2019(04)
■Catch her if you can.
++++
「ああー……」
「どうしたんだい野坂、魂の抜けたような顔をして」
「ええと……お恥ずかしながらですね?」
今にもエクトプラズムを吐き出しそうな野坂の様子があまりにも酷いから、少し事情を聞いてみる。まあ、野坂のことだからイケメン関係か菜月さん関係で何かあったと考えるのが妥当なんだろうけれども。そして、お恥ずかしながらですねと言いながら野坂が語り出した内容がまさにそれだったのだから、僕の目も捨てた物でもないなと思う。いや、野坂がわかりやすすぎるのかもしれない。
野坂は今現在、対策委員としての最後の仕事となる春の番組制作会に向けて動いているとのこと。会議では同録の今後について今まで通りのMDへの録音でいいのか、そろそろMP3などの音声ファイルへの記録にした方がいいのではないかと問題提起をし、定例会とも連携して制作会で実験することにしたそうだ。この話を提案した手前、機材の調達や録音方法などについて調べたりしているとのこと。
それとは別に、この制作会はダブルトークの練習を目的にして開催されるものだ。5月にあるはずのファンタジックフェスタに向けた触りの練習だね。その練習会としての性質故に、対策委員の人間がダブルトークについて少しは理解していた方がいいだろうと勉強を始めたそうだ。なんでも、制作会前にダブルトークのいろはを高崎に個人的に教えてもらえるようアポを取ったりしているとか。うん、緑ヶ丘の人間に聞くのが間違いないね。
「それで、しばしミキサーに触っていませんし、ラジオ勘を取り戻すために俺の持っている昼放送の同録を聞き始めたんです」
「お前の持ってる昼放送の同録? 僕の記憶が正しければ全部菜月さんとの番組じゃなかったかな?」
「さすが圭斗先輩です。まさしくその通りでして、手持ちの同録を昨日制覇しまして」
「しかし、お前の家にはMDを聞く設備があるんだな」
「あ、いえ、MDで聞いているのではなく、MD音源をパソコンに取り込んで連続再生をしているワケなのですが、リピート設定にしたままずーっと再生して眠ってしまったようで、菜月先輩の夢まで見る始末で。完全に菜月先輩ロスに陥っているワケです!」
「そんなことだろうとは思ったけど」
バカなのかな?
そううっかり声に出してしまうのを何とか堪え、お前という奴は本当に何とも言えない奴だねと言うにとどめる。ちなみに野坂は前述の通り制作会関係で、僕は卒業式の贈り物関係の調べものをしにサークル室に来ていたワケだけれども、正直野坂のこの話には引く。と言うか菜月さんの番組をMDから抽出して音声ファイル化してるとか、本人に言ったら絶対憤死するからこれ以上言わない方がいいとは忠告した。
「菜月さんとは追いコン以来になるのかな」
「そうですね。あの朝以来になりますね」
「と言うかそもそも菜月さんは元気なのかな?」
「ツミツミを物凄い勢いでプレイされているようなので、生きてはいらっしゃるとは思いますが」
「ツミツミと言えば、例の男前は何者だったんだい?」
「大石先輩の知人の、あの目映いワイルド系のお方ですよね!」
4年生追いコンの後、オールでのカラオケが終わって僕と菜月さんと野坂の3人で遅めの朝食を食べていた。村井のおじちゃんに振り回されて朝っぱらからいろいろ遊んでいたので食事がなかなかいい時間になってしまったのだけど、その時に大石君から菜月さんに連絡が入ったんだ。その内容は、大石君本人からではなく銀髪でピアスがじゃらじゃら付いたかなりの男前から菜月さんに宛てた動画メッセージ。
その動画から得た情報は、その人は菜月さんから贈り物を受け取ったということと、菜月さんを自分とのツミツミに誘っていたことが大きな2点かな。あとは、大石君の関係であそこまで派手な人がいるんだねという驚きもあった。菜月さんによればその人は少し前までアルバイトをしていた会社の社員さんだそうだけど、肉体労働の現場の人だけあって体つきは申し分なし、フォークリフトにも乗れる、現役のバンドマン(ベーシスト)と菜月さんのツボをいろいろついて来るという男前だ。
「菜月さんとはどういう関係なんだという以前にお前自身が彼に魅了されてしまっているじゃないか」
「明らかにワイルド系の男前ですし、声も素敵ですし、菜月先輩へのあの動画メッセージにしても、律儀さが滲み出ていたじゃないですか!」
「確かにね。体つきのしっかりとした、律儀で優しさのあるワイルド系だけど真面目な男前……どことなく高崎を彷彿とするし、菜月さんのタイプにはこれ以上ないほどストライクだね」
「タ、イプ…? と、言いますと? えーと……もしかしてもしかすると? 恋愛対象となり得る異性のタイプ、という解釈でよろしいでしょうか?」
