2019(04)

■爪が刺さらぬ丸さを

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「スタッフ採用試験は以上だ。これからオレは春山さんと話し合いに入る。事務所で待機していろ」
「はい! ありがとうございました!」

 利用者のない自習室から綾瀬が出て、残されるのはオレと春山さんの2人。今日はスタッフ研修生を自称する綾瀬のスタッフ登用に関わる試験を行っていた。情報センターのスタッフはいつだって人手不足だ。その上春山さんが卒業してしまうし、土田に至っては烏丸の部屋に引きこもって出て来んようになってしまった。
 人はいるに越したことはない。綾瀬が機械音痴だろうと何だろうと、使える物は使っていかねば今いる他のスタッフ……オレと川北、それから烏丸にかかる負担がとてつもなく大きくなる。例えA番専だろうと、センターにいられる人数を増やさねばならんという結論に達していた。
 綾瀬に対する採用試験は、A番の内容を重視した。受付業務の内容を粗方理解して、正確に行うことが出来るかというものだ。日常の業務や突発的に発生する業務、それからクレーム対応などが適切に行えるかの確認だ。B番試験も一応やったが、これは何が出来ないかの確認で、おまけのようなものだ。
 試験官を務めたオレと春山さんで、今回の試験の内容を話し合う。が、ほぼ結論は出ていると言っていい。綾瀬をひとまずA番専のスタッフとして登用した上で、今後はどうしていくのかという問題だ。B番が出来る程度に育成するのか、それともB番を捨ててA番のエキスパートにするのか。

「おいリン、一応聞くけど合格だろ?」
「A番専のスタッフとして登用するつもりですが、何か」
「いや、何もない」
「本人はB番への意欲が無駄に空回っているようなので、今後どうしていくかという問題ではありますが」
「やりたいって言うなら、教えるくらいすればいいだろ」
「意欲があっても出来るかどうかは本人の資質にもよるでしょう」
「それな。今見てる感じでもB番は正直めちゃくちゃ時間をかけなきゃ厳しいだろうからなあ」
「今期いなくなるのがA番の主と呼ばれた春山さんなので、A番専のスタッフでも一時的な穴を埋めるには問題ないと言えば問題ないんですがね。オレと川北と烏丸でB番を回して、綾瀬の都合が悪いときに川北なり烏丸をA番に入れて、という具合に」
「つか、誰の所為で私がA番ばっかやってたと思ってんだよ。オメーの尻拭いだっつーのがわかってねーのか。オメーが受付やりたくないとかナントカとワガママばっかほざいてだな」
「はいはい、その節はありがとうございました」
「ったく」

 何にせよ、A番専だろうが何だろうが、一定時間センターに置いておける駒が増えるということがとにかくありがたいのだ。春山さんがA番ばかりやっていた事情についてはわかっていて目を伏せていた。言ってしまえばオレ自身がB番専任スタッフであるような物。A番専に文句を言えない立場だ。
 情報センタースタッフの求人に関しては、来た者をとりあえず受け入れてみるというスタンスが必要になってくるだろう。それでなくても春山さんやオレの悪評がある間は噂に尾ひれ背びれがついて近寄り難い施設だという風に思われても仕方がない。多少出来んくらいなら育てればいい、という覚悟か。

「ああ、それから」
「まだ何か」
「カナコの件とはちと反れるが、センターに関わる話だな」
「何でしょう」
「“A番の主”らしく私が行使していた受付マシンの一部機能とその権限だが、リン殺しの爪として川北に引き継いどいた」
「オレ殺しの爪だと」
「ここまで言えばわかるだろ。お前が今後濫用しかねない権限だ。お前が暴走した時に、それをシステム的に止める奴が必要だからな」
「ブラックリスト更新後の強制修正の権限ですか」
「おーっと、知ってやがったか」

 情報センターにはブラックリスト制度がある。利用態度に問題のある学生を段階に分けてリスト登録し、要注意であることをスタッフ間で共有したり、最悪の場合利用停止することが出来るシステムだ。このシステムには春山さんしか扱い方を知らん機能がいくつかある。しかし、オレ殺しの爪とは、もう少し呼び方はなかったのか。

「仮にもバイトリーダーですから。そういう機能があることは知っているに決まっているでしょう。尤も、修正発行時のパスワードは何度やっても破れませんでしたがね」
「オメーに渡すとどうなるかわかったモンじゃねーからな。ま、そーゆーコトだからあんま調子に乗んなよ、バイトリーダー」
「……アンタに言われずとも、近頃は丸くなりましたよ」
「どうだか」

 ひとまず、話すことは話したので綾瀬を待たせている事務所へと戻る。一応、試験の前から採用になるだろうとは不本意ながらも思っていたので必要な物……スタッフジャンパーなどは用意してあった。オレと春山さんが事務所に戻ると、ふにゃふにゃとした顔で川北と話していた綾瀬の背筋が伸びる。

「試験の結果だが」
「はい…!」
「試験の結果、お前にB番は時期尚早だと判断した。B番適性が皆無だと判断されてなおその気があるのなら、A番専任スタッフとしての採用を認める」
「え……本当ですか…!?」
「二度は言わん」
「……ありがとうございます! これからもご指導よろしくお願いします!」
「でだ。綾瀬、お前はしばらくA番専任スタッフだ。ゴールデンウィークが過ぎる頃を目処として、受付並びにその他事務所業務のエキスパートになれ」
「はい! 頑張ります!」

 しかしまあ、鼻息の荒い奴だ。いつまでその意気が続くものか、見物だな。

「っつーコトだからカナコ、ここがお前さんのロッカーだ。で、これが名札の磁石と、スタッフジャンパー。サイズはSで良かったよな。私のがちょうどだったし」
「ありがとうございます」
「マグカップと飲み物は各自で用意しろ。それから、引き続き静電気対策と……まだ何かあったか。ああ、そう言えば、今からでも始められる重要なB番業務がひとつあった。お前にも出来るレベルの仕事だから、今から教えよう」
「――って林原さん、もしかしてアレですか…?」
「人手があるに越したことがない仕事だからな」
「雄介さん、そこまで言われれば今から始まる仕事が何かわかりました。手荒れしないように手袋した方がいいですよね。こんなこともあろうかと使い捨て手袋を用意してたんです」
「お、わかっているなら話が早い。いい時間になったからな。自習室の消毒作業を始めるぞ」
「それじゃ、私はこの辺で」
「おい春山さん、逃げるな」


end.


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カナコ試験編とは名ばかりで、リン様と春山さんがただただ会議してるだけのお話。リン殺しの爪の物騒な感じよ。
というワケで無事にカナコがセンタースタッフに加入したものの、それでもまだまだ人手不足感が否めません。春山さんもあと1週間だし。
星大もきっと卒業式は中止になってるんだろうけど、春山さんは卒業式が中止になってなくてもフケるのがデフォなのでそんなに変わりなかった。

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