2019(04)
■フリープラン・オブ・マーチ
++++
「美奈、石川はどうした」
「いつもの発作……」
「だろうな」
しばらくはキャラを忘れたようにそわそわしていた石川が、いつにも増してそわそわしている。こういう時の奴に妹が絡んでいるのは言わずと知れたことで、触れるだけ無駄だ。奴は高校受験を控えた妹に対してはとにかく過保護なのだ。元々過保護ではあるが、冬になった頃にはより過保護っぷりがエスカレートしていった。インフルエンザの予防接種を自費で受けさせたり、今であればマスクや消毒用アルコールジェルなどを持たせたりしている。
高校受験真っ直中の妹しか見えていないシスコン男はさておき、この冬は少し忙しそうにしていた美奈も、もうすぐこの荒波も落ち着きそうだと開いていたスケジュール帳を閉じた。美奈が何に忙しくしていたのかと言えば、アルバイトだ。美奈のバイト先はコミュニティラジオ局のFMにしうみだが、その仕事は基本的に土日だけだ。空いた平日に、就活や勉強に差し支えない程度ならと働くことにしたようだった。
「そう言えば、正月だけではなく冬季という括りでバイトをしていたんだったな」
「平日の少しだけ、だけど……」
この春期長期休暇の間、美奈は神社で巫女の仕事を手伝っているようだった。正月期間中にある初詣の仕事を終えるときに、神主からテスト期間後のことを聞かれたらしい。この時期の神社に何があるのかと言えば、受験を控えた学生やその親族が神頼みをするために来るそうだ。お守りや絵馬の売れ行きがまあまああって、それなりに忙しいらしい。そう聞けば人手がいるのにも少々納得する。
「平日の昼間だろう。そんな時間に神社に行くとか暇を持て余しているな」
「お孫さんのためにって、来る人もいる……」
「なるほどな」
「徹なんかは、沙也ちゃんの中学校が休校になってその間の勉強スケジュールを組み立てるのに忙しかったみたいだし……」
「アイツはどこを目指してるんだ。尤も、遊び呆けさせるよりはいいのかもしれんが」
「この休校で油断した人たちを蹴落とす……もとい、勉強を継続させることで実力を維持、向上させて沙也ちゃんの合格確率を上げる、って……」
「最初に奴の本音が漏れているが」
元より、オレなんかは実力主義的な部分もあるし、普通にやっていれば落ちるはずなどないと思っているから神頼みをする必要もない。石川も同じ考えのはずだが妹のこととなると見境がない。一緒に足を運んだ晦日詣ででも妹のお守りを買うと長蛇の列に並び、健康と学業のお守りを買っていた。去年買ったお守りも供養していたし、逐一付き合わされたオレの身にもなっていただきたかった。
ただ、妹にはしっかりと恒常的に勉強をさせているということだから、神頼みが茶を濁す程度のことであるとはわかっているのだろう。自分がバイトや大学に出て来る用事などで外出していなければ家庭教師代わりとしてその学習を見守っているそうだ。そこまで兄に付きっ切りでいられて年頃の妹が嫌がらないのかと不思議に思うが、美奈によれば石川の妹も妹で軽いブラコンの気があるらしく、それをただただありがたがっているそうだ。
「高校受験が終われば一段落か」
「一応……」
「それが終わればシスコン狸も落ち着くな。やっとここにも平穏が戻る」
「そう、上手く行くとは思わない方がいい……」
最悪の事態を想定し、シミュレートしておいた方がいいと美奈は言う。この場合の最悪の事態とは石川の妹の受験が失敗に終わり、石川本人が発狂でもするんじゃないかという事象。一応私立の高校に特待生の資格を得た上で合格しているのだから、どんな問題があると言えばそれまでだが。そもそも、どうして石川の妹の受験のことでオレが一喜一憂せねばならんのだ。
仮にその想定が現実となった場合に、石川の発狂がこちらの想定以上になるだろうとは容易に想像できる。言ってしまえば奴は季節問わず妹の世話を甲斐甲斐しく勉強を見たり夜食を作るなどしてサポートしてきた。時には気分転換に剣道の稽古にも付き合ったとか。それだけやって受験に失敗でもしようものなら。しかし、奴のことだ、自分がかけた労力よりも妹の心情を想い肩を落とすことになるのだろう。想像するだけで気持ち悪い。
