2019(04)
■壁を壊して次代へ
++++
「つかすげー部屋」
「機材の壁だなまるで」
今週末に控えた春の番組制作会に向け、対策委員のミキサー陣は緑ヶ丘大学に招かれることとなった。緑ヶ丘のサークル室は向島の半分以下……下手すれば3分の1くらいしか広さがないんじゃないかとすら思う。まあ、青女さんもそんなに広くないし、ウチのサークル室がだだっ広いのかもしれないけど。
俺とつばめはその部屋の様子にただただ圧倒されていた。壁一面に積み上げられた機材の箱たち。俺たちをここに入れてくれた緑ヶ丘勢3人によれば、これらは果林が所属するゼミの教授(サークルの顧問も務めているらしい)からもらうだけもらったけれども全く使っていない物だそうだ。
「そっちの機材もいいけど、今日の本題はこっちね。パソコン」
「これで番組を録音する、と」
「そーゆーコトね。果林によれば、このパソコンはゼミでもそーゆー使い方してたっぽいからバリバリイケんじゃね的な」
「的な。ですよねー」
壁になった機材らと同じく、俺たちに見せられているこのノートパソコンもゼミの教授から譲り受けた物だそうだ。緑ヶ丘では学内に公開放送の出来るガラス張りのラジオブースがあって、そのブースで使われていた物だそうだ。教授が新しい物好きで、次から次へと新しい機材を買う結果、使わなくなった物がサークルに降りてくる、と。
果林がパソコンを立ち上げてくれると、このソフトでこうしてこうして録音したものがここのフォルダにどんどん増えていって、という風に解説をしてくれる。対策委員ミキサー陣の俺とつばめ、それからLも定例会議長としてこの解説を真剣に聞いている。今後のインターフェイスの動向がこれで決まると言っても過言ではないからだ。
「まあ、口で言うだけじゃわかんないだろうから、実際にやってみようか。接続としてはここにパソコンを噛ませて、っと。ソフトを起動したらここにRECボタンあるでしょ? ここをクリックしてもらえばあとは普段通りに番組をやるだけだよ」
あーあーあー、まままままーとマイクに向かって果林が声を発する。早口言葉をすらすらと発しながらCD音源やMD音源を重ねていき、ついでにモバイル音源ある人ーと挙手を求められたので自分のそれをミキサーにつなげて適当な曲を流す。こんなモンかな、と録音を切れば、フォルダには出来立てほやほやのMP3音源が。
『あーあーあー、まままままー』
「おー、今のヤツだわ」
「なるほど」
「――とまあ、こんな具合に録音が出来るってワケ。当然、MP3音源だからコピーを配るのも簡単だしお金もかからない、と」
「とりあえず、制作会ではこれでやってみるか」
「そだね」
「この結果をお上に投げたら協議してくれるんでしょ」
「お上って言うな。あ、協議はします。そしたら機材の繋ぎ方の共有とかも必要になってくるのか?」
「あー、そだね。それは制作会の日に記録して、とりあえずは対策と定例会で共有しとけば良くない? また後で考えるわ」
「あと、コピーとかするときのデバイス? パソコンと……仮にスマホならスマホが1番ラクかもしれない、みんな持ってるし。それを繋ぐケーブルとかもあれば嬉しいかもしれない」
「確かに。それで野坂、どっちの予算で買うの? そりゃあ~……チラッ」
「そりゃあ、チラッ」
「あからさまにチラチラされても。まあ、それもまず実験した上で、定例会の予算で買うから心配すんな」
俺とつばめがあまりにわざとらしくチラチラしていたモンだから、Lも自分に話が振られているとわかったのだろう。って言うか、対策委員はガチで金がない。会期途中で定例会に財政援助を頼むくらいにはな。定例会も来期は金がかなりない状態からスタートするらしいけど、それでも対策委員よりは定例会の案件だろう。
パソコンの件は一応キリ良しになったということで、俺とつばめはせっかく潜入した余所のサークル室をきょろきょろを眺め回していた。やっぱり、件の機材の壁の存在感が圧倒的だ。今使っているのが壊れたら使えると思ってもなかなか壊れないし、そうこうしているうちに次が来てしまうんだそうだ。
「それでさ、この使ってない機材とか処分しようと思ってんだよな」
「は!? もったいな! ブルジョワかよ!」
「処分って、ガチでポイ?」
「ただただ邪魔だし、ポイかな」
「はー……捨てるんだったら欲しいな、このデッキとか」
「いや、待て野坂抜け駆けすんな。処分するんだったらウチだって欲しいっての」
「何か、野坂とつばめの様子を見てると、他の大学さんじゃ結構需要ある感じ?」
「ぽいですよねー」