「そうだね。大石君への“好き”がマスコット的な“好き”だとするなら、彼はガチなラブに発展する可能性も。もしかしたら、菜月さんがここのところツミツミを頑張っているのも彼との繋がりが影響しているのかもしれないね」
「ナ、ナンダッテー!?」
……もしかしてもしかしなくても、刺激し過ぎた。ムライズムのノリを継承した僕だから多少の悪乗りは仕方ないにしても、時と話題がよろしくなかった。菜月さんロスを訴える野坂に焚きつけるようなことを言ったワケだから。だけども、僕からすればそんな障壁ごとき乗り越えられないで真の愛と言えるのか、お前の菜月さんへの想いはその程度なのかと言わずにいられないね。
「いや、男前は男前として俺もきゃっきゃするけど、それと菜月先輩をお慕いすることとは別だ!」
「きゃっきゃするのはやめないんだな」
「イケメンは目と心の保養です」
「それをドヤるな」
「でもこのまま行くと菜月先輩と次回お会いするのが……えっ、割とガチで卒業式になるんじゃないか!? ちょっと待てそれはあまりに長すぎる上にもしそうなるとすればホワイトデーが過ぎてるじゃないか! どうしよう、何かお返しの物を用意しないと。3倍返しは禁止で予算は2000円で……ええー……どうする」
「ん? 野坂君、今何と」
「菜月先輩と次にお会いするのが卒業式なのではと」
「その次だよ。ホワイトデーって言ったよな。3倍返しは禁止で予算は2000円? もしかして、追いコンでのあのバラまき以外に菜月さんからバレンタインに何かもらっていたのかな?」
「あ、えーと……その、はい、実は」
「ナ、ナンダッテー!?」
何だい。ロスがどうしたとか男前がどうしたとか、そんな心配端から必要なかったんじゃないか。とりあえず、野坂から詳しい話を聞かないとね。僕は優しいから某先輩方にその話を売らないでいてあげようかな。
end.
++++
この頃では毎年お馴染みになりつつある緑風旅行へのフラグですが、何か今年はちょっと様子が違う様子。
バレンタインついでに塩見さんに卵ギフトを贈った菜月さんですが、どうやら例の動画メッセージは圭斗さんとノサカの前で確認していたみたいですね。
ノサカにとってはイケメンとか男前は目と心の保養ですが、ガチなラブになるのではと煽られてしまえばついうっかり口も滑るよ!
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「ああー……」
「どうしたんだい野坂、魂の抜けたような顔をして」
「ええと……お恥ずかしながらですね?」
今にもエクトプラズムを吐き出しそうな野坂の様子があまりにも酷いから、少し事情を聞いてみる。まあ、野坂のことだからイケメン関係か菜月さん関係で何かあったと考えるのが妥当なんだろうけれども。そして、お恥ずかしながらですねと言いながら野坂が語り出した内容がまさにそれだったのだから、僕の目も捨てた物でもないなと思う。いや、野坂がわかりやすすぎるのかもしれない。
野坂は今現在、対策委員としての最後の仕事となる春の番組制作会に向けて動いているとのこと。会議では同録の今後について今まで通りのMDへの録音でいいのか、そろそろMP3などの音声ファイルへの記録にした方がいいのではないかと問題提起をし、定例会とも連携して制作会で実験することにしたそうだ。この話を提案した手前、機材の調達や録音方法などについて調べたりしているとのこと。
それとは別に、この制作会はダブルトークの練習を目的にして開催されるものだ。5月にあるはずのファンタジックフェスタに向けた触りの練習だね。その練習会としての性質故に、対策委員の人間がダブルトークについて少しは理解していた方がいいだろうと勉強を始めたそうだ。なんでも、制作会前にダブルトークのいろはを高崎に個人的に教えてもらえるようアポを取ったりしているとか。うん、緑ヶ丘の人間に聞くのが間違いないね。
「それで、しばしミキサーに触っていませんし、ラジオ勘を取り戻すために俺の持っている昼放送の同録を聞き始めたんです」
「お前の持ってる昼放送の同録? 僕の記憶が正しければ全部菜月さんとの番組じゃなかったかな?」
「さすが圭斗先輩です。まさしくその通りでして、手持ちの同録を昨日制覇しまして」
「しかし、お前の家にはMDを聞く設備があるんだな」
「あ、いえ、MDで聞いているのではなく、MD音源をパソコンに取り込んで連続再生をしているワケなのですが、リピート設定にしたままずーっと再生して眠ってしまったようで、菜月先輩の夢まで見る始末で。完全に菜月先輩ロスに陥っているワケです!」
「そんなことだろうとは思ったけど」
バカなのかな?