「星港高校の倍率は1.36倍だろう。その程度であれば普通にやって落ちることはまずあるまい」
「それは、リンの話で……」
「お前の高校は特殊な学科やコースがあったから受験もそれなりにクセがあっただろうが、普通は普通にやればパスする物だ」
「だからそれは、リンの話で……」
そして美奈がポツリと語ったのが、自身の高校受験での経験談だった。やることはやったがイマイチ落ち着かず、背筋を伸ばそうとやってきた神社で目に付いた鉛筆を買ったらしい。その鉛筆で高校受験と大学入試に臨み現在に至ったと。買って来た鉛筆をカッターで削りながら心を落ち着けていたという。鉛筆をカッターで削るという行為が美術系の人間のやることだと思う。今でも美奈はスケッチブックに絵を描くときなどにそうしているのを見る。
「お前のそれは神に祈ったと言うより、神社の空気を借りて落ち着きを取り戻しただけだろう。神の存在は否定せんが」
「静かな場所は、落ち着く……」
相変わらずそわそわしている石川は、周囲の雑音を消そうとヘッドホンを装着した。オレが妹の立場なら周りでチョロチョロと騒がしくされたらキレるぞ、お前はちょっと落ち着けと。尤も、勉強がどうした試験がどうしたと言うよりは、昨今の空気では病気に罹らないかという心配が一番大きいようだが。
「そういう意味では、あの狸を神社にぶち込んで来てもいいかもしれんな」
「多分、徹には無意味……」
「まあ、奴は神だの仏だのを意に介さん悪魔だからな」
end.
++++
イシカー兄さん、妹ちゃんの高校受験に向けてラストスパートのようです。相変わらずリン美奈は傍観です。
兄さん自身は神も何も知ったこっちゃないというスタンスの人ですが、妹のことになれば利用できるものはしてやるというスタンス。
剣道の稽古をしている兄さんをただ見たいだけのヤツ。実は兄さん、道着系なんですよね、剣道と弓道やってたんで
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「美奈、石川はどうした」
「いつもの発作……」
「だろうな」
しばらくはキャラを忘れたようにそわそわしていた石川が、いつにも増してそわそわしている。こういう時の奴に妹が絡んでいるのは言わずと知れたことで、触れるだけ無駄だ。奴は高校受験を控えた妹に対してはとにかく過保護なのだ。元々過保護ではあるが、冬になった頃にはより過保護っぷりがエスカレートしていった。インフルエンザの予防接種を自費で受けさせたり、今であればマスクや消毒用アルコールジェルなどを持たせたりしている。
高校受験真っ直中の妹しか見えていないシスコン男はさておき、この冬は少し忙しそうにしていた美奈も、もうすぐこの荒波も落ち着きそうだと開いていたスケジュール帳を閉じた。美奈が何に忙しくしていたのかと言えば、アルバイトだ。美奈のバイト先はコミュニティラジオ局のFMにしうみだが、その仕事は基本的に土日だけだ。空いた平日に、就活や勉強に差し支えない程度ならと働くことにしたようだった。
「そう言えば、正月だけではなく冬季という括りでバイトをしていたんだったな」
「平日の少しだけ、だけど……」
この春期長期休暇の間、美奈は神社で巫女の仕事を手伝っているようだった。正月期間中にある初詣の仕事を終えるときに、神主からテスト期間後のことを聞かれたらしい。この時期の神社に何があるのかと言えば、受験を控えた学生やその親族が神頼みをするために来るそうだ。お守りや絵馬の売れ行きがまあまああって、それなりに忙しいらしい。そう聞けば人手がいるのにも少々納得する。
「平日の昼間だろう。そんな時間に神社に行くとか暇を持て余しているな」
「お孫さんのためにって、来る人もいる……」
「なるほどな」
「徹なんかは、沙也ちゃんの中学校が休校になってその間の勉強スケジュールを組み立てるのに忙しかったみたいだし……」
「アイツはどこを目指してるんだ。尤も、遊び呆けさせるよりはいいのかもしれんが」
「この休校で油断した人たちを蹴落とす……もとい、勉強を継続させることで実力を維持、向上させて沙也ちゃんの合格確率を上げる、って……」
「最初に奴の本音が漏れているが」
元より、オレなんかは実力主義的な部分もあるし、普通にやっていれば落ちるはずなどないと思っているから神頼みをする必要もない。石川も同じ考えのはずだが妹のこととなると見境がない。一緒に足を運んだ晦日詣ででも妹のお守りを買うと長蛇の列に並び、健康と学業のお守りを買っていた。去年買ったお守りも供養していたし、逐一付き合わされたオレの身にもなっていただきたかった。
ただ、妹にはしっかりと恒常的に勉強をさせているということだから、神頼みが茶を濁す程度のことであるとはわかっているのだろう。自分がバイトや大学に出て来る用事などで外出していなければ家庭教師代わりとしてその学習を見守っているそうだ。そこまで兄に付きっ切りでいられて年頃の妹が嫌がらないのかと不思議に思うが、美奈によれば石川の妹も妹で軽いブラコンの気があるらしく、それをただただありがたがっているそうだ。
「高校受験が終われば一段落か」
「一応……」
「それが終わればシスコン狸も落ち着くな。やっとここにも平穏が戻る」
「そう、上手く行くとは思わない方がいい……」
最悪の事態を想定し、シミュレートしておいた方がいいと美奈は言う。この場合の最悪の事態とは石川の妹の受験が失敗に終わり、石川本人が発狂でもするんじゃないかという事象。一応私立の高校に特待生の資格を得た上で合格しているのだから、どんな問題があると言えばそれまでだが。そもそも、どうして石川の妹の受験のことでオレが一喜一憂せねばならんのだ。
仮にその想定が現実となった場合に、石川の発狂がこちらの想定以上になるだろうとは容易に想像できる。言ってしまえば奴は季節問わず妹の世話を甲斐甲斐しく勉強を見たり夜食を作るなどしてサポートしてきた。時には気分転換に剣道の稽古にも付き合ったとか。それだけやって受験に失敗でもしようものなら。しかし、奴のことだ、自分がかけた労力よりも妹の心情を想い肩を落とすことになるのだろう。想像するだけで気持ち悪い。
「星港高校の倍率は1.36倍だろう。その程度であれば普通にやって落ちることはまずあるまい」
「それは、リンの話で……」
「お前の高校は特殊な学科やコースがあったから受験もそれなりにクセがあっただろうが、普通は普通にやればパスする物だ」
「だからそれは、リンの話で……」
そして美奈がポツリと語ったのが、自身の高校受験での経験談だった。やることはやったがイマイチ落ち着かず、背筋を伸ばそうとやってきた神社で目に付いた鉛筆を買ったらしい。その鉛筆で高校受験と大学入試に臨み現在に至ったと。買って来た鉛筆をカッターで削りながら心を落ち着けていたという。鉛筆をカッターで削るという行為が美術系の人間のやることだと思う。今でも美奈はスケッチブックに絵を描くときなどにそうしているのを見る。
「お前のそれは神に祈ったと言うより、神社の空気を借りて落ち着きを取り戻しただけだろう。神の存在は否定せんが」
「静かな場所は、落ち着く……」
相変わらずそわそわしている石川は、周囲の雑音を消そうとヘッドホンを装着した。オレが妹の立場なら周りでチョロチョロと騒がしくされたらキレるぞ、お前はちょっと落ち着けと。尤も、勉強がどうした試験がどうしたと言うよりは、昨今の空気では病気に罹らないかという心配が一番大きいようだが。
「そういう意味では、あの狸を神社にぶち込んで来てもいいかもしれんな」
「多分、徹には無意味……」
「まあ、奴は神だの仏だのを意に介さん悪魔だからな」
end.
++++
イシカー兄さん、妹ちゃんの高校受験に向けてラストスパートのようです。相変わらずリン美奈は傍観です。
兄さん自身は神も何も知ったこっちゃないというスタンスの人ですが、妹のことになれば利用できるものはしてやるというスタンス。
剣道の稽古をしている兄さんをただ見たいだけのヤツ。実は兄さん、道着系なんですよね、剣道と弓道やってたんで
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