ってたし、アオのことだから淡々と処理しそうで怖いよ! ……って、そんな時のために俺に爪が渡されたのか。だけど、アオなら怖い人たちも林原さん並にバッサバッサとやってくれそうだし、ちょっと心強いなって思ったのも本当。
「川北」
「あっ、はい」
「お前はゴールデンウィークには帰省するのか」
「しないと思いますー」
「ならいい。川北はわかっているだろうが、綾瀬、帰省するときは早めに言えよ。オレと高山のシフトが火を噴くことになるからな」
「はーい」
end.
++++
情報センターに蒼希がやってきました。例によって蒼希採用に関するリン様の決断は早いです。ますますカナコは何やったんやと
来年の今頃には自分はおらんのやぞということをさりげなく今から2年生以下に刷り込んでいるリン様です。新1年生も来るといいね。
そしてそのリン様をナンバーツーとして支えるんやぞとミドリに言い残していった春山さんである。しかしまだ遺産は残っている
.