2019(04)

■なくて困るとあって便利と

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「エイジ、ちょっと大きな買い物したいから付き合ってくれる?」
「大きい買い物? それは物理的になのか、金銭的になのか」
「うーん、どっちもかなあ」

 駅前のコンビニで買ってきた差し入れのアメリカンンドッグを頬張りながら、家主は俺に決意を語る。久々の揚げ物だよと喜んでくれるのは嬉しいけど、高木の生活模様は相変わらず悲惨なようだ。短期とは言えバイトだってしてたはずなのに。その収入は全部ゼミ合宿とやらに消えてしまったのだろうか。高木の部屋に遊びに来る度に思うのは、コイツの部屋は物が少ない割に片付いてないからごちゃっとしてるなということ。
 高木はとにかく金がない。いい家のボンボンであろうことは住んでいるマンションを見ればわかる。いくらベッドタウン的な場所とは言え星港市内で駅から徒歩2分、10階建てマンションのエントランスはオートロックで、水道代は定額だそうだ。星港市内では珍しくないのかもしれないけど、少なくとも俺が知ってる1人暮らしの奴の住む部屋としては一番高そうな部屋だ。だけども、本人はバイトなんかをしていないおかげで常に光熱費と食費を削る生活を送っている。

「何か、こないだ大きなお金が振り込まれててさ」
「マジか」
「何だろうって思ったら、バイト代だったんだよね。いくらだったかな、21000円だったかな」
「お前の生活基準なら大金じゃんか」
「そうなんだよ。今回振り込まれてたのは1月分で、来月の今頃に2月分の給料が振り込まれるのかな。それで、せっかくだしあと3年ここで暮らすんだから、生活するのに必要な物を買おうと思ってさ」
「それはいい心がけだべ、喜んで付き合うっていう。つかゼミ合宿の雑費とかは大丈夫だったんか」
「ゼミ合宿の雑費に関しては、誕生日に親から振り込まれてた5000円で何とかしたよ」

 大きな買い物をするということが決まったところで、物が少ない高木の部屋に必要な物は何だと考える作業が始まった。つーか必要な物くらい家主なんだから自分で考えろと思ったけど、こいつの基準はとにかくアテにならない。それに、普段の買い物でもコイツが欲しいと思って後先考えずカゴにポイポイぶち込んだ物を最終的に削るのは俺だ。高木が必要だと思う物が本当に必要なのかどうかを最終的にジャッジして欲しいのだろう。
 何にせよ、ほっといたら20000円くらいすぐにCDだの何だのに消えちまうから、この臨時収入の使い道は重要だ。ここで何を買うかによって今後3年間の生活を左右するかもしれないんだ。生活に必要な大きな買い物ということで、何を買うのか、何が足りないのかをしっかりと考えなければならない。物が無いなら無いなりにその生活に慣れ切ってしまっているから、あまり下手な物を増やすのもなという気もするけど。

「何がいるかな、最近新型ウイルスがどうこうって言うから空気清浄機かな」
「却下。外に出るのにマスクすらしない奴が空気清浄機がどうとか気にしてどうすんだっていう」
「伊東先輩が除湿機能もついてると便利だって」
「あの人とお前の生活は全然違うんだから比べるだけ無駄だっていう。つか自分で家事するようになってから言え」
「あっ、じゃあスマートスピーカーとかどうかな」
「要るか?」
「あったらいいと思うけど。次の豊葦線の電車は何時?」
「まあ、授業のある平日だろうと乗る時間が決まってないからなお前は。電車の時刻表くらいはわかったら便利だろうけどな」

 この調子で家主がポンポンと出すアイディアはどれもこれもピンとこない物ばかり。もっと本当に必要なものがあるはずなんだけど、それがすぐには出て来ない。やっぱり、一人で買い物しなくて大正解だ。とにかく思いつく物を出すだけ出すスタイルなのはいいけど、コイツが出すアイディアは「無くて困っている物」ではなく、「あると便利かもしれない物」だ。それをバシバシ捌くのは大喜利をやっている気分だ。

「はい却下。次」
「うーん、エイジ用枕とか」
「いや、枕なしでも寝れるしもしそれが必要だとしてもお前の金で買う物じゃないっていう」
「えー? タブレット買うのもダメ、消耗品もダメ、ネット動画対応テレビもダメだったら何だろ、卓上コンロとか? 鍋やるのにいいかも」
「バカか。確かにコンロは便利だし鍋はやりたいけど、机もないのにどーやって鍋なんかやるんだっつって却下になり続けて来たっていう」
「あ。もしかして机を買ったらいいんじゃない?」
「あー、それだべ。机だ」

 部屋に物が少ないという印象を与えていたのは、小柄とは言え男二人が余裕でごろごろ転がれる床のスペース。何がないって、机がないってずっとイジられてた部屋なのに、これが普通になりすぎて俺にもコイツにも盲点になってやがった。風呂場のシャンプーラックの上部分を外してその上にお盆をセットした物を机代わりにしてるけど、まあ、よくよく考えなくてもあり得ないだろっていう。折り畳みのローテーブルすらない部屋だ。

「エイジ、こたつ机っていくらぐらいで買えるかな」
「5000円ありゃ買えるだろ」
「こたつ布団はいくらかな」
「今から買うのかっていう。そろそろ片付けの時期だろ」
「それもそうだね。それじゃあ、とりあえず机買おう。それで、今日は鍋やろう」
「バカかっていう。机買っても卓上コンロも土鍋もない部屋でどーやって鍋やるんだっていう」
「じゃあ、コンロも買おう。土鍋とか、そろそろオフシーズンとかで安くならないかな」

 机に、卓上コンロに、土鍋にと、これだけ全部買おうとすればそこそこの値段にはなるだろう。それでもネットで値段を調べた感じじゃ1万ちょっとでイケるから、やっぱバイトをして金を増やしていくということは大事なのだということが改めてわかる。とりあえず今日やるのは机を買うこと。

「それじゃあ机を買おう」
「よーし行くべ!」
「あっ、待ってエイジ。机を自転車で運ぶにはさすがに無理があるから、これはネットで買って配送してもらおうと思うんだよ」
「一理ある」
「7000円買ったら送料無料らしいから、ここで机と土鍋を買っちゃおう。あー、ミニホットプレートも欲しいなあ。ねえエイジ、ミニホットプレート買っていい?」
「あー、これは悪くないと思うべ。片付け楽そうだしお前でも出来るだろっていう。だったらたこ焼き器ついてるヤツにするべ」

 高木の部屋の居心地がどんどん良くなりそうなのが俺にとってはいいことなのかそうでないのか。少なくとも、俺はこれからもここに入り浸ることだけは確定してるっぽいから、部屋が汚くならないようにだけはきっちり監視しておかないと。


end.


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余りに不調過ぎて禁じ手を使った春のタカエイです。※禁じ手……過去作品のリメイク
この話を書くに当たり昔の話を見返したのですが、いろいろと時代を感じますね。身近にある物が変わってたり。タカちゃん宅のテレビも当時はブラウン管でした。
多分この話が最初に出た頃よりも家具や家電も買いやすくなってるんだろうなあ、値段にしても配送にしても

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