「なあL、ただ処分すんのもヒゲさんにバレたらめんどくせーし、緑大の備品だった証拠を完璧に消してから他大学さんに分配しね? 俺らは片付けになるし、他大学さんは機材もらえてみんなハッピー的な。インターフェイスも金ないならそっちの機材にしてもいいし」
俺とつばめがあれが欲しいこれが欲しいとチェックしていると、緑ヶ丘勢が本格的な話し合いを始めているではないか。どうやらこの機材の壁問題は結構な重要度があったらしい。事の発端がLの「掃除しにくいから使ってないモンはとにかく処分」というのがまた“らしい”けれども。
「果林、それで大丈夫そうか?」
「いいんじゃない? このシールさえ剥がせばってことでしょ? ヒゲもここにある物は存在自体忘れてるっしょ」
「――とのことだから、星大さんと青女さん、それからハマちゃんにも連絡して後日改めてオークションにかけるって感じでいいかな」
「オッケー、了解。律にも相談してくるわ」
「えっ、オークションって言うけどタダだよね?」
「無償だな。ゴメン、言葉が悪かった。何て言うのが正しいのかわかんなくて」
「ちなみにだけどさ、競合がなければラジオの道具一式もらうことも?」
「出来ます」
「おっしゃ! 競合少ないことを祈ろう!」
「つばめめっちゃガチってるじゃん」
「機材使うのにいちいち申請すんのめんどくさいんだって。自前で機材があれば簡単な練習くらいはすぐ出来るしね」
その日が来るまでに、Lとゴティがこの機材の壁を一旦崩して機材の動作確認をしておいてくれるそうだ。Lはやっとこの機材が処分出来ると嬉しそうだ。俺たちも、何がもらえるかなと今からワクワクしている。すっかり忘れてしまっていた今日の本題だけど、当日このパソコンは誰が持ってくるのがいいんでしょうか?
end.
++++
果林がヒゲさんからもらってきたパソコンですが、こんな感じでお披露目をしていたようですね。ところでノサカはどうやって緑大まで来たんだ? 電車+バス?
つばちゃんが機材をほしがるのは、やっぱり部内の事情なんですね。機材を使うときの申請がめんどくさいってヤツ。星ヶ丘はいろいろめんどくさい。
ノサカとつばちゃんがチラチラッとLに圧をかけてるのがまたかわいらしい。対策委員から見れば定例会はお上だよ!
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「つかすげー部屋」
「機材の壁だなまるで」
今週末に控えた春の番組制作会に向け、対策委員のミキサー陣は緑ヶ丘大学に招かれることとなった。緑ヶ丘のサークル室は向島の半分以下……下手すれば3分の1くらいしか広さがないんじゃないかとすら思う。まあ、青女さんもそんなに広くないし、ウチのサークル室がだだっ広いのかもしれないけど。
俺とつばめはその部屋の様子にただただ圧倒されていた。壁一面に積み上げられた機材の箱たち。俺たちをここに入れてくれた緑ヶ丘勢3人によれば、これらは果林が所属するゼミの教授(サークルの顧問も務めているらしい)からもらうだけもらったけれども全く使っていない物だそうだ。
「そっちの機材もいいけど、今日の本題はこっちね。パソコン」
「これで番組を録音する、と」
「そーゆーコトね。果林によれば、このパソコンはゼミでもそーゆー使い方してたっぽいからバリバリイケんじゃね的な」
「的な。ですよねー」
壁になった機材らと同じく、俺たちに見せられているこのノートパソコンもゼミの教授から譲り受けた物だそうだ。緑ヶ丘では学内に公開放送の出来るガラス張りのラジオブースがあって、そのブースで使われていた物だそうだ。教授が新しい物好きで、次から次へと新しい機材を買う結果、使わなくなった物がサークルに降りてくる、と。
果林がパソコンを立ち上げてくれると、このソフトでこうしてこうして録音したものがここのフォルダにどんどん増えていって、という風に解説をしてくれる。対策委員ミキサー陣の俺とつばめ、それからLも定例会議長としてこの解説を真剣に聞いている。今後のインターフェイスの動向がこれで決まると言っても過言ではないからだ。
「まあ、口で言うだけじゃわかんないだろうから、実際にやってみようか。接続としてはここにパソコンを噛ませて、っと。ソフトを起動したらここにRECボタンあるでしょ? ここをクリックしてもらえばあとは普段通りに番組をやるだけだよ」
あーあーあー、まままままーとマイクに向かって果林が声を発する。早口言葉をすらすらと発しながらCD音源やMD音源を重ねていき、ついでにモバイル音源ある人ーと挙手を求められたので自分のそれをミキサーにつなげて適当な曲を流す。こんなモンかな、と録音を切れば、フォルダには出来立てほやほやのMP3音源が。
『あーあーあー、まままままー』
「おー、今のヤツだわ」
「なるほど」
「――とまあ、こんな具合に録音が出来るってワケ。当然、MP3音源だからコピーを配るのも簡単だしお金もかからない、と」
「とりあえず、制作会ではこれでやってみるか」
「そだね」
「この結果をお上に投げたら協議してくれるんでしょ」
「お上って言うな。あ、協議はします。そしたら機材の繋ぎ方の共有とかも必要になってくるのか?」
「あー、そだね。それは制作会の日に記録して、とりあえずは対策と定例会で共有しとけば良くない? また後で考えるわ」
「あと、コピーとかするときのデバイス? パソコンと……仮にスマホならスマホが1番ラクかもしれない、みんな持ってるし。それを繋ぐケーブルとかもあれば嬉しいかもしれない」
「確かに。それで野坂、どっちの予算で買うの? そりゃあ~……チラッ」
「そりゃあ、チラッ」
「あからさまにチラチラされても。まあ、それもまず実験した上で、定例会の予算で買うから心配すんな」
俺とつばめがあまりにわざとらしくチラチラしていたモンだから、Lも自分に話が振られているとわかったのだろう。って言うか、対策委員はガチで金がない。会期途中で定例会に財政援助を頼むくらいにはな。定例会も来期は金がかなりない状態からスタートするらしいけど、それでも対策委員よりは定例会の案件だろう。
パソコンの件は一応キリ良しになったということで、俺とつばめはせっかく潜入した余所のサークル室をきょろきょろを眺め回していた。やっぱり、件の機材の壁の存在感が圧倒的だ。今使っているのが壊れたら使えると思ってもなかなか壊れないし、そうこうしているうちに次が来てしまうんだそうだ。
「それでさ、この使ってない機材とか処分しようと思ってんだよな」
「は!? もったいな! ブルジョワかよ!」
「処分って、ガチでポイ?」
「ただただ邪魔だし、ポイかな」
「はー……捨てるんだったら欲しいな、このデッキとか」
「いや、待て野坂抜け駆けすんな。処分するんだったらウチだって欲しいっての」
「何か、野坂とつばめの様子を見てると、他の大学さんじゃ結構需要ある感じ?」
「ぽいですよねー」
「なあL、ただ処分すんのもヒゲさんにバレたらめんどくせーし、緑大の備品だった証拠を完璧に消してから他大学さんに分配しね? 俺らは片付けになるし、他大学さんは機材もらえてみんなハッピー的な。インターフェイスも金ないならそっちの機材にしてもいいし」
俺とつばめがあれが欲しいこれが欲しいとチェックしていると、緑ヶ丘勢が本格的な話し合いを始めているではないか。どうやらこの機材の壁問題は結構な重要度があったらしい。事の発端がLの「掃除しにくいから使ってないモンはとにかく処分」というのがまた“らしい”けれども。
「果林、それで大丈夫そうか?」
「いいんじゃない? このシールさえ剥がせばってことでしょ? ヒゲもここにある物は存在自体忘れてるっしょ」
「――とのことだから、星大さんと青女さん、それからハマちゃんにも連絡して後日改めてオークションにかけるって感じでいいかな」
「オッケー、了解。律にも相談してくるわ」
「えっ、オークションって言うけどタダだよね?」
「無償だな。ゴメン、言葉が悪かった。何て言うのが正しいのかわかんなくて」
「ちなみにだけどさ、競合がなければラジオの道具一式もらうことも?」
「出来ます」
「おっしゃ! 競合少ないことを祈ろう!」
「つばめめっちゃガチってるじゃん」
「機材使うのにいちいち申請すんのめんどくさいんだって。自前で機材があれば簡単な練習くらいはすぐ出来るしね」
その日が来るまでに、Lとゴティがこの機材の壁を一旦崩して機材の動作確認をしておいてくれるそうだ。Lはやっとこの機材が処分出来ると嬉しそうだ。俺たちも、何がもらえるかなと今からワクワクしている。すっかり忘れてしまっていた今日の本題だけど、当日このパソコンは誰が持ってくるのがいいんでしょうか?
end.
++++
果林がヒゲさんからもらってきたパソコンですが、こんな感じでお披露目をしていたようですね。ところでノサカはどうやって緑大まで来たんだ? 電車+バス?
つばちゃんが機材をほしがるのは、やっぱり部内の事情なんですね。機材を使うときの申請がめんどくさいってヤツ。星ヶ丘はいろいろめんどくさい。
ノサカとつばちゃんがチラチラッとLに圧をかけてるのがまたかわいらしい。対策委員から見れば定例会はお上だよ!
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