2019(04)

■移り行く本題とゴーサイン

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「あーもう! 何なんだこの部屋は!」
「何って、何の変哲もないMBCCのサークル室じゃねーか」
「年末にもチラッと言ったけどさ、俺はこの部屋を1回ガチで掃除したいワケよ」
「お前がガチで掃除とか言うと冗談じゃねーんだろうなあ」

 現2年生の中心メンバーをサークル室に呼び出したものの、サークル室ってこんなに汚かったか!? 足の踏み場は辛うじてあるけど、いつからあるんだかわからない機材の箱が壁のように聳え立っているし、MDストックとか引き出しとかを置いてるラックも何気に雑然としていて何が何だか。
 さて、そもそもどうして今日ここに集まったのかという話だ。先日無事に4年生追いコンが終わり、その帰り際に「次は卒コンだぞ」と高崎先輩から恐ろしいバトンを渡され現在に至る。卒コンというのは卒業式の日に改めて開かれる飲み会のことだ。これも何気にちゃんとしないといろいろ不味い。
 緑ヶ丘大学の卒業式というのは豊葦にある大学の施設ではなく、星港市の市民会館でやることになっている。ちなみにこの市民会館というのが「緑ヶ丘大学文化市民会館」という名前だ。話によると、年間5000万とかで命名権を買ってるとか何とか。
 豊葦と星港だったらそりゃあ星港の方が店もいっぱいあるんだろうけど、大学の卒業式なんてのは大体どこも日程が被ってるし、大学だけじゃなくて普通に歓送迎会とかの季節だからなかなか予約が取れないらしい。だから、早め早めに動いておかないといけないんだけども。

「掃除の話はまた今度でいいじゃんな。今は卒コンの話だろ」
「まあな。でも俺はこの部屋の衛生状況が気になって卒コンどころじゃなくなってる」
「つか果林は?」
「あれっ、そう言えば」
「おやつでも買って来てんのかね」
「また食い散らかされるのか~……」

 サークル室で飯とかおやつを食われると、何かしら屑が落ちて部屋が汚れていくんだよな。すぐに取り除けなかった汚れはこびりつくし変な臭いを生むし、虫もやってくるしでいいことはない。果林は自分は飲食しても汚さないって言うけど、見えないレベルの屑が絶対に落ちてんだ。すかさず掃除機とコロコロを掛ける度に猛抗議を受ける。

「とにかく、まずはこの機材の山からどうにかしたいな」
「あー、これな。歴代の佐藤ゼミ生がヒゲさんから押し付けられてるヤツ。使ったことあんの?」
「いやー……俺の記憶の限りでは、CDデッキが1回変わったくらいで他は使ってなくないか?」
「だよなあ。俺の記憶もそんなモン」
「だからさ、ぶっちゃけいらねーんだよ。これを処分すれば部屋も広くなるし掃除もしやすくなるしいいこと尽くめじゃね?」

 結局掃除の話に戻って来るのな、と五島は苦笑い。俺は山浪からわざわざ出て来てんだからこれ以上本題に入らないようなら帰るからなという脅し付き。果林が来たらちゃんと本題に入るからと宥めるのに精いっぱいだ。如何せん、卒コンも掃除も金次第。会計の機嫌を損ねてはいけない。

「おはよー」
「おーい果林おせーぞ。待ちくたびれたっつーの」
「ゴメンて」
「で、何やってたんだ?」
「ヒゲに呼び出されてさー。そんで、これもらってきた」
「――ってお前なあ、この機材の壁を崩したいって話してたタイミングで増やすか!?」
「その話のことは知らないけど、これはただの機材じゃなくてノーパソね」
「ノーパソ?」

 果林が小脇に抱えて来たノートパソコンは、見た感じまだそこまで古くなっていないし、OSもサポート範囲内。噂によれば佐藤教授は新しい物好きで、これという機材をポンと買ってしまうそうだ。その結果大して使ってないのに使われなくなった機材がMBCCに降りて来るという仕組みだ。

「ミキサーとかアンプとかじゃないしまだ場所圧迫しないっしょ」
「つかノーパソとかどうしたんだ」
「何か、スタジオで使ってるパソコンを買い替えたとかで、元々使ってたパソコンをラジオブースに入れることにしたんだって。このパソコンはラジオブースで使ってたんだけど、番組をMP3形式で録音するためだけに使ってたヤツだからほぼまっさらだし、音声編集ソフトなんかも入ってるからMBCCでもこういうのを使っていったらってヒゲが。で、その話が長くて長くて」
「マジで噂通りだな佐藤教授」
「ん? 果林、そのパソコンラジオブースで使ってたっつった?」
「そうだよ」
「おいL、お前野坂から何か聞いた? 制作会関係の件で」
「あー、何かあったなそういや。制作会で試験的にMP3とかで同録を録ってみたいとかいう話は」
「それに使えんじゃんよ!」
「あー、そうだね! これでやってお上からゴーサインが出ればインターフェイスで機材を買うことも考えてもらって、的な話になったんだっけ?」
「で、そのお上が目の前にいるワケだけども」

 対策委員の2人がこのパソコンを前にハッとした顔をしている。春の番組制作会で同録に関する実験をさせてくれという話は野坂からチラッと聞いていたけど、確かに同録をMDで録音して全員に配布するのは非効率的だと思うし金だってかかる。実験に関してはどうぞやってくれと返事をしていた。
 だけど実際にやるとして録音機材はどうするといった問題はまだ潰せていなかったようで、直前までに何とかしないとなあというふわっとした話し合いになっていたらしい。そこに舞い込んで来た佐藤ゼミのお下がりのパソコンだ。それも使っていた目的がまさにそれの。
 で、対策委員の言う「お上」……それは定例会であり、または定例会議長であり。その定例会議長は現在俺が務めている。春の制作会で行われる実験の結果を見た上で定例会で話し合い、最終的にゴーサインを出すのが俺の仕事ということになるんだな、つまりは。

「そうじゃんお上!」
「お上って言うな」
「いや~、対策委員から見れば定例会様の議長殿ともなれば雲の上の存在ですし~」
「おいやめろ、つか本題行かないと帰るんだろ五島!」
「あーそーね。でもこれはこれで大事な話なのよ。なんならインターフェイス規模の話なワケよ」
「ええー……卒コンはいいのかよ」


end.


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まだ代替わりの終わらない対策委員にとっては、先に代替わりを終えてお上となったLはカモネギじゃないですけど、物が言いやすい相手のようです。
というワケでMBCCの大掃除をしたいなといういつもの件になりがちですが、本題は卒コンどうするという話で、それがちっとも進みませんでした。
本当は棚の上の隠し財産にも触れていく予定だったんだけど、果林がパソコンなんか貰って来たものだからねえ。

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