2019(04)

■やりたいことは迷いなく

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「BJ、こっち……」
「よう」

 美奈と落ち合わせ、目の前の建物へと通される。FMにしうみ、西海市のコミュニティFM局だ。俺は来月からこのFMにしうみで番組を持たせてもらうことになっていて、そのための打ち合わせに来たのだ。どうして生粋の星港市民で現在は豊葦市在住の俺が縁もゆかりもない西海市のコミュニティラジオ局で番組を持つことになったのかと言えば、卒業論文のフィールドワークのためだ。
 俺は「コミュニティラジオと双方向コミュニケーション」というテーマで2年生、3年生と個人レポートを書いて来ている。現代コミュニケーション論を専攻とする安部ゼミにおいて、半分佐藤ゼミみたいなテーマだとはよく言われる。仮に詰んでもヒゲの世話にだけは絶対なりたくねえが。そんなこんなで卒業論文もこのテーマで行くことに決め、文献研究だけでなく実際の現場に足を運ぶことが重要だと考えた。そこで利用したのが俺の人脈と経歴だ。
 まず、俺を局内に案内してくれている美奈だ。美奈は大学に入学した頃からFMにしうみでバイトをしている。ニュース原稿を書いたり、実際の番組でミキサーを担当したりディレクターとしての作業をしたりしているそうだ。その美奈に事情を話して何とか潜入出来ねえかと頼んだら、4月から1時間番組を担当することになったとか、話が急にデカくなりすぎだろと。何でも、春に受けたFMむかいじまのパーソナリティーコンテストで審査員特別賞をもらっていたことを美奈が話していたらしい。

「何にせよ、話が早いっつーか、トントン拍子過ぎて逆に怖いくらいだぜ」
「実際に、番組を聞いてもらった上での評価……だけど、鶴の一声も、あった……」
「鶴の一声?」
「それは、後でわかる……」

 偉い人が待っているというロビーに通されれば、番組の編成部長だという人が俺たちを出迎えてくれた。改めて緑ヶ丘大学の高崎悠哉ですと挨拶をして、本題に入る。4月からの番組をどう進めるかということだ。火曜夜9時からという1時間の枠は既に用意されていて、学生の担当するフレッシュな番組というコンセプトでミキサーは美奈が担当することも決まっている。あと決める必要があるのは番組の内容だ。

「一応卒論の検証実験でもあるんで、出来ればリアルタイム、それが無理でも1週後には何かしらの反応があったら嬉しいっすね」
「リスナーから積極的にメッセージをもらっていくスタンス…?」
「出来れば。FMにしうみって確かインターネットとかスマホのアプリからとかでも聞けたっすよね」
「聴取出来る……だから、実質的には全国どこからでも……」

 さすがに全国となると規模がデカすぎるが、必ずしもラジオの前にずっと座ってなくてもいいというのは簡単でいいと思う。俺の持つラジオのイメージは、番組の始まる時間目掛けてラジカセのモードをラジオに合わせて周波数を設定して万全の状態で聞くという感じだ。目当ての番組があるときなんかは大体そうした。だけど今はアプリだのネットだので好きに聞けるし、タイムフリーにエリアフリー、挙句ラジオのはずがYouTubeでオンエア中の動画配信とかもあると聞く。時代だなと。
 偉い人はあまり番組内容に口を出すことはせず、ただただこの話し合いを眺めている。学生のやりたいように、公序良俗に外れない範囲でやってくれればいいよというスタンスのようだ。番組の企画や枠なんかをざっくりと決め、使う曲なんかは次の打ち合わせまでに美奈が見繕ってくれるらしい。そのうちジングル収録や何かもやる必要が出て来るだろう。一応年末までの番組という風には決まっている。

「あら、どこの男前かと思えば」
「あ、ベティさん。ご無沙汰してます」
「……既に、面識が…?」
「夏に一度お店に来てくれてるのよ。ちーと一緒に焼肉に行ったとかでね」
「珍しい取り合わせ……」
「たまたまが重なったんだ。アイツと共通の知り合いがいてよ」

 打ち合わせをしているところに通りかかったのが、ベティさんだ。西海駅前でバーをやっている大石の兄貴。夏に拓馬さんに拉致されて焼肉を食った後、店に行ったことがある。後にも先にもそれきりだったのだが、どうやら覚えられていたらしい。美奈とはここで会ううちに化粧だのファッションだのの話で意気投合して仲良くなったそうだ。ベティさんもまた今日は番組の打ち合わせに来たらしい。

「福井ちゃんが春から始める番組のパーソナリティーってゆうちゃんのことだったのね」
「今日は、挨拶と、打ち合わせで……」
「番組のことは聞いてたんすか?」
「福井ちゃんが春から学生番組を始めることになりそうっていうのは聞いたわ。パーソナリティーの子がFMむかいじまのコンテストで賞をもらったとか、大学の放送団体の中でも実力者だっていう風には。あの福井ちゃんがそこまで言うからには相当なんだと思って。やってみたらいいんじゃないって言ったのよね」
「もしかしてそれが“鶴の一声”か」
「あら、賞を取ってるとか上手なだけの子なら相談された時にもうちょっと考えてみたらって言ってたわよ」
「それじゃあ、どうしてそんなに前向きな返事を美奈にしたんすか」
「そうねえ、どこからどう見ても福井ちゃんがやりたいって顔をしてたからね。やってはみたいけど、相方の子……つまりゆうちゃんとの技量のバランスね。そこを少し考えてたみたい。でも、福井ちゃんだって毎週番組を持ってるんだから何の問題もないはずじゃない?」
「そっすね」
「コミュニケーションに問題ないとは聞いてたし、それならやるしかないわよ」
「言って俺は西海市の住人じゃねえし、ローカルなことに関して言えば師事を仰がなきゃいけねえ立場だ。年末までよろしく頼んます」

 アナウンサーとしての俺の技量なんざ、言っても所詮学生の道楽レベルのそれだ。技量的なところで悩まれる対象ではない。どっちにしても、年末までこの布陣で番組をやることに決定している以上、やり抜くだけだ。

「ところで福井ちゃん」
「……はい」
「番組やるんだったら、登竜門よ登竜門!」
「あ……確かに……」
「おい、美奈、お前何閃いたみたいな顔して」
「BJ……FMにしうみでは、新番組が始まるときに、パーソナリティーが通る登竜門があって……」
「登竜門だろうが何だろうが来い」
「それじゃ、決まりね」
「決まり……この打ち合わせが終わったら、もう少し、時間を下さい……」


end.


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高崎と美奈の番組については春からのスタートということで本格的な話し合いが始まったようです。
一応卒論のフィールドワークという体なのでその辺のこともやりつつ。高崎のことだからあまり人にはこのことを話してないんだろうなあ
ファンフェスの班決めでは上手すぎて問題だと言われた高崎ですが、実際にラジオ局でやる番組ではそんなことを気にされないのがよかったね

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