そううっかり声に出してしまうのを何とか堪え、お前という奴は本当に何とも言えない奴だねと言うにとどめる。ちなみに野坂は前述の通り制作会関係で、僕は卒業式の贈り物関係の調べものをしにサークル室に来ていたワケだけれども、正直野坂のこの話には引く。と言うか菜月さんの番組をMDから抽出して音声ファイル化してるとか、本人に言ったら絶対憤死するからこれ以上言わない方がいいとは忠告した。
「菜月さんとは追いコン以来になるのかな」
「そうですね。あの朝以来になりますね」
「と言うかそもそも菜月さんは元気なのかな?」
「ツミツミを物凄い勢いでプレイされているようなので、生きてはいらっしゃるとは思いますが」
「ツミツミと言えば、例の男前は何者だったんだい?」
「大石先輩の知人の、あの目映いワイルド系のお方ですよね!」
4年生追いコンの後、オールでのカラオケが終わって僕と菜月さんと野坂の3人で遅めの朝食を食べていた。村井のおじちゃんに振り回されて朝っぱらからいろいろ遊んでいたので食事がなかなかいい時間になってしまったのだけど、その時に大石君から菜月さんに連絡が入ったんだ。その内容は、大石君本人からではなく銀髪でピアスがじゃらじゃら付いたかなりの男前から菜月さんに宛てた動画メッセージ。
その動画から得た情報は、その人は菜月さんから贈り物を受け取ったということと、菜月さんを自分とのツミツミに誘っていたことが大きな2点かな。あとは、大石君の関係であそこまで派手な人がいるんだねという驚きもあった。菜月さんによればその人は少し前までアルバイトをしていた会社の社員さんだそうだけど、肉体労働の現場の人だけあって体つきは申し分なし、フォークリフトにも乗れる、現役のバンドマン(ベーシスト)と菜月さんのツボをいろいろついて来るという男前だ。
「菜月さんとはどういう関係なんだという以前にお前自身が彼に魅了されてしまっているじゃないか」
「明らかにワイルド系の男前ですし、声も素敵ですし、菜月先輩へのあの動画メッセージにしても、律儀さが滲み出ていたじゃないですか!」
「確かにね。体つきのしっかりとした、律儀で優しさのあるワイルド系だけど真面目な男前……どことなく高崎を彷彿とするし、菜月さんのタイプにはこれ以上ないほどストライクだね」
「タ、イプ…? と、言いますと? えーと……もしかしてもしかすると? 恋愛対象となり得る異性のタイプ、という解釈でよろしいでしょうか?」
「そうだね。大石君への“好き”がマスコット的な“好き”だとするなら、彼はガチなラブに発展する可能性も。もしかしたら、菜月さんがここのところツミツミを頑張っているのも彼との繋がりが影響しているのかもしれないね」
「ナ、ナンダッテー!?」
……もしかしてもしかしなくても、刺激し過ぎた。ムライズムのノリを継承した僕だから多少の悪乗りは仕方ないにしても、時と話題がよろしくなかった。菜月さんロスを訴える野坂に焚きつけるようなことを言ったワケだから。だけども、僕からすればそんな障壁ごとき乗り越えられないで真の愛と言えるのか、お前の菜月さんへの想いはその程度なのかと言わずにいられないね。
「いや、男前は男前として俺もきゃっきゃするけど、それと菜月先輩をお慕いすることとは別だ!」
「きゃっきゃするのはやめないんだな」
「イケメンは目と心の保養です」
「それをドヤるな」
「でもこのまま行くと菜月先輩と次回お会いするのが……えっ、割とガチで卒業式になるんじゃないか!? ちょっと待てそれはあまりに長すぎる上にもしそうなるとすればホワイトデーが過ぎてるじゃないか! どうしよう、何かお返しの物を用意しないと。3倍返しは禁止で予算は2000円で……ええー……どうする」
「ん? 野坂君、今何と」
「菜月先輩と次にお会いするのが卒業式なのではと」
「その次だよ。ホワイトデーって言ったよな。3倍返しは禁止で予算は2000円? もしかして、追いコンでのあのバラまき以外に菜月さんからバレンタインに何かもらっていたのかな?」
「あ、えーと……その、はい、実は」
「ナ、ナンダッテー!?」
何だい。ロスがどうしたとか男前がどうしたとか、そんな心配端から必要なかったんじゃないか。とりあえず、野坂から詳しい話を聞かないとね。僕は優しいから某先輩方にその話を売らないでいてあげようかな。
end.
++++
この頃では毎年お馴染みになりつつある緑風旅行へのフラグですが、何か今年はちょっと様子が違う様子。
バレンタインついでに塩見さんに卵ギフトを贈った菜月さんですが、どうやら例の動画メッセージは圭斗さんとノサカの前で確認していたみたいですね。
ノサカにとってはイケメンとか男前は目と心の保養ですが、ガチなラブになるのではと煽られてしまえばついうっかり口も滑るよ!